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January
意思の疎通とは…… Side 司 01-01話
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翠に誘われて初詣に出かけることになった俺は、翠の予定に合わせてマンションへ向かった。
翠の話だと、ミュージックルームでピアノの練習をしているとのことだったが、いつもなら通路の途中からかすかに聞こえてくるピアノの音が聞こえない。
不思議に思いながらミュージックルームのドアを開けると、ハープの前、ピアノの前に翠の姿はなかった。
まだ来てないのか……?
でも、それなら部屋の前に警護班がいるのはおかしい。
なんとなくの予想をしながらソファを覗きこむと、クッションを枕に、健やかな寝息を立てる翠がいた。
「信じられない……。こんなところで寝るなよ」
空調がきいていて加湿器も備わっているとはいえ、季節は冬だ。
上に何もかけずに寝て風邪でも引いたらどうするつもりなんだ。
翠を起こそうと手を伸ばしかけ、キラ、と光るものに目が奪われる。
それは翠の左手薬指にはまる指輪。
ただ、プレゼントした指輪をつけてくれているだけ。それなのに、支配欲や独占欲が満たされる。
……今日はゲストルームの大掃除を兄妹三人ですると言っていたから疲れているのかもしれないし、あと一時間後にはここを出発するから休ませておくか。
たかが指輪ひとつに気を良くした俺は、自分が着てきたコートを翠にかけるに留め、翠の頭近くに腰を下ろした。
十時数分前になると、翠は自然と目を覚ました。
両腕を伸ばし軽く伸びをして、視界に俺を認めた途端、目をきょとんとさせ動作が止まる。
「おはよう。よく眠れたみたいで何より」
「っ――今何時っ!? どうしてツカサが本読んでるのっ!?」
俺の左手に飛びついた翠は腕時計を見るや否や、ソファから転がり落ちるほどに驚いて見せた。
「ツカサが来るまで少し休むつもりだっただけなのっ。ここで寝ようと思ったわけじゃないのよっ!?」
あぁ、こんなところで寝たら俺に怒られることくらいは想像できるようになったのか。
「怒らないで」と言わんばかりの懇願に、俺は笑みを零していた。
「頼むから、俺が来ない日にここで横になったりするなよ?」
翠はコクコクと頷いた。
「じゃ、用意して出よう。ロータリーに警護班の車が待機しているから」
年末の道路は思ったよりも混んでいて、普段なら三十分ほどで着くところを一時間もかける羽目になった。
そうして着いた神社は、一宮神社というだけのことはあり立派な構えだった。
神社の周りには鎮守の森があり、参道沿いには篝火が焚かれている。
俺たちの周りは警護班が囲んでいるとはいえ、人ごみの中であるため非常に歩きづらい。
ふとすると翠が遅れそうになるので、翠の手を掴んだ。
「新年まであと一時間はあるのにすごい人ね?」
翠はもの珍しそうにあたりをきょろきょろとうかがう。
「俺もこういう初詣は初めてだから、ちょっと面食らってる」
「ツカサはいつもどこへ初詣に行くの?」
「藤山の中に神社がある。うちの一族はそこの氏子だから、初詣はいつもそこ」
「そうなんだ……。今度行ってみたいな」
「それなら、少しあたたかくなってから案内する」
しばらく歩いて大きな鳥居をくぐると、手水舎から少し離れたところに見知った顔を見つけた。
その中のひとり、佐野がやってきては翠に声をかける。
「いらっしゃい」
「こんばんは」
「今年は来れたな」
佐野の言葉に翠は肩を竦める。
「去年はものすごく心配かけちゃったよね。ごめんね?」
「もういいよ。でも、これからはずっと元気でいて」
「それはものすごく難しそう」
そんなやり取りを見ていると、
「翠葉ちゃーん、いらっしゃーい!」
突如甲高い声が割り込み、ピンクの塊が突進してきた。
咄嗟に翠を引き寄せ衝突を回避したけど、あれはいったいなんだったのか。
通り過ぎていった物体を振り返る。と、どうやら小柄な女子だったらしい。
翠より低い身長は、たぶん一四〇センチあるかないかといったところ。
……もしかしたら、これが佐野の従姉という、立花張りに騒がしい女子なのだろうか。
ボディーガードに突っ込んだ女子は走って戻ってくると、急ブレーキでもかけたかのように翠の前でピタリと止まった。
「こんばんは! むっちゃくちゃ寒いけど、翠葉ちゃん大丈夫?」
「うん。あちこちにカイロ貼って、防寒対策万全!」
なるほど……。だから何もかけずに寝ていても寒くなかったのか……?
ふたりの会話を聞き流しつつ、いったいいくつのカイロを貼ってきたのか考えていると、
「ところで翠葉ちゃん、お隣の人って、もしかして彼氏?」
声を潜めた問いかけに、翠が嬉しそうに頷いた。
「ツカサ、こちら佐野くんの従妹の天川ひいら――」
言葉半ばでやたらうるさい声が割り込んだ。
「うおおお! やっべ、めっちゃかわいい! 人形みてぇっ! 髪、すんげー長くなってるし!」
声の方に視線をやると、身長の高い男と耳のつくりが猿っぽい男が立っていた。
俺が警戒するや否や、猿っぽい男が自己紹介を始める。
「はじめましてっ! 聖たちと同じ高校の山田太郎ですっ! 俺、中学んときに藤宮病院に入院してたことがあって、明とも知り合いなんだけど、リハビリルームに来る御園生さんのことも何度か見かけたことがあるんだ!」
テンション高めに話しかけられ、翠は面食らっていた。
けれど、後ずさることもなければ俺の影に隠れるでもない。
パチパチと瞬きを繰り返し、自ら左手を差し出した。
「御園生翠葉です。よろしく」
進歩したな、とは思うけど、こっち方面は苦手なままでも良かったのに、と思わなくもない。
猿っぽい男は自分の手をジーパンで拭いてから、翠の手を両手で握り締めた。
そして、手のひらに指輪が当たったのか、翠の手をまじまじと観察しだす。
「左手に指輪?……えっ、薬指っ!?」
俺はここぞとばかりに翠と男の間に割って入り、翠の手を取り上げる。
「婚約者のいる人間の手を、そう長々と掴んでいるものじゃない」
「……へ? 婚約者?」
まるで語句の意味を理解していないような顔で見上げられ、次なる一言を見舞ってやろうと思っていると、思わぬ場所から声があがった。
「婚約者って……?」
なぜ翠の口からその言葉が出るのか――
ゆっくりと翠に向き直り、
「俺が結婚を前提で交際を申し込み、翠が了承した時点で婚約は成立したものだと思っているけど――」
「えっ!?」
当事者らしからぬ反応に、俺は笑みを添えて尋ねる。
「えって何? それ、どこに疑問を持ったわけ?」
「えと、婚約っていうところ……?」
正直すぎるのも考えものだな……。
「婚約――つまり、結婚の約束をした時点で婚約の状態なわけだけど、何。異存があるとでも?」
掴んでいた右手を引き寄せ見下ろすと、
「……ないような、あるような……」
翠は苦笑いで答える。
「それ、どっちなの」
翠はおずおずと、しかししっかりとした口調で答えた。「若干あります」と。
「どこら辺に」
「……あれ、プロポーズだったの?」
「そのつもりだけど……」
むしろ、あれがプロポーズでなければなんだというのか。
「……でも、俺にその気があっても言われた側がまったくその意図を汲んでなかったら意味がないから、もう一度言う。付き合う限りは結婚まで考えているし、そのつもりで付き合ってきたんだけど、何か異存は?」
翠は一瞬躊躇し、言いづらそうに口を開いた。
「だからそれ……プロポーズなの?」
「異存」というよりは「不満」そんな物言い。
けれど、考えたところで何を不満に思っているのかはわからない。
「……何をどう話したら正解なの?」
翠は物言いたげな目で口を閉ざした。
そこで俺は、翠に言われた最後の言葉を反芻させる。
――「だからそれ、プロポーズなの?」。
「……あぁ、わかった。結婚してください?」
「そんなに投げやりに言わないでっ!」
「投げやりにだってなるだろ。四月にそのつもりで会話してて、さらにはクリスマスパーティーで婚約指輪の代わりのプレゼントって指輪まで渡してるんだから」
「そうなんだけど……婚約、とまではたどり着いてなくて……」
「じゃ、今たどり着いて。俺が大学を卒業したら入籍するよ」
翠は不服そうに「はい」と答えた。
「俺が高校を卒業したら、もう少しきちんと形にするから」
「きちんと……?」
「周りに公表するということ。つまりは婚約発表。結納とまではいかずとも、両家揃っての会食くらいはするべきだと思う」
翠は口を開けポカンとした表情で俺を見上げていた。
「まだ何かあるの?」
「……えと、現実味がないというかなんというか……」
「じゃ、家に帰ったら三月末か四月頭に会食するって家族に伝えて。それで少しは真実味が増すんじゃない?」
翠を腕に収め反応を待っていると、
「はい、そこまで。あんたここが屋外で公衆の面前ってこと忘れてない?」
二メートルほど離れた場所から簾条に指摘され、さらには翠を奪われる。
「新年までまだ時間があるわ。佐野んちの地下スタジオに場所移すわよ」
言うと、簾条は翠を連れて行ってしまった。
俺、今プロポーズしたんだけど……。
うっかり、俺はそんな言葉を漏らしそうになっていた。
翠の話だと、ミュージックルームでピアノの練習をしているとのことだったが、いつもなら通路の途中からかすかに聞こえてくるピアノの音が聞こえない。
不思議に思いながらミュージックルームのドアを開けると、ハープの前、ピアノの前に翠の姿はなかった。
まだ来てないのか……?
でも、それなら部屋の前に警護班がいるのはおかしい。
なんとなくの予想をしながらソファを覗きこむと、クッションを枕に、健やかな寝息を立てる翠がいた。
「信じられない……。こんなところで寝るなよ」
空調がきいていて加湿器も備わっているとはいえ、季節は冬だ。
上に何もかけずに寝て風邪でも引いたらどうするつもりなんだ。
翠を起こそうと手を伸ばしかけ、キラ、と光るものに目が奪われる。
それは翠の左手薬指にはまる指輪。
ただ、プレゼントした指輪をつけてくれているだけ。それなのに、支配欲や独占欲が満たされる。
……今日はゲストルームの大掃除を兄妹三人ですると言っていたから疲れているのかもしれないし、あと一時間後にはここを出発するから休ませておくか。
たかが指輪ひとつに気を良くした俺は、自分が着てきたコートを翠にかけるに留め、翠の頭近くに腰を下ろした。
十時数分前になると、翠は自然と目を覚ました。
両腕を伸ばし軽く伸びをして、視界に俺を認めた途端、目をきょとんとさせ動作が止まる。
「おはよう。よく眠れたみたいで何より」
「っ――今何時っ!? どうしてツカサが本読んでるのっ!?」
俺の左手に飛びついた翠は腕時計を見るや否や、ソファから転がり落ちるほどに驚いて見せた。
「ツカサが来るまで少し休むつもりだっただけなのっ。ここで寝ようと思ったわけじゃないのよっ!?」
あぁ、こんなところで寝たら俺に怒られることくらいは想像できるようになったのか。
「怒らないで」と言わんばかりの懇願に、俺は笑みを零していた。
「頼むから、俺が来ない日にここで横になったりするなよ?」
翠はコクコクと頷いた。
「じゃ、用意して出よう。ロータリーに警護班の車が待機しているから」
年末の道路は思ったよりも混んでいて、普段なら三十分ほどで着くところを一時間もかける羽目になった。
そうして着いた神社は、一宮神社というだけのことはあり立派な構えだった。
神社の周りには鎮守の森があり、参道沿いには篝火が焚かれている。
俺たちの周りは警護班が囲んでいるとはいえ、人ごみの中であるため非常に歩きづらい。
ふとすると翠が遅れそうになるので、翠の手を掴んだ。
「新年まであと一時間はあるのにすごい人ね?」
翠はもの珍しそうにあたりをきょろきょろとうかがう。
「俺もこういう初詣は初めてだから、ちょっと面食らってる」
「ツカサはいつもどこへ初詣に行くの?」
「藤山の中に神社がある。うちの一族はそこの氏子だから、初詣はいつもそこ」
「そうなんだ……。今度行ってみたいな」
「それなら、少しあたたかくなってから案内する」
しばらく歩いて大きな鳥居をくぐると、手水舎から少し離れたところに見知った顔を見つけた。
その中のひとり、佐野がやってきては翠に声をかける。
「いらっしゃい」
「こんばんは」
「今年は来れたな」
佐野の言葉に翠は肩を竦める。
「去年はものすごく心配かけちゃったよね。ごめんね?」
「もういいよ。でも、これからはずっと元気でいて」
「それはものすごく難しそう」
そんなやり取りを見ていると、
「翠葉ちゃーん、いらっしゃーい!」
突如甲高い声が割り込み、ピンクの塊が突進してきた。
咄嗟に翠を引き寄せ衝突を回避したけど、あれはいったいなんだったのか。
通り過ぎていった物体を振り返る。と、どうやら小柄な女子だったらしい。
翠より低い身長は、たぶん一四〇センチあるかないかといったところ。
……もしかしたら、これが佐野の従姉という、立花張りに騒がしい女子なのだろうか。
ボディーガードに突っ込んだ女子は走って戻ってくると、急ブレーキでもかけたかのように翠の前でピタリと止まった。
「こんばんは! むっちゃくちゃ寒いけど、翠葉ちゃん大丈夫?」
「うん。あちこちにカイロ貼って、防寒対策万全!」
なるほど……。だから何もかけずに寝ていても寒くなかったのか……?
ふたりの会話を聞き流しつつ、いったいいくつのカイロを貼ってきたのか考えていると、
「ところで翠葉ちゃん、お隣の人って、もしかして彼氏?」
声を潜めた問いかけに、翠が嬉しそうに頷いた。
「ツカサ、こちら佐野くんの従妹の天川ひいら――」
言葉半ばでやたらうるさい声が割り込んだ。
「うおおお! やっべ、めっちゃかわいい! 人形みてぇっ! 髪、すんげー長くなってるし!」
声の方に視線をやると、身長の高い男と耳のつくりが猿っぽい男が立っていた。
俺が警戒するや否や、猿っぽい男が自己紹介を始める。
「はじめましてっ! 聖たちと同じ高校の山田太郎ですっ! 俺、中学んときに藤宮病院に入院してたことがあって、明とも知り合いなんだけど、リハビリルームに来る御園生さんのことも何度か見かけたことがあるんだ!」
テンション高めに話しかけられ、翠は面食らっていた。
けれど、後ずさることもなければ俺の影に隠れるでもない。
パチパチと瞬きを繰り返し、自ら左手を差し出した。
「御園生翠葉です。よろしく」
進歩したな、とは思うけど、こっち方面は苦手なままでも良かったのに、と思わなくもない。
猿っぽい男は自分の手をジーパンで拭いてから、翠の手を両手で握り締めた。
そして、手のひらに指輪が当たったのか、翠の手をまじまじと観察しだす。
「左手に指輪?……えっ、薬指っ!?」
俺はここぞとばかりに翠と男の間に割って入り、翠の手を取り上げる。
「婚約者のいる人間の手を、そう長々と掴んでいるものじゃない」
「……へ? 婚約者?」
まるで語句の意味を理解していないような顔で見上げられ、次なる一言を見舞ってやろうと思っていると、思わぬ場所から声があがった。
「婚約者って……?」
なぜ翠の口からその言葉が出るのか――
ゆっくりと翠に向き直り、
「俺が結婚を前提で交際を申し込み、翠が了承した時点で婚約は成立したものだと思っているけど――」
「えっ!?」
当事者らしからぬ反応に、俺は笑みを添えて尋ねる。
「えって何? それ、どこに疑問を持ったわけ?」
「えと、婚約っていうところ……?」
正直すぎるのも考えものだな……。
「婚約――つまり、結婚の約束をした時点で婚約の状態なわけだけど、何。異存があるとでも?」
掴んでいた右手を引き寄せ見下ろすと、
「……ないような、あるような……」
翠は苦笑いで答える。
「それ、どっちなの」
翠はおずおずと、しかししっかりとした口調で答えた。「若干あります」と。
「どこら辺に」
「……あれ、プロポーズだったの?」
「そのつもりだけど……」
むしろ、あれがプロポーズでなければなんだというのか。
「……でも、俺にその気があっても言われた側がまったくその意図を汲んでなかったら意味がないから、もう一度言う。付き合う限りは結婚まで考えているし、そのつもりで付き合ってきたんだけど、何か異存は?」
翠は一瞬躊躇し、言いづらそうに口を開いた。
「だからそれ……プロポーズなの?」
「異存」というよりは「不満」そんな物言い。
けれど、考えたところで何を不満に思っているのかはわからない。
「……何をどう話したら正解なの?」
翠は物言いたげな目で口を閉ざした。
そこで俺は、翠に言われた最後の言葉を反芻させる。
――「だからそれ、プロポーズなの?」。
「……あぁ、わかった。結婚してください?」
「そんなに投げやりに言わないでっ!」
「投げやりにだってなるだろ。四月にそのつもりで会話してて、さらにはクリスマスパーティーで婚約指輪の代わりのプレゼントって指輪まで渡してるんだから」
「そうなんだけど……婚約、とまではたどり着いてなくて……」
「じゃ、今たどり着いて。俺が大学を卒業したら入籍するよ」
翠は不服そうに「はい」と答えた。
「俺が高校を卒業したら、もう少しきちんと形にするから」
「きちんと……?」
「周りに公表するということ。つまりは婚約発表。結納とまではいかずとも、両家揃っての会食くらいはするべきだと思う」
翠は口を開けポカンとした表情で俺を見上げていた。
「まだ何かあるの?」
「……えと、現実味がないというかなんというか……」
「じゃ、家に帰ったら三月末か四月頭に会食するって家族に伝えて。それで少しは真実味が増すんじゃない?」
翠を腕に収め反応を待っていると、
「はい、そこまで。あんたここが屋外で公衆の面前ってこと忘れてない?」
二メートルほど離れた場所から簾条に指摘され、さらには翠を奪われる。
「新年までまだ時間があるわ。佐野んちの地下スタジオに場所移すわよ」
言うと、簾条は翠を連れて行ってしまった。
俺、今プロポーズしたんだけど……。
うっかり、俺はそんな言葉を漏らしそうになっていた。
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