婚約破棄までの168時間 悪役令嬢は断罪を回避したいだけなのに、無関心王子が突然溺愛してきて困惑しています

みゅー

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 王太子殿下の誕生日を祝う特別な舞踏会でそれは起こった。

「それもこれも、すべてあの悪役令嬢の仕業なんですわ!」

 声高らかにそう言うと、アリス・ル・シャトリエ男爵令嬢はアレクサンドラデュカス公爵令嬢を真正面から指差した。

「え? わたくしですの?」

 アレクサンドラが唖然としながらそう呟くように言うと、アリスは呆れたようにアレクサンドラを見つめた。

 そして、大きくため息をつくとその大きな瞳からポロポロと大粒の涙をこぼした。  

「あれだけ酷いことをなさっておいて、よくもそんな……。今日着るはずだったドレスを破いたり、わたくしに関しての悪い噂を立てシャトリエ家の名誉を傷つけるためにデュカス家の犯罪をこちらに押し付けたり……」  

「それはなにかの誤解ですわ。わたくしがなぜあなたにそんなことをしなければなりませんの?」

 相手は男爵令嬢である。所詮アレクサンドラの相手にはならないことは明白、つまりアリスはアレクサンドラが手を下して嫌がらせをするまでもない相手なのである。

 なぜそんな見え透いた嘘を?

 そんな至極真っ当な疑問をもちながらアレクサンドラがアリスを見つめていると、アリスは突然アレクサンドラの背後に視線をずらし、頬を赤らめて先ほどとは打って変わって優しく微笑むとそちらへ駆け寄った。

「殿下! お待ちしてましたわ!」

 アレクサンドラが慌てて振り返りその視線の先を見ると、そこにはアレクサンドラの婚約者であるシルヴァン・リュカ・フォートレル・アヴニール王太子が立っていた。

 シルヴァンはいつものように無表情で眉一つ動かさずにアリスを一瞥すると、手を挙げそれ以上アリスが自分に近づくのを制した。

「一体なんの騒ぎだ」

 アリスはとても悲しそうに涙を拭い、アレクサンドラの方をチラリと振り返りニヤリと笑うとシルヴァンに向き直って訴えた。

「殿下、デュカス公爵令嬢は殿下に、ひいてはこの国にとって酷い裏切り行為をしたのです。それを突き止めたわたくしに嫌がらせを」

 そう言うと、アリスの侍女がシルヴァンの執事に書類を差し出した。

 執事はシルヴァンの許可を得てからその書類を受け取り、ざっと目を通して驚いた顔をした。

 そして、シルヴァンにその書類を差し出し耳打ちする。

 シルヴァンも素早くその書類に目を通すと、眉間にしわを寄せアレクサンドラを見つめ問い詰めるように言った。

「アレクサンドラ、ここに書いてあることは本当なのか?」

 アレクサンドラは慌てて答える。

「恐れながら申し上げます。本当かどうか問われる以前にわたくしにはなにがなんだかさっぱりわかりませんわ」

「しらを切るのか? 証拠もあがっているようだが?」

 そう答え、シルヴァンは一枚の書類をアレクサンドラの面前に突き出した。

 それは以前宮廷から盗まれた真珠のネックレスの売買契約書であった。

「盗品の売買契約書、ですの? それがわたくしとなんの関係が……」 

 そう言いながら下の署名を見てアレクサンドラは息を飲んだ。それが自分の署名だったからだ。

「ち、違いますわ。わたくしこんなこといたしません。なにかの間違えですわ、だってこんなことする必要がありませんもの!」

 そう叫びシルヴァンの顔を見て絶望する。なぜなら、シルヴァンがとても残念だと言わんばかりの眼差しでアレクサンドラを見つめていたからだ。

「殿下、信じてくださらないのですか? わたくし本当に……」  

「わかった、もういい。とりあえず、これ以外にもとんでもないことがここに書かれている。いくら僕の婚約者だからといってこれ以上庇うことが困難だと思えるほどね」

 そこでアリスが嬉しそうに口を挟む。

「殿下、わたくしに対する嫌がらせもありますわ!」

 アレクサンドラはその台詞を聞いて思わずアリスを睨みつけた。すると、アリスはとても恐ろしいものでも見たような顔をすると、アレクサンドラにだけ見えるように舌をペロリとだした。

 その行動でアレクサンドラはこれらはアリスが仕掛けたことなのだと確信する。

「このわたくしに対してその態度はなんですの?!」

 アレクサンドラが思わず一歩踏み出そうとすると、シルヴァンがアリスを庇うようにそれを制した。

「アレクサンドラ、みっともないまねはよせ」

「殿下、ですが……」

「とにかく、こうなっては君との婚約も破棄する他ないだろう。それと、デュカス家のこれからのことを話し合わなければならない」

 そう言うと、シルヴァンは近衛兵にアレクサンドラを連れ出すよう指示した。

 アリスは最後の最後までシルヴァンの背後からアレクサンドラを小馬鹿にしたようにニヤニヤと笑い挑発していた。

 アレクサンドラは下唇をぎゅっと噛み締め、この屈辱を必ず晴らせる日が来るまでの我慢だと自分に言い聞かせた。

 こうしてこの日からアレクサンドラは理不尽な理由で、王宮に隠されていた尖塔にある部屋へ幽閉されることとなった。

 幽閉されるといっても、それ相応の部屋に通されたのでそこまで酷い待遇ではなかったが、窓には鉄格子、ドアに南京錠が掛けてあり、挙げ句二十四時間見張りの兵士がつけられていた。

 しかもその兵士たちは時折アレクサンドラをからかう言葉や、ひどい言葉を投げかけることもありそんな屈辱からも耐えなければならなかった。

 なんの沙汰もなく、その環境で一週間過ごしたところでシルヴァンの面会があった。

「殿下、疑いは晴れましたでしょう? 早くここから出してくださいませ!」

 そう訴えると、シルヴァンは大きくため息をついた。

「アレクサンドラ、君は今窮地に立たされている。シャトリエ男爵令嬢から新たに提出された証拠で、君ら親子が領民たちへの見せしめのため川に毒を流したことがわかった。これに関して君の父親も今は処分を検討中だ」

「毒だなんて! お父様もそんなことするはずありませんわ!」

 自分だけならまだしも、父親にまで罪が着せられ捕らえられたことに絶望し言葉もなく呆然としていると、そんな様子を見てシルヴァンが呆れたように鼻で笑った。

「よしてくれ、今初めて知ったような態度をするのは。君たち親子にそれらを命令されたという証人もいるんだ。だが、こんな大罪を犯したとしても君は僕の婚約者だ。素直に罪を認めればなんとかなるかもしれないが……」

 シルヴァンは一瞬だけ表情を崩し感情の揺れを見せたが、直ぐにいつもの無表情に戻るとアレクサンドラを見つめた。

 アレクサンドラはシルヴァンと正面から見つめ合い、はっきりと言った。

「やっていないことは、やったとは申し上げられません」

「君も頑固だな。わかった。では君はここにずっと幽閉されることになる。真実を話すまでね」

 シルヴァンがそう言って部屋を出ていくと、アレクサンドラは途方に暮れた。

 もしも自由があるならばなんとしてでも自分の無実を証明してみせるのに。

 そう思いながらも、そこで耐えるしかなかった。

 そんなある日、アリスが部屋の前まで訪ねてきた。どうやってか見張りの兵士たちを買収したようだった。

 なぜそれがわかったかというと、アリスが兵士たちと親しげに話しているのをドア越しに聞いだからだった。


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