猫のアマテル 全十夜

當宮秀樹

文字の大きさ
10 / 11

第九夜「死への意識」

しおりを挟む
トンビの子供がその鋭い爪でアマテルに襲いかかろうとした。 その瞬間黒い影がさえぎった。

「殺すならこのわしを殺しなカァ~」さっきのカラスがトンビとアマテル間に割り込み、
翼をひろげアマテルの盾になって立ちはだかった。

アマテルが「カラスさんどうして?・・・」

「どうせ、わしはもう長く生きられないからさ、あんたの代わりに死んでもいいかなって思ったんじゃ」

母のトンビが「あんたも、ようやっと覚悟を決めたのかい、じゃあ二匹とも頂こうかね」

カラスは「それは、わしが許さない」

トンビの息子は「お母さん僕は猫食べる」

その時だった不穏な気配を感じた母トンビが上に目をやった。 上空には数十羽のカラスが下の
様子をうかがっていた。
そのうちの一羽が勢いよく両者のあいだに降りてきた。

「そこの二羽、お前達なにをやろうとしている。 なんなら私たちが全員相手になろうか?」

子供のトンビが母親に「お母さんこの状況って、とってもまずくない?」

「チッ、行くよ」二匹のトンビは飛び立った。

そのカラスが「猫さん、さっき、その爺さんを助けたところからずっと観察してたけど、あんたやるねぇ~! 
本当に死が怖くないんだね。 どうやって死を克服したんだい?」

アマテルは「わたし自殺を考えたときに死を見つめたんです。そして死を素直に受け止めました」

「どうりでね、私たちカラスは死というものにたいして敏感なのさ、死に行ゆく者は死の臭いがするんだ。 
あんたは臭いがしないのに死を受け止めてる。 そんなこともあるんだねぇ? 不思議な猫だ。 
爺さんが世話になったな」

その場からカラスはいなくなった。 アマテルは何事もなかったようにまた歩き出した。


 丘を越え平地に広がるリンゴ畑の下をのんびり歩いていると、今にも息絶えそうな死直前の狐と出くわした。 狐は横になり死を待っていた。

「狐さんどうしました?」

「?猫さんかい、私はここで死を待ってるんだ」

「リンゴ畑が好きなんですか?」

「そうだ、甘い香りを嗅ぎながら死ぬのもいいかなって……」

「甘酸っぱい、いい香りですね」

「いいだろう、死ぬにはもってこいの場所だ。 この辺では見かけない猫だけど、あんたはどうしてここに?」

「私はアマテルっていいます。 小樽の方から来ました。 この町がちょっと不思議な感じがするので
散歩してます」

「そっかい、小樽からわざわざここに……気をつけなさいよ。ここらは山犬が多くいるから。 
あいつら凶暴だから」

「はい、ありがとうございます」

次の瞬間、狐は大きく息をして旅立っていった。

アマテルは地面に落ちているリンゴをひとつ、狐の顔の所にそっと置いてその場を立ち去った。

喉が乾いたので近くの小川に水を飲みに下りた。 今まで感じたことのない獣の臭いがした。

「おい!」いきなりアマテルめがけて襲いかかる犬がいた。

アマテルは反射的に攻撃をかわしたが、犬の勢いに対処できず、木に頭を打ち付けて気を失ってしまった。

体から抜け出たアマテルの意識は、死んだ母親と一緒に祝津漁港で海を眺めていた。

「母さん、ただ今」

「おやアマテルかい、毛繕いでもしてあげようか?」

「ありがとう。でも自分でやるからいいニャ」

「そっかい、じゃあ母さんの毛繕いやってちょうだい」

「は~い」

「ところで、お前はまだまだやることある。 お前を必要としてる動物がいるんだから、
もうすこし頑張りなさい」

「必要としてる動物ねぇ……?」

「生きてるうちは、みんな助け合って生きるんでしょ」

「そうだよねぇ、戻ろうか……」瞬間意識が戻った。

アマテルは気がついた。 あの獣くさい臭が鼻をさした。 野犬の巣に運ばれていたのだった。

「ここどこ?」

側で子犬が一匹寝ていた。 瞬間すべての記憶が蘇った。 そうだ犬に襲われそうになって避けたとき
頭を打った。 ここは……犬の巣?
 
「ねこのお姉ちゃん、おきた?」子犬の声だった。

「ええ……?」

「ぼく、お姉ちゃんをもらったんだ」

「誰から?」

「お母さんからだよ。 僕の自由にしなさいって」

「そうなの?」

「うん、だから遊ぼうよ」無邪気に言った。

「いいけど、なにやって遊ぶの?」

アマテルに野犬の巣から逃げようとする気はなかった。

「ぼく、おっかけっこ大好き・・・」

「いいけどその前に、私はアマテル。 あなた名前は?」

「ぼくはフォーだよ、フォー」

「フォーくんか、強そうな名前だね」

「うん、僕お父さんみたいに強くなるんだ」

「そっか~強くなってね。 じゃあ鬼ごっこしようね」

二匹は畑に出た。

「どっちが鬼になる?」

「お姉ちゃん」

「はい、分かりました。 じゃああそこの木の所まで行ったら追っかけるね」

こうしてアマテルとフォーはしばらく鬼ごっこをした。 二匹は疲れるまで走りまわった。

フォーが「あ~楽しかった。 僕早いでしょ?」

「フォーくんすごく早いね、私、何回も捕まったもんね」

「僕、そろそろ眠くなってきたから帰るもん」

「はい、分かりました。じゃあ巣に送るね……」

二匹が巣に戻ったときだった。 母犬が勢いよく飛び出してきた。 そしてアマテルの後ろに
回り込み首をくわえた。 相変わらず無抵抗のアマテルだった。

「私の子をどうしようというんだい」

「お母さん、このお姉ちゃんたくさん遊んでくれたんだよ。お姉ちゃんを殺さないでお願い……」

母犬はアマテルを解放した。

「おまえ、いつでも逃げる隙があったのになんで逃げない?」

「わたし、フォーくんを家まで送る約束したから」

「おまえは馬鹿かい? こんな子供との約束なんかどうでもいいだろう。 食われるかも知れないというのに」

「フォーくんとの約束ですから」

「……?わたしは、おまえの言ってることが理解できない。気持ち悪いからさっさと行ってしまいな」

アマテルは「フォーくんまたどこかで会おうね。楽しかったよ。 さようなら」

「お姉ちゃんどこ行くの?」

アマテルは振り返らずに無言で歩き始めた。

「お母さん嫌いだ。 いつも僕が友達作ると首を噛んで僕から離すんだもん。 いつまでたっても
友達できないじゃないか」

「私たちは家畜や家で飼われてる動物と違い、嫌われ者なの仲良くしたらだめなの」

「いつもそう言うけど。 僕だってみんなと遊びたいもん」

「親の言うこと聞かないと、あんたも噛み殺すよ。 私たちはその辺の犬と違うんだ 。覚えときな!」


 その頃アマテルは、ここに来てたった数日だけど、いろんな動物と巡り会ったことなど、
思い起こしながら歩いた。 途中の橋の下で腰を下ろしていた。 今日はここで休もうと決めた。 
一晩明かしたアマテルが水を飲みに川辺に来た時だった。 いきなり魚が空から落ちてきた。 
上を見上げるとカラスが旋回していた。

「カラスさん、魚落としましたよ……」

「いいや、君に上げたのさ」

「ありがとう。 でも、どうして?」

「きのう仲間の年寄りカラスを助けてくれたお礼さ」

「ありがとう……」

「そっちに下りてもいいかい?」

「どうぞ」

カラスはアマテルの前に下りた。

「僕はカイだよ」

「私はアマテルです」

「僕は昨日、君と野犬が遊んでるところを見たんだ? 不思議な二匹だなって思ったんだ。 
普通、犬と猫は仲が悪いだろ。 特に野犬ってやつは凶暴なんだ。 
なのに一緒に楽しそうに遊んでるんだもの、君はいったいなに者?」

「私はただのどこにでもいる普通の猫」

「僕をからかうのかい、普通の猫がカラスをかばったり、野犬と仲良くしないぜ!一瞬で食われておしまいさ」

「私は魔法使いでもなんでもありません」いつもの口調で淡々と答えた。

「あれだけ生き死に関わることをやっておきながら、なぜそんなに落ち着いてられるの?」

「なんででしょ……死が怖くないからかな」

「それってどういうこと?」

「私たち動物にとって最大の問題は死。 どんな動物も例外なく死にます。 それを知りながら誰もが、
その死に逆らって生きてるの、厳密に言うと逆らうというよりも死を遠くに置いてると言った方が
分かりやすいかしら。 でも、その死を超越することができるの私のように。 たったそれだけの違いかな」

「どうやって超越したの?」

「色々あるけど私の場合は、死のうと木から飛び降りようとしたのその瞬間死を飛び越えたの」

「僕も死を超越出来るかな?」

「出来るかもしれないし、そのまま死ぬかもしれない」

「死ぬのが怖いな……僕には出来ないよ」

「わざわざ超越しなくてもいいと思うけど。 時期が来たら自然と受け止めるから」

「そっか、じゃあもう考えない」

「そうよ、いつかそういうときが必ず来るよ、今から焦らないの。 楽しく今を生きてくださいな」

「うん分かった。 でも君って不思議な猫さんだよね」

「不思議でもなんでもありません。 ただの普通の猫です。
もし、違うとしたら自分らしく生きてるっていうことかな」

「自分らしくって…みんな自分らしく生きてるでしょ」

「他の目を気にしないで生きていますか? 誰かに合わせようとかしてない? 
私が言ってるのは本当の自分らしくっていうことだけど」

「本当の自分らしくね、そっか……そういえば仲間のカラスに合わせてるかな、
合わせないと自分だけ取り残されそうで不安かも……なるほどね。 もう一つ質問していい?」

「はい」

「アマテルはこれからどこへ行こうとしてるの?」

「決まってません。 風の吹くまま」

「僕もそうやって生きてみたいな……」

「生きてみたらいいじゃない」

「僕たちカラス仲間にはしがらみが多くてね……」

「そのしがらみはみんな自分で作ってるのよ。 そこも私と違うところかな?」

「だって僕だけ勝手なこと出来ないじゃないか」

「あなたは何のために生まれてきたの? 自分を楽しむためじゃないの? 
他人に合わせたり、しがらみに従うために生まれたの……?」

「でも、そうしないとカラス社会で生きていけないよ」

「そこなのよ、そこが私とちょっと違うところかな」

「猫社会で生きられるの?」

「はい、ちゃんと猫社会で生きてます」

「だって一匹で行動してるじゃないか」

「今は一匹で旅を楽しんでるの」

「旅してどう? 楽しい?」

「いろんな動物と話せて楽しいよ。 ここであなたと会話してることも旅の途中の楽しみ」

「僕もできるかな、ひとり旅」

「旅をしたければ、まず一歩を踏み出すのよ、簡単なこと。旅は誰でもできます」

「……」

「今、わたしが言ったでしょ、しがらみからの解放」

「考えてみます。今日は話ができて楽しかった。 気をつけて旅してください」カラスは空へ消えていった。

さて、ここらで小樽へ戻ろうかな……

来たときのトンネルをくぐって小樽へ戻っていった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

真実の愛を見つけたとおっしゃるので

あんど もあ
ファンタジー
貴族学院のお昼休みに突然始まった婚約破棄劇。 「真実の愛を見つけた」と言う婚約者にレイチェルは反撃する。

処理中です...