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戦いの後
しおりを挟むラグルの体から血が出る。
肩から胸にかけて斬られた。
掠っただけでこれだ。
石斧がぶつかれば命は無かっただろう。
その光景はベルギオンの冷静さを奪うには十分だ。
「――嘘だろぉ!?」
ここまで来て、これは無い。
大団円でなくてはおかしいだろう。
周りの男達が急いで止血を施す。
しかし動脈を切ったか全く血が止まっていない。
ベルギオンの理性も感情も彼を急かす。
立てない足は無視して這ってラグルのところへ向かう。
遠い。歩ければ直ぐの場所が遠い。
「だめだ、血が止まらん」
「布をもってこい。……最悪傷を焼かなきゃならんぞ」
「んなことしたら傷痕が残って、でも死ぬよりかは」
(ふざけるな。違うだろう。死ぬだの何だのと、違うだろう!)
男たちの会話が耳に入る。
自分でも訳の分からぬ考えがベルギオンの中でぐるぐる回る。
必死にラグルのもとについた。
地面が血で濡れている。
ラグルがベルギオンを見つけると、弱々しく口を開く。
「すみま……せん。いけると、思ったんですけど。ごほっ」
「無理に口を開くな。畜生」
喋るだけでラグルは口から血が出た。
傷から出る鮮血は止まらない。
死ぬのだ。このままでは彼女が。
これが許されていいものか。
傷を癒す魔法は無い。元々使えないし知らない。
無力感がベルギオンを苛む。
その時、腰の布袋で音がする。ガラスの音だ。
(有った、有るじゃないか!)
ベルギオンは急いで布袋に手を伸ばそうとする。
伏せった体では思うように取れない。焦ったベルギオンは叫ぶ。
「誰でも良い、俺の布袋から瓶を取ってラグルにかけてくれ!」
凄まじい剣幕に近くにいた男は従い、ベルギオンの布袋を探り瓶を見つける。
「これはなんだ?」
「ポーション、治療薬だ! 一個で足りなければあるだけ使え! 早く!」
ポーションを持った男はそれをラグルの傷口にかける。
薄く青い液体はラグルの傷に触れると染み込む様に消えていく。傷口の血が止まった。
「凄い……血が止まった。だが、この傷では」
「もう一個使え、使ってくれ!」
こうしている間にもラグルの呼吸が途絶えそうだ。
二個目のポーションを使うと、傷口がゆっくりと小さくなる。
どういう原理かは分からない。どうでもいい。
傷はやがて塞がる。
ラグルの呼吸も安定した。
その事に安堵したベルギオンは、そのまま眠るように気絶する。
彼はもう心身ともに疲れて限界だった。
村を狙う敵は、もういない。
陽がまぶしい。その眩しさでベルギオンは目が覚める。
見覚えのある部屋で寝かされていた。
ふと見ると体には幾つか包帯が巻かれている。
「此処は寝室か……」
体を起こそうとすると体が痛む。
ロードゴブリンと戦った記憶が甦る。良く生きていたものだ。
(そうだ、ラグルはどうなった)
もう少し横になっていたかったが、ラグルのことが気になり力を入れて立つ。
腰に痛みが走るが我慢できた。
ベットから歩いて扉を開けると、食欲をそそる良い匂いが漂う。
ラグルがかまどの前で料理していた。
ベルギオンが起きだしたのを見て、ラグルは慌てて此方に来る。
「もう起きて大丈夫なんですか!?」
ラグルはベルギオンの前に来ると心配そうな顔になる。
「斬られた所はなかったですけど、打ち身が酷いと長老が言ってました。痛みますか?」
ベルギオンはラグルの顔を見て、胸に溢れるものを堪えれず抱きしめる。
「わっ、ど、どうしたんですか?」
「良かった。良かったよ……」
強く抱きしめる。
この暖かさは生きている。生きているのだ。
「――ありがとうございました。貴重なものを使ったと聞いてます」
「あんなもの、命に代えられるものか」
涙が零れる。ラグルの命が助かるなら全て使ってもいいとあの時思った。
それは今になっても変わらない。
「そうだ。キリアは……、痛っ」
力を入れすぎたのか傷が痛む。それが呻きとなって声になる。
「ベットに戻ってください。私も姉も大丈夫です。ピンピンしてますから」
ラグルに肩を貸してもらいベットに戻った。
ゆっくりと目を瞑った。ラグルが宥める様に髪を撫でる。
心が穏やかになり、自然と眠りについた。
――――――――――――――――――――
不思議な人。
ラグルはそう思った。
容姿は若いが歴戦の勇者という風貌だ。
だというのに腰が低いこともあれば押しが弱いこともある。
シャイな部分もあった。
スープを食べるだけで笑顔になる人だ。
戦いになれば、別人のように頼もしくなる。
頭も良くて知識も経験も持っていた。
それを自慢せず、威張り散らす事もしない。
買えばどれだけの値段がするか分からない回復薬を、出合って数日の娘に二本も使う。
本当に不思議な人だった。
そんな人が此処に来てくれた事がラグルには嬉しく、申し訳なかった。
何も返せる物は無いのだ。
金も、希少な物もこの村にはない。
ならば……
ラグルはベルギオンが寝付いたのを見ると、ゆっくり離れる。
―――――――――――――――
再び目が覚める。
独特の匂いが鼻に突く。
包帯からだ。嗅いだ事はあるが、湿布の匂いに近い。
体の痛みは大分マシになっている。
ベルギオンは起き上がると窓を見る。先ほど起きたときより数時間は経っていたようだ。
体を起こすと空腹で腹がいなないた。
「腹減ったなぁ」
脇の台を見るとパンとスープが置かれている。
埃が入らぬように薄い布も載せてあった。
この気遣いはラグルだろう。ありがたく食べる。
スープは冷めていた。それでも味を損なわぬように、すり潰した芋が入れられ塩も利かせている。
パンと共に、ただ食べる。栄養を求めていた体が歓喜で躍動する。
「美味い」
すぐに食べ終わってしまった。もう少し欲しかったが、半端な時間に食べ過ぎるのもよくない。
ベルギオンは気力が完全に戻った。立ち上がり、寝る前のことを思い出す。
何をしたか思い出して頭をかかえて床を転げた。
(何をやってるんだ俺……抱きしめてどうするんだよ)
寝惚けていた所為もある。ラグルにどう思われたのか少し怖い。
ええいままよ、と再び立つと、扉を開ける。
ラグルもキリアも居ない。
水瓶からコップ一杯の水を貰うと喉を潤した。
冷たい水は心地よい。
隅に布袋があったので着替えを取り出して着替える。
取り出したもの以外は汚れがあった。洗濯をしないと次から着るものがない。
ベルギオンはその問題を後回しにすると外に出た。
太陽がまだ輝いている。
村のあちらこちらではまだ少し戦いの名残があった。
だがゴブリンの死体は全て無くなっている。
近くの男を捕まえて状況を尋ねた。
男はベルギオンの無事を喜ぶと、事の次第を話す。
「ゴブリン、いやモンスターはそのままにすると酷い匂いになっちまう。
更に放っておくとアンデットになる事もあるんだと。年寄り衆はそうなるのを見た事があるらしい」
「そうすると死体が無いのは先に埋めたからか」
「そうだ。心配しなくても親玉の売れる部位は確保してあるぜ。あんたの取り分だしな」
「そうなのか?」
「勿論だ。こういっちゃ何だが、恩人のあんたに渡せる物なんてそれくらいしかないし」
「飯と宿の礼のつもりだったんだが」
他にも色々とあったが、目に見えるものとしてはそれが主だ。
男はそれを聞いて笑う。
「冒険者は貰えるものは全部貰うやつ等ばかりだが、あんたは欲が無いな。
だから残って戦ってくれたんだろうな」
最後に握手を求め、しっかり握った後男はどこか行ってしまう。
人と握手した事など何年ぶりになるか。
気恥ずかしくなったベルギオンは咳をしてごまかす。
誰も見ていないのにだ。
気を取り直し長老の家へ向かう。
弓や罠で守った入り口は此方より酷い事になっている。
人手が必要なはずだ。
長老の家に着くとノックをする。
あいとるぞ、と変わらぬ返事が来たので扉を開けた。
長老は椅子に座ってパイプを吹かす。
そういえば、あれは煙草ではなく薬草を煎じたものらしい。
顔を綻ばせ長老はベルギオンを出迎える。
「おお、目が覚めたようですな。ラグルから大きな怪我は無いと聞いておりましたが。
調子はどうですかな」
「少し痛みますが、大丈夫です」
「それは良かった。全くなんとお礼を言ってよいか。怪我人は出ましたが、死者は一人もおりません。
あれだけの群れを相手にこれで済んだのは、ベルギオン殿のお陰です」
長老はそう言って深く頭を下げる。
「この村を守ったのは皆です。私は少し小細工を思いついたに過ぎません」
「たとえそうでも、です。ベルギオン殿が居たからゴブリン達に勝った。みなそう思っております」
そこまで言ってくれるのだ。恐縮ばかりするのも悪いだろう。
「お礼というのも心苦しいですがな。
ロードゴブリンの歯を抜き取っております。これを受け取ってください」
そう言って長老は4本の歯を取り出す。尖っているから犬歯だろう。
「この歯を砕いて金属に混ぜると火に強くなる為、悪くない値段で売れます」
「それなら村で売ったほうが良いのでは?」
「ほほっ、気遣いは無用ですぞ。元々この村は金は余り使いませんし、必要なら薬草などを売ることも出来ます」
歯を小さい袋に入れると、長老はそれをベルギオンの手に乗せる。
断れば非礼になるかもしれない。
しっかりと受け取る。
「ありがとうございます。受け取ります」
それを布袋に仕舞うと、長老は安堵した顔を見せた。
髭を撫でながら長老が申し訳無さそうに尋ねてくる。
「……ラグルに秘薬を使っていただいたとか。
その歳で秘薬をお持ちになるとは。苦労されたのですな」
「いえ、あれは貰い物です。見殺しにしてまで温存するような物ではありません」
(秘薬……ポーションの事か。やはり簡単に手に入るものではないのか)
長老の言葉から、ベルギオンの歳では手に入らない位貴重な物だと推測する。
「わかりました。そういえば死体の処理はもう終わりましてな」
「もう終わっていましたか」
「ええ。皆興奮冷めやらぬ様子で作業しておりまして。
今宵はささやかながら宴を行おうと思っております。
食べ物と酒だけは有りますでな。ベルギオン殿も楽しんでくだされ」
「そうですか、ではありがたくご相伴に預かります」
「ほほ。なんの。主役は親玉を倒したロティエ姉妹と貴方ですぞ」
少し話した後長老の家から出る。やる仕事も無いようだ。
する事も無く体もまだ少し痛い。
家に戻って誰も居なければ、宴まで寝よう。
ベルギオンはそう決めてロティエの家へ戻る。
扉を開けると、逆立ちしているキリアと目が合った。
しかも支えているのは右腕だけ。
スカートが重力に従い落ちて、レギンスが見えている。
「何をやってるんだ? というかスカートで逆立ちは色々問題だ。やめろ」
「お帰り。はいてるから別にいいでしょ、っと」
キリアはそう言うと逆立ちを止めた。
彼女の赤い髪が揺れる。
「久々に全力で動いたから慣らしてるとこ。石ごと仕留めたから反動も凄くて。
普段から使わないとダメね」
キリアは舌を出して笑う。
ベルギオンはそれを聞いて呆れた。
石の鎧ごとロードゴブリンを仕留めたのか。
「普通はやらん、というか出来ん。ラグルといい、本当に度胸があるな」
「女に度胸があるって、褒めてないと思うんだけど」
「なら次はもう少し楽に勝てるようにしろ。無茶をしたのは分かる」
「出来る、と思ったからやったけど。厳しかったのは事実ねぇ。
経験積もうにも、この辺りの森はモンスターが居ないし」
どうしようかな、とキリアは柔軟を始めながら唸った。
「筋肉は使わないとどうしてもな。
すまんがまた寝る。小屋を借りるぞ。宴をやるらしいからその時は起こしてくれ」
「ベットを使っていいのよ?」
「男がずっと使うのは良くないだろう。痛みも大分引いたし問題ない」
「分かった、起こしてあげるから、寝てらっしゃい」
キリアはそう言って見送る。
ベルギオンはそれに右手を上げる事で返事し、家から出た。
そういえばこの手があったか。というキリアの愉快そうな声はベルギオンには聞こえなかった。
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