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第二部:料理と冒険の日々
第10章:灼熱の迷宮
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アーケイディアの広場には早朝から人が集まっていた。ギルドの前に立つのは、遠征の準備を整えた栄作たち一行。特殊な耐熱装備を身につけ、大量の食料と装備を積んだ荷馬車を囲んでいる。
「皆、準備はいいか?」マグナスが豪快な声で尋ねた。彼は特注の耐熱金属で作られた重厚な鎧を着ていた。
「ええ、必要なものは全て揃ったわ」ナディアは念入りに装備を確認しながら答えた。彼女は軽量の耐熱素材で作られた機動性の高い防具を身につけていた。
ルークは新しい魔法のローブに身を包み、誇らしげに杖を掲げた。「僕も準備オッケー!特別に練習した水系魔法が役に立つはず!」
シルヴァンは黙って頷いただけだったが、彼もエルフの技術で作られた特殊な耐熱装備を身につけていた。
最後に栄作が出てきた。彼も軽量の防具を着けていたが、最も目立つのは大きなリュックと、特殊調理器具を収めた頑丈な箱だった。
セイジギルドマスターが彼らの前に立った。「諸君、これは危険な旅になるだろう。しかし、もし『五大食材の予言』が真実なら、この任務は世界の命運を左右するかもしれない」
町の人々も見送りに集まっていた。栄作がギルドで料理を始めてから、町全体が活気づいていたのだ。
「栄作さん、無事に帰ってきてくださいね!」
「マグナス、怪我だけはするなよ!」
「ルーク、頑張れ!」
様々な声が飛び交う中、栄作は町の人々に向かって深々と頭を下げた。
「必ず戻ってきます。そして、もっと素晴らしい料理を皆さんに振る舞います」
セイジが栄作に近づき、小さな結晶を手渡した。「これは通信用の魔法結晶だ。危険があれば連絡しろ。できる限りの援軍を送る」
「ありがとうございます」栄作は結晶を大切にポケットにしまった。
「さあ、出発だ!」マグナスの掛け声で、一行は南へと向かう街道に踏み出した。
---
旅は順調に進んだ。アーケイディアから南へ二週間、彼らは徐々に気候の変化を感じるようになった。空気は乾燥し、日中の気温は上昇していった。
「あれが燃える山脈か...」
平原の向こうに見えてきたのは、赤く輝く山々の連なり。いくつかの山頂からは煙が立ち上り、夜になると炎が見えることもあった。
「人が住めるのはこの辺りまでです」地元の案内人が言った。「これより先は、熱と火山ガスで普通の人間は生きられません」
一行は最後の町「アッシュゲート」で最終準備を整えることにした。町は火山の恩恵を受けた温泉と鉱物資源で栄えていたが、至る所に火山灰が積もり、独特の景観を作り出していた。
宿に荷物を下ろした後、栄作は市場へと向かった。ここでしか手に入らない火山地帯特有の食材を探すためだ。
「これは...」栄作はある屋台の前で足を止めた。そこには赤く輝く果実が並べられていた。
「お客さん、目が高いね」屋台の主人が笑顔で声をかけた。「これは『火炎果(かえんか)』。火山の近くでしか育たない貴重な果実さ」
栄作は一つ手に取り、「味覚分析」の能力を使った。果実の中には高濃度の火のエネルギーが凝縮されていることがわかる。
「これは調理に使えます」栄作は数個購入した。
他にも「灼熱ハーブ」「火山塩」「溶岩キノコ」など、この地域特有の食材を見つけた。これらはガロンの言葉を思い出させた—「炎竜は火山の熱と炎を食べて生きている」。
宿に戻ると、ナディアが地図を広げていた。「明日からが本番ね。火山地帯に入ったら、普通の地図は役に立たない。現地で作成していく必要があるわ」
「耐熱装備の最終確認もしておこう」マグナスが言った。「一度火山地帯に入ったら、修理はほぼ不可能だ」
夕食時、栄作は特別な料理を用意した。「これは『耐熱強化スープ』です。明日からの環境に体を慣れさせるのに役立つはずです」
深紅のスープを飲むと、体の芯から熱に強くなるような感覚が広がった。
「すごい!体の中から涼しくなるような...」ルークは驚いた様子で言った。
「でも、この効果は一時的です」栄作は注意を促した。「毎日摂取する必要があります」
食事の後、栄作はガロンから教わった情報を元に作戦会議を開いた。
「灼熱の迷宮の入口までは、火山地帯を二日ほど歩く必要があります。そこからが本当の挑戦です」
シルヴァンが地図を指さした。「この地域は『死者の谷』と呼ばれている。有毒ガスが充満しているため、特殊な呼吸器具が必要だ」
「その先の『溶岩河』を渡るには、特殊な浮き橋を作らなければならない」ナディアが続けた。
「そして最後に迷宮だ」マグナスが真剣な表情で言った。「ガロンの話では、迷宮内は複雑に入り組んでおり、しかも時々構造が変わるらしい」
栄作は火山特有の食材を並べた。「私は特別な料理の研究を続けます。炎竜に対抗するためには、火の本質を理解する必要があります」
全員が決意を固め、早めに就寝した。明日からの過酷な旅に備えるためだ。
---
翌朝、一行は装備を整え、アッシュゲートを出発した。町を出るとすぐに景色が変わった。緑は完全に消え、赤茶けた岩と黒い火山灰の大地が広がっている。空気は熱く、喉を刺すような硫黄の匂いがした。
「耐熱マントを着用してください」栄作が指示した。「特殊加工された水も定期的に飲んでください」
一行は黙々と前進した。地面は熱く、特殊な靴底がなければ歩けないほどだった。時折、地面から蒸気が噴き出し、視界を悪くする。
「気をつけて」シルヴァンが警告した。「この地域には火山地帯特有の魔物も生息している」
その言葉通り、昼過ぎには最初の戦闘が始まった。溶岩のように赤熱した体を持つ「マグマライザー」と呼ばれる蜥蜴のような魔物の群れが彼らを襲ってきた。
「下がって、栄作!」マグナスが巨大な斧を構えた。
栄作は後方に下がりながらも、すぐに行動を起こした。特製の火山岩製調理器具を取り出し、急いで「冷却の霧」と名付けた特殊な調合を始める。
「シルヴァン、これを矢に!」栄作は青い液体の入った小瓶を投げた。
シルヴァンは見事にそれをキャッチし、矢の先端に塗布した。放たれた矢が命中すると、魔物の体から蒸気が立ち上り、動きが鈍くなった。
「効いてる!」ナディアが叫び、素早い剣技で魔物を倒していく。
ルークも水系魔法を駆使して戦った。「アクアスラッシュ!」彼の杖から放たれた水の刃が、マグマライザーの体に直撃する。
栄作は安全な距離から支援を続けた。彼の調合した特殊な液体や粉末は、火の魔物に対して効果的だった。
戦いの後、一行は短い休憩を取った。
「今日中に死者の谷まで行きたい」マグナスは地図を確認しながら言った。「そこで野営すれば、明日には溶岩河に到達できる」
休憩後、彼らは再び歩き始めた。日が傾き始めると、空気がさらに毒々しくなってきた。
「死者の谷に近づいています」シルヴァンが言った。「呼吸器具を準備してください」
谷に入る前、栄作は特別な料理を振る舞った。「これは『浄化の餅』です。毒ガスから体を守る効果がありますが、呼吸器具と併用してください」
谷は名前通り、不気味な雰囲気に包まれていた。至る所から有毒な緑色のガスが噴出し、地面には動物の骨が散乱していた。呼吸器具と栄作の料理のおかげで毒の影響は受けなかったが、視界は悪く、慎重に進む必要があった。
「ここで野営します」シルヴァンがガスの少ない小高い場所を指し示した。
テントを張り、栄作は特殊な調理場を設置した。この過酷な環境でも料理ができるよう、事前に設計された装置だ。
「今夜の夕食は『活力回復の鍋』です」栄作は火山特有の食材を使った鍋料理を振る舞った。「明日の溶岩河渡河のためにエネルギーを蓄えてください」
食事を終えた後、栄作は一人、調理器具の前に座っていた。手元には火炎果と火山塩がある。
「何をしているの?」ナディアが近づいてきた。
「明日の準備です」栄作は答えた。「溶岩河を渡るためには、特別な料理が必要です」
「手伝えることがあれば言ってね」ナディアは心配そうに言った。「無理はしないで」
栄作は微笑んだ。「ありがとう。でも大丈夫。料理は私の戦い方ですから」
ナディアが去った後、栄作は再び火炎果に向き合った。「"深淵の炎を制するには、同じ炎で対抗せよ"...」
彼は火炎果を特殊な方法で調理し始めた。果実の中の火のエネルギーを凝縮させながらも、その暴走を防ぐ繊細な作業だ。深夜まで続いた調理の末、小さな赤い結晶のような物体ができあがった。
「これで...」栄作は満足そうに結晶を封じ込め、就寝した。
---
翌朝、一行は死者の谷を抜け、溶岩河の岸に立っていた。眼前には幅30メートルほどの流れる溶岩。熱波が押し寄せてくる。
「これを渡るのか...」マグナスでさえ口調が重かった。
「普通の方法では無理ね」ナディアは額の汗を拭いながら言った。
栄作が前に出た。「皆さん、これを食べてください」
手のひらには、昨夜作った赤い結晶が5つあった。
「これは何?」ルークが不思議そうに手に取った。
「『火炎結晶』です」栄作は説明した。「火炎果のエネルギーを凝縮したもの。これを体内に取り込むことで、一時的に極限の高熱に耐えられるようになります」
全員が結晶を口にした。すると体内から熱が広がり、しかしその熱は痛みではなく、力強いエネルギーとなって全身を巡った。
「すごい...!」ルークが驚いた。「溶岩が...それほど熱く感じない!」
「効果は30分ほどです」栄作は警告した。「その間に渡りきる必要があります」
マグナスが率先して特殊な浮き橋の設置を始めた。耐熱金属で作られた浮き橋は、短時間なら溶岩の上に浮かぶように設計されていた。
「行くぞ!」マグナスの掛け声で、一行は慎重に浮き橋を渡り始めた。
橋は溶岩の熱で少しずつ変形していくため、素早く移動する必要があった。途中、溶岩から飛び出してきた「マグマワーム」に襲われるも、シルヴァンの正確な射撃とルークの魔法で撃退した。
「急いで!」ナディアが叫んだ。「橋が沈み始めてる!」
最後の数メートルは走るように渡り、全員が無事に対岸に到達した。振り返ると、橋は完全に溶岩に沈みつつあった。
「間一髪だったな」マグナスは肩で息をしていた。
栄作は少し蒼白い顔をしていた。「大丈夫?」とシルヴァンが尋ねた。
「はい...火炎結晶の反動です。少し休めば回復します」
休憩の後、一行は最終目的地を目指した。溶岩河を越えると、風景が一変する。周囲は黒曜石のような岩で覆われ、地面からは赤い光が漏れていた。
「あれが...」
全員の視線の先には、巨大な火山の側面に開いた洞窟があった。洞窟の入口は龍の顎のような形をしており、中からは不気味な赤い光が漏れていた。
「灼熱の迷宮...」栄作はつぶやいた。
シルヴァンが前に出て、周囲を警戒した。「奇妙だ...魔物の気配がない」
「罠かもしれない」ナディアも警戒を強めた。
一行は慎重に洞窟に近づいた。入口に立つと、内部から熱風が吹き出してきた。
「ここからが本当の挑戦だ」マグナスは斧を構えた。「皆、気を引き締めろ」
栄作は深呼吸し、調理道具を確認した。「準備は整いました。行きましょう」
彼らが洞窟に足を踏み入れた瞬間、後ろで大きな音がした。振り返ると、岩が崩れ落ち、入口が塞がれていた。
「罠だ!」マグナスが叫んだ。
「戻れなくなったわ...」ナディアの声には緊張が滲んでいた。
「進むしかないな」シルヴァンは冷静に言った。
迷宮の内部は想像以上に複雑だった。天井から垂れ下がる鍾乳石は赤く輝き、床からは熱が放射されている。通路は何度も分岐し、時には上下に伸びていた。
「地図を作りながら進もう」ナディアは特殊なマーカーで壁に印をつけ始めた。
数時間の探索の後、彼らは広い空間に出た。そこには小さな溶岩の池があり、周囲には結晶が生えていた。
「ここで休憩しましょう」栄作は提案した。「食事と休息が必要です」
一行は防熱シートを広げて座り、栄作は簡易的な調理ができる器具を設置した。
「これは『迷宮探索の活力弁当』です」栄作は特製の食事を配った。「迷宮内の熱と魔力に対抗するための栄養素を詰め込みました」
食事中、ルークが不思議そうに周囲を見回した。「この迷宮...作られたものみたいですね。自然にできたようには見えません」
シルヴァンも頷いた。「古代文明の遺構かもしれない。壁の一部に文字らしきものが見える」
食事を終え、休息を取った後、彼らは再び探索を始めた。迷宮は奥に進むほど熱くなり、通路も複雑になっていった。時折、「ファイアゴーレム」や「灼熱バット」などの魔物と戦いながら進む。
二日目の探索で、彼らは大きな発見をした。巨大な扉の前に立つと、そこには古代文字で何かが記されていた。
「読めますか?」栄作はシルヴァンに尋ねた。
シルヴァンは眉をひそめて文字を見つめた。「完全には...だが、これは警告のようだ。"先に進むものは、竜の試練に耐えよ"」
「炎竜の居場所に近づいているのかも」ルークが興奮した様子で言った。
扉を開けると、そこには円形の広間があった。床は透明な結晶でできており、その下には赤く輝く溶岩が流れていた。
「気をつけて」マグナスが警告した瞬間、床の結晶が割れ始めた。
「罠だ!走れ!」ナディアが叫んだ。
一行は急いで向こう側の出口を目指したが、床はどんどん崩れていく。
「栄作、こっちだ!」マグナスが栄作の手を引いた。
間一髪で全員が対岸にたどり着いたが、後ろを振り返ると、来た道は完全に溶岩に沈んでいた。
「もう戻れないな...」シルヴァンは静かに言った。
先に進むと、迷宮は徐々に下降し始めた。空気はより熱く、呼吸も困難になってきた。
「もうすぐ迷宮の最深部です」栄作は地図を確認した。「そこに炎竜がいるはずです」
三日目の探索で、彼らはついに巨大な空洞に到達した。そこはまるで火山の内部のようだった。広大な溶岩の海があり、中央には溶岩に囲まれた島のような場所があった。島には巨大な赤い結晶が立っていた。
「あれが...」栄作は息を呑んだ。
「おそらく炎竜の心臓だ」シルヴァンが静かに言った。「だが、竜の姿が見えない」
慎重に溶岩の海を囲む岩棚を進んでいくと、突然、溶岩が沸騰し始めた。
「来るぞ!」マグナスが警告した。
溶岩の海から巨大な影が浮上してきた。鮮やかな赤と金の鱗に覆われた巨大な竜。その体長は20メートル以上あり、両翼を広げると空洞いっぱいに広がった。竜の胸の中央には、赤く輝く鱗がハート型に配置されていた。
「深淵の炎竜...」栄作はつぶやいた。
竜は彼らを見下ろし、低く唸った。その声は洞窟全体を震わせる。
「人間よ」驚くべきことに、竜は言葉を話した。「何の用だ?」
一行は一瞬固まったが、栄作が一歩前に出た。「私たちは、あなたの心臓の一部をいただきに来ました」
竜は怒りの炎を吐いた。「身の程知らずな!私の心臓を求めて来たものは、皆灰となった!」
「待ってください!」栄作は両手を広げた。「私たちは争いに来たのではありません。世界を救うために必要なのです」
「世界を救う?」竜は嘲笑した。「人間が何を知っている」
「五大食材の予言です」栄作は説明した。「あなたの心臓は、その中の一つ。闇を払うために必要なのです」
竜はしばらく栄作を見つめた後、溶岩の中に半身を沈めた。「予言か...だが、私の心臓は簡単には手に入らん。試練を与えよう」
竜は溶岩から再び身を起こした。「料理人よ、お前が本当に予言の者なら、私の炎に耐え得る料理を作ってみせよ。それができれば、心臓の一部を与えよう」
栄作は決意を固めた。「わかりました。挑戦します」
シルヴァンが小声で言った。「大丈夫なのか?竜の炎は凄まじいぞ」
「信じてください」栄作は静かに答えた。「私の料理を」
竜は溶岩の島に向かって翼で風を起こした。「あそこで料理をせよ。材料は好きなものを使え」
栄作は仲間たちに頷いた。「私が料理に集中している間、もし竜が攻撃してきたら...」
「任せろ」マグナスが力強く言った。「お前を守る」
栄作は特殊な耐熱ボートで溶岩の海を渡り、中央の島に到達した。島に降り立つと、その熱さに息を呑んだ。普通の人間なら数分と持たない環境だ。
急いで調理器具を設置し、用意してきた材料を並べた。
火炎果、火山塩、灼熱ハーブ、そして秘密兵器—いくつかの氷結草と水晶魚。
「料理人よ、何を作る気だ?」竜が岩棚に止まり、見下ろした。
「あなたの炎に耐える料理です」栄作は答え、調理を始めた。
溶岩の熱を利用した調理は、通常の料理とは全く異なる。栄作は「味覚分析」の能力を最大限に活用し、各食材の性質を理解しながら調理していく。
火炎果を切り、その芯を取り出す。火山塩を精製し、灼熱ハーブから精油を抽出する。そして水晶魚の鱗から特殊な粉末を作り、氷結草のエキスと混ぜ合わせる。
竜は興味深そうに栄作の手元を見ていた。「面白い。炎と氷を融合させようとしているな」
「火と氷、相反するものの中に真実がある」栄作は作業を続けながら言った。「あなたの炎は単なる熱ではなく、古代からの魔力の具現。それを理解し、受け入れることで初めて対抗できる」
長時間の調理の末、栄作の前には小さな赤と青の球体が完成した。それは「深淵の調和」と名付けられた一品だった。
「完成です」栄作は竜に向かって球体を掲げた。
「よかろう」竜はゆっくりと口を開け、赤い炎を吐き出した。
栄作の仲間たちは息を呑んだ。炎は直接栄作に向かって放たれたのだ。
しかし、栄作は逃げなかった。彼は「深淵の調和」を掲げ続けた。炎が球体に触れた瞬間、驚くべきことが起きた。炎は球体を包み込むも、栄作には届かない。球体は炎を吸収し、美しく輝き始めた。
竜は炎を止め、驚いた様子で栄作を見た。「見事だ...料理で私の炎を制したとは」
「これがあなたの炎の真髄です」栄作は輝く球体を竜に見せた。「破壊だけでなく、創造の力も秘めた炎」
竜は静かに頷いた。「お前は本物だ。予言の料理人...」
竜は胸の中央に爪を立て、小さな赤い結晶を取り出した。「これが私の心臓の一部だ。大切に扱え」
栄作は深々と頭を下げ、結晶を受け取った。「ありがとうございます。必ず良い形で使わせていただきます」
竜は翼を広げた。「私はお前たちを迷宮の出口まで導こう。そして忘れるな。残りの四つの食材も、それぞれ試練があるだろう。覚悟しておけ」
栄作は頷き、仲間たちの待つ岩棚に戻った。
「やったな、栄作!」マグナスは彼の背中を叩いた。
「信じられない...」ナディアは感嘆の声を上げた。
「さすが栄作さん!」ルークは飛び跳ねた。
シルヴァンも珍しく笑顔を見せた。「予言は本物のようだな」
竜に導かれ、一行は予想以上に早く迷宮の出口に辿り着いた。それは彼らが入った場所とは別の、山の反対側にあった。
「さらばだ、料理人よ」竜は栄作を見下ろした。「お前の旅は始まったばかりだ。残りの食材を見つけ、世界を救うのだ」
「必ずや」栄作は決意を込めて答えた。
竜は大きく羽ばたき、火山の煙の中に消えていった。
外の新鮮な空気に触れ、一行はようやく緊張の糸が切れたように座り込んだ。
「信じられない冒険だった…」マグナスは大きく息を吐きながら言った。「本当に第一の食材を手に入れるなんて」
栄作は手のひらに乗せた赤い結晶を見つめていた。深淵の炎竜の心臓の一部—五大食材の最初の一つ。結晶は内側から脈動するように光り、温かさを放っている。
「これを安全に持ち帰らなければ」栄作は特製の魔法保存容器に結晶を入れ、首から下げた。
「次はどこに向かうの?」ナディアが尋ねた。
シルヴァンが地図を広げた。「予言によれば、次は『月光の果実』だ。東方の霧の森にあるとされている」
「その前に、まずはアーケイディアに戻りましょう」栄作は提案した。「セイジさんに報告し、次の旅の準備をする必要があります」
全員が同意し、アッシュゲートへの帰路についた。火山地帯を抜けるのは来た時よりスムーズだった。栄作の特製「帰路の活力弁当」のおかげで、疲労も最小限に抑えられた。
アッシュゲートでは彼らの帰還を祝う簡素な宴が開かれた。地元の人々は、灼熱の迷宮から生還した勇者たちとして彼らを歓迎した。
「栄作さん、本当に炎竜と出会ったのですか?」宿の主人が興奮した様子で尋ねた。
「ええ」栄作は微笑んだ。「思っていたよりも理性的な存在でした」
「栄作のおかげで戦わずに済んだんだ」マグナスが誇らしげに言った。「奴の炎を料理で制したんだ!信じられるか?」
栄作は照れくさそうに笑った。「単に料理の力を信じただけです」
翌日、彼らは王国提供の高速馬車でアーケイディアへの帰途についた。道中、栄作は静かに窓の外を眺めていた。
「何を考えているの?」ナディアが隣に座った。
「この旅がどこに続くのか…」栄作は静かに答えた。「予言が本当なら、世界を脅かす『闇』とは何なのか、気になります」
「一つずつ進むしかないわ」ナディアは優しく言った。「私たちがあなたを支えるわ」
アーケイディアに戻ると、セイジや町の人々が盛大に彼らを出迎えた。ギルドホールでは報告会が開かれ、栄作たちは灼熱の迷宮での冒険を詳細に語った。
「深淵の炎竜の心臓…」セイジは栄作が見せた結晶を感嘆の声で言った。「本当に手に入れたのか」
「はい」栄作は頷いた。「そして次は月光の果実を探しに行こうと思います」
セイジは思案顔で言った。「霧の森は危険だ。精霊族の領域で、人間に対して友好的ではない」
「なんとか交渉する方法はないだろうか」栄作は考え込んだ。
「お前の料理」シルヴァンが静かに言った。「精霊族は自然との調和を重んじる。お前の料理には、その調和を表現する力がある」
栄作は目を輝かせた。「それなら、精霊族のための特別な料理を研究してみます」
会議の後、栄作は厨房に戻り、精霊族についての書物を読みながら新しい料理の構想を練った。
ルークが厨房を覗き込んだ。「栄作さん、次の旅も連れて行ってもらえますか?」
栄作は微笑んだ。「もちろん。君の魔法は大いに助かったよ」
ルークは嬉しそうに飛び跳ねた。「僕、もっと水の魔法を練習しておきます!霧の森にはきっと役立つはず!」
その夜、栄作はギルドの屋上で星を眺めていた。手には炎竜の心臓を入れた容器があり、月明かりにその赤い輝きが映える。
「よく眠れないのか?」
振り返ると、シルヴァンが立っていた。
「ええ、少し考え事を」栄作は正直に答えた。
「霧の森のことか?」
「はい。精霊族との交渉がうまくいくか心配で」
シルヴァンは空を見上げた。「私はエルフだが、精霊族とも遠い血縁がある。彼らは自然を愛し、外界を警戒する」
「どうすれば信頼してもらえるでしょうか?」
「誠実さだ」シルヴァンは静かに言った。「嘘や策略は通用しない。純粋な心で接すれば、彼らも心を開く」
栄作は頷いた。「料理もそうですね。誠実に食材と向き合わなければ、本当の味は引き出せない」
シルヴァンは珍しく微笑んだ。「そうだ。だからこそ、お前の料理には魂がある」
二人は静かに夜空を見上げ続けた。明日からは次の旅の準備が始まる。第二の食材、月光の果実を求めての旅。それはまた新たな試練と発見の連続になるだろう。
栄作は心の中で誓った。この世界に来た意味、料理人としての使命—それらを全うするために、彼はこの旅を続けるのだ。
「さあ、休みましょう」シルヴァンが言った。「長い旅になるぞ」
栄作は頷き、星空に最後の一瞥を送ってから部屋へと戻った。
明日からの新たな挑戦に向けて、力を蓄えるために。
「皆、準備はいいか?」マグナスが豪快な声で尋ねた。彼は特注の耐熱金属で作られた重厚な鎧を着ていた。
「ええ、必要なものは全て揃ったわ」ナディアは念入りに装備を確認しながら答えた。彼女は軽量の耐熱素材で作られた機動性の高い防具を身につけていた。
ルークは新しい魔法のローブに身を包み、誇らしげに杖を掲げた。「僕も準備オッケー!特別に練習した水系魔法が役に立つはず!」
シルヴァンは黙って頷いただけだったが、彼もエルフの技術で作られた特殊な耐熱装備を身につけていた。
最後に栄作が出てきた。彼も軽量の防具を着けていたが、最も目立つのは大きなリュックと、特殊調理器具を収めた頑丈な箱だった。
セイジギルドマスターが彼らの前に立った。「諸君、これは危険な旅になるだろう。しかし、もし『五大食材の予言』が真実なら、この任務は世界の命運を左右するかもしれない」
町の人々も見送りに集まっていた。栄作がギルドで料理を始めてから、町全体が活気づいていたのだ。
「栄作さん、無事に帰ってきてくださいね!」
「マグナス、怪我だけはするなよ!」
「ルーク、頑張れ!」
様々な声が飛び交う中、栄作は町の人々に向かって深々と頭を下げた。
「必ず戻ってきます。そして、もっと素晴らしい料理を皆さんに振る舞います」
セイジが栄作に近づき、小さな結晶を手渡した。「これは通信用の魔法結晶だ。危険があれば連絡しろ。できる限りの援軍を送る」
「ありがとうございます」栄作は結晶を大切にポケットにしまった。
「さあ、出発だ!」マグナスの掛け声で、一行は南へと向かう街道に踏み出した。
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旅は順調に進んだ。アーケイディアから南へ二週間、彼らは徐々に気候の変化を感じるようになった。空気は乾燥し、日中の気温は上昇していった。
「あれが燃える山脈か...」
平原の向こうに見えてきたのは、赤く輝く山々の連なり。いくつかの山頂からは煙が立ち上り、夜になると炎が見えることもあった。
「人が住めるのはこの辺りまでです」地元の案内人が言った。「これより先は、熱と火山ガスで普通の人間は生きられません」
一行は最後の町「アッシュゲート」で最終準備を整えることにした。町は火山の恩恵を受けた温泉と鉱物資源で栄えていたが、至る所に火山灰が積もり、独特の景観を作り出していた。
宿に荷物を下ろした後、栄作は市場へと向かった。ここでしか手に入らない火山地帯特有の食材を探すためだ。
「これは...」栄作はある屋台の前で足を止めた。そこには赤く輝く果実が並べられていた。
「お客さん、目が高いね」屋台の主人が笑顔で声をかけた。「これは『火炎果(かえんか)』。火山の近くでしか育たない貴重な果実さ」
栄作は一つ手に取り、「味覚分析」の能力を使った。果実の中には高濃度の火のエネルギーが凝縮されていることがわかる。
「これは調理に使えます」栄作は数個購入した。
他にも「灼熱ハーブ」「火山塩」「溶岩キノコ」など、この地域特有の食材を見つけた。これらはガロンの言葉を思い出させた—「炎竜は火山の熱と炎を食べて生きている」。
宿に戻ると、ナディアが地図を広げていた。「明日からが本番ね。火山地帯に入ったら、普通の地図は役に立たない。現地で作成していく必要があるわ」
「耐熱装備の最終確認もしておこう」マグナスが言った。「一度火山地帯に入ったら、修理はほぼ不可能だ」
夕食時、栄作は特別な料理を用意した。「これは『耐熱強化スープ』です。明日からの環境に体を慣れさせるのに役立つはずです」
深紅のスープを飲むと、体の芯から熱に強くなるような感覚が広がった。
「すごい!体の中から涼しくなるような...」ルークは驚いた様子で言った。
「でも、この効果は一時的です」栄作は注意を促した。「毎日摂取する必要があります」
食事の後、栄作はガロンから教わった情報を元に作戦会議を開いた。
「灼熱の迷宮の入口までは、火山地帯を二日ほど歩く必要があります。そこからが本当の挑戦です」
シルヴァンが地図を指さした。「この地域は『死者の谷』と呼ばれている。有毒ガスが充満しているため、特殊な呼吸器具が必要だ」
「その先の『溶岩河』を渡るには、特殊な浮き橋を作らなければならない」ナディアが続けた。
「そして最後に迷宮だ」マグナスが真剣な表情で言った。「ガロンの話では、迷宮内は複雑に入り組んでおり、しかも時々構造が変わるらしい」
栄作は火山特有の食材を並べた。「私は特別な料理の研究を続けます。炎竜に対抗するためには、火の本質を理解する必要があります」
全員が決意を固め、早めに就寝した。明日からの過酷な旅に備えるためだ。
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翌朝、一行は装備を整え、アッシュゲートを出発した。町を出るとすぐに景色が変わった。緑は完全に消え、赤茶けた岩と黒い火山灰の大地が広がっている。空気は熱く、喉を刺すような硫黄の匂いがした。
「耐熱マントを着用してください」栄作が指示した。「特殊加工された水も定期的に飲んでください」
一行は黙々と前進した。地面は熱く、特殊な靴底がなければ歩けないほどだった。時折、地面から蒸気が噴き出し、視界を悪くする。
「気をつけて」シルヴァンが警告した。「この地域には火山地帯特有の魔物も生息している」
その言葉通り、昼過ぎには最初の戦闘が始まった。溶岩のように赤熱した体を持つ「マグマライザー」と呼ばれる蜥蜴のような魔物の群れが彼らを襲ってきた。
「下がって、栄作!」マグナスが巨大な斧を構えた。
栄作は後方に下がりながらも、すぐに行動を起こした。特製の火山岩製調理器具を取り出し、急いで「冷却の霧」と名付けた特殊な調合を始める。
「シルヴァン、これを矢に!」栄作は青い液体の入った小瓶を投げた。
シルヴァンは見事にそれをキャッチし、矢の先端に塗布した。放たれた矢が命中すると、魔物の体から蒸気が立ち上り、動きが鈍くなった。
「効いてる!」ナディアが叫び、素早い剣技で魔物を倒していく。
ルークも水系魔法を駆使して戦った。「アクアスラッシュ!」彼の杖から放たれた水の刃が、マグマライザーの体に直撃する。
栄作は安全な距離から支援を続けた。彼の調合した特殊な液体や粉末は、火の魔物に対して効果的だった。
戦いの後、一行は短い休憩を取った。
「今日中に死者の谷まで行きたい」マグナスは地図を確認しながら言った。「そこで野営すれば、明日には溶岩河に到達できる」
休憩後、彼らは再び歩き始めた。日が傾き始めると、空気がさらに毒々しくなってきた。
「死者の谷に近づいています」シルヴァンが言った。「呼吸器具を準備してください」
谷に入る前、栄作は特別な料理を振る舞った。「これは『浄化の餅』です。毒ガスから体を守る効果がありますが、呼吸器具と併用してください」
谷は名前通り、不気味な雰囲気に包まれていた。至る所から有毒な緑色のガスが噴出し、地面には動物の骨が散乱していた。呼吸器具と栄作の料理のおかげで毒の影響は受けなかったが、視界は悪く、慎重に進む必要があった。
「ここで野営します」シルヴァンがガスの少ない小高い場所を指し示した。
テントを張り、栄作は特殊な調理場を設置した。この過酷な環境でも料理ができるよう、事前に設計された装置だ。
「今夜の夕食は『活力回復の鍋』です」栄作は火山特有の食材を使った鍋料理を振る舞った。「明日の溶岩河渡河のためにエネルギーを蓄えてください」
食事を終えた後、栄作は一人、調理器具の前に座っていた。手元には火炎果と火山塩がある。
「何をしているの?」ナディアが近づいてきた。
「明日の準備です」栄作は答えた。「溶岩河を渡るためには、特別な料理が必要です」
「手伝えることがあれば言ってね」ナディアは心配そうに言った。「無理はしないで」
栄作は微笑んだ。「ありがとう。でも大丈夫。料理は私の戦い方ですから」
ナディアが去った後、栄作は再び火炎果に向き合った。「"深淵の炎を制するには、同じ炎で対抗せよ"...」
彼は火炎果を特殊な方法で調理し始めた。果実の中の火のエネルギーを凝縮させながらも、その暴走を防ぐ繊細な作業だ。深夜まで続いた調理の末、小さな赤い結晶のような物体ができあがった。
「これで...」栄作は満足そうに結晶を封じ込め、就寝した。
---
翌朝、一行は死者の谷を抜け、溶岩河の岸に立っていた。眼前には幅30メートルほどの流れる溶岩。熱波が押し寄せてくる。
「これを渡るのか...」マグナスでさえ口調が重かった。
「普通の方法では無理ね」ナディアは額の汗を拭いながら言った。
栄作が前に出た。「皆さん、これを食べてください」
手のひらには、昨夜作った赤い結晶が5つあった。
「これは何?」ルークが不思議そうに手に取った。
「『火炎結晶』です」栄作は説明した。「火炎果のエネルギーを凝縮したもの。これを体内に取り込むことで、一時的に極限の高熱に耐えられるようになります」
全員が結晶を口にした。すると体内から熱が広がり、しかしその熱は痛みではなく、力強いエネルギーとなって全身を巡った。
「すごい...!」ルークが驚いた。「溶岩が...それほど熱く感じない!」
「効果は30分ほどです」栄作は警告した。「その間に渡りきる必要があります」
マグナスが率先して特殊な浮き橋の設置を始めた。耐熱金属で作られた浮き橋は、短時間なら溶岩の上に浮かぶように設計されていた。
「行くぞ!」マグナスの掛け声で、一行は慎重に浮き橋を渡り始めた。
橋は溶岩の熱で少しずつ変形していくため、素早く移動する必要があった。途中、溶岩から飛び出してきた「マグマワーム」に襲われるも、シルヴァンの正確な射撃とルークの魔法で撃退した。
「急いで!」ナディアが叫んだ。「橋が沈み始めてる!」
最後の数メートルは走るように渡り、全員が無事に対岸に到達した。振り返ると、橋は完全に溶岩に沈みつつあった。
「間一髪だったな」マグナスは肩で息をしていた。
栄作は少し蒼白い顔をしていた。「大丈夫?」とシルヴァンが尋ねた。
「はい...火炎結晶の反動です。少し休めば回復します」
休憩の後、一行は最終目的地を目指した。溶岩河を越えると、風景が一変する。周囲は黒曜石のような岩で覆われ、地面からは赤い光が漏れていた。
「あれが...」
全員の視線の先には、巨大な火山の側面に開いた洞窟があった。洞窟の入口は龍の顎のような形をしており、中からは不気味な赤い光が漏れていた。
「灼熱の迷宮...」栄作はつぶやいた。
シルヴァンが前に出て、周囲を警戒した。「奇妙だ...魔物の気配がない」
「罠かもしれない」ナディアも警戒を強めた。
一行は慎重に洞窟に近づいた。入口に立つと、内部から熱風が吹き出してきた。
「ここからが本当の挑戦だ」マグナスは斧を構えた。「皆、気を引き締めろ」
栄作は深呼吸し、調理道具を確認した。「準備は整いました。行きましょう」
彼らが洞窟に足を踏み入れた瞬間、後ろで大きな音がした。振り返ると、岩が崩れ落ち、入口が塞がれていた。
「罠だ!」マグナスが叫んだ。
「戻れなくなったわ...」ナディアの声には緊張が滲んでいた。
「進むしかないな」シルヴァンは冷静に言った。
迷宮の内部は想像以上に複雑だった。天井から垂れ下がる鍾乳石は赤く輝き、床からは熱が放射されている。通路は何度も分岐し、時には上下に伸びていた。
「地図を作りながら進もう」ナディアは特殊なマーカーで壁に印をつけ始めた。
数時間の探索の後、彼らは広い空間に出た。そこには小さな溶岩の池があり、周囲には結晶が生えていた。
「ここで休憩しましょう」栄作は提案した。「食事と休息が必要です」
一行は防熱シートを広げて座り、栄作は簡易的な調理ができる器具を設置した。
「これは『迷宮探索の活力弁当』です」栄作は特製の食事を配った。「迷宮内の熱と魔力に対抗するための栄養素を詰め込みました」
食事中、ルークが不思議そうに周囲を見回した。「この迷宮...作られたものみたいですね。自然にできたようには見えません」
シルヴァンも頷いた。「古代文明の遺構かもしれない。壁の一部に文字らしきものが見える」
食事を終え、休息を取った後、彼らは再び探索を始めた。迷宮は奥に進むほど熱くなり、通路も複雑になっていった。時折、「ファイアゴーレム」や「灼熱バット」などの魔物と戦いながら進む。
二日目の探索で、彼らは大きな発見をした。巨大な扉の前に立つと、そこには古代文字で何かが記されていた。
「読めますか?」栄作はシルヴァンに尋ねた。
シルヴァンは眉をひそめて文字を見つめた。「完全には...だが、これは警告のようだ。"先に進むものは、竜の試練に耐えよ"」
「炎竜の居場所に近づいているのかも」ルークが興奮した様子で言った。
扉を開けると、そこには円形の広間があった。床は透明な結晶でできており、その下には赤く輝く溶岩が流れていた。
「気をつけて」マグナスが警告した瞬間、床の結晶が割れ始めた。
「罠だ!走れ!」ナディアが叫んだ。
一行は急いで向こう側の出口を目指したが、床はどんどん崩れていく。
「栄作、こっちだ!」マグナスが栄作の手を引いた。
間一髪で全員が対岸にたどり着いたが、後ろを振り返ると、来た道は完全に溶岩に沈んでいた。
「もう戻れないな...」シルヴァンは静かに言った。
先に進むと、迷宮は徐々に下降し始めた。空気はより熱く、呼吸も困難になってきた。
「もうすぐ迷宮の最深部です」栄作は地図を確認した。「そこに炎竜がいるはずです」
三日目の探索で、彼らはついに巨大な空洞に到達した。そこはまるで火山の内部のようだった。広大な溶岩の海があり、中央には溶岩に囲まれた島のような場所があった。島には巨大な赤い結晶が立っていた。
「あれが...」栄作は息を呑んだ。
「おそらく炎竜の心臓だ」シルヴァンが静かに言った。「だが、竜の姿が見えない」
慎重に溶岩の海を囲む岩棚を進んでいくと、突然、溶岩が沸騰し始めた。
「来るぞ!」マグナスが警告した。
溶岩の海から巨大な影が浮上してきた。鮮やかな赤と金の鱗に覆われた巨大な竜。その体長は20メートル以上あり、両翼を広げると空洞いっぱいに広がった。竜の胸の中央には、赤く輝く鱗がハート型に配置されていた。
「深淵の炎竜...」栄作はつぶやいた。
竜は彼らを見下ろし、低く唸った。その声は洞窟全体を震わせる。
「人間よ」驚くべきことに、竜は言葉を話した。「何の用だ?」
一行は一瞬固まったが、栄作が一歩前に出た。「私たちは、あなたの心臓の一部をいただきに来ました」
竜は怒りの炎を吐いた。「身の程知らずな!私の心臓を求めて来たものは、皆灰となった!」
「待ってください!」栄作は両手を広げた。「私たちは争いに来たのではありません。世界を救うために必要なのです」
「世界を救う?」竜は嘲笑した。「人間が何を知っている」
「五大食材の予言です」栄作は説明した。「あなたの心臓は、その中の一つ。闇を払うために必要なのです」
竜はしばらく栄作を見つめた後、溶岩の中に半身を沈めた。「予言か...だが、私の心臓は簡単には手に入らん。試練を与えよう」
竜は溶岩から再び身を起こした。「料理人よ、お前が本当に予言の者なら、私の炎に耐え得る料理を作ってみせよ。それができれば、心臓の一部を与えよう」
栄作は決意を固めた。「わかりました。挑戦します」
シルヴァンが小声で言った。「大丈夫なのか?竜の炎は凄まじいぞ」
「信じてください」栄作は静かに答えた。「私の料理を」
竜は溶岩の島に向かって翼で風を起こした。「あそこで料理をせよ。材料は好きなものを使え」
栄作は仲間たちに頷いた。「私が料理に集中している間、もし竜が攻撃してきたら...」
「任せろ」マグナスが力強く言った。「お前を守る」
栄作は特殊な耐熱ボートで溶岩の海を渡り、中央の島に到達した。島に降り立つと、その熱さに息を呑んだ。普通の人間なら数分と持たない環境だ。
急いで調理器具を設置し、用意してきた材料を並べた。
火炎果、火山塩、灼熱ハーブ、そして秘密兵器—いくつかの氷結草と水晶魚。
「料理人よ、何を作る気だ?」竜が岩棚に止まり、見下ろした。
「あなたの炎に耐える料理です」栄作は答え、調理を始めた。
溶岩の熱を利用した調理は、通常の料理とは全く異なる。栄作は「味覚分析」の能力を最大限に活用し、各食材の性質を理解しながら調理していく。
火炎果を切り、その芯を取り出す。火山塩を精製し、灼熱ハーブから精油を抽出する。そして水晶魚の鱗から特殊な粉末を作り、氷結草のエキスと混ぜ合わせる。
竜は興味深そうに栄作の手元を見ていた。「面白い。炎と氷を融合させようとしているな」
「火と氷、相反するものの中に真実がある」栄作は作業を続けながら言った。「あなたの炎は単なる熱ではなく、古代からの魔力の具現。それを理解し、受け入れることで初めて対抗できる」
長時間の調理の末、栄作の前には小さな赤と青の球体が完成した。それは「深淵の調和」と名付けられた一品だった。
「完成です」栄作は竜に向かって球体を掲げた。
「よかろう」竜はゆっくりと口を開け、赤い炎を吐き出した。
栄作の仲間たちは息を呑んだ。炎は直接栄作に向かって放たれたのだ。
しかし、栄作は逃げなかった。彼は「深淵の調和」を掲げ続けた。炎が球体に触れた瞬間、驚くべきことが起きた。炎は球体を包み込むも、栄作には届かない。球体は炎を吸収し、美しく輝き始めた。
竜は炎を止め、驚いた様子で栄作を見た。「見事だ...料理で私の炎を制したとは」
「これがあなたの炎の真髄です」栄作は輝く球体を竜に見せた。「破壊だけでなく、創造の力も秘めた炎」
竜は静かに頷いた。「お前は本物だ。予言の料理人...」
竜は胸の中央に爪を立て、小さな赤い結晶を取り出した。「これが私の心臓の一部だ。大切に扱え」
栄作は深々と頭を下げ、結晶を受け取った。「ありがとうございます。必ず良い形で使わせていただきます」
竜は翼を広げた。「私はお前たちを迷宮の出口まで導こう。そして忘れるな。残りの四つの食材も、それぞれ試練があるだろう。覚悟しておけ」
栄作は頷き、仲間たちの待つ岩棚に戻った。
「やったな、栄作!」マグナスは彼の背中を叩いた。
「信じられない...」ナディアは感嘆の声を上げた。
「さすが栄作さん!」ルークは飛び跳ねた。
シルヴァンも珍しく笑顔を見せた。「予言は本物のようだな」
竜に導かれ、一行は予想以上に早く迷宮の出口に辿り着いた。それは彼らが入った場所とは別の、山の反対側にあった。
「さらばだ、料理人よ」竜は栄作を見下ろした。「お前の旅は始まったばかりだ。残りの食材を見つけ、世界を救うのだ」
「必ずや」栄作は決意を込めて答えた。
竜は大きく羽ばたき、火山の煙の中に消えていった。
外の新鮮な空気に触れ、一行はようやく緊張の糸が切れたように座り込んだ。
「信じられない冒険だった…」マグナスは大きく息を吐きながら言った。「本当に第一の食材を手に入れるなんて」
栄作は手のひらに乗せた赤い結晶を見つめていた。深淵の炎竜の心臓の一部—五大食材の最初の一つ。結晶は内側から脈動するように光り、温かさを放っている。
「これを安全に持ち帰らなければ」栄作は特製の魔法保存容器に結晶を入れ、首から下げた。
「次はどこに向かうの?」ナディアが尋ねた。
シルヴァンが地図を広げた。「予言によれば、次は『月光の果実』だ。東方の霧の森にあるとされている」
「その前に、まずはアーケイディアに戻りましょう」栄作は提案した。「セイジさんに報告し、次の旅の準備をする必要があります」
全員が同意し、アッシュゲートへの帰路についた。火山地帯を抜けるのは来た時よりスムーズだった。栄作の特製「帰路の活力弁当」のおかげで、疲労も最小限に抑えられた。
アッシュゲートでは彼らの帰還を祝う簡素な宴が開かれた。地元の人々は、灼熱の迷宮から生還した勇者たちとして彼らを歓迎した。
「栄作さん、本当に炎竜と出会ったのですか?」宿の主人が興奮した様子で尋ねた。
「ええ」栄作は微笑んだ。「思っていたよりも理性的な存在でした」
「栄作のおかげで戦わずに済んだんだ」マグナスが誇らしげに言った。「奴の炎を料理で制したんだ!信じられるか?」
栄作は照れくさそうに笑った。「単に料理の力を信じただけです」
翌日、彼らは王国提供の高速馬車でアーケイディアへの帰途についた。道中、栄作は静かに窓の外を眺めていた。
「何を考えているの?」ナディアが隣に座った。
「この旅がどこに続くのか…」栄作は静かに答えた。「予言が本当なら、世界を脅かす『闇』とは何なのか、気になります」
「一つずつ進むしかないわ」ナディアは優しく言った。「私たちがあなたを支えるわ」
アーケイディアに戻ると、セイジや町の人々が盛大に彼らを出迎えた。ギルドホールでは報告会が開かれ、栄作たちは灼熱の迷宮での冒険を詳細に語った。
「深淵の炎竜の心臓…」セイジは栄作が見せた結晶を感嘆の声で言った。「本当に手に入れたのか」
「はい」栄作は頷いた。「そして次は月光の果実を探しに行こうと思います」
セイジは思案顔で言った。「霧の森は危険だ。精霊族の領域で、人間に対して友好的ではない」
「なんとか交渉する方法はないだろうか」栄作は考え込んだ。
「お前の料理」シルヴァンが静かに言った。「精霊族は自然との調和を重んじる。お前の料理には、その調和を表現する力がある」
栄作は目を輝かせた。「それなら、精霊族のための特別な料理を研究してみます」
会議の後、栄作は厨房に戻り、精霊族についての書物を読みながら新しい料理の構想を練った。
ルークが厨房を覗き込んだ。「栄作さん、次の旅も連れて行ってもらえますか?」
栄作は微笑んだ。「もちろん。君の魔法は大いに助かったよ」
ルークは嬉しそうに飛び跳ねた。「僕、もっと水の魔法を練習しておきます!霧の森にはきっと役立つはず!」
その夜、栄作はギルドの屋上で星を眺めていた。手には炎竜の心臓を入れた容器があり、月明かりにその赤い輝きが映える。
「よく眠れないのか?」
振り返ると、シルヴァンが立っていた。
「ええ、少し考え事を」栄作は正直に答えた。
「霧の森のことか?」
「はい。精霊族との交渉がうまくいくか心配で」
シルヴァンは空を見上げた。「私はエルフだが、精霊族とも遠い血縁がある。彼らは自然を愛し、外界を警戒する」
「どうすれば信頼してもらえるでしょうか?」
「誠実さだ」シルヴァンは静かに言った。「嘘や策略は通用しない。純粋な心で接すれば、彼らも心を開く」
栄作は頷いた。「料理もそうですね。誠実に食材と向き合わなければ、本当の味は引き出せない」
シルヴァンは珍しく微笑んだ。「そうだ。だからこそ、お前の料理には魂がある」
二人は静かに夜空を見上げ続けた。明日からは次の旅の準備が始まる。第二の食材、月光の果実を求めての旅。それはまた新たな試練と発見の連続になるだろう。
栄作は心の中で誓った。この世界に来た意味、料理人としての使命—それらを全うするために、彼はこの旅を続けるのだ。
「さあ、休みましょう」シルヴァンが言った。「長い旅になるぞ」
栄作は頷き、星空に最後の一瞥を送ってから部屋へと戻った。
明日からの新たな挑戦に向けて、力を蓄えるために。
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