緑の指を持つ娘

Moonshine

文字の大きさ
109 / 130
緑の指を持つ娘 温泉湯けむり編

46

しおりを挟む
3人は言葉もなく、粛々と森を進んでゆく。
細かい灰が霧の様に視界をはばんで、よく見えない。

だが、ベスは、何か確信をもって、森の奥に向かって前にずんずんと歩いていく。
フェリクスも、ラッカもそのべスの後ろに親カモについてゆく子供のカモのようについていく。

(べスには恐らく、どこに向かえばよいか分かるのだろう)

フェリクスにとっては死出の行進に等しいにも関わらず、

「無事にかえる事ができたら、お祝いをしましょうね」

そうのんびりとべスは語る。

「私の育った村ではね、何かお祝い事があると、赤いパンを焼くのです。赤いパンの中身は芋を甘く煮たものなのですけれど、はちみつでゆっくり煮るから本当にお芋がふかふかで甘くて美味しんです。フェリクス様にも焼いて差し上げますからね、お腹を空かせて帰ってきてください」

「ははは、それは楽しみだ。実は私は芋は食べた事がないんだ。王族という生き物は不便な生き物でね。芋は平民の食べものという事で、私は食べさせてもらった事がないんだ」

「まあ! なんてお気の毒!それではお帰りになられたら、温室から一番よいお芋を温室から収穫しましょう。私は植物を育てるのが得意なのですが、その中でも一番お芋が得意なのです。私のお芋はとても美味しいと、ノエル様にもとても喜んでいただいていますよ」

「君が育てる芋なら、きっと世界で一番うまい芋なのだろうな、楽しみだ」

何でもないような会話に心がなごむ。
己の宿命を知り、悲嘆と苦悶に満ちていたフェリクスだったが、今は自分がこのまま火口で死んでも、この国の神の一柱になっても、それとも人として生きて帰る事ができるのか、もうどうでも良かった。

(私はたった一人ではない)

鏡が見せてくれたジア殿下の映像は、とても孤独なものだった。
たった一人で神の領域に行って、たった一人で姿を変えて、たった一人で火口に望む。
誰一人ジア殿下を助ける事はできない。

愛おしい人の姿はみえども、決して交差する事はない次元にその身を据え置かれ、森をただ彷徨い歩く。

(どれほどの孤独と戦っていたのだろう)

おそらくフェリクスが抱えていた悲嘆も苦悶もそれは、永遠の孤独へ捨て置かれる事への恐怖だったのだろうと思う。

だが、今この瞬間、フェリクスは一人ではない。

(もしも私が亀になって戻ってきても、・・きっと連中はあまり気にしないだろう)

現金なメイドのオリビアなら、フェリクスが亀になろうが人であろうが、ビクビクと顔をひきつらせながらでも、今まで通りに遣えてくれるだろう。

(王都からのお菓子を与えたら、亀になった私にでも大きな笑顔でありがとうと言ってくれるに違いない)

フェリクスは、現金なオリビアの、その現金さを思い出して思わず笑みがこぼれた。

メイソンならばどうだろう。あの愛の重い家令は、どんな姿で戻っても、ただただ、フェリクスが生きて帰った事に喜んでくれるだろう。

ノエルであれば。あの男であれば、四方八方手をつくして、フェリクスが人に戻る方法を共に考えてくれるだろう。

ラッカに至っては、そもそもフェリクスの姿は最初から見えてもいない。

そして、ベス。

(お帰り。ただそう言って、私が亀だろうが、人だろうが、眉の一つも動かさないで迎えてくれるだろう。もしも私が神の世界の囚われの身になってしまっても、ひょっとするとあの温泉まで会いに来てくれるのかもしれない)

神々の温泉に、ベスが会いに来てくれるのであれば、怖くはない。
フェリクスの眼裏にあの日の白く美しいベスの姿が思い出される。

(私は、決して一人になる事は、ない)

やがて灰色の霧はゆっくりと晴れてゆく。
あたりに硫黄の刺激臭が満ちてきた。ゆっくりと白い岩肌と、水色の水面が灰色の霧の間からその姿を現してくる。

体中の総毛が逆立つ。
神の領域に、決して足をふみいれてはいけない領域に入った事を、全身の細胞が全力で告げた。

「フェリクス様。ここですか。何とも薄気味悪い場所ですな」

ラッカは厳しい顔をして、体をさすった。
眼が見えていない分、ラッカの肌感覚は研ぎ澄まされている。

「ああ。白い岩肌の水色の温泉だ。遠くには人外の姿がみえる。ここは建国神話にあるあの温泉に間違いない。ラッカ、気を付けてくれ。ベスの手を離さないでくれ。ここは足元が良くない」

視界を阻む灰色の霧の向こうには、白い湯気が立ち上っているのが見える。
白い湯気のその向こうには、人外の存在がその身を水色の湯に預けているのが見える。

今日の湯治客は、妖精の群れの一群。

男を惑わし、森の深くに連れてゆく美しい女の姿をした魔物の一種だ。
火山性の毒ガスにやられてしまったのだろう。爛れた皮膚と、破れてしまった小さな羽根の体を、一匹一匹、ぽしゃんと温泉に預けてゆく。

奥には、頭が半分欠けたオオサンショウウオの人外の一種が見える。

その手前には、瀕死のケルピー。舌を出して、目は白目を剥いている。意識が無いのだろう。

どうやら人外の存在もみな、火山の活動による甚大な被害を被っている様子だ。

(・・・)

フェリクスは、覚悟を決めた。

しおりを挟む
感想 174

あなたにおすすめの小説

冷酷侯爵と政略結婚したら、実家がざまぁされました

鍛高譚
恋愛
「この結婚は、家のため。ただの政略結婚よ」 そう言い聞かせ、愛のない結婚を受け入れた公爵令嬢リゼット。 しかし、挙式後すぐに父が「婚約破棄しろ」と命じてきた!? だが、夫であるアレクシス・フォン・シュヴァルツ侯爵は冷たく言い放つ。 「彼女を渡すつもりはない」 冷酷無慈悲と噂される侯爵が、なぜかリゼットを溺愛し始める!? 毎日甘やかされ、守られ、気づけば逃げ場なし! さらに、父の不正が明るみに出て、公爵家は失墜―― リゼットを道具として利用しようとした者たちに、ざまぁの鉄槌が下される! 政略結婚から始まる、甘々溺愛ラブストーリー! 「愛なんてないはずなのに……どうしてこんなに大切にされるの?」

『婚約破棄された令嬢ですが、王国は私抜きでは立てなかったようですね』

鷹 綾
恋愛
「愛しているのは彼女だ」 王太子ロネスにそう告げられ、婚約を破棄された侯爵令嬢エルゼリア・クローヴェル。 感情をぶつけることも、復讐を誓うこともなく、 彼女はただ――王宮を去った。 しかしその直後から、王国は静かに崩れ始める。 外交は滞り、判断は遅れ、市場は揺れ、 かつて「問題なく回っていた」はずの政務が、次々と行き詰まっていった。 一方、エルゼリアは帝国で新たな立場を得ていた。 帝国宰相ハインリヒ・ヴォルフの隣で、 彼女は再び“判断する側”として歩み始める。 やがて明らかになるのは、 王国が失ったのは「婚約者」ではなく、 判断を引き継ぐ仕組みそのものだったという事実。 謝罪も、復縁も、感情的なざまあもない。 それでも―― 選ばれ、認められ、引き継がれていくのは、誰なのか。 これは、 捨てられた令嬢が声を荒げることなく、 世界のほうが彼女を必要としてしまった物語。

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

【完】瓶底メガネの聖女様

らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。 傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。 実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。 そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。

【完結】令嬢憧れの騎士様に結婚を申し込まれました。でも利害一致の契約です。

稲垣桜
恋愛
「君と取引がしたい」 兄の上司である公爵家の嫡男が、私の前に座って開口一番そう告げた。 「取引……ですか?」 「ああ、私と結婚してほしい」 私の耳がおかしくなったのか、それとも幻聴だろうか…… ああ、そうだ。揶揄われているんだ。きっとそうだわ。  * * * * * * * * * * * *  青薔薇の騎士として有名なマクシミリアンから契約結婚を申し込まれた伯爵家令嬢のリディア。 最低限の役目をこなすことで自由な時間を得たリディアは、契約通り自由な生活を謳歌する。 リディアはマクシミリアンが契約結婚を申し出た理由を知っても気にしないと言い、逆にそれがマクシミリアンにとって棘のように胸に刺さり続け、ある夜会に参加してから二人の関係は変わっていく。 ※ゆる〜い設定です。 ※完結保証。 ※エブリスタでは現代テーマの作品を公開してます。興味がある方は覗いてみてください。

成功条件は、まさかの婚約破棄!?

たぬきち25番
恋愛
「アリエッタ、あなたとの婚約を破棄する……」 王太子のアルベルト殿下は、そう告げた。 王妃教育に懸命に取り組んでいたアリエッタだったが、 それを聞いた彼女は……? ※他サイト様にも公開始めました!

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

婚約破棄された伯爵令嬢ですが、国の経済を掌握しました

鍛高譚
恋愛
「経済を握る者こそ、世界を動かす――」 前世、日本の証券会社で働いていた**瑞穂紗羅(みずほ さら)**は、異世界に転生し、サラ・レティシア伯爵令嬢として生まれ変わった。 貴族社会のしがらみや婚姻政策に巻き込まれながらも、彼女はひそかに動き始める。 「まずは資金を確保しなくちゃね」 異世界の為替市場(FX)を利用し、通貨の価値変動を読み、巨額の富を得るサラ。 次に狙うは株式投資――貴族の商会やギルドに出資し、国の経済に食い込んでいく。 気づけば彼女は、両替所ネットワークと金融システムを構築し、王国の経済を裏から支配する影の実力者となっていた。 そんな中、彼女に公爵令息との婚約話が舞い込む。 しかし、公爵令息は「格下の伯爵令嬢なんて興味がない」と、一方的に婚約破棄。 それを知った公爵は激怒する―― 「お前は何も分かっていない……! あの女は、この国の経済を支配する者だぞ! 世界すら掌握しかねないのだ!」 サラの金融帝国の成長は止まらない。 貴族たちは彼女にひれ伏し、国王は頼り、王太子は取り込もうとし、帝国は彼女の影響力に戦慄する。 果たしてサラは、異世界経済の頂点に立ち、さらなる世界の覇権を握るのか――?

処理中です...