緑の指を持つ娘

Moonshine

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緑の指を持つ娘 温泉湯けむり編

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「・・これから貴殿が見るもの、聞くものは、王国の歴史の秘密に深く関与する。守秘に関しては、言うまでもないな」

「・・私が知る必要があるのですね」

認識阻害・防音の堅牢な魔術を展開した離宮の奥の部屋で、フェリクスはノエルに魔術での強固な守秘制約を結ばせた。ノエルがこの部屋での出来事を外に漏らすと、その心臓に杭が撃たれるほどの強力な呪いだ。

「できれば、秘密裏に処理したかったが、貴殿には真実を知らせる責任があるだろう」

フェリクスは、ため息をついた。
ノエルに守秘制約の魔術が発動した事を確かめると、フェリクスは目の前にごとり、と置いてある、ジア殿下の棺に収められていた鏡にそっと自らの魔力を注いだ。

フェリクスとノエルの前に、魔術が展開されて、ぐるぐると幻影魔術が動き出す。
フェリクスがジア殿下の墓地で見たものと同じ映像が壁一面にゆらゆらと展開された。

「これは・・」

ノエルすら見たことも聞いたこともない、太古の魔術だ。
王族にのみ伝承される貴重な魔術で繰り広げられる魔術に圧倒されている間も無く、目の前で広がるジア殿下の歩んだ道のりを映し出す映像に、ノエルは息もつく事ができない。

そして、なぜこの映像をフェリクスはノエルに見せたのか。もちろん理由は明白だ。

フェリクスの心を思うとノエルは胸が張り裂ける。

ノエルは最後までみじろぎすることなく映像を見終わると、じっと唇を噛んで、そのまま黙り込んでしまった。

「ハハハ驚いただろう。どうだったか?これはアビーブ王家に伝承される、秘伝の継承魔法の本物だ。貴殿ほどの魔術師でも、流石にこのような王族の秘伝の魔法は滅多に見ることはないだろう」

フェリクスは乾いた笑い声を上げた。
もちろん、非常に貴重な王家にしか伝わらない伝承魔法をノエルに披露することが目的ではない。
それはノエルにも十分伝わっている。

かけるべき言葉がない。

悲壮な表情をして、じっとノエルはフェリクスの爛れた顔を見つめた。

ひとしきり乾いた笑いを笑いおえると、フェリクスははあ、と大きなため息をついて、そしてガバリと頭を抱えて、ソファに身を埋めた。

「なあサラトガ魔法伯。神は王家の男子として、私にその身をアビーブ火山に捧げよと、人としての役目を終えよと、そう言っているのか」

ひとたび王家の人間として生まれたものであれば、王国の為に命を捧げる事は当然だ。
そもそも王家の人間はこの国の建国の神の子孫であると言われている。

「私に人間の体では耐え切れる事ができないほどの雷の魔力が与えられているのは、本来の姿である大亀の姿に戻って与えられている魔力に耐えよと。そしてその雷の魔力を火口に放出して、火山の怒りをおさめよと。人身御供となって、私にこの国の神の一柱になれと」

フェリクスは、次々に溢れ出てくる感情の波に、もう一人では耐えられない。
ノエルの前であるというのにフェリクスは恐怖に体を震わせて、そして涙で顔を滲ませていた。

「父母や、国民によるとな、私はアビーブ王国の完璧な王太子だそうだ、一筋の傷もない、王国の輝ける一番星だと、そう皆が私を呼ぶ」

涙がぼたぼたとフェリクスの膝に落ちる。

「私は、一筋の傷もない珠のような王太子として王国に育てられてきた。王国で最も高貴で、王国で最も価値のある人間であると大切に育てられて、崇められてきた」

鳴き声は、嗚咽に変わる。

「・・愚かにも私はそれが当然だと思っていた。だが、それは祭りの日に屠られる羊のように、火山の有事の際には王国を守るために大きな亀にして火口に落とし、2度と帰ってはこれない神の領域に送り込まれるために、慈しんで国から育てられてきたのだと、そう思うと、自分が人より優れた存在だと愚かにも信じていた自分がひたすら恥ずかしく、ひたすら恨めしい」

「私は・・立派な王太子なものか。王国の人々を守るために死ぬのも恐ろしいし、亀になるのもごめんだ。神の一柱になぞなりたく・・ない。私は人として生きて死に、人としての人生を全うしたいんだ」

フェリクスは思わずポロリと本音を漏らした。
王太子としてはあるまじき発言。

防音魔法の施されている離宮の奥のこの場での発言はどこに漏れることもないし、ノエルには守秘の強い魔法制約をかけている。
火山活動はここの所ますます活発になってきて、王家からのアビーブ火山の近隣住人への注意喚起は、そろそろ避難警報に変える予定だ。

もうすぐ、三百年ぶりのアビーブ火山の噴火が発生する事は確定している。
規模によっては遠く、王都までもその怒れるアビーブ火山の噴火の被害が及ぶだろう。

フェリクスは、アビーブ王太子として国民を守るために、大亀となって火口に身を投じて死ぬしかないのだ。

ひとしきり涙を流すと、フェリクスは落ち着きを取り戻してノエルに向き合った。

「貴殿の前で取り乱して失礼した。私はこの国の王太子として国民を守る義務がある。次の火山の警報が出たら、私は王家の森の奥にある神の領域に赴いて、神の湯で亀の姿にしてもらい、火口に身を投げる覚悟だ。一度、あの湯に実は行き着いた事があるんだ。あの日は一体何が起こっているのか全く理解できなかったが、今ならなぜ私が神の湯に誘われたのかがよく理解できる」

フェリクスは、うっとりとあの日、神の湯で目撃した美しいベスの白い姿を思い出す。

(さようなら、愛おしい人)

フェリクスは、死出の旅立ちに赴く今、己の中のベスへの思いを素直に受け止めた。

思いを認めたいま今、なぜベスがあの日、あの神の湯にいたのかも、ようやくフェリクスは理解できた気がした。
おそらく死出の旅立ちの近いフェリクスへの、神々からの花向けだったのだろう。

人の世界で、愛おしい娘と愛し合う幸福も知らないうちに生贄となる哀れな青年に、せめて、小さな恋心を抱いている美しい乙女の艶やかな姿の幻を見せてやろうと。

眼裏に浮かぶ美しいべスの姿をうっとりと思い出しながら、目の前の恩人にフェリクスは深く頭を下げた。

「貴殿に映像を見せたのは、貴殿をここまで謎解きに巻き込んでしまった責任からだ。いろんな謎が解けて、今はもう清々しい気分だ。そういう理由で貴殿にはあれほど治療に骨を折ってもらって大変に世話になったが、今日より皮膚の治療も、もう必要はない。貴殿にも、ベスにも今まで本当に世話になった。ああ、ベスの整えてくれたあの風呂は実に人生で最高の風呂だったな」

「メイソンに十分な報酬を用意させる。すまないが、できるだけ早くに離宮を去って、帰国の準備を急いでほしい。おそらく貴殿らが帰国した頃には私の訃報が届くだろうが、どうか気に病まないでほしい」

それは、王太子としての責務を果たそうとするフェリクスの堂々たる覚悟の姿だった。


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