光のもとで2

葉野りるは

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March

お花見デート Side 翠葉 01話

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 春休み初日、私は朝早起きをしてお弁当を作っていた。
 全部のおかずを作り終え、あとは詰めるだけというとき、いつもどおりの時間に起きてきた唯兄がキッチンへ顔を出す。
「唯兄おはよう!」
「おはよぉ~……。超ねみぃ~……リィは春休み入ったってのに早起きさんだねぇ……」
 唯兄の目はまだしょぼしょぼしていてほぼ開いておらず、手探りで食器棚から唯兄御用達のマグカップを取り出す。そして、インスタントコーヒーに手を伸ばした時点でようやく目を開けた。
「えっ!? っていうか何このおかず! えっ!? 朝ごはん? 朝から唐揚げっ!?」
 そこかしこに置かれたおかずを目に入れて驚きの声をあげた。
「ツカサにお花見へ行こうって誘われたの。だから、早起きしてがんばっちゃった」
「はっは~ん……なるほどねぇ」
 ニヤニヤしている唯兄の攻撃をかわすべく、重箱におかずを詰め始める。と、
「でもさぁ、作りすぎじゃない? どうしたってそのお重に全部入るとは思えないんだけど」
「うん。多めに作ったの」
「またなんで……」
「ふたり分作るも家族分作るもそう変わらないから、今日は家族のお弁当も作ろうと思って」
「えっ!? ってことは、今日はリィのお弁当食べられるのっ!?」
「うん。だから、お弁当に詰めるの手伝ってもらえる?」
「お安いご用! やったーーー! 秋斗さんに分捕られないように死守しなくちゃっ」
 そう言うと、唯兄は家族分のお弁当箱におかずを詰めるのを手伝ってくれた。
 そこへパジャマ姿のお母さんが入ってきて、
「あら、すごい分量のお弁当……。いったい何人でお花見に行くの?」
 私は笑いながら「ふたり」と答える。
「それにしては分量が見合ってないと思うのだけど……」
「リィ、家族分も作ってくれたんだよ! だから、今日のお昼はリィのお弁当!」
「あら嬉しい! 零や蒼樹も喜ぶわね。さ、朝ごはんの用意するから、あとはリビングでやりなさい」
 私と唯兄はキッチンを追い出され、おかずやお弁当箱を持ってリビングへ移動した。

 朝食を食べ終えると、唯兄とお母さんは仕事へ出かける。
 私は頼まれた洗濯物を干し終わると、自室の片づけを簡単に済ませ、出かける準備を始めた。
 まずはクローゼットを開けて着ていく洋服を吟味する。
 どうしたことか、今日は「白い洋服で」というオーダーをされているのだ。
「白い洋服っていうと、必然とワンピースになっちゃうのだけど、それでいいのかな……?」
 何着かある白いワンピースのうち、ベルスリーブのAラインワンピースを手に取り着替えを済ます。最後にツカサからいただいたブレスレットと指輪を左手にはめて身支度は完了。
 今度はクローゼットの中に立てかけてあったタータンチェックのトラベルラグを取り出し、小型ハープと一眼レフカメラ、三脚も用意した。
 それらはすべてツカサから用意するようにと言われたアイテム。
「トラベルラグとカメラはわかるのだけど、ハープはどうしてだろう……?」
 お花見しながらハープの演奏が聴きたい、とか……?
 疑問に思いながら玄関へ運ぶと、十時半になりツカサが迎えに来てくれた。
「白い洋服ってこれでよかった?」
 不安に思ってたずねると、「問題ない」の一言。そして、荷物に目をやったツカサは首を傾げて動作を止める。
「どうかした?」
 ツカサはエコバッグに入っている水筒を指差し、
「……なんで水筒が三つもあるの?」
「えぇと、ツカサ用にコーヒーでしょう? 私用にハーブティーでしょう? お弁当食べる用にルイボスティーと、お薬飲む用のミネラルウォーター。足りないかな? ほかに飲みたいものあった?」
「いや……」
 ツカサはハープバッグを肩にかけると、水筒の入ったエコバッグとお重の入った手提げ袋も引き受けてくれた。私はトラベルラグと三脚、カメラやタオルなどを入れたバッグのみ。
 大荷物を抱えてエントランスへ向かうと、ロータリーに停まっていたのはツカサの警護班の車だった。
「今日は涼先生の車じゃないの?」
「今日は平日。父さん仕事だから」
「あ、そっか……」
 外へ出ると、春らしい柔らかな日差しが優しく降り注ぐ。
 いいお天気でよかったと思っていると、高遠さんが駆け寄ってきて、重い荷物から順に引き受けトランクへ積んでくれた。
 緩やかに発進した車は公道から学園敷地内へ入り、私有地へ向かって走りだす。
「今日は元おじい様いらっしゃる?」
「いや、今日は藤原さんを連れて遠方の会社に出向いてる」
「そうなのね……」
「……何、俺だけじゃ不満なの?」
「そんなことないよっ!? ただ、元おじい様も一緒にお花見できたら楽しいだろうなぁ、って思っただけ」
 ツカサはものすごく不服そうに、
「今日、一応デートのつもりなんだけど?」
「あ、そうだよね? そうだった……」
 ツカサは小さくため息をつき、
「どうせ、五月になれば藤の会で会うだろ?」
 藤の会……藤の会かぁ……。
「藤を見るのは楽しみなのだけど、藤の会は知らない人がたくさんいるし、突き刺さる視線が苦手なのよね……」
 苦笑いで答えると、さらなる重石が降ってきた。
「今年は俺の婚約者として出席するから、去年以上に注目を集めると思う」
 うん……婚約したときからそんな気はしていたけれど、やっぱりそうよね……。
 去年は「秋斗様に求婚されてる!?」という目で見られていたわけだけど、その秋斗さんではなくツカサと婚約している今年はいったいどんな目で見られることか……。
 また心無い言葉を囁かれたりするんだろうな。
 そんなことを想像していると、
「いやなら出席しなくてもいいけど?」
「……ううん、行く。それで、ツカサに来るお見合いの牽制ができるなら、行くよ」
「助かる」
「その代わり、別の日に藤山や大藤棚を見に行きたい」
「なんで?」
「だって、ゆっくりお花見したいもの」
 私の言い分に、ツカサはクスリと笑った。
「それなら、藤姫神社を案内する」
「フジヒメ、神社……?」
「藤山に神社があるって話しただろ?」
 確か初詣のときにそんな話を聞いた気がする。
「あっ――フジヒメってお花の藤にお姫様の姫?」
「そうだけど……?」
「すてきな名前ね? まるで藤のお姫様が祀られているみたい」
「あながち外れてない」
「そうなのっ!?」
「藤山に棲む藤花の精、藤姫が人間と恋に落ちて、子をなしたことで精霊の力を失い命を落としたっていう言い伝えがある。その藤姫を祀ったのが藤姫神社。御神木は樹齢一二〇〇年以上って言われていて、毎年見事な花を咲かせる。けど、藤山は藤宮の私有地だから、祭りのときしか人目に触れることはないんだ」
 藤山でお祭りをするなんて話は初耳だ。それに、いつも厳重に警備されている藤山に、藤宮の会長が住む藤山に不特定多数の人を招き入れるの……?
 疑問に思ってたずねると、
「祭りの前後は学園内に通じる道を封鎖して、警備員を増員して北側の私道のみ解放する」
「そうなのね……」
「今年の祭り、行く?」
「ちょっと興味あるかも……」
「警護が近接警護になるけど、それでよければ行こう」
「うんっ!」
 浮かれていると、さらなる情報が与えられる。
「じーさんちの大藤棚は藤姫神社の御神木から枝を分けてもらったものなんだ」
「じゃ、あれよりも立派な木なの?」
「『立派』の種類が異なるかな……」
 種類とはどういうことだろうか……。
 ツカサは首を少し傾げて、
「じーさんちの藤棚は『藤棚』として立派な部類だけど、御神木は『野性味溢れる』って言葉がしっくりくる感じ」
 そう言われて、ますます御神木を見るのが楽しみになる。
「あと、御神木の近くには水源があって、藤姫の涙とも言われてる」
「水源まであるのっ!?」
 びっくりする傍ら、少し気になることが――
「もしかして、高校の池に流れ込んでる小川って――」
「当たり。神社の泉から流れる清流」
「すごく透明度が高いとは思っていたけれど、人口の川じゃなかったのね……」
 ツカサは小さく頷くと、
「小さな神社だけど、神楽殿もある。祭りのときには藤の精に扮した女が舞いを奉納する。去年までは姉さんが舞ってたけど、結婚したから去年でお役御免。今年は分家筋の人間が舞うって言ってたかな」
 次から次へと好奇心を煽る情報がもたらされて、少しずつ気分が高揚していく。
「湊先生の舞い、見てみたかったなぁ」
「実家にDVDがあるけど、今度見せようか? たぶん、初等部のころからつい最近のものまで全部あると思う」
「ぜひっ!」

 車が停車して庵前に着いたことを知る。
 高遠さんにドアを開けられ車を降りると、私が持ってきた荷物のほかにもトランクに積まれたものがあったことを知る。
 黒い大きなトートバッグと木でできた何かの枠組み。
「これはツカサの荷物?」
「そう」
「この枠組みみたいなのは何? それに、ずいぶんと大きなバッグだけど、中には何が入っているの?」
「あとでわかる」
 ツカサが昨夜から秘密主義だ。
 白い洋服を着てきて欲しいという理由も教えてはもらえなかったし、ハープを持ってきてほしいというのも理由は内緒。
「あとでわかる」というのは、お花見をする場所に着けば理由がわかるということなのだろうか。
 疑問に思いつつ、これらすべてをふたりで持っていくのはちょっと大変だな、と思っていたら、高遠さんともうひとりの警護の人が荷物を持つのを手伝ってくれた。
 庵脇の通路を藤棚まで来ると、Y字路を右へ進み五分ほど歩く。と、満開のソメイヨシノに迎えられた。
「わぁっ、きれいっ! 満開っ!」
 嬉しくて思わず走り出すと、数歩でツカサに手首を掴まれ怒られた。
「走るなって何度言わせたら気が済む?」
 絶対零度の笑みを向けられても怯んでなどいられない。
「だって、すっごくきれいなんだもの! 先に桜が咲いていたら走りたくもなるでしょう?」
 ツカサはものすごく呆れた表情で、
「百歩譲って走り出したくなる気持ちは認める。でも、翠が走れるかどうかは別問題だと思うんだけど」
「むぅ……。手術したのだから、走れるようになってもいいと思うの」
「無理言うな」
 注意されながら歩いているうちに、桜に囲まれた場所に出た。
 高遠さんたちはベンチに荷物を置くと、
「私どもは庵前にて待機しております。お帰りになられる際にはお迎えに上がりますので、ご連絡ください」
 と来た道を引き返して行った。
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