悪役令嬢は自称親友の令嬢に婚約者を取られ、予定どおり無事に婚約破棄されることに成功しましたが、そのあとのことは考えてませんでした

みゅー

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 舞踏会のあと、社交界で一躍時の人となってしまったオルヘルスは、その後の対応に追われることになった。

 翌朝、庭にあるガゼボで朝食兼昼食を取っていると、メイドが嬉しそうにトレーを持って駆け寄った。

「お嬢様、すごいです! お茶会のお誘いがこんなに!」

 そう言って嬉しそうにトレーに載った招待状の束をオルヘルスに見せたが、オルヘルスは憂鬱でしかなかった。

「オルガ、そんなに騒がないでちょうだい。どうせみんな昨日の舞踏会での話を聞きたいだけなんだから」

 そういって大きくため息を吐き、頬杖をつくとその招待状の束を見つめた。これらすべてに返事を書くのは骨のおれる作業になるだろう。

 そこへ母親のエファがやってくると、招待状の束を手に取り送り主の名を確認しながら向かいの椅子に座った。

「あら、いいじゃない。オリはどのお茶会に参加するつもり? ドリーセン伯爵家にフィーレンス侯爵家、ストッケル子爵家に、まぁ! シャウテン公爵家からも届いてるわよ?」

「お母様ったら、そんなにはしゃいで。わたくしあんまり目立ちたくありませんの。それに婚約解消すれば、しばらくは誰もわたくしを相手にしなくなって、ゆっくりできると思ってましたのに」

 それを聞いてエファはオルヘルスに微笑むと言った。

「オリ、あなたは特別な子ですもの。あなたみたいな子を他の男性が放っておくはずないわ。王太子殿下に婚約を申し込まれなかったら、今頃、夜会の招待状を大量に受けとることになってたはずよ?」

 オルヘルスは、今日こそはっきり言っておかなければと、エファを見据えて言った。

「お母様、わたくしは特別でもなんでもありませんわ」

「はいはい、自己評価の低い子ね。一体誰に似たのかしら」

 そう言うと、エファは招待状の束ををテーブルの上に置き、両手で頬杖をつくとオルヘルスを正面から見つめて微笑んだ。

「それにしてもあなた、昨日の舞踏会では随分準備がよかったじゃない。婚約解消されるなんてよく気づいたわね」

「あら、流石にそばで見ていればエーリク様とアリネア様の関係に気づきますわ」

 そう答えたが、実はオルヘルスはずっと前からこうなることは知っていた。

 なぜなら、この世界は前世で読んでいた小説の中の世界だったからだ。とは言っても、まったく同じではなかった。

 小説の中のオルヘルスはいわゆる悪役令嬢であり、主人公のアリネアがエーリクを想っていることを知りながら、親にねだってエーリクと強引に婚約する。

 そして、真実の愛に気づいたエーリクに婚約破棄されてしまうのだ。

 だが実際には、エーリクとの婚約は親に勝手に決められたことだったし、グランツは幼少のころ亡くなった王子として扱われており、小説に登場していない。

 そうして小説の内容をぼんやり思い出しているオルヘルスに向かって、エファは納得していない顔をした。

「あらそう、ふーん。なにかありそうね。でも、今のところは、そういうことにしておきましょ」

「そういうこともなにも、それが真実だもの」

「はいはい。それにしてもホルト公爵令息も大胆なことを考えたわねぇ、舞踏会で婚約破棄しようだなんて。それに、彼はあなたに救われたわね。お父様もお母様も、昨日のあなたの立ち回りには感心してるのよ?」

 そのとき、エントランスから執事のディルクが急ぎ足でやってくると報告する。

「奥様、お嬢様、大変なことでございます!」

 エファはそちらを向くと、鬱陶うっとおしそうに答える。

「もう、なんなの? ディルク……」

 そう言ってエファが言葉を止めて唖然としたので、オルヘルスは何事かと振り返って見ると、ディルクの後ろにグランツが立っていた。

 あまりのことに驚いて、ふたりともしばらくそうして固まっていたが、エファがハッとして立ち上がり膝を折ると、オルヘルスもそれに続いた。

「ふたりとも、ここは公の場ではない。かしこまらなくていい。オリ、顔を上げて」

 優しくそう言われ、オルヘルスはそっと顔を上げる。するとグランツはオルヘルスの手を取った。

「くつろいでいたのか? 実は今日は君を買い物に誘いに来た」

「買い物にでございますか? 殿下がですか? しかも、わたくしと?!」

 オルヘルスは王太子殿下が自分を誘いに来たということより、王太子殿下ともあろう人物がわざわざ買い物に出掛けようとすることに驚いていた。

 すると、グランツは寂しそうな顔をした。

「オリ、君は私と出かけるのは嫌か?」

「いえ、いいえ!! とんでもないことでございます。とても光栄なことですわ。では、支度がありますから、客間でお待ちいただけますでしょうか?」

 そう言われ、グランツはオルヘルスを足の爪先から頭のてっぺんまで見つめる。

「私は君が何を着ていても、その、とても美しいと思うが……。女性には色々あるのだろう」

「申し訳ありません」

 そう言ってディルクに客間へ案内するよう指示し、オルガと共に急いで自室へ向かった。

「あぁ、お嬢様。王太子殿下とお出掛けだなんて、なんて素敵なんでしょう! ドレスも取って置きのドレスにいたしましょう!」

 オルヘルスは慌ててそれを制する。

「オルガ、男性はドレスに興味なんてありませんわ。着替えるのに時間のかからないものにしましょう」

「そんな、せっかくのお出掛けなのにそれではシンプルなものになってしまいます」

「それでいいのよ」

 正直、オルヘルスは王太子殿下と婚姻することにあまり乗り気ではなかった。

 そもそも、婚約破棄されるところまでは計算どおりだったが、グランツに婚約を申し込まれるのは予定外の出来事で戸惑ってもいた。

 オルガに手伝ってもらい、装飾の少ないシンプルで地味な外出用ドレスに着替えると、慌てて客間へ向かう。

「お待たせしてしまい大変申し訳ありませんでした」

 すると、ソファでくつろいでいたグランツは慌てて立ち上がりオルヘルスに駆け寄る。

「いや、待っていない。それにしても、そのドレス」

 そう言われ、なにか文句をいわれるのかとオルヘルスは身構える。だが、グランツは微笑むと愛おしそうにオルヘルスを見つめて言った。

「シンプルだというのに、ここまで着こなしてしまうとはね。美しい」

 そう言ってじっと見つめたあと呟く。

「閉じ込めたい」

「はい? 殿下? 申し訳ありません。今なんと仰ったのでしょうか。聞こえませんでしたわ」

 そう言われ、グランツはにっこり微笑む。

「なんでもないよ。さぁ、行こう」

「はい……」

 グランツはそのまま素早くオルヘルスの腰に手を回すと、エントランスに向かって歩き始めた。

 そのとき、エントランスの方向からディルクと誰かが争うような声が聞こえた。

「なにか騒がしいですわね、なんでしょう」

 そう言いながら、その声に聞き覚えのあったオルヘルスはまさかと思いながらエントランスをそっと覗き込む。

「執事の分際で、あなたわたくしが誰だかわかって言っているのかしら?」

「申し訳ありません、コーニング伯爵令嬢。ですが、お嬢様は今手が離せないのです」

「大丈夫よ。オリはわたくしに逆らえないのだから」

 そんな会話が聞こえ、オルヘルスはげんなりした。彼女はこちらから避けようとしても、こうしていつも絡んでくるのだ。
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