婚約破棄までの168時間 悪役令嬢は断罪を回避したいだけなのに、無関心王子が突然溺愛してきて困惑しています

みゅー

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 だが、それらはそこにいた兵士たちに易々やすやすと阻止された。

 後ろ手に縛られた二人を見下ろしながら、兵士たちは呆れたように言った。

「上流貴族のかたたちとは接点がないから顔を知らなくともしかたのないことかもしれないが、王太子妃になる御方の顔ぐらい覚えておけ。特にお前、自分の雇い主の顔も知らんで使用人が務まるものか! 馬鹿め」

 すると二人は悔しそうにアレクサンドラの顔を見つめた。

 それを見てアレクサンドラは吐き捨てるように言った。

「大丈夫、覚えてもらわなくて結構よ」

 そうして二人が兵士たちに連行されると、そこにクールナン伯爵夫人が笑顔で駆け寄ってきた。

「デュカス公爵令嬢、来てくださったんですのね?」

「いえ、出かける用事があって通りかかったら騒がしかったから立ち寄りましたの。それにしても誰があんなことを企てたのかしら怖いですわね」

「えぇ、そうですわね。あっ、もちろんわたくしは最初からデュカス公爵令嬢があんなことをなさるとは思っていませんでしたわ」

 そう言うと、クールナン伯爵夫人は口元をひくつかせた。

 その様子からクールナン伯爵夫人はアレクサンドラが今回の犯人だと思っていたのだろう。そう思いながら、アレクサンドラはやや冷ややかな眼差しをクールナン伯爵夫人に向けて言った。

「そうですわよね、あんな子ども騙しに引っかかるようなかた、まさかいらっしゃるはずはないですものね。なぜあれで騙されると思ったのかしら? 不思議ですわ~」

「そ、そうですわね」

「ところで」

「はい、なんでしょう?」

「シャトリエ男爵令嬢はいらっしゃるかしら? 少し話がしてみたくて。わたくしとっても誤解されていて、避けられているみたいなんですの。できれば誤解を解きたいところですわ」

「シャ、シャトリエ男爵令嬢ですの?! えっと、今日は気分が悪いとかで帰ってしまいましたわ」

「そうですの、残念ですわ」

「でも、デュカス公爵令嬢は少しお茶を楽しんでいかれては? こんなことを言うのは気が引けますけれど、特に殿下とこれから予定がある訳でもありませんわよね?」

 クールナン伯爵夫人がそう言うと、周囲の貴族令嬢たちはアレクサンドラを哀れむように見つめるとニヤニヤと笑った。

 アレクサンドラがシルヴァンに冷たい態度をされているのは、社交界では有名な話だった。そんなアレクサンドラを小馬鹿にしているのだろう。

 それにここにいる令嬢たちは、虐められているアリスの味方として悪い令嬢を懲らしめるつもりでいるのかもしれなかった。

 嫌味を言われムッとしたがここで挑発に乗ってしまえば相手の思うつぼだと、ぐっとこらえた。

 そのとき、周囲の者たちが急に静かになり入り口の方向を一斉に見つめ、さっと道を開けた。

 アレクサンドラとクールナン伯爵夫人は何事かとその方向を見つめていると、そこからシルヴァンが歩いてくるのが見えた。

「アレクサンドラ、屋敷に君が戻ってこないから僕の方から迎えに来た」

「殿下?!」

 シルヴァンは周囲の目も気にせず、真っ直ぐにアレクサンドラの元へ駆け寄ると手を取り愛おしそうにキスをした。

「な、何をなさってますの? 周囲に人がいますわ」

「だからこそ、だ。君が僕のものだって周囲にしめしたかったのだが?」

 そう言ってシルヴァンは嬉しそうに微笑んだ。

 クールナン伯爵夫人はそんなシルヴァンの様子を信じられないものでも見たかのような顔で見つめていたが、はっとした様子で慌ててカーテシーをした。

 シルヴァンは軽くそれを一瞥すると、声もかけずにアレクサンドラの腰に手を回し引き寄せる。

 そこでクールナン伯爵夫人は顔色をなくし、額に汗をにじませながら言った。

「あの、殿下もこちらでご一緒にお茶を召し上がってはいかがでしょうか?」

 このままお茶会に参加するのも嫌だが、シルヴァンと二人きりになるのは危険だと考えたアレクサンドラは、その誘いを受けることにした。

「そうですわね、そうし……」

 その瞬間、シルヴァンがアレクサンドラの顎に手を当て強引に自分の方を向かせたので言葉が途切れた。

「僕と一緒にいるのに、なぜよそ見をするんだ?」

 なにを言っているのかこの王子は!

 そう思ったアレクサンドラはシルヴァンを睨みつけたが、シルヴァンはそんなアレクサンドラを優しく見つめ返すと言った。

「そうか。君も早く二人きりになりたいんだね」

「ち、違いますわ。全然違います! そんなこと言ってません!」

 思わず本音がでる。だが、シルヴァンはお構い無しにクールナン伯爵夫人に対し、いつもの無表情な顔で言った。

「そういった訳で、彼女は帰りたいようだ。僕も彼女と二人きりになりたいんでね、失礼する」

 そうして、アレクサンドラを半ば抱えるようにエスコートし入り口へ向かって歩き始めた。

 そんなアレクサンドラを周囲の貴族令嬢たちは羨望と嫉妬が入り混じったような眼差しで見つめていた。

 馬車に乗り込むと、アレクサンドラはシルヴァンに詰め寄った。

「殿下、一体どういうつもりですの?! わたくしとっても恥ずかしかったですわ!」

「なぜ? 君だって以前はみんなの前で僕に愛情を示してくれていたじゃないか。今度は僕がみんなの前で君への愛情を示しているだけたが?」

「それは、そうかもしれませんけれど……」

「それに慣れてもらわないと困るな。今後僕は自分を偽るのをやめたのだから」

「ですが、殿下」

「いいかい? この話はもう終わりだ。時間がもったいないからね。それよりこれから少し出かけないか?」

「出かけますの?」

「そうだよ。僕らは今までまともに何処かへ出かけたこともなかった。これからは二人の時間をもっと大切にしたい」

 シルヴァンはそう言うとアレクサンドラの手をとり指を絡ませた。そして、返事もまたずに御者に馬車を出すよう声をかける。

 アレクサンドラは、シルヴァンの言う通りにするしかないと諦めた。

「わかりましたわ。それでどちらへ向かいますの?」

「昔、一緒に土ボタルを見に行ったことを覚えているか?」

「殿下こそ、覚えていらしたんですか?」

「もちろんだ。僕の苦い思い出だからね」

「あのときは、なにも話さずに申し訳ありませんでした。恥ずかしかったのです」

 アレクサンドラはあのとき、シルヴァンの機嫌を損ねてしまったことを思い出していた。シルヴァンにとってはさぞつまらなかったのだろう。

「子どもだったんだ」

「えっ?」

「子どもだったんだよ、僕は。それで、好きな女の子が僕と一緒にいてもつまらなそうにしていることに不貞腐れた」

「殿下が、ですか?」

「そうだ。だから、あの日をやり直したい。ずっと謝りたかった」

 そう言うとアレクサンドラの顔を覗き込むように見つめ微笑んだ。

「いいかな?」

 アレクサンドラは思わず視線を逸らすと頷いた。

「よかった。まぁ、君に断られたとしても僕は君が首を縦に振るまで諦めるつもりはなかったが」
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