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スピンオフ『厨房の見習いは夢を見る』
第二章:師弟はじまりのスープ
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「落ち着いて火加減を調整して…そう、そのくらいでいい」
栄作の声は静かだったが、どこか鋭さを含んでいた。
厨房の中央、煮立ち始めたスープ鍋を前に、トムは額に汗を浮かべていた。
「でも、これ……さっきと匂いが違う気がします」
「気づけるようになったんだな」
栄作は頷き、火元を覗き込む。
「今の匂いは、野菜から出る甘みが強すぎる兆候だ。火が強すぎて、玉ねぎの糖が焦げかけてる」
「うっ……!」
トムは慌てて火を落とし、鍋を持ち上げた。
「味覚魔法は便利だが、万能じゃない。君が感じる“味の気配”は、経験と合わせて初めて活きるんだ」
トムは真剣に頷いた。
まだ信じられないような思いが胸の奥に残っていたが、目の前のスープから「確かに」伝わってくる感覚がある。
食材の状態。香り。温度。
まるで鍋の中に、自分の五感すべてが染み込んでいくようだった。
「改めて言おう。トム。君はもう、ただの見習いじゃない」
栄作はトムの前にまっすぐ立ち、こう続けた。
「今日から君は、“俺の弟子”だ」
「……!」
トムの胸が高鳴った。
これまで幾度となく空想してきた言葉。それが、ついに現実となった瞬間だった。
「だけど、弟子だからといって甘やかすつもりはない」
「……はい!」
「明日から毎日、三品ずつスープを作ってもらう。自分で食材を選び、調理し、味を分析する。使う魔力の量や感じた味も全部ノートに記録だ」
「記録、ですか?」
「料理魔法は“感覚の記録”こそが命だ。記録なしに成長はない」
栄作は厨房の隅から、使い込まれたノートを取り出した。
「これが俺の記録ノートだ。異世界に来てから、毎日書き溜めてきた。君も今日から書け」
トムは両手でノートを受け取った。
重みはそれほどないが、そこに詰まっているものの密度を想像するだけで、背筋が伸びた。
「ありがとうございます……絶対に、無駄にしません」
「無駄にするな。それに、厨房の仕事は料理だけじゃない」
栄作はトムの後ろを指差した。
そこには、山積みになった食器と鍋の山。
「魔力があるからといって、掃除が免除になると思うなよ?」
「……ですよね」
トムは苦笑いしながら、皿洗い用のたらいに向かった。
* * *
その日の夜。
厨房の灯りが落ちたあと、トムは自室に戻ってノートを広げていた。
日付、料理名、使用した食材、魔力の感覚、感じた味、香り、違和感……
震える手で、一行ずつ丁寧に記していく。
(味覚魔法……こんな力、僕が持っていていいのかな)
不安はある。だが、それ以上に今、胸の中にあるのは“喜び”だった。
あの栄作に「弟子」と認められたこと。
自分の舌が、人を喜ばせる可能性を持っていること。
(いつか絶対、栄作さんに負けない料理を作ってみせる)
そう誓いながら、トムは最後にページの下にこう記した。
「第一日目。師匠の味には、まだまだ遠い。でも、僕は進む」
ノートを閉じ、ランプの灯を消したトムの部屋に、静かな夜風が吹き込んだ。
栄作の声は静かだったが、どこか鋭さを含んでいた。
厨房の中央、煮立ち始めたスープ鍋を前に、トムは額に汗を浮かべていた。
「でも、これ……さっきと匂いが違う気がします」
「気づけるようになったんだな」
栄作は頷き、火元を覗き込む。
「今の匂いは、野菜から出る甘みが強すぎる兆候だ。火が強すぎて、玉ねぎの糖が焦げかけてる」
「うっ……!」
トムは慌てて火を落とし、鍋を持ち上げた。
「味覚魔法は便利だが、万能じゃない。君が感じる“味の気配”は、経験と合わせて初めて活きるんだ」
トムは真剣に頷いた。
まだ信じられないような思いが胸の奥に残っていたが、目の前のスープから「確かに」伝わってくる感覚がある。
食材の状態。香り。温度。
まるで鍋の中に、自分の五感すべてが染み込んでいくようだった。
「改めて言おう。トム。君はもう、ただの見習いじゃない」
栄作はトムの前にまっすぐ立ち、こう続けた。
「今日から君は、“俺の弟子”だ」
「……!」
トムの胸が高鳴った。
これまで幾度となく空想してきた言葉。それが、ついに現実となった瞬間だった。
「だけど、弟子だからといって甘やかすつもりはない」
「……はい!」
「明日から毎日、三品ずつスープを作ってもらう。自分で食材を選び、調理し、味を分析する。使う魔力の量や感じた味も全部ノートに記録だ」
「記録、ですか?」
「料理魔法は“感覚の記録”こそが命だ。記録なしに成長はない」
栄作は厨房の隅から、使い込まれたノートを取り出した。
「これが俺の記録ノートだ。異世界に来てから、毎日書き溜めてきた。君も今日から書け」
トムは両手でノートを受け取った。
重みはそれほどないが、そこに詰まっているものの密度を想像するだけで、背筋が伸びた。
「ありがとうございます……絶対に、無駄にしません」
「無駄にするな。それに、厨房の仕事は料理だけじゃない」
栄作はトムの後ろを指差した。
そこには、山積みになった食器と鍋の山。
「魔力があるからといって、掃除が免除になると思うなよ?」
「……ですよね」
トムは苦笑いしながら、皿洗い用のたらいに向かった。
* * *
その日の夜。
厨房の灯りが落ちたあと、トムは自室に戻ってノートを広げていた。
日付、料理名、使用した食材、魔力の感覚、感じた味、香り、違和感……
震える手で、一行ずつ丁寧に記していく。
(味覚魔法……こんな力、僕が持っていていいのかな)
不安はある。だが、それ以上に今、胸の中にあるのは“喜び”だった。
あの栄作に「弟子」と認められたこと。
自分の舌が、人を喜ばせる可能性を持っていること。
(いつか絶対、栄作さんに負けない料理を作ってみせる)
そう誓いながら、トムは最後にページの下にこう記した。
「第一日目。師匠の味には、まだまだ遠い。でも、僕は進む」
ノートを閉じ、ランプの灯を消したトムの部屋に、静かな夜風が吹き込んだ。
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