死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。

みゅー

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第二話

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 王太子殿下の怒声を聞いたところでアザレアの記憶は途切れた。

 次に目を開けると双子の天使が見えた。見慣れた天井の絵だった。それでどうやら自室のベッドに横たわっているようだと気がついた。あれからアザレアは、どうにかして王宮からもどったようだった。

 天井に描かれたその双子の天使は星空を背景に描かれており、まるで双子の天使が天に登ってゆくシーンを切り取ったような美しい絵になっている。小さな頃に双子の天使が登場する絵本を読んで気に入ってしまい、父親に我儘を言って、絵師に自室の天井に描かせたものだ。それを懐かしく思っていると横から

「お嬢様?」

 と声がかかる。侍女のシラーだ。彼女はアザレアが開眼したことに気がついて慌てて声をかけたようだった。そして目を潤ませシーツの端を握りしめながら言った。

「お嬢様良かった! 本当に良かったですわ、気が付かれましたのですね!!」

 いつもはきちっと後ろでまとめられている美しい栗色の髪が若干みだれ、目の下にうっすらクマがあり、見るからにやつれた表情をしている。恐らく寝ずについていてくれたのだろう。

 シラーはアザレアが十の頃から侍女をしているせいか、少々心配性のきらいがある。アザレアが起き上がると、彼女は興奮した様子で

「このまま目覚めてくださらなかったらどうしましょうと、本当に本当に心配したのですよ!」

 とアザレアを抱きしめた。アザレアはシラーを安心させるため、彼女の背中を優しくさすりながら言った。

「シラー、落ち着いてちょうだい、わたくしはこの通り大丈夫よ。心配かけてしまってごめんなさい」

 彼女はアザレアから離れ、涙をぬぐいながら言った。

「いいえ、お嬢様の方が苦しい思いをしましたのに、私の方こそ取り乱してしまい申し訳ありませんでした」

 アザレアはシラーの手を握り、彼女が少し落ち着いたところで訊いた。

「ところでわたくしはどのぐらい眠っていたのかしら?」

「三日間もずっと起きなかったんですよ? どうしてこんなことになったのか。侍医にも原因がわからなくって……。今気分はどうですか? お腹は空いていませんか?何か口になさいます? あっ! それより旦那様にお伝えしなければ!!」

 と、落ち着きなくパタパタと大急ぎで部屋を出ていった。いかにもシラーらしくて思わず笑ってしまった。
 そんな彼女の後ろ姿を見送り、一人になったところで少し頭の中を整理する。

 三日間、その間に長い長い夢のようなものを見た。それはアザレアの前世の記憶だったようだ。だったようだと言うのは、まだぼんやりとしていてあれが夢なのか、本当に前世の記憶なのかハッキリしないからだ。

 その夢の中の前世では、私は庶民として幸せに暮らしていた。不思議なことに庶民としての名前など、自分自身に関することは全く思い出せない。

 ただ、どのような生活を送っていたとか、住んでいた場所などは覚えていた。
 その記憶の中に、重大なことが一つあった。その世界で読んだ本に、この世界のことが書かれていたことだった。

 その本は歴史書といった類いのものではないので、この世界とあちらの世界は同じ時間軸ではないようだ。となると、平行世界ということだろうか。こちらの世界に、平行世界と言う概念はないけれど。

 その本の中で、アザレアは死んだことになっていた。

 と言うわけで、その本の中の話が本当にこの世界や未来の事が書かれているのなら、どうやらアザレアはそう遠くないうちに死ぬのらしい。

 それはもちろんアザレアにとっての最重要事項であった。

 なんとかしなければ、でもどうすれば……。

 と、しばらく思案していると、バン! と大きな音を立てて自室のドアが開いた。

 見ると、リアトリス・ファン・ケルヘール公爵こと、アザレアの父親のリアトリスがドアの前に立っていた。
 間髪入れずアザレアは、リアトリスに向かって言った。

「お父様、わたくしの部屋へ入る時は必ずノックをするようにって、いつも言っているではありませんか!」

 リアトリスは一瞬動きを止めて呆気にとられたが、直ぐに相貌を崩した。

「アザレ! 私のアジャレ~!! もうそのようにこの父をを叱ることができるほど元気になったのだな! この父は、この父は嬉しいぞ~」

 そう言ってアザレアを強く抱きしめた。

 母親はアザレアを産んだ時に亡くなっている。そのせいもあってか、リアトリスの愛情が全てアザレアに一点集中してしまっていた。

 そのせいもあり物凄い親バカであった。これがなければ金髪、碧眼、ダンディで風格を備えた格好良い父親なのだが、と常々アザレアは思っていた。

 リアトリスの涙と鼻水が、そろそろアザレアのネグリジェに付きそうだったので、アザレアは体を離した。

 そんなリアトリスの涙と鼻水でグチャグチャの顔を見ていたら、どんな記憶があってもわたくしの家族はこの人であることに変わりはないのだ。と、なんだかホッとした。

 それと同時に、お父様を残して逝くなんて絶対にできない。死んでたまるものですか! と、迫り来る死を回避する決意を新たにするのだった。

 側にずっとついていようとするリアトリスを何とかなだめ、執務に戻るよう促し、もうしばらく休みたいので一人にして欲しいことを伝えると、そばで話を聞いていたシラーが

「その前に、とにかくなにか少しでも口にしてください」

 と、チキンスープを運んできた。運ばれてきたチキンスープを口にすると、三日ぶりの食事で胃に染みた。その後一人になると前世の記憶の中で読んだこの世界の話を思い出し、これからの対策を考えた。


 前世の本の物語では、マトリカリアの高等科へ、聖女が進学するところから始まっていた。マトリカリアとは前世の国で言うところの学校のことだ。

 アザレアは、そのマトリカリアの高等科へ進学する前に毒殺されて亡くなったことになっており、物語の序盤からほぼ出番はない。

 ヒロインは舞台となるここサイデューム王国へ、アゲラタムの大司教によって召喚された聖女で、日本人の丹家たんげ栞奈かんなという少女。

 話の内容を要約すると救国と恋愛要素の強い物語。ヒロインの恋愛相手はカルミア・フォン・クレケンス・サイデューム王太子殿下である。

 王太子殿下は婚約者であるケルヘール公爵令嬢ことアザレアを深く愛していたため、亡くなったことに酷く傷つき、恋愛から遠ざかっていると言うのが物語の前提であった。



 さて、サイデューム王国の成り立ちについてだが、魔法で高度な文明を築いている。なので私生活で魔法は欠かせないものとなっていた。

 だが、魔力の低い者も当然いる。そういった者は魔法では補えない分野で活躍しているのだが、生活する上でやはり魔法が使えないのは不便である。
 魔力があったとしても、日常でその都度魔力を消費していては疲弊してしまう。

 そこで出てくるのが魔道具である。

 魔道具とはなにか? 魔道具を説明する前に魔石のことを説明する必要がある。魔力は硬度の高い綺麗に結晶した鉱石に封じることができるのだが、その魔力が注入された鉱石が魔石と呼ばれている。

 その魔石をエネルギー源としている道具のことを魔道具という。魔力がほとんどなくとも、生体に反応して使用することができるため、日常生活では、ほぼこの魔道具を利用して生活していた。

 また、ここサイデューム王国周辺では魔物が発生する。それは奈落と呼ばれる混沌から生まれづる。
 奈落は魔力を利用していることの副産物であるとか、黄泉に繋がっているとか諸説あるがいまだに奈落の存在や魔物の発生の原因、魔物の正体すらわかっていない。

 その魔物から国を守る為に、定期的に聖女が召喚されている。聖女の役割は、光魔法によりダイヤモンドに魔力を注入して結界石を作ることだ。

 結界石はアゲラタムで厳重に管理され、国を包み込むように結界を張ることにより、魔物からサイデューム王国を守っている。


 物語の中では、次に召喚される聖女がヒロインの丹家たんげ栞奈かんなと言うことのようだった。

 現在、先代の聖女様の結界石が限界を迎えようとしているため、近々アゲラタムの大司教によって、聖女が召喚されるのでは? と巷で噂になっている。噂通りなら本の物語の内容通りに、近々聖女が召喚される確率は高い。

 混乱を招かないよう、アゲラタムにより聖女の召喚は正式なお披露目があるまで隠匿されているため、実際のところはいつ聖女召喚の儀式が行われるか定かではないが。



 物語の中でアザレアは十六で死んだようだった。ちなみに召喚された栞奈かんなとは、同級生ということになる。

 栞奈かんなは、召喚されたのち高等科に通いながら、魔力を高める。その間、諸事情によりお取り潰しになり、国王に没収されたケルヘール家の領地で、栞奈かんながダイヤモンドの鉱脈を見つける。

 そのダイヤモンド鉱脈から百三十二カラットの大きなダイヤモンドが発見されるのだが、そのダイヤモンドは過去最高の大きさを誇るものだった。

 そのダイヤモンドに栞奈かんなが光属性の魔力を注入し、過去最大の結界石を作った。そのため、のちに栞奈かんなは救国の大聖女と呼ばれることになった。

 それと並行して、王太子殿下の閉ざしていた心に寄り添い心を通わせる。そして王太子殿下を通して、アザレアを知るうちに、最初は病死とされていたアザレアの死の真相は毒殺であったと突き止める。

 栞奈かんなと王太子殿下は協力して犯人を見つけ無事に解決し、そして王太子殿下とハッピーエンド……そんな内容であった。

「ありえませんわ!」

 何が気に障るかというと、そもそも大前提として現実にいたるまで、王太子殿下はアザレアのことを、愛していると言ったことはない。

 婚約者候補として、それなりに気にかけてくれている素振りはみてとれていたが、愛情が感じられるような接し方をされたこともない。政略的なものだし、まだ婚約者候補なのだから仕方のないことだとは思っていた。

 だが、小説の中で王太子殿下は自分が好きなアンモビウムをさもアザレアが好きであったかのように愛で、アンモビウムの花が咲き誇る庭園まで作っているのだ。物語の中に文句を言いたい。

『アンモビウムが好きなのはご自身ではありませんか!』

 と。

 だいたいアザレアが好きな花はスターチスの花だ。本当に王太子殿下がアザレアを好きであったなら間違えるはずもない。

 物語の中の話なので事実ではないけれど、これが本当にこれから実際に起こる事実なのだとしたら、前世で物語を読んだときに、王太子可愛そう……と思った自分の頬をはたきたい。

 死んだあと、王太子殿下の女性避けの道具にされているのでは? とそう思うとアザレアは、先日王宮で殿下に嫌われているのではないだろうか? と、落ち込んでいた自分が馬鹿らしくなった。

 とりあえず、この物語が実際起こるかどうかはわからないが、憂いを排除することに越したことはない。

 このまま婚約者候補を続けていたなら、死にかねないという恐ろしい結末を知り、愛されていなさそうだし、どうせなら婚約者候補から降りてしまおう。と結論付けたのだった。
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