30 / 43
29
しおりを挟む
イーファは両手で顔を覆っているオルヘルスを見て、グランツに問い詰める。
「殿下。今、オリになにかしましたね?」
「まさか、私はオリを傷つけるようなことはしない」
するとイーファはオルヘルスに訊く。
「オリ、本当になにもされてないのか?」
オルヘルスはとにかく言葉も発せずに何度も何度もうなずくしかできず、それからしばらくは恥ずかしくてグランツの顔を見ることもできなかった。
そのあとグランツは終始ご機嫌な様子で過ごし、イーファは納得がいかない顔をして常にグランツの行動に警戒して過ごした。
そのあと数日経っても、エーリクもアリネアも特になんの動きもなく、結局パールドゥクラブもそのまま立ち消えになってしまったようだった。
あれだけ失態を晒したのだから、それも当然のことだろう。
さらにスノウの盗難があってから、リートフェルト家の警備も一層厳重になりエーリクたちも迂闊にオルヘルスやスノウに近づけないようになった。
その裏でグランツたちはしっかり準備を進め、いよいよ正式に婚約を交わすこととなった。
婚約をしても、公の場でそれを発表するのはまた後日場をもうけて行うとのことで、その日は王宮内で密かに婚約する運びとなった。
別荘に迎えの馬車が来ると、オルヘルスはいよいよ本当に自分はこの国の王妃となるのだと思い、とても緊張した。
何度かこの日のリハーサルをやっており、そこまで難しい手順ではなかったが緊張のあまり失敗してしまうのではないかと不安になった。
だが、それも王宮でグランツの顔を見るまでのことだった。
王宮に入りイーファのエスコートでグランツの前まで連れていかれると、グランツはいつもの穏やかな優しい眼差しでオルヘルスを迎えてくれた。
オルヘルスがグランツの差し出す手を取ると耳元で囁く。
「これで君は私から逃げられなくなるが、構わないか?」
オルヘルスは微笑んで答える。
「望むところですわ」
そう言うとお互いに正面を向いて階段を上がり、両陛下の前に出た。
準備されていた契約書にお互いがサインし、オルヘルスはリボンをグランツはホワイトタイを差し出し交換した。
立会人であるシャウテン公爵はそれを見届け静かに言った。
「ここにグランツ・ファン・デ・ヴァル・ユウェル王太子殿下とオルヘルス・リートフェルト男爵令嬢との正式な婚約が執り行われました」
その台詞に、ふたりは見つめ合うと微笑んだ。
すると、黙ってそれをみていたエリ女王が懐からおもむろにハンカチを取り出し、正面を向いたまま横に座っているフィリベルトに差しだして言った。
「よし。もう泣いてよろしい」
フィリベルト国王はそのハンカチを受け取った瞬間、それまで我慢していたのか堰を切ったように泣き始めた。
「二人とも、本当によかった……。オリも本当に……。ぐうぅ」
そうして泣いているフィリベルト国王をそのままに、エリ女王は玉座から立ち上がると二人の前に立った。
「オリ、グランツ。あなたたちならこの国を立派に導くことができると信じてるけれど、まだまだ二人は若いのだから、私と国王が生きているあいだはなんでも相談しなさい」
すると、グランツは少し悲しそうな顔で答える。
「生きているあいだに……なんて、女王陛下にしては気の弱いことを仰る。ですが、その気持ちはしっかり受け取りました」
オルヘルスもそれに続いて答える。
「私も精一杯努めさせていただきますので、ご指導よろしくお願いいたします」
それを聞いてエリ女王はオルヘルスに優しく微笑む。
「あなたはそのままでいいわ。誰よりも努力家であることは知っていてよ? でも王宮へ来て、これから慣れないこともあるでしょう」
そこまで言うとエリ女王はグランツに向き直った。
「グランツ、そのときはあなたが支えるのよ」
「はい、わかっています」
グランツはそう答えてオルヘルスに微笑んだ。
こうして契約が終わると、関係者のみのささやかな晩餐会が開かれた。
そこでグランツは、あらためて白糸刺繍の入ったリボンをまじまじと見つめるとオルヘルスを褒めたたえる。
そして、ある花モチーフを見て不思議そうにオルヘルスに質問する。
「この花は? 見たことのない花だが」
ユヴェル国には桜の木はない。グランツが不思議に思っても仕方がないかもしれない。そう思いながら、オルヘルスは言った。
「それは桜という花ですわ。遠い異国の花で、春になると淡いピンク色の小さな花がたくさん咲いて、その花弁がひらひら舞うのがとても幻想的で、とても美しい光景になるそうですわ」
「そうなのか、それは是非一度みてみたいものだ」
もしかすると、この国のどこかに山桜があるかもしれない。そう思いながらオルヘルスはうなずく。
「そうですわね、私も見たいですわ」
そんな話をしていて、オルヘルスはハンカチを渡していなかったことを思い出し手渡す。
「グランツ様。あの、これを」
グランツはそれを受け取ると、包みを開けた。
「頼んでいたハンカチだな。こんなに素晴らしいものをありがとう。これはリボンの刺繍とも揃いになっているのだな」
「そうですわ、それで……」
オルヘルスは、揃いの自分のハンカチを取り出し刺繍の説明をした。
「なるほど。君に任せて正解だったな。揃いになっていると同時に、全て違うデザインになっているとは」
そう言うと、ハンカチの刺繍を指でなぞりながら嬉しそうに微笑んだ。その顔を見てオルヘルスは頑張って作ってよかったと心から思った。
そんな会話をしているふたりの横で、両陛下とステファン、エファも和やかな雰囲気で会話を楽しんでいる、
オルヘルスは知らなかったが、両陛下とリートフェルト家は昔から親交があったようで、昔話に花を咲かせていた。
それを見て不意に、両陛下がお茶会や愛馬会で会ったときに再開を喜んでいる様子だったのを思い出し、この機会にそれについて訊いてみようと考えた。
だが、ステファンとフィリベルト国王が気分よく飲み始めてしまい、話を聞けるような状態ではなくなってしまったので、屋敷に戻ってからあらためて訊いてみることにした。
翌日から風習に従い、グランツはオルヘルスのリボンをタイとして使用し、オルヘルスはグランツのタイをリボンとして首に巻いた。
こうして周囲にはグランツが誰かと婚約したことが知れ渡ると、その相手はオルヘルスだろうと噂された。
だが、オルヘルスは強固な護衛もあり、興味本位で近づく貴族たちにもほとんど接触することなく、姿を見られることがなかったのでその噂は噂止まりとなっていた。
「殿下。今、オリになにかしましたね?」
「まさか、私はオリを傷つけるようなことはしない」
するとイーファはオルヘルスに訊く。
「オリ、本当になにもされてないのか?」
オルヘルスはとにかく言葉も発せずに何度も何度もうなずくしかできず、それからしばらくは恥ずかしくてグランツの顔を見ることもできなかった。
そのあとグランツは終始ご機嫌な様子で過ごし、イーファは納得がいかない顔をして常にグランツの行動に警戒して過ごした。
そのあと数日経っても、エーリクもアリネアも特になんの動きもなく、結局パールドゥクラブもそのまま立ち消えになってしまったようだった。
あれだけ失態を晒したのだから、それも当然のことだろう。
さらにスノウの盗難があってから、リートフェルト家の警備も一層厳重になりエーリクたちも迂闊にオルヘルスやスノウに近づけないようになった。
その裏でグランツたちはしっかり準備を進め、いよいよ正式に婚約を交わすこととなった。
婚約をしても、公の場でそれを発表するのはまた後日場をもうけて行うとのことで、その日は王宮内で密かに婚約する運びとなった。
別荘に迎えの馬車が来ると、オルヘルスはいよいよ本当に自分はこの国の王妃となるのだと思い、とても緊張した。
何度かこの日のリハーサルをやっており、そこまで難しい手順ではなかったが緊張のあまり失敗してしまうのではないかと不安になった。
だが、それも王宮でグランツの顔を見るまでのことだった。
王宮に入りイーファのエスコートでグランツの前まで連れていかれると、グランツはいつもの穏やかな優しい眼差しでオルヘルスを迎えてくれた。
オルヘルスがグランツの差し出す手を取ると耳元で囁く。
「これで君は私から逃げられなくなるが、構わないか?」
オルヘルスは微笑んで答える。
「望むところですわ」
そう言うとお互いに正面を向いて階段を上がり、両陛下の前に出た。
準備されていた契約書にお互いがサインし、オルヘルスはリボンをグランツはホワイトタイを差し出し交換した。
立会人であるシャウテン公爵はそれを見届け静かに言った。
「ここにグランツ・ファン・デ・ヴァル・ユウェル王太子殿下とオルヘルス・リートフェルト男爵令嬢との正式な婚約が執り行われました」
その台詞に、ふたりは見つめ合うと微笑んだ。
すると、黙ってそれをみていたエリ女王が懐からおもむろにハンカチを取り出し、正面を向いたまま横に座っているフィリベルトに差しだして言った。
「よし。もう泣いてよろしい」
フィリベルト国王はそのハンカチを受け取った瞬間、それまで我慢していたのか堰を切ったように泣き始めた。
「二人とも、本当によかった……。オリも本当に……。ぐうぅ」
そうして泣いているフィリベルト国王をそのままに、エリ女王は玉座から立ち上がると二人の前に立った。
「オリ、グランツ。あなたたちならこの国を立派に導くことができると信じてるけれど、まだまだ二人は若いのだから、私と国王が生きているあいだはなんでも相談しなさい」
すると、グランツは少し悲しそうな顔で答える。
「生きているあいだに……なんて、女王陛下にしては気の弱いことを仰る。ですが、その気持ちはしっかり受け取りました」
オルヘルスもそれに続いて答える。
「私も精一杯努めさせていただきますので、ご指導よろしくお願いいたします」
それを聞いてエリ女王はオルヘルスに優しく微笑む。
「あなたはそのままでいいわ。誰よりも努力家であることは知っていてよ? でも王宮へ来て、これから慣れないこともあるでしょう」
そこまで言うとエリ女王はグランツに向き直った。
「グランツ、そのときはあなたが支えるのよ」
「はい、わかっています」
グランツはそう答えてオルヘルスに微笑んだ。
こうして契約が終わると、関係者のみのささやかな晩餐会が開かれた。
そこでグランツは、あらためて白糸刺繍の入ったリボンをまじまじと見つめるとオルヘルスを褒めたたえる。
そして、ある花モチーフを見て不思議そうにオルヘルスに質問する。
「この花は? 見たことのない花だが」
ユヴェル国には桜の木はない。グランツが不思議に思っても仕方がないかもしれない。そう思いながら、オルヘルスは言った。
「それは桜という花ですわ。遠い異国の花で、春になると淡いピンク色の小さな花がたくさん咲いて、その花弁がひらひら舞うのがとても幻想的で、とても美しい光景になるそうですわ」
「そうなのか、それは是非一度みてみたいものだ」
もしかすると、この国のどこかに山桜があるかもしれない。そう思いながらオルヘルスはうなずく。
「そうですわね、私も見たいですわ」
そんな話をしていて、オルヘルスはハンカチを渡していなかったことを思い出し手渡す。
「グランツ様。あの、これを」
グランツはそれを受け取ると、包みを開けた。
「頼んでいたハンカチだな。こんなに素晴らしいものをありがとう。これはリボンの刺繍とも揃いになっているのだな」
「そうですわ、それで……」
オルヘルスは、揃いの自分のハンカチを取り出し刺繍の説明をした。
「なるほど。君に任せて正解だったな。揃いになっていると同時に、全て違うデザインになっているとは」
そう言うと、ハンカチの刺繍を指でなぞりながら嬉しそうに微笑んだ。その顔を見てオルヘルスは頑張って作ってよかったと心から思った。
そんな会話をしているふたりの横で、両陛下とステファン、エファも和やかな雰囲気で会話を楽しんでいる、
オルヘルスは知らなかったが、両陛下とリートフェルト家は昔から親交があったようで、昔話に花を咲かせていた。
それを見て不意に、両陛下がお茶会や愛馬会で会ったときに再開を喜んでいる様子だったのを思い出し、この機会にそれについて訊いてみようと考えた。
だが、ステファンとフィリベルト国王が気分よく飲み始めてしまい、話を聞けるような状態ではなくなってしまったので、屋敷に戻ってからあらためて訊いてみることにした。
翌日から風習に従い、グランツはオルヘルスのリボンをタイとして使用し、オルヘルスはグランツのタイをリボンとして首に巻いた。
こうして周囲にはグランツが誰かと婚約したことが知れ渡ると、その相手はオルヘルスだろうと噂された。
だが、オルヘルスは強固な護衛もあり、興味本位で近づく貴族たちにもほとんど接触することなく、姿を見られることがなかったのでその噂は噂止まりとなっていた。
1,168
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
悪役令息(冤罪)が婿に来た
花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー
結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!?
王女が婚約破棄した相手は公爵令息?
王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした?
あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…。
その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た。
彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す。
そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を。
彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を。
その数日後王家から正式な手紙がくる。
ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」
イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する。
「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」
心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ!
※ざまぁ要素はあると思います。
※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております。
婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる