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エピローグ
胡蝶の夢
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光晴は何も言わず、ただ静かにその姿が失われていく。
俺はヨミとともに彼もこの先から解放されていく様子をただ見送っていた。
彼が自分のためだけにこの世界へ連れてきたヒロインたちも彼のために戦うことはない。
彼女たちもそれぞれが自分たちの存在の意味をわかっていたはずだ。
この世界においては、光晴がいなければ彼女たちも存在は失われる。
それは死ぬということではなくて、ただ本来在るべき世界へ帰るだけだ。
この世界が誰かのための物語の舞台ではなくなるように。
七人のヒロインたちが全て光の粒となって霧散して、ヨミがつぶやいた。
「……これで、終わったんですね」
「どうだろうな。終わったってのはちょっと違うんじゃないか」
「え? では、まだ何か問題が……?」
ヨミは世界が神の手を離れたことの意味を理解していなかった。
俺との感覚のズレは、俺自身がこの世界のもう一人の神の目線を持ってしまったからかも知れない。
「おい、一体何がどうなってやがる」
剣の勇者――ガイハルトが警戒心をむき出しにしたまま聞いてきた。
この世界における勇者という存在はある意味では光晴のために存在していたがその能力は失われてはいないようだった。
対の存在であるヨミの魔力が魔王としての能力を未だに残していることと同じ。
「アキラ殿、なぜ私たちは生きている? それに、アキラ殿たちが倒した少年は――」
「フェラルドの想像の通りだよ。あいつこそがこの世界をループさせていた神様であり救世主だ」
「……この世界は解放されたと考えても良いのか?」
「まあ、そう言うことだ。だから、今度は死んでもやり直すことは出来ない」
「しかし、だとしたらなぜ私は生き返った?」
「俺がその役割の一部をこの世界で与えられたというか、気付かされたというか」
「では、アキラ殿も世界の神――」
「ちょっと待てよ。お前らは一体何を言ってるんだ?」
俺とフェラルドの会話はガイハルトにはまったく意味が通じていなかった。
俺の知る限り、この世界の理を正しく理解できていた登場人物は三人。
フェラルドとギルドマスターのクランス、そしてエルフの女王エリザベスだけだった。
理を理解していなかったものに今さら説明するのも難しい。
この世界が繰り返すことはもうないのだから。
全てを説明しようとしたら、俺の意識が暗闇の中へ落ちた。
目の前に彰とその妹――未来が寄り添っている。
「……ここは……」
「どこでもない世界。感覚的には世界と世界の狭間のようなところだ。だからこうして俺とお前が並び立つことが許される」
当たり前なことを聞くなと言うような態度で彰が言った。
神の視点を持った俺がその意味を理解できないはずはない。
「お前は本当にどこまでもお人好しらしい」
呆れ顔の彰に俺は苦笑いを返した。
「……褒め言葉だと思っておくよ」
「あの異世界の者たちに全て説明してやる必要はない」
「どうして?」
「あの世界の神は消滅した。世界が繰り返されることはなく、全ての命は有限となる。もう一人の神であるお前がその能力を保有したまま留まったりしなければ、あの異世界は世界の一つして一生を送ることになる」
それは何となくわかっていたことだった。
物語の作者が作者としての能力を保有したまま登場人物の一人として物語の中に描かれるなんて本来はありえない。
光晴はそうすることによって死してなお永遠の命と世界を手に入れたが、結局それは解放されることのない牢獄に自ら入ることと同じことに気がついていた。
俺が光晴に対して作者としての能力を行使できたのは、それを俺と光晴が望んだからだろう。
フェラルドたちを蘇らせることが出来たことも、きっと俺たちがそれを望んだから、か。
全てを理解した今の俺がそのままの能力を保有したまま異世界に残るということは、光晴を解放したことと自己矛盾を起こす。
「世界の理に気付いてしまった者たちは、どうなる? 説明してあげた方が良いような気もするけど」
「本来の理を取り戻して、神の能力を保有するものが介入しなければその記憶も自然と修整されていく。夢から目覚めた時にそれが夢だったのだと気付くようなことだ」
「そう言うことか」
彰が説明不要だと言ったことは納得した。
と言うことは、問題は俺か。
「俺はこのまま広瀬悟郎に戻るのか? 最後にちゃんと別れの挨拶くらいしたかったけどな」
ヨミにも、伝えなければならないことがたくさんあった。
恥ずかしくて言葉で表現することが苦手だったから、ちゃんと好きだと、愛していると伝わっていただろうか。
安っぽい言葉だとバカにしていたけど、結局言葉にしなければ伝えられないのに、手遅れになってから後悔するなんて俺の方がよほどバカだった。
「光晴の言っていたことを覚えているか?」
「え?」
「世界は誰かの書いた世界」
「ああ、うん。ネムスの世界もそうだし、何ならネムスの続きを勝手に描いた世界なんて俺が描いたものだし」
「俺はお前と出会って、俺の世界の理を知った。だから、この狭間の世界へ来たのだろう。お前の世界の理は、俺にも理解は出来ない」
「そうだな。でもきっと、俺の世界を書いた神様もどこかにいるんだろう」
「俺が本来の世界へ戻ったらどうなると思う?」
「それは……」
答えようがなかった。公式にはネムスの続編は作られていない。
もしかしたら、十年後とかに急に作られることもあるかも知れないけど、未来は誰にもわからない。
それまでは、俺のように勝手に想像した物語の中で無限の広がりを見せるんだろう。
あるいは、忘れられてしまうか。
「それは俺の世界を神の視点で観測できるお前のものの見方だ。だが、俺の視点だとこれから先の人生は何が起こるかわからない。そして、何が起こってもそれは全て自分のこととして受け入れて生きていくしかないってことだ」
「それはそうだろうけど、それって別に当たり前のことなんだよ」
「お前もだいたいわかってるじゃないか」
あの世界に限ったことじゃない。
本来の命の在り方は唯一だ。
それを正しく認識できてしまったら、その世界で生きようなどとは思えなくなる。
自分が望む世界を探して何度も終わらせることになる。
光晴はその究極の形として自分の作り出した世界に引きこもったわけだ。
「広瀬悟郎の生きるべき世界は異世界じゃないんだよな」
「……それも間違いじゃない」
彰が含みを持たせたような言い方をしたのは、俺の気持ちを知っていたからだ。
未来が人の心を読めるんだから当たり前のことだった。
実質的に光晴をあの世界から葬ったのは俺だ。
その俺があの世界に固執するのはあってはならないことだと思っていた。
「ここは狭間の世界だ。どちらが夢でどちらが現実なのかも定まっていない。俺とお前がこうして交流できていると言うことは、次元の壁すら超越した場所だからだ」
もったいぶった言い回しをしているが、彰の伝えようとしていることは正しく俺に伝わっていた。
「もしかして、異世界に留まる方法があるのか?」
「変身ヒーローとして活躍することが諦められなくなったか?」
「違う。ヨミと別れたくないだけだ」
茶化されていることはわかっていたが、俺は真面目に即答した。
「そうか。それなら彼女と生きるために全てを失う覚悟は出来るな」
彰が初めて真剣な眼差しで見つめてきた。
「俺がヨミと一緒にいられるなら。答えは決まってる」
全てを失うことの意味はわからなかった。
ヨミさえ失わないならそれ以外の全てを手放しても構わない。
「それがお前の選択なら、俺は口を挟むつもりはない」
「どうすれば良いんだ?」
「お前が思っているほど難しいことじゃない。次元の階層はわかるだろ? 広瀬悟郎では異世界に留まれない。異世界に留まることが出来るのは大地彰だ」
「それじゃ、まさか――」
失うのは広瀬悟郎という存在。
広瀬悟郎としての記憶を取り戻したから、光晴や神の存在を認識できた。
その作者としての能力を失い、俺が異世界へ追放された大地彰として生きることになれば、異世界に留まることが出来るということか。
確かに、全てを失う覚悟がなければならない。
本来の世界にも親や友達はいる。
好きな漫画やゲームやアニメに囲まれる生活もそれはそれで悪くはない。
ただ――それ以上にヨミと別れることだけはできなかった。
共に生涯を誓った大切な人と生きていく。それが、神の視点だと刹那の物語なのかも知れないが、今の俺にとって一番幸せな生き方だった。
世界中のどこを探してもきっとヨミのような人と出会えることはない。
何しろ、別の世界の、それも人間以外の中に存在したのだから。
「でも、そうなると俺と彰はどういうことになるんだ?」
広瀬悟郎という存在は異世界には存在し得ない。それは別の次元に存在する人間だから。
「俺とお前の体と魂が入れ替わる」
「俺が大地彰に?」
「そして、俺が広瀬悟郎になる」
「それは、俺が言うのも何だけど不公平にならないか?」
「そうか?」
「いやだって、俺は世界を救うようなヒーローじゃないし。彰のように何でもできる人間じゃないぜ」
大地彰は俺の憧れだった。変身ヒーローだって同じだ。
でも、広瀬悟郎はごくありふれた人間。
本来の世界だけでなく、どこの世界でも代わりがいるようなちっぽけな存在だ。
「お前は俺のことをよく知ってるはずだろ」
「そりゃまあ。ブルーレイボックスまで買ったし」
「だったら、俺が世界を救うような存在になりたかったわけじゃないってこともわかってると思ったんだがな」
そう言えばそうだった。
妹の未来を守るためにその力を身につけるしか選択できなかった。
「お前の世界は俺の世界と違って平和そうだしな。それに、どんな人間だってやろうと思えば出来ることはいくらでもある。あの異世界を救ったのは俺の能力だけでなく、お前の思いや力だったことを過小評価する必要はない」
憧れていた存在に誉められるというのも照れくさい。
「……ありがとう」
「それじゃあ、手を出せ。そろそろお互いの世界に帰るべきだ。ここは、長く留まっていて良い場所じゃない」
どこでもない世界の狭間というのは、もしかしたら――。
俺は深く考えることを止めた。
彰の言うとおり、お互いの手を差し出す。
それは触れることなく重なり合い、やがてお互いの体がすり抜ける。
俺が彰に、彰が悟郎に入れ替わる。
妹の未来はどういう存在として悟郎の世界に受け入れられるのかはわからないが、それはもう今の彰にとっては知るはずのない世界の物語だった。
そのまま混濁した意識が狭間の世界から消えていく。
「この世界のエンディングは俺がちゃんと書き記してやるから安心しろ。悟郎が光晴に約束したことだからな。だが、エンディングの先の物語については、俺には何も出来ない」
「ありがとう。それで十分だ」
「あの、アキラ? 大丈夫ですか?」
目を覚ますと、ヨミが俺の顔を覗き込んでいた。
ガイハルトやフェラルドたちも訝しげな表情を向けたまま。
ついさっきまでの出来事や広瀬悟郎という人間のことはまるで夢でも見ていたかのような朧気な記憶しかなかった。
俺はヨミとともに彼もこの先から解放されていく様子をただ見送っていた。
彼が自分のためだけにこの世界へ連れてきたヒロインたちも彼のために戦うことはない。
彼女たちもそれぞれが自分たちの存在の意味をわかっていたはずだ。
この世界においては、光晴がいなければ彼女たちも存在は失われる。
それは死ぬということではなくて、ただ本来在るべき世界へ帰るだけだ。
この世界が誰かのための物語の舞台ではなくなるように。
七人のヒロインたちが全て光の粒となって霧散して、ヨミがつぶやいた。
「……これで、終わったんですね」
「どうだろうな。終わったってのはちょっと違うんじゃないか」
「え? では、まだ何か問題が……?」
ヨミは世界が神の手を離れたことの意味を理解していなかった。
俺との感覚のズレは、俺自身がこの世界のもう一人の神の目線を持ってしまったからかも知れない。
「おい、一体何がどうなってやがる」
剣の勇者――ガイハルトが警戒心をむき出しにしたまま聞いてきた。
この世界における勇者という存在はある意味では光晴のために存在していたがその能力は失われてはいないようだった。
対の存在であるヨミの魔力が魔王としての能力を未だに残していることと同じ。
「アキラ殿、なぜ私たちは生きている? それに、アキラ殿たちが倒した少年は――」
「フェラルドの想像の通りだよ。あいつこそがこの世界をループさせていた神様であり救世主だ」
「……この世界は解放されたと考えても良いのか?」
「まあ、そう言うことだ。だから、今度は死んでもやり直すことは出来ない」
「しかし、だとしたらなぜ私は生き返った?」
「俺がその役割の一部をこの世界で与えられたというか、気付かされたというか」
「では、アキラ殿も世界の神――」
「ちょっと待てよ。お前らは一体何を言ってるんだ?」
俺とフェラルドの会話はガイハルトにはまったく意味が通じていなかった。
俺の知る限り、この世界の理を正しく理解できていた登場人物は三人。
フェラルドとギルドマスターのクランス、そしてエルフの女王エリザベスだけだった。
理を理解していなかったものに今さら説明するのも難しい。
この世界が繰り返すことはもうないのだから。
全てを説明しようとしたら、俺の意識が暗闇の中へ落ちた。
目の前に彰とその妹――未来が寄り添っている。
「……ここは……」
「どこでもない世界。感覚的には世界と世界の狭間のようなところだ。だからこうして俺とお前が並び立つことが許される」
当たり前なことを聞くなと言うような態度で彰が言った。
神の視点を持った俺がその意味を理解できないはずはない。
「お前は本当にどこまでもお人好しらしい」
呆れ顔の彰に俺は苦笑いを返した。
「……褒め言葉だと思っておくよ」
「あの異世界の者たちに全て説明してやる必要はない」
「どうして?」
「あの世界の神は消滅した。世界が繰り返されることはなく、全ての命は有限となる。もう一人の神であるお前がその能力を保有したまま留まったりしなければ、あの異世界は世界の一つして一生を送ることになる」
それは何となくわかっていたことだった。
物語の作者が作者としての能力を保有したまま登場人物の一人として物語の中に描かれるなんて本来はありえない。
光晴はそうすることによって死してなお永遠の命と世界を手に入れたが、結局それは解放されることのない牢獄に自ら入ることと同じことに気がついていた。
俺が光晴に対して作者としての能力を行使できたのは、それを俺と光晴が望んだからだろう。
フェラルドたちを蘇らせることが出来たことも、きっと俺たちがそれを望んだから、か。
全てを理解した今の俺がそのままの能力を保有したまま異世界に残るということは、光晴を解放したことと自己矛盾を起こす。
「世界の理に気付いてしまった者たちは、どうなる? 説明してあげた方が良いような気もするけど」
「本来の理を取り戻して、神の能力を保有するものが介入しなければその記憶も自然と修整されていく。夢から目覚めた時にそれが夢だったのだと気付くようなことだ」
「そう言うことか」
彰が説明不要だと言ったことは納得した。
と言うことは、問題は俺か。
「俺はこのまま広瀬悟郎に戻るのか? 最後にちゃんと別れの挨拶くらいしたかったけどな」
ヨミにも、伝えなければならないことがたくさんあった。
恥ずかしくて言葉で表現することが苦手だったから、ちゃんと好きだと、愛していると伝わっていただろうか。
安っぽい言葉だとバカにしていたけど、結局言葉にしなければ伝えられないのに、手遅れになってから後悔するなんて俺の方がよほどバカだった。
「光晴の言っていたことを覚えているか?」
「え?」
「世界は誰かの書いた世界」
「ああ、うん。ネムスの世界もそうだし、何ならネムスの続きを勝手に描いた世界なんて俺が描いたものだし」
「俺はお前と出会って、俺の世界の理を知った。だから、この狭間の世界へ来たのだろう。お前の世界の理は、俺にも理解は出来ない」
「そうだな。でもきっと、俺の世界を書いた神様もどこかにいるんだろう」
「俺が本来の世界へ戻ったらどうなると思う?」
「それは……」
答えようがなかった。公式にはネムスの続編は作られていない。
もしかしたら、十年後とかに急に作られることもあるかも知れないけど、未来は誰にもわからない。
それまでは、俺のように勝手に想像した物語の中で無限の広がりを見せるんだろう。
あるいは、忘れられてしまうか。
「それは俺の世界を神の視点で観測できるお前のものの見方だ。だが、俺の視点だとこれから先の人生は何が起こるかわからない。そして、何が起こってもそれは全て自分のこととして受け入れて生きていくしかないってことだ」
「それはそうだろうけど、それって別に当たり前のことなんだよ」
「お前もだいたいわかってるじゃないか」
あの世界に限ったことじゃない。
本来の命の在り方は唯一だ。
それを正しく認識できてしまったら、その世界で生きようなどとは思えなくなる。
自分が望む世界を探して何度も終わらせることになる。
光晴はその究極の形として自分の作り出した世界に引きこもったわけだ。
「広瀬悟郎の生きるべき世界は異世界じゃないんだよな」
「……それも間違いじゃない」
彰が含みを持たせたような言い方をしたのは、俺の気持ちを知っていたからだ。
未来が人の心を読めるんだから当たり前のことだった。
実質的に光晴をあの世界から葬ったのは俺だ。
その俺があの世界に固執するのはあってはならないことだと思っていた。
「ここは狭間の世界だ。どちらが夢でどちらが現実なのかも定まっていない。俺とお前がこうして交流できていると言うことは、次元の壁すら超越した場所だからだ」
もったいぶった言い回しをしているが、彰の伝えようとしていることは正しく俺に伝わっていた。
「もしかして、異世界に留まる方法があるのか?」
「変身ヒーローとして活躍することが諦められなくなったか?」
「違う。ヨミと別れたくないだけだ」
茶化されていることはわかっていたが、俺は真面目に即答した。
「そうか。それなら彼女と生きるために全てを失う覚悟は出来るな」
彰が初めて真剣な眼差しで見つめてきた。
「俺がヨミと一緒にいられるなら。答えは決まってる」
全てを失うことの意味はわからなかった。
ヨミさえ失わないならそれ以外の全てを手放しても構わない。
「それがお前の選択なら、俺は口を挟むつもりはない」
「どうすれば良いんだ?」
「お前が思っているほど難しいことじゃない。次元の階層はわかるだろ? 広瀬悟郎では異世界に留まれない。異世界に留まることが出来るのは大地彰だ」
「それじゃ、まさか――」
失うのは広瀬悟郎という存在。
広瀬悟郎としての記憶を取り戻したから、光晴や神の存在を認識できた。
その作者としての能力を失い、俺が異世界へ追放された大地彰として生きることになれば、異世界に留まることが出来るということか。
確かに、全てを失う覚悟がなければならない。
本来の世界にも親や友達はいる。
好きな漫画やゲームやアニメに囲まれる生活もそれはそれで悪くはない。
ただ――それ以上にヨミと別れることだけはできなかった。
共に生涯を誓った大切な人と生きていく。それが、神の視点だと刹那の物語なのかも知れないが、今の俺にとって一番幸せな生き方だった。
世界中のどこを探してもきっとヨミのような人と出会えることはない。
何しろ、別の世界の、それも人間以外の中に存在したのだから。
「でも、そうなると俺と彰はどういうことになるんだ?」
広瀬悟郎という存在は異世界には存在し得ない。それは別の次元に存在する人間だから。
「俺とお前の体と魂が入れ替わる」
「俺が大地彰に?」
「そして、俺が広瀬悟郎になる」
「それは、俺が言うのも何だけど不公平にならないか?」
「そうか?」
「いやだって、俺は世界を救うようなヒーローじゃないし。彰のように何でもできる人間じゃないぜ」
大地彰は俺の憧れだった。変身ヒーローだって同じだ。
でも、広瀬悟郎はごくありふれた人間。
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「お前は俺のことをよく知ってるはずだろ」
「そりゃまあ。ブルーレイボックスまで買ったし」
「だったら、俺が世界を救うような存在になりたかったわけじゃないってこともわかってると思ったんだがな」
そう言えばそうだった。
妹の未来を守るためにその力を身につけるしか選択できなかった。
「お前の世界は俺の世界と違って平和そうだしな。それに、どんな人間だってやろうと思えば出来ることはいくらでもある。あの異世界を救ったのは俺の能力だけでなく、お前の思いや力だったことを過小評価する必要はない」
憧れていた存在に誉められるというのも照れくさい。
「……ありがとう」
「それじゃあ、手を出せ。そろそろお互いの世界に帰るべきだ。ここは、長く留まっていて良い場所じゃない」
どこでもない世界の狭間というのは、もしかしたら――。
俺は深く考えることを止めた。
彰の言うとおり、お互いの手を差し出す。
それは触れることなく重なり合い、やがてお互いの体がすり抜ける。
俺が彰に、彰が悟郎に入れ替わる。
妹の未来はどういう存在として悟郎の世界に受け入れられるのかはわからないが、それはもう今の彰にとっては知るはずのない世界の物語だった。
そのまま混濁した意識が狭間の世界から消えていく。
「この世界のエンディングは俺がちゃんと書き記してやるから安心しろ。悟郎が光晴に約束したことだからな。だが、エンディングの先の物語については、俺には何も出来ない」
「ありがとう。それで十分だ」
「あの、アキラ? 大丈夫ですか?」
目を覚ますと、ヨミが俺の顔を覗き込んでいた。
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