あなたが私の可愛い坊ちゃんなんですか?

キマイラ

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あなたが私の可愛い坊ちゃんなんですか?

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 私、桂木美沙は高校の卒業式の翌日に異世界に飛ばされた。部屋着のジャージ姿で。

 特に召喚されたとかトラックに轢かれたとかそんなことはない。ただいつの間にか異世界にいたのだ。そんな私の第一発見者は小学校低学年くらいの美少年と二十半ばくらいの男性だった。二人曰く私は突然現れたらしい。

 この世界では稀に異なる世界から人間がやってくるのだと美少年の親御さんが説明してくれた。そしてそういう人間のことを渡り人と呼ぶそうだ。この家、というかお屋敷と呼ぶべきだろう広さのお宅にお金持ちっぽい雰囲気を感じていた私は「これからどうしたい?」と聞かれ「ここで働かせてください」と答えた。そして私は美少年の遊び相手としてこのお屋敷に置いてもらえることになった。

 美少年、もといメルヒオール・ホルツヴァート様は七歳だそうだ。きらきら輝く金色の髪にエメラルドのような緑の猫目はいつだって好奇心に輝いている。控えめに言って天使である。見た目だけは。中身は中々のやんちゃ坊主だ。暇さえあれば棒切れを振り回して遊んでいる。暇がなくても教師から脱走しては棒切れを振り回して遊んでいる。その度に私ともう一人の第一発見者アルバンさんはメル坊ちゃんを探すのだ。

「見つけましたよメル坊ちゃん! 先生がお待ちなんですから行きますよ!」

「嫌だ!」

「勉強は大事なんですよ!」

「礼儀作法の授業は退屈だ」

「礼儀作法は自分のための武器なんですよ。身につけておいて得することはあれど損はありません」

「ミサだって礼儀作法めちゃくちゃなくせに!」

「私は渡り人だからこっちの礼儀作法には疎いんです。私だってちゃんとした礼儀作法を身に付けたいと思ってるんですよ。本当に、メル坊ちゃんが羨ましいくらいです」

「そうなのか?」

「そうです。ほら、行きますよ」

 そう言って手を差し出せばメル坊ちゃんは大人しく手を引かれて勉強部屋まで来てくれた。

「なあ、ミサも一緒に授業を受けないか」

「それは私の一存では決められません。旦那様や奥様、それから先生にも許可を得なければなりませんから。お気持ちだけちょうだいします。ありがとうございます、メル坊ちゃん」

 そう私が言うとメル坊ちゃんは少ししゅんとして、それから「分かった」と小さく返事をした。

 これでしばらくはメル坊ちゃんも大人しく授業を受けてくれるだろうとアルバンさんと話した。

 次の日、奥様に呼び出されて何事かと思えばメル坊ちゃんと一緒に授業を受けてほしいと言われた。メル坊ちゃんが私と一緒なら退屈な授業も真面目に受けると言ったのだとか。そんなわけで私もメル坊ちゃんと一緒に授業を受けることになった。

 算術、読み書き、歴史、礼儀作法、ダンス。それから剣術。これは私は見学だ。現代日本人の感覚では七歳の子供に対してやりすぎな教育だと思うがメル坊ちゃんは頑張っていると思う。なんでもメル坊ちゃんはこの辺境伯家の跡取りらしい。辺境伯がなにかイマイチよく分からないけど今私たちがいるグリューン王国の貴族だそうだ。メル坊ちゃんのお婆様はこの国のお姫様だったとか。とにかく由緒正しいお家だってことは私にも分かった。そんなわけで私はメル坊ちゃんの邪魔にならないよう真面目に授業に取り組んだ。算術はなんの問題もなかった。先生に教えることはありませんと言われるレベル。読み書きはダメだ。メル坊ちゃんの足元にも及ばない。とりあえず名前は書けるようになった。歴史、これもさっぱりである。礼儀作法とダンスはメル坊ちゃんとどんぐりの背比べだ。私というよきライバルの存在はメル坊ちゃんのやる気に火を点けたようだった。

 メル坊ちゃんの遊び相手という役職の私は使用人の中で少々浮いていた。会話をするのはアルバンさんくらいだ。それを気にしてか私の休みの日に奥様がお茶に誘ってくださったり刺繍を教えてくださったりした。

 そんな暮らしを続けて三年。メル坊ちゃんは十歳になった。そろそろ身長を追い抜かれるかもしれない。この国の人はみんな大柄だから。今のメル坊ちゃんの背は私の目線の辺りだけどあと数年であっさり抜かれることだろう。

 ダンスレッスンでは先生ではなくメル坊ちゃんと踊るようになった。こうしていると本当に大きくなったなあと思うのだ。子供が大きくなるのはあっという間なんだと思い知らされた。

 私は最近、奥様にお見合いを勧められている。その話を聞くとメル坊ちゃんは嫌がるのでこっそりとだが。私としてもまだ二十一歳なので結婚する気はあまりない。そんなわけで奥様に捕まらないよう休みの日は積極的に街に出かけている。お屋敷から街まで徒歩一時間といったところだ。この世界に来てから私は体力がついたと思う。

 適当に街をぶらついてウィンドウショッピングを楽しみ屋敷へと戻る。帰り道の風景になにか違和感があったが私は特に気にせず裏口から屋敷へと入った。

 知らないメイドに侵入者だと騒がれてしまった。たぶん彼女は新入りなのだろう。誰か私を知っている人が来てくれればいいのだがと思っていたのだがやってくる使用人は見事に見覚えがない人ばかりだった。ここでさすがの私もおかしいと思った。だってここまで見知らぬ人間ばかりなのだから私が出かけている間に使用人を入れ替えたとしか思えない。でもそんなことはあり得ない。現実的じゃない。

 騒ぎがどんどん大きくなってダンディーなヒゲのおじ様まで出てきた。誰だろう。服装は家令っぽいけどどう見ても家令のヨハンさんではない。

「ミサさん!?」

「はい、美沙ですけど、どちら様ですか?」

「私です、アルバンです。ああ、こうしてはいられない。早く旦那様にお伝えしないと!」

「アルバンさん? なんですかこの状況、ドッキリですか?」

 いったいなにを言っているんだと自称アルバンさんを見るが彼はもういない。私も困惑しているが周囲も困惑している。

「あの、ここってホルツヴァート辺境伯のお屋敷で間違いないですよね?」

「ええ」

「さっきの人、アルバンさんだって言ってましたけど誰ですか」

「家令のアルバンさんです」

「……家令はヨハンさんでしょう」

「いえ、アルバンさんです」

 なんだろう、私はパラレルワールドにでも迷い込んだのだろうか。そう思っていると誰かを連れたアルバンさんが足早に戻ってくる。

「ミサ!」

 金髪の背の高い誰かが私の名を呼ぶ。知らない人だ。どちら様ですか? その問いかけは抱きすくめられてできなかった。

「や、なに、離してください!」

「離すものか。ようやく帰ってきたんだ。ミサ、私だ。メルヒオールだ」

「はあ? なに言ってるんですか、メル坊ちゃんなわけがないでしょう。メル坊ちゃんはまだ十歳なんですよ! 悪ふざけも大概にしてください!」

「ミサ、落ち着いて聞いてくれ。君は二十三年前行方不明になったんだ」

「はあ?」

「君が消えたあの日から二十三年経っている」

 そう言う男の目はエメラルドのような緑だった。

「本当にメル坊ちゃんなんですか」

「ああ」

「なら、私が最初にメル坊ちゃんに差し上げたハンカチに刺繍したのは?」

「私のイニシャルだ」

「……二枚目に差し上げたハンカチに刺繍したのは?」

「それも私のイニシャルだ。ミサは毎回ハンカチに私のイニシャルを刺繍してくれた」

「私とメル坊ちゃんしか知らないことは?」

「……そうだな。ミサが街で買ってきたマドレーヌを二人でこっそり食べて私は夕飯があまり食べられず体調不良と間違われた」

「本当にあなたがメル坊ちゃんなんですか」

「ああ、君に遊んでもらっていたメルだ」

 そう言う男の顔は大真面目で冗談や嘘を言っているようには見えなかった。

「分かりました、あなたはメル坊ちゃんなんですね。信じるので離してください」

「嫌だ」

 ぎゅうと強く抱きしめられた。ああ、この人は間違いなくメル坊ちゃんだ。トントンとその背中をあやすように叩いてもう一度口を開く。

「メル坊ちゃん、離してください。私はどこにも行きませんから」

「渡り人はその地の人間と交わるまで時すらも渡り続ける」

「それ、初耳なんですけど」

「母が君に見合いを勧めたのはそういうことだったんだ」

「この地の人間と交わらないと私はまた行方不明になる可能性があるわけですね? メル坊ちゃん」

「そうだ。だからミサ、私と結婚しよう」

「はい?」

「そうすれば君はもうどこにも行かない。ずっと私と一緒だ」

「メル坊ちゃん……」

 メル坊ちゃんは背が伸びた。私より頭一つ分以上大きい。顔だっていい。少々目つきが鋭いものの格好いい。だからこそ思うのだ、メル坊ちゃんにはもっといい人がいると。

「メル坊ちゃんにはもっといい人がいると思いますよ」

「嫌だ、ミサがいい」

 そのままメル坊ちゃんは私の唇を奪ったのだった。驚きはあった。嫌悪感はなかった。

「私と一緒になったってなんのメリットもありませんよ」

「メリットならある。君がずっと一緒にいてくれる」

「メル坊ちゃん、そんなに私が好きなんですか」

「ああ、君が好きなんだ」

 そう言ったメル坊ちゃんが今にも泣き出しそうに見えたから、私は答えた。

「分かりました。結婚しましょう? メル坊ちゃん」

「ありがとう」

 そう言ってメル坊ちゃんは私を抱き上げてどこかへ歩いて行く。知らない部屋のベッドに下ろされて私はメル坊ちゃんを見上げることしかできない。

「メル坊ちゃん?」

「ミサ、好きなんだ。どこにも行かないでくれ」

 そう苦しげにメル坊ちゃんは口にして私を押し倒して馬乗りになった。なにをされるのか分からないほど子供じゃなかった。

「いいですよ。メル坊ちゃん。優しくしてくださいね」

 メル坊ちゃんの辛そうな顔を見たくなかった私はそう言ってできるだけ優しく微笑んだ。

 触れるだけの口付けを何度か交わして、深い口付けに溺れる。体を這い回る手に抵抗することなく身を任せた。触れられて、息を乱して、乱れる。触れ合って、一つになって、ただ快楽を追いかけた。行為の間、メル坊ちゃんは何度も私の名前を呼んでいた。まるでそこに私が存在することを確かめるように。

 次に気がついた時私はメル坊ちゃんと一緒に横になっていた。

「メル坊ちゃん、これで私はもうどこにも行きません。安心できましたか?」

「正直まだ実感がない。いつミサが消えてしまうのかと恐ろしい気持ちが消えない」

 メル坊ちゃんの心の傷は私が思うより深かったらしい。そりゃそうか。親しい人間がある日突然失踪したんだから。

「それは、申し訳ないです。でも、もう行方不明になったりしませんから。渡り人はその地の人間と交われば渡らなくなるんでしょう?」

「そのはずだ」

「だから、大丈夫です。ずっとメル坊ちゃんと一緒にいます」

「ミサ、私はもう坊ちゃんなんて呼ばれる年齢ではない」

「じゃあ、メルヒオール様?」

「君ならメルでいい」

「メル様」

「様もいらない」

「メル」

「ああ、そう呼んでくれ」

「メル、今何時ですか? お腹が空きました」

「敬語もいらない。ちょうど夕飯の時間だな。ミサの分はきっとアルバンが手配しているだろう」

「そうね、だって私いきなり帰ってきたもんね」

「離れがたいな。夕飯は私の部屋で食べよう」

 ソファに並んで座ってメルと二人で夕飯を食べた。この世界に来てからずっと一人でご飯を食べていたから嬉しい。

「ミサ、君の部屋はまだ当時のままにしてある。結婚するまではそこにいてくれ」

「分かったわ、メル」

 二十三年ぶりに入った自室は埃っぽさもなく綺麗に掃除されていた。シャワーを浴びて寝巻きに着替えて眠った。自分で思っているよりずっと疲れていたらしくぐっすり眠れた。

 次の日からメルのプレゼント攻勢が始まった。花束に最近話題だという基礎化粧品が贈られて私はお礼を言った。その次の日には仕立て屋が屋敷に呼ばれた。私の普段着とウエディングドレスの採寸だそうだ。普段着はいらないと言ったが流行遅れも甚だしいと却下された。そしてまた次の日には宝石商がやってきた。婚約指輪を作ってくれるそうだ。メルの目の色にそっくりなエメラルドに決めた。地金はゴールド。

 これで落ち着くだろうと思っていたのにメルは巷で話題だという小説を私に買い与えたり流行りのお菓子を買ってきたりと散財したがる。

「メル、私のために散財しないで」

「この二十三年、ドレスを見れば君に似合いそうだと思い、流行りの菓子を食べれば君にも食べさせたいと思って生きてきたんだ。仕方ないだろう」

「確かにそれなら仕方ないかも……。でもね、メル、お金は大事にしましょうね? これからはずっと一緒にいるんだから」

「ずっと一緒か……」

「奥さんにしてくれるってメルが言ったのよ」

「ああ、言った。でも、本当に私と一緒になってくれるのか」

「一緒になるわよ。ウエディングドレスの採寸だってしたじゃない」

「君は私に恋してもいないのに?」

「そうね、恋はしてないわ。私にとってあなたはやっぱり可愛い可愛いメル坊ちゃんなの」

「ほらな」

 メルの顔が暗くなる。

「話は最後まで聞いてね? でもね、あなたのためならなんだってしてあげたい。これは愛には違いないでしょう?」

「それはきっと私の愛とは違う」

「そうかもしれない。でもね、これからずっと一緒にいるのよ。いつか私の愛も恋に変わるかもしれないし、あなたと同じ愛になるかもしれない。時間をかけましょう、メル。私たちは再会して一週間も経ってないんだから」

「そうだな、二十三年君を待ち続けた。私はきっと待てるはずだ」

「メル、一生かけてあなたを愛すると誓うわ」

「私も君を一生愛し続けると誓おう」

 真面目な顔で愛を囁いたメルの唇を奪えば、目を見開いていた。私はそれを見て笑う。これからはこんな日々が続いていくのだとメルが信じてくれればいい。そう願って彼の腕の中に閉じ込められたのだった。

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