婚約破棄までの168時間 悪役令嬢は断罪を回避したいだけなのに、無関心王子が突然溺愛してきて困惑しています

みゅー

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「はい、本日の旦那様のご予定ですが、本日は一日御屋敷にて執務のご予定になっております」

「えっ? ではどこにも出かける予定はありませんの?」

「そうです」

「夜もですの?」

「はい、そうなります」

「では、誰かが訪ねてくるようなことは?」

「ございません。もしいらしたとしても、両陛下や王太子殿下以外は通さないよう申し使ってございます」

 ということは、アルナウトはこの屋敷内の誰かに仕込まれた毒によって暗殺されたということなのだろうか?

 アレクサンドラがそう思いながら黙り込んでいると、アルナウトは鼻で笑った。

「だから言ったろう? 警備は万全だと。なんせ今日は一歩も外へは出ないのだからな」

「あの、では人の出入りはどうかしら?」

 執事は懐から手帳を取り出し、あるページを開くと読み上げる。

「今日は外部の者の出入りの予定はありません」

「そうですの……」

 アルナウトはここで大きくため息をついた。

「もういいかね?」

 だが、アレクサンドラは食い下がる。

「いいえ、あともう一つ。今日はカサンドルはどうしてますの?」

 カサンドルとは今年九つになるアルナウトの一人娘である。

 突然カサンドルの名前を出され、アルナウトは厳しい顔をした。

「まさか、カサンドルを疑っているのではないだろうな?」

「いいえ、違いますわ。でも、巻き込まれることはあるかもしれませんわ」

 それを聞いて、アルナウトは体を乗り出さんばかりにアレクサンドラに問いただす。

「まさか、あの子になにかあるとでも? カサンドルが狙われているのか?!」

「違いますわ、落ち着いてください。とにかく、すべての状況を知っておきたいだけですの」

「そ、そうか。ならいい」  

 アルナウトが落ち着いたところで、執事がカサンドルの予定を言った。

「お嬢様は、本日は毎週恒例のお菓子の会にお出かけです。帰りは何時ものように十一時のご予定です」

「お菓子の会とはなんですの? お茶会と違いますの?」

 アレクサンドラがそう執事に尋ねると、アルナウトが忌々しそうに答えた。

「どうも、最近自分でお菓子を作るというのが下級貴族のあいだで流行っているようなんだが、娘も一度誘わてから好きでやるようになってしまった。私はカサンドルにそんなことをさせたくなかったんだが、まぁ、好きでやってる分にはいいと思ってな」

「では、その集まりですの?」

「そうだ。先週は私にマフィンを作って帰ってきた。あのマフィンはうちのコックが作ったものより美味しくてな、いや、この国で一番美味いマフィンを作れるかもしれん。もしかしてあの子にはなんでもできる才能が……」

 そのまま喋らせていると、いつまでも娘自慢を続けそうな勢いだったので、アレクサンドラは話を遮るように言った。

「カサンドルは本当に素晴らしいですわ。では、卿はいつもカサンドルの作ったお菓子を、召し上がるのですか?」

「そうだが?」

 そう答えると、アルナウトはムッとした顔をした。

「まさか、君はカサンドルがお菓子に毒を盛るとでも?」

「いいえ、違いますわ。でも途中で毒を盛られることはありますでしょう?」

 するとアルナウトは呆れたように答える。

「あり得んな。いいか? まずお菓子を作るときは乳母がつきそう。材料を混ぜるところからずっと監視をし、焼き上がりまで見張りがつく。焼き上がったものは直ぐにカサンドルがバスケットに入れて持って帰ってくるし、必ず乳母が毒見をする。毒を入れるタイミングはない」

「そうですの。では、そのお菓子の会はいつ頃から通ってらっしゃるんですか?」

「確か、もう半年ぐらい前からだ。毎週休まず行っている。だから、お菓子に毒を盛る方法があるならもうとっくに私は死んでいるはずだ」

「そうですわね」

 そう答えると、アルナウトは満足そうに頷いた。

「そういえば、カサンドルがもうそろそろ帰ってくるころだ。特別に君たちもお菓子を食べるかね?」

「はい、よろしければいただきますわ」

 アレクサンドラはそう答えながら、暗殺者はアルナウトにどうやって毒を飲ませたのか必死に考えていた。

「ただいま帰りましたわ!」

 鈴を鳴らしたような愛くるしい声がエントランスから届いた。

「カサンドル、帰ったか」

 アルナウトは、今まで見たことのないとびきりの笑顔でエントランスへ走って行き、カサンドルを゙出迎える。

 それを見てシルヴァンはアレクサンドラの耳元で呟いた。

「あれが本当の親バカというやつか」

「殿下、わたくしのお父様も似たようなものですので、人のことは言えませんわ」

 アレクサンドラがそう返していると、シルヴァンとアレクサンドラが居ることに気づいたカサンドルは嬉しそうにこちらに向かってきた。

 そうして目の前で立ち止まると、恭しくカーテシーをする。

 シルヴァンはいつもの無表情でそれに答える。

「カサンドル、久しいな。少し見ないあいだにまた一段とレディに近づいたようだ」

「本当に、カサンドル久しぶりね」

 二人が声を掛けると、カサンドルは嬉しそうに答える。

「王太子殿下、それにアレクサンドラお姉様お久しぶりです。お会いしたかったですわ」

 そこで背後からアルナウトが嬉しそうに言った。

「殿下やアレクサンドラが、是非お前の作ったお菓子を食したいとおっしゃっている。私もお前の作ったお菓子を楽しみにしていた。さっそく食べよう」

 すると、カサンドルは驚いた顔でアルナウトを見つめ、呆れたように言った。

「お父様、そんな直ぐに食べたいなんて端ないですわ。殿下がいらっしゃるのに」

 シルヴァンがそこで口を挟んだ。

「いや、構わない」

 すると、執事がカサンドルからお菓子の入ったバスケットを受け取った。

 それを見てアレクサンドラは執事に声をかける。

「そのバスケット、中身を見せてもらっても構わないかしら?」

 すると、アルナウトがまた不満そうな顔をした。

「君はまだ疑っているのか?」

「一応確認したいだけですわ」

「まぁ、それで君が納得するならいくらでも見ればいい」

 そんな会話をしている横でカサンドルが不安そうにアレクサンドラを見つめているのに気づき、安心させるため声をかけた。

「カサンドル、大丈夫よ。別にあなたがなにかをしたと疑っている訳ではないの」

「そうですの?」

「そうよ、気分を悪くしたならごめんなさいね」

 そう言われカサンドルは首を横に振った。
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