取り巻き令嬢Fの婚活

キマイラ

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「……あっ、ん、あっあっやああ」

 漏れ聞こえる喘ぎ声に頭を抱えた。

 ……なんで私がこんな目に遭わないといけないの!?

 放課後、私はちょっとした調べ物で図書館の資料室に入れてもらった。見終わったら鍵を司書さんに返せばいい、とのことで意気揚々と資料を漁って、そろそろ帰ろうかと扉に手を掛けた。しかし、扉は重く動かない。外に何か障害物があるのか? と考えていたら外から人の声が幽かに聞こえてくる。詳しくは聞き取れなかったがおおよそこんな感じだ。

『待って、ダメだよ、こんなところで』

『……我慢できねえよ』

『ああん! ねえ、ほんと、ダメだってば』

『はっ、エロい顔しやがって、お前だって欲しいんだろ?』

『らめええ! きもちいいよぉ』

 扉 の 前 で 盛 っ て や が る 。

 思いきり扉を叩いてやろうかと考えたけれど、すんでのところで思い止まったのは、扉の向こうの男女の声に聞き覚えが有ったからだ。男の方は口調こそ普段と違うもののアレックス様に間違いないはず。じゃあ女の方は? どこかで聞いたことがあるはずなんどけど分からない、あとちょっとなんだ、ほら、もうここまで来てるんだけど出てこない。

 ……アリシア・エイベルだ! その答えに到達した瞬間、電流が身体を駆け抜けた。それくらい大きな衝撃だった。ドクドクと鼓動が早くなる。アリシア・エイベル男爵令嬢、彼女はこの世界のヒロインなのだ。しかし本当に彼女だとすると疑問が残る。アレックス様の取り巻きだった私は今の今まで彼女の存在を認識していなかった。あんな可愛い子がアレックス様に近付いたら私達取り巻きが何もしない訳が無い。それにゲームはアリシアが四年生で学園に編入してきてからの一年間のはずだ。攻略するにしても半年でここまで関係を深めるなんて早すぎる。

 何かの間違いか? そう思いもしたが、やはりどう聞いてもアリシア・エイベルの声にしか聞こえない。

 え? まじで? 本当にアリシア? っていうかいつの間にアレックス様――いや、こんなところで盛るような男に敬称なんて不要だ! ――じゃなくて、アレックス攻略してたの? まじかー。攻略してたんだ。うん、前世の記憶戻ってて良かった。いや本当に。だって取り巻きのままの私には今の状況はきっと耐えられないだろうから。好きな人が他の子をこんなに強く求めている、なんて気が狂ってしまいそう。

 早く居なくなってくれとだけ考えながら、扉からできるだけ距離を取った。耳を塞ぐまでもなく何も聞こえなくなる。驚きに早鐘を打つ鼓動もだんだんと元のスピードへと戻っていった。

 しばらく時が過ぎて、そっと扉に聞き耳を立てるも何も聞こえない。万が一、なんてことは避けたい私はゆっくりとドアノブを回して慎重に扉を押した。よかった、もう居ない。なんで私が気を遣ってるんだ? と思いながらも家路につくことにした。

 ろくでもない目に遭ったと思いながら校門を過ぎると、茶飲み友達改め婚活仲間のアンダーソンさんが居た。ああどうも、今日も大変ですねと軽く挨拶して別れようとしたら呼び止められた。曰く、顔色が悪いらしい。

 なんだかんだで送ってもらうことになったので無言で歩くのもどうかと思い世間話をしようとしたが、今口を開けばアレックスとアリシアに対する愚痴しか出てこないだろうから黙っておくことにする。彼なら他言しないだろうけど、往来で口にするのは憚られる。

 ちなみに私は比較的タウンハウスまで近いから徒歩通学である。

「わざわざありがとうございました。……よかったらお茶でも飲んでいきませんか?」

 タウンハウスに着いた私は、踵を返そうとする男に声をかけた。今日の出来事について誰かに愚痴を言いたかったからだ。少し考える素振りをしたものの了承した男を部屋へ通して茶と菓子を用意しに行く。ああ、この間焼いたクッキーまだいけるわ。残念ながらお菓子のストックはこの程度だ。我が家の場合、本邸と違ってタウンハウスにはほとんど使用人を置いていないからこれで我慢してもらう他ない。

「お待たせしました。はいどうぞ」

「使用人はどうしたんだ?」

 どうやら私自ら茶と菓子の用意をしたことで驚かせてしまったようだ。

「ああ、うちはタウンハウスには使用人はほとんど置いてないんです」

 現在このタウンハウスにはショーンとメリッサという老夫婦しか居ない。ここの管理が二人の仕事なんだけどついでにメリッサが洗濯やご飯の用意をしてくれるし必要に応じてショーンは馬車を出してくれる。細々とした身の回りのことは自分でしているけど、本邸でもそんな感じだったしそもそも元庶民としては何の不満も無いのである。むしろ家政婦さんの居る一人暮らし万歳である。二人とも優しいし。

 我ながらなかなか上手くできてるな、と紅茶とクッキーを胸中で自画自賛しつつ向かいの男の様子を窺う。そろそろいいかな。

「ねえ、アンダーソンさん。図書館って本を読む所ですよね」

「そうだな」

「そうですよね! 普通はそうですよね! まかり間違っても不純異性交遊の場じゃありませんよね」

 同意を得られた私は今日の出来事を洗いざらい吐いた。それでもまだ気分はすっきりしない。

「何が楽しくて他人の喘ぎ声なんて聞かなきゃいけないんですか! もう、本当に最悪でした」

「……災難だったな」

「ええ、もう本当に。ていうか、こっちは頑張って相手を探してるのになんであいつら付き合ってるの? いつの間に? しかもなに図書館でしけこんでるの? もうヤダ世の中理不尽過ぎません? だいたい我慢できないってなんなんですか。我慢しなさいよ! 学校でしょ。所構わず盛ってんじゃないわ」

 リア充爆発しろ、と声を大にして言いたい。いつの間にか、かろうじて被っていた令嬢の皮が完璧に外れていた。まあいいや、アンダーソンさんとの共通の知人なんてアレックスと取り巻き達だけだし。なにより彼はあちこち言い触らすような人じゃないだろう。真面目が服を着て歩いている様な人だから問題ない。

 紅茶をぐいっと一気に飲み干して、はあ、と息を吐いた。

「イケメンと美少女なんて滅べばいいのに」

 思わず恨みごとが口を衝いた。
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