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スピンオフ『厨房の見習いは夢を見る』
第三章:朝は希望の香り
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ギルドの朝は、思ったよりも早い。
まだ外は薄暗く、朝露の気配が残る時間帯。
厨房の薪火台に、最初の小さな炎が灯される。
「……よし、やるぞ」
誰もいない厨房に、トムの小さな声が響いた。
今日は、栄作の不在日。
食材の仕入れとレシピ開発のために、彼は町外れの市場へ朝から出かけていた。
厨房を任されたトムには、重大な任務がある。
――ギルド所属の冒険者たちの朝食を、一人で用意すること。
栄作から渡されたメモには、こう書かれていた。
・ハーブ入りミートパイ(40人分)
・蒸し豆と野菜のスープ(50人分)
・塩バター小パン(補充15個)
※すべて7時には配膳完了のこと
「4時半開始で、間に合うはず……多分……!」
震える手でエプロンを結び直す。
魔力も道具も、栄作が使うほどの腕はまだない。
でも、味覚魔法がある。そして、毎日練習してきた。
「まずはスープから。火を起こして……水量は……」
慌てそうになる自分の心を、トムは深呼吸で落ち着ける。
(順番に、一つずつ。焦らず、でも止まらず)
刻んだ玉ねぎを油で炒めると、あの甘い香りがふわりと立ちのぼった。
それを感じただけで、頭の中に“味の地図”が広がっていく。
(……この香り。今日の玉ねぎは水分が少なめだ。火加減を弱めにして、焦げないように……)
魔法の力で“味の構成”を感じ取る。
それを使って、自分の手で理想に近づける。
それは、魔法でありながら、魔法に頼らない料理。
「……よし、次。パンを温める準備を」
焼き置きしてある小パンに、少しだけ水をかけ、蒸し直しの準備をする。
中に入れる塩バターの量を、指先で丁寧に量る。
(パンの温度、スープの煮込み、ミートパイの中具と皮……全部並行でやらなきゃ)
時間との戦い。けれど、不思議と“怖さ”はなかった。
* * *
「――すっごい!トム、今日のミートパイ、なんかプロっぽくない?」
厨房の外、配膳台の前で、受付嬢アイリスが笑顔で声をかけてきた。
「えっ、本当ですか!?」
「うん、すっごく良い香りだし、見た目もバッチリ。……しかも、今日のパン、なんだかしっとりしてる」
「水分の量を調整して、蒸し直してみたんです」
「さすが、“未来の料理長”だね!」
顔が真っ赤になるトム。
でも、内心は誇らしかった。誰かが、自分の味を“美味しい”と笑ってくれる。
その一言のために、どれだけ緊張していたことか。
「まもなく七時です。朝食、配膳開始します!」
配膳担当の職員の声が響くと、次々に冒険者たちが食堂へ集まりはじめた。
スープの湯気とパンの香りが広がり、目を覚ました冒険者たちの顔に笑みが浮かぶ。
「うまい!」「このスープ、昨日よりうまくなってないか?」「なんだ、料理長今日いないのかよ!?」
「今日の料理は誰だ!?」
「――僕です」
少しだけ、背伸びしてトムは答えた。
その姿に、数人の冒険者が目を見張る。
「アイツが、作ったのか?」
「……やるじゃねぇか、小僧!」
笑い声とともに、温かな拍手が一つ、また一つ。
厨房の扉の奥、トムは少しだけ目頭を熱くしていた。
(……やった)
今日の味は、確かに自分のものだった。
鍋の中に込めた想いが、きちんと誰かに届いた――その実感。
* * *
その日の夜、栄作が戻ってきたのは、日がすっかり沈んでからだった。
厨房の記録ノートをめくる栄作は、そこにびっしり書き込まれた文字に、目を細めた。
「……なかなかいい日を過ごしたようだな、トム」
ページの端に、こう綴られていた。
「第三日目。朝食を任された。緊張したけれど、みんなが笑ってくれた。それだけで、もう十分だった。…でも、もっと美味しくしたい。次は、もっと驚かせたい。」
栄作は笑う。
「いいじゃないか、夢を見てる見習いってのは」
そして、ノートに一言だけ追記した。
「味は、想いから始まる。――栄作」
まだ外は薄暗く、朝露の気配が残る時間帯。
厨房の薪火台に、最初の小さな炎が灯される。
「……よし、やるぞ」
誰もいない厨房に、トムの小さな声が響いた。
今日は、栄作の不在日。
食材の仕入れとレシピ開発のために、彼は町外れの市場へ朝から出かけていた。
厨房を任されたトムには、重大な任務がある。
――ギルド所属の冒険者たちの朝食を、一人で用意すること。
栄作から渡されたメモには、こう書かれていた。
・ハーブ入りミートパイ(40人分)
・蒸し豆と野菜のスープ(50人分)
・塩バター小パン(補充15個)
※すべて7時には配膳完了のこと
「4時半開始で、間に合うはず……多分……!」
震える手でエプロンを結び直す。
魔力も道具も、栄作が使うほどの腕はまだない。
でも、味覚魔法がある。そして、毎日練習してきた。
「まずはスープから。火を起こして……水量は……」
慌てそうになる自分の心を、トムは深呼吸で落ち着ける。
(順番に、一つずつ。焦らず、でも止まらず)
刻んだ玉ねぎを油で炒めると、あの甘い香りがふわりと立ちのぼった。
それを感じただけで、頭の中に“味の地図”が広がっていく。
(……この香り。今日の玉ねぎは水分が少なめだ。火加減を弱めにして、焦げないように……)
魔法の力で“味の構成”を感じ取る。
それを使って、自分の手で理想に近づける。
それは、魔法でありながら、魔法に頼らない料理。
「……よし、次。パンを温める準備を」
焼き置きしてある小パンに、少しだけ水をかけ、蒸し直しの準備をする。
中に入れる塩バターの量を、指先で丁寧に量る。
(パンの温度、スープの煮込み、ミートパイの中具と皮……全部並行でやらなきゃ)
時間との戦い。けれど、不思議と“怖さ”はなかった。
* * *
「――すっごい!トム、今日のミートパイ、なんかプロっぽくない?」
厨房の外、配膳台の前で、受付嬢アイリスが笑顔で声をかけてきた。
「えっ、本当ですか!?」
「うん、すっごく良い香りだし、見た目もバッチリ。……しかも、今日のパン、なんだかしっとりしてる」
「水分の量を調整して、蒸し直してみたんです」
「さすが、“未来の料理長”だね!」
顔が真っ赤になるトム。
でも、内心は誇らしかった。誰かが、自分の味を“美味しい”と笑ってくれる。
その一言のために、どれだけ緊張していたことか。
「まもなく七時です。朝食、配膳開始します!」
配膳担当の職員の声が響くと、次々に冒険者たちが食堂へ集まりはじめた。
スープの湯気とパンの香りが広がり、目を覚ました冒険者たちの顔に笑みが浮かぶ。
「うまい!」「このスープ、昨日よりうまくなってないか?」「なんだ、料理長今日いないのかよ!?」
「今日の料理は誰だ!?」
「――僕です」
少しだけ、背伸びしてトムは答えた。
その姿に、数人の冒険者が目を見張る。
「アイツが、作ったのか?」
「……やるじゃねぇか、小僧!」
笑い声とともに、温かな拍手が一つ、また一つ。
厨房の扉の奥、トムは少しだけ目頭を熱くしていた。
(……やった)
今日の味は、確かに自分のものだった。
鍋の中に込めた想いが、きちんと誰かに届いた――その実感。
* * *
その日の夜、栄作が戻ってきたのは、日がすっかり沈んでからだった。
厨房の記録ノートをめくる栄作は、そこにびっしり書き込まれた文字に、目を細めた。
「……なかなかいい日を過ごしたようだな、トム」
ページの端に、こう綴られていた。
「第三日目。朝食を任された。緊張したけれど、みんなが笑ってくれた。それだけで、もう十分だった。…でも、もっと美味しくしたい。次は、もっと驚かせたい。」
栄作は笑う。
「いいじゃないか、夢を見てる見習いってのは」
そして、ノートに一言だけ追記した。
「味は、想いから始まる。――栄作」
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