取り巻き令嬢Fの婚活

キマイラ

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 食堂の一角に一際賑やかな集団を見つけて溜め息を吐きそうになった。手が止まりそうになったが、食事を続ける。それでも目の前の食べ物に集中できず、つい視線が向いてしまう。

 きゃあきゃあと姦しく囀ずる少女達の中心には一人の男。赤い髪に青い垂れ目。右の目尻の黒子がこれまた色っぽくて素敵。口元はいつだって緩やかな弧を描いている。彼はいたずらっぽい表情で何事かを告げたらしく集団の賑やかさが増した。

 女の子に常に囲まれてるイケメンって少女漫画とか乙女ゲームとかだと一人は居るよね。目が合えばウインクしてくるような遊び人枠。こう、誰にでも優しくて、気安いんだけど結局誰のことも信じてなくて、ヒロインにだけ心を開くみたいな。彼、アレックス・オルブライトはまさにそういう人物なのだ。私も昨晩気が付いた。というより朧気だった前世の記憶がばっちりしっかり甦ったのだから思い出したという方が正しい。その瞬間、夜中にも関わらずうっかり悲鳴を上げた。しかもきゃあ、なんて可愛らしいものではなく、ひいええ! などと叫んでしまった。……そのくらい衝撃的だったのだ。いくらオタク気質と云えど自分がプレイしていたゲームの世界に転生するなど夢にも思うまい。

 男が肩に付くくらいの髪を左耳にかける。何度も見た彼の癖だ。楽しそうに目を細める彼を、取り囲む少女達はうっとりと見上げている。……気持ちはよく分かる。私も昨日まであの集団の一人だったのだから。

 恥ずかしながら、私、取り巻き令嬢Fことフェリシア・フォーテスキューはアレックス・オルブライトの取り巻きの一人であった。というより、取り巻き令嬢の取り巻きをしている状態だった。彼が取り巻きABCと話すのを見ているだけだったのだ。ただうっとりと彼を見つめては時折目が合うと胸を高鳴らせていた。今となってみれば恋情というより、憧れに近い感情だったと思う。少女が抱いた恋への憧れ。私の思いは彼と恋ができたならという可愛らしい夢想に過ぎなかった。前世の記憶を思い出した私はその事に気が付いてしまった。

 放課後、私はお気に入りのカフェに居た。この世界は似非中世ヨーロッパ風なのだが、カフェは紳士の社交場ではなく前世のように乙女の溜まり場である。内装は可愛いしスイーツも美味しい。ただ一つ問題があるとすれば、店内にアレックス様御一行が居ることだ。過去の自分に言いたい。どうしてお気に入りの店を教えちゃったかなー。彼らと距離を取ると決めたのに、ついつい視線が向いてしまう。

 ああ、ダメだ。アレックス様今日もかっこいい。別に付き合えなくても近くで見られるだけでいいのでは? と揺れる心を攻略対象なんだから当然でしょ! 現実を見なさい! と叱咤する。そうだ、現実を見ると決意したじゃないか。頑張れ自分。

 未練がましくもアレックス様を見つめてしまう私に声をかける人間が居た。私達とアレックス様を引き離すお邪魔虫、もといアレックス様のお目付け役のフランシス・アンダーソン。こげ茶の髪と瞳というどこにでもいそうな色彩の彼は確か伯爵家の次男だ。

 騎士団長の息子であるアレックス様は日夜騎士団で鍛えられている。サボりがちなアレックス様を呼びに来るのがアンダーソンさんなのだった。

 しかし、私にいったい何の用だろう?

「ええと、君は……フォーストン嬢、だったか?」

「……フォーテスキューです。アンダーソンさん」

「すまない、フォーテスキュー嬢。その……向こうに交ざらなくていいのか」

「ええ、構いません」

「こういう事は大人が介入しない方が良いとは思うんだが、そのだな、……あー、仲間外れにされているのか?」

 妙に歯切れの悪い物言いだと思っていたが、ハブられてると思われたのか。昨日までの私、というか取り巻き令嬢御一行はこの男を邪険に扱っていたのだが心配してくれたようだ。どうやら彼はかなりの善人らしい。

「まさか。こうしているのは私の意思ですから」

 ニッコリと営業スマイルを張り付けて答える。ちなみに子供の頃から笑顔だけは親に褒められた。

「そうか、失礼な事を聞いて申し訳ない」

「いえ、お気になさらず。むしろよく私が昨日まであの集団に居たと分かりましたね」

「ああ、いつもより一人少ないと思ったらよく見る髪色が見えたものだから。雰囲気がかなり違うから自信は無かったんだが」

「……ふ、ふふ、ふふふ、取り巻きFといえども案外認知されているものですね」

 アンダーソンさんの発言は私の心に多大なるダメージを与えた。自分でも分かっていたのだが改めて言われると結構きつい。クリティカルヒットだった。乾いた笑みを浮かべてから机に突っ伏した私にどうしたんだと戸惑い混じりの声がかけられる。

「いえ、お恥ずかしい話ですが私には婚約者が居ないのです。ようやく目が醒めたのですけれど、ふふふ……昨日までの自分を抹消したい」

 どうやらしっかり話をするつもりらしく、向かいの席に座って飲み物を頼んでいた。ああ、ここのダージリン美味しいですよ。個人的にはアールグレイの方が好きだけど。

「学年をうかがっても?」

「アレックス様と同じ四年生です」

「ならあと二年半ある。悲観する必要は無い」

「……二年半しかないのですよ。二年半以内に真面目で堅実で誠実な方を捕まえなければならないのに。……無理でしょう。真面目で堅実で誠実な方からは絶対避けられます。悲しい事に自信があるのです」

 あ、クッキーどうぞ。独り占めはなんだかなーと思ったのでお裾分けしておく。

「……確かに昨日までの君は化粧がケバくシャツの胸元も開けてスカートは下着が見えそうな丈だった」

「……自分でも黒歴史ですからあまり言わないでください」

「……真面目で堅実で誠実じゃないとダメなのか? アレックスとはかなりタイプがかなり違うようだが」

「真面目で堅実で誠実な方じゃなきゃ領主を任せられませんもの。……アレックス様は、なんと言いますか、その見た目がタイプだったものでつい」

「それもそうだな。サボり魔で放蕩癖のあるような人間を領主にするのは良くない。まあ、君はまだ若いんだ。きっとどうにかなる」

「どうにかなる、というか、どうにかしないとですものね。諦めたらそこで試合終了とも言いますし頑張ります」

「……諦めたらそこで試合終了、か」

「あの、長々と話してしまってごめんなさい。今日も捕まえに来たんでしょう?」

「いや、こちらこそ勝手に相席したあげくクッキーまで貰ってすまない」

 溜め息混じりにいい加減捕まえなければな、と席を立った男を見送る。

「……お勤めご苦労様です」

 私の言葉に苦笑いを残して去って行った。

 首根っこを掴まれたアレックス様は見なかった事にして私も店を後にする。会計はすでに終わっていた。……申し訳なさすぎる。
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