緑の指を持つ娘

Moonshine

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緑の指を持つ娘 温泉湯けむり編

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王都からおよそ半日ほど馬車でアビーブ山の中に入ると、すぐに硫黄の香りが鼻につく、アビーブ火山帯に入る。
この匂いのきつさと、温泉からの強い酸の影響から景色も岩場が多い。

皮膚疾患によく効くという南海のごとく青い温泉があちこちに湧いており、白い岩肌と青い温泉の景色は実に美しい。

この温泉療養地以外に特に何もない土地に、ノエルとベスはしばらく逗留予定だ。

離宮は、この地の奥地に存在している。
離宮といえば聞こえは良いが、昔から病気や怪我で療養が必要と認定された王族を、中央政権から排除する目的で建立されたいわば島流的な療養所だと、ナーランダは言っていた。

離宮に向かう道々に、いくつか白い建物の療養所があった。
王都の温泉広場の楽しそうな雰囲気からは一転して、実に静かな場所だ。
この療養施設では、毎日心と体を病んだ病人が、自室の風呂に充した温泉水を1日5回沐浴する温泉療法が行われている。病状によって風呂に浮かべる薬草などを替えるらしい。

近くの宿にベスを残して、今日は王太子に拝謁し、診断をさせてもらう予定だ。

「ノエル様、このような事を申し上げるのは大変不敬ですが、フェリクス様は今非常に神経質になっておられて、何か気に入らない事があると色々と魔力が漏れて物に当たり散らすのです。どうかお気をつけて」

離宮でノエルを迎えてくれた家令が、王太子の部屋まで案内の道で、そうっと耳打ちをした。
離宮と言っても、内部は作りこそ重厚で豪華でこそあるが、王都で見た宮殿の壮麗さや華やかさに比べると、火の消えたように活気も生気もない。
どうやら使用人も最小限にして、一人でただ引きこもって療養している様子だ。

「ありがとう。なるほどな、それでこの傷か。お前も苦労が絶えないな」

ノエルはやけに打ち身の傷が多い家令の姿にようやく納得した。

フェリクスが生まれてから今日までずっと王太子に仕えているというこのメイソン家令は、王太子の八つ当たりの最大の被害者らしい。

ノエルの視線を感じた家令は、ブンブンと首をふって、

「サラトガ魔法伯。とんでもありません。あの痛ましい病気が発症するまでは、あれほどまでに荒れてはおられませんでした。それまでも、正直申し上げまして、フェリクス様は多少心持ちが貴族的な所はありましたが・・一国の王太子として、あれほど王者の風格をお持ちの方はおられませんでした。私はただ王太子が不憫なのです。どうかあのお方のお力になって下さい」

ズビッと鼻を啜ると、祈るようにノエルに訴えた。
やがて大きな扉の前に出る。扉の前からでも、不穏な魔力の渦を感じるほどの大きさの魔力が蠢いている。

メイソンは扉を叩くと、

「王太子。サラトガ魔法伯のお越しです」

そう一言断って、ノエルは、フェリクス王太子の暗い私室に通された。

ーーーーーーーーーーーーー

「王太子におかれましてはご機嫌麗しく」

暗い部屋に足を踏み入れると、ノエルは膝を折って、正式な王族に対する挨拶を行った。
最近では強い日光もその皮膚を刺激するとの事で、日中は薄暗い部屋に閉じこもっているのだと、メイソンは言っていた。

机の前で何かをしていたフェリクスは、扉に背を向けていた椅子をくるりとノエルの方に向けて立ち上がり、ノエルの前に歩いて行った。

「ああ。私が王太子フェリクスだ。お前がサラトガ魔法伯か。貴殿の高名はこの田舎まで聞き及んでいる」

エリクサーを完成させたノエルの高名は遠い隣国にも轟いている様子だ。引きこもりの王太子の耳にまでその噂が届いているとはありがたい。

権力者であればあるほど、名誉に弱いのだ。ノエルがエリクサーを完成させた名誉ある魔術師である事は、今からノエルがフェリクスに願う事も、不敬とは取られない。

「それは光栄な事です。では早速、その包帯の下の肌を拝見させていただきたいのです。微力ではありますが、私でわかる事があるやもしれません」

フェリクスの包帯まみれの姿に臆する事なく、ノエルは言った。

「・・・いいだろう。化け物と化した私の姿を目にするのだ。泣いて逃げるのであれば今のうちだ」

吐き捨てるようにフェリクスは言ったが、覚悟を決めたようにしゅるりと、顔の包帯を外した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(・・なるほど)

ノエルはフェリクスの皮膚のいくつかの症状が出ている部分を確認すると、次は持参してきた魔道具を喉にに当てたり、ノエルの錬成した魔力を腹の部分に当てたり、長い時間をかけて、皮膚以外の部分を診断した。

フェリクスの皮膚は、痛ましい状況だ。
皮膚はところどころ剥がれ落ちて体液が流れ、体液が流れた所は瘡蓋になり、黄色く赤く、醜く盛り上がっている。

豪奢な王太子の重厚な作りの部屋には、清浄魔法の強力な結界が張られてあり、チリ一つ落ちていない。
何もかもが、この哀れな青年の肌の平和を揺さぶるのだ。

(やはり、そうか)

全ての検査の結果を書き留めて、ノエルはため息をついてノートを閉じた。

「なにか・・お分かりになりましたか」

メイソンは心配そうにノエルに尋ねた。
ノエルはメイソンとフェリクスに向き合って、告げた。

「この肌の状態は、魔力の生成器官に障害がある事が原因です。魔力の生成が多すぎて、体が耐えきれずにいます。体から放出できなかった古い魔力が毒化して体を周り、皮膚に浸食してい流のがそのお体の原因かと」

「おのれ!!!私を愚弄するつもりか!!!どういう意味だ! この私が不良品だといいたいのか!!!」

フェリクスは思いがけないノエルの答えに激高して、ダン、と床を踏んで、近くの水さしをひっくり返した。
それでも気が収まらなかったらしい。魔力が暴走して、近くの本棚の本が宙に舞って、部屋を飛び交う。

フェリクスは、この肌の状態は呪いによるものだと考えていたのだ。
そうでなければ、この完璧な王太子である自分がこのような病魔に襲われるなどあり得ない。遊んだ女の一人が恨んで呪いをかけたのだろうと、そう思っていたのである。

一般的に、魔力の質とは、その人間の心の質とも、人格の質だともいわれている。
その魔力が己が苦しんでいる皮膚の毒の源と言われたフェリクスは、カっとなってノエルをどなりつけた。
完全無欠の王太子である事を誇りにしてきたフェリクスは、激昂する。

「それとも私が出来損ないとでも言いたいのか!!どいつもこいつも私を馬鹿にしやがって!!!」

本棚の本が宙を飛び交い、びくり、とメイソンが体を震わせた。

ノエルは自身にめがけて飛んでくる本をひょいと受け止めると、臆することなく淡々と、説明をつづけた。

「フェリクス様。だれも貴方の魔力が悪いとはいっていません。出来損ないなどとも言っておりません。ご自分の魔力の量が過多であるため、ご自分の体の排出が間に合わずに、排出できなかった古い魔力を体が毒とみなして、体を蝕んでいます。対症療法と同時に、根治治療が必要です」

ノエルは手元の本を本棚を片付けて、怒りで赤い顔になったフェリクスに向かい合った。

「フェリクス殿下。私の母と、私の話をしましょう」

怒りでぶるぶると震えているフェリクスを無視して、ノエルは話を始めた。

「大聖女であった私の母は、妊娠した私の魔力が自分の持つ聖力より大きかった事で、胎児の私を異物、毒とみなしました。母体が私を排除しようと機能したのですが、私の魔力がそれを跳ね返した為、母は私に跳ね返された自分の聖力によって、自分の体を攻撃しつづけ、出産後すぐに身罷りました」

急に始まった、かなりの重さを伴うノエルの告白に、激昂していたフェリクスは落ち着きを取り戻した。

「殿下の体で起こっている事とは違いますが、大きい魔力を誇る私を妊娠した母の体に起こった、それに近い事が起こっています。特に恥ずべき事ではありません」

宙を飛び交っていた本が、ピタリと床におちた。
隣国の大聖女も苦しんだ魔力障害だ。そして、その大聖女を魔力で葬った胎児は、今フェリクスの目の前に立っているノエル本人。

落ち着きを取り戻した王太子に、ノエルは告げた。

「王太子殿下。貴方の魔力の生成器官は、人より大きいのです。そして貴方はまだ、その膨大な魔力を御しきれていない。制御が間に合っていない魔力が身体に沈澱して古くなり、古い魔力が消えずに体をめぐっている。古くなって毒化した魔力が体内で浄化されないうちに、また新しい魔力が発生して、耐えきれなくなった身体が、古い毒化した魔力を皮膚から放出されて、貴方の皮膚を苛んでいるのです」
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