緑の指を持つ娘

Moonshine

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緑の指を持つ娘 温泉湯けむり編

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ちょっと王太子を診察をしたら、ノエルの見解を医師団に告げて、必要であれば処方箋を出して、あとはゆっくりと温泉を楽しむはずだったのだが、どうやらフェリクス王太子はかなりの重症だ。

このまま状態を放っておくと、今は未浄化の古い魔力の影響は皮膚の疾患だけで済んでいるが、毒が沈殿すると次は内臓に影響がでる。
一刻も早く新しい魔力の生成量を抑えて、古く毒化した魔力を外に流さないと命に係わる。

事態は考えていたよりよほど深刻だ。

ノエルは明日からフェリクスの医師団と会議を行い、治療方針を決定する予定だ。
医師団は明日王都からこの離宮のある村の麓の街に到着する。

折角の休暇だが、ノエルは治療魔術師として、この重症患者を見捨てる訳にはいかない。

「でも、王太子様は温泉に湯治にきているのでしょう?綺麗なお湯で体を洗えば、色々穢れも流れそうなものですけれどね」

二人の滞在する宿に帰ってきたノエルに、べスは田舎の料理を準備して待っていた。
食事処が宿の下についているので、ベスは料理をする必要がないのだが、ノエルはベスが作るものをいつもとても喜ぶので、今日は宿に無理を言って、料理を作らせてもらったのだ。

べスが作る素朴な田舎の料理はいつも、心と体に必要なものが丁度いい状態で出される。
少し風邪気味の日にはたくさんの生姜の入ったスープ、疲れた日には、ベスの育てたトマトを使った魚の煮込み。
ある日急に焼いた茄子がたくさん食卓に出てきたが、ベスに聞いても理由は分からなかった。ただ、翌日とても体調がよかった事をノエルは覚えている。

ノエルはベスの料理を食べるようになってから、実に健康的になった。
いつも青白い顔をして、細い体で魔力を紡いでいたのだったのだが今では少しふっくらと肉付きも良くなり、頬も赤みが差して、いつも気力と体力が漲っている。

今日もベスは、素晴らしい料理を用意して、疲れたノエルを待っていてくれた。
この小さな村の温泉水の池の中で育ったウナギと、隣の家のおかみさんの庭のほうれん草をパイ。
味付けは塩だけ。
だが、ベスが料理は塩加減が本当に絶妙に完璧なのだ。

ゆっくり3時間もかけて弱い火の釜で焼いたと言っていた、塩加減の天才的に完璧なベスのパイを口にすると、生きる力が体の奥からみなぎってくるような気がする。

「ああ・・最高の塩加減だ。美味い。火加減も本当に、丁度いい。生き返る」

ノエルはうまそうに出された全てを平らげると、くしゃくしゃとべスの頭をなぜて、愛おしそうにそのつむじに口づけを落とした。

「ベスと婚約するまで、俺は本当に、今までどうやって生きていたのか全く思い出せないよ。愛してるベス。俺と婚約してくれて、本当にありがとう」

ベスと婚約してから実に愛情表現が豊かになったノエルは、真っ直ぐにベスを見て言った。

ベスの頬はほんのりと色づく。
こちらはあまり真っ直ぐな愛情表現を受け止めるのに慣れてはいない。

「ノエル様。恥ずかしいです」

それだけ言うと、ベスはただ切っただけのモモをデザートに出した。

尚、そこらの市場で買ったただの果物ですら、丁度最高の食べ頃がベスにはわかる。
切っただけの桃を口に入れたノエルは、長く咀嚼すると、両手を空に上げて降参のポーズをとった。
最高に食べ頃の、絶妙な温度で冷やされた、実に美味い桃だったらしい。

ベスの手にかかると、普通の生活を生きるという、その全てが、最高に素晴らしい黄金に姿を変える。

ノエルは、いつもそんなベスの事を「国家最高の錬金術師」だと褒めちぎるのだ。

ベスの触る全てのものはただ心と体に心地よく、ベスが笑うと、この世界に何も悪いことが起こらない気がする。
ノエルはベスと、ベスの作る全てにすっかり依存していた。

出会った頃はベスに対して高慢で、早とちりでどうしようもない不遜な青年だったノエルは、今やベスの心を得るためであれば、人前であろうが憚らずにベスに愛を囁くし、下男のように洗濯でも掃除でも、己の魔力を使ってベスの役に立てるのであれば、魔術で家事をする事をも全く厭わない。

ノエルほどの美貌の貴人が貴重な魔力を使って家事をしている事も、地味な平民である粉挽きの娘であるベスと婚約した事も、世間一般では色々と言われている様子ではあるが、

「ああ、俺は何という果報者なんだろう。朝起きたらベスがいる。夜寝る時もベスがいる」

そう惚気まくって全く意に介していない。

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