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March
お花見デート Side 司 05話
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「じゃ、俺は作業に戻る」
「私は写真を撮りに行く!」
「休み休みにしろよ?」
「わかってるっ!」
翠は俺より先にラグを離れ、桜の木に向かって歩きだした。
「食後の休憩は十分に取ったつもりだけど……」
消化に使われた血液はそろそろ分散し始めてくれてるだろうか。
翠の後ろ姿に一抹の不安を抱きつつ、イーゼルまで移動する。
ここからなら辺り一帯見渡せるし、
「最悪貧血を起こしてもすぐに気づけるか……」
それを保険に、俺は作業を再開した。
一時間半ほどで予定していたところまで描くことができ、木の枝に茂らせるものを花にするのか葉にするのか悩んでいると、視界の端にいた翠が急にしゃがみこんだ。
また足元の花にでも興味を示したのだろう。
桜の写真を撮っていたかと思えば、急にしゃがみこんで足元の写真を撮る。そういうことをさっきから何度も繰り返しているのだから。
今年初の森林浴はどこへ連れて行こうか。翠の受験が終わるまで遠出は難しいかもしれない。それなら近場で森林浴が楽しめる場所をピックアップしておこう。
キャンバスから視線を上げると、翠がカメラを構えるでもなく原っぱに横たわっていた。
「っ――翠っ!?」
すぐに駆け寄り声をかける。と、ひどく弱々しい声で、
「ごめん、貧血……」
「スマホはっ?」
「ポシェットの中」
ポシェットからすぐさまスマホを取り出すと、血圧は七十を切っていた。
久しぶりに見る低すぎる数値に心臓が止まりそうになる。
翠に現状を伝えるため、そして自分が冷静になるためにバイタルを口にする。
「血圧六十五まで下がってるし脈圧もない。でも、不整脈が起きたわけじゃないみたいだ」
「ん……。少し休めば平気だと思う」
翠が言うとおり、これはきっと物理的な問題で、横になれば血圧は徐々に上がってくる――
そう自分に言い聞かせ、
「ラグに運ぶ」
翠を抱え上げると、
「あのね、カメラ……無事かな?」
「カメラより自分の身体だろ?」
「でも――」
食い下がる翠をラグに下ろし、
「少し待って」
カメラを取りに行き、戻る過程で動作確認をする。
「一通り動作確認したけど、プレビュー画面も表示されるし、データの破損もないと思う」
「ありがとう」
「視界は?」
「まだ……」
「だから休み休み動けって言ったのに……」
ただでさえ、今日はいつもより睡眠時間が少なく、朝から動き回っているのだから。
血の気が引いて青白く見える翠の額に軽く触れ、
「視界が回復したら帰って休め」
「それはいや……」
「なんで……」
「だって、まだここにいたいもの……」
「春休みはまだ始まったばかりだし、ここの桜だってまだしばらくはもつだろ。また来ればいい」
「そうなんだけど……」
翠は言葉を濁して黙り込んでしまう。
ザッ、と風が舞い込んだとき、婚約した日のことを思い出した。
あの日、会食ではおとなしくしていた唯さんが、帰り際に俺を捕まえこう言った。
――「司っちがリィから自由を奪うだけの人間になったら、俺は六年後の結婚は認めないからね?」。
それはこういうことも含まれるのだろうか。
翠の身体を思えばストッパーは必要だ。でも、先回りしすぎて翠の自由を奪うな――
唯さんはそう言いたかったのではないか。
確かに、この症状なら少し休めば復調するだろう。それに、春休みに入った今なら、強制的に今日休ませなくても明日ゆっくり休むことも可能。
ならばここは俺が折れるべき――
翠の頬にかかる髪を払い、額の髪を掬い上げる。
「髪、ずいぶん伸びたな」
話題を変えると、力の入っていた翠の口元が緩んだ。
「気づいたら、学校で一番髪の毛が長い人になってた」
それはわからなくもない。今、翠の髪は尻を隠すほどに長いのだから。
「さすがに長すぎるかな? 春休み中に切ろうかどうしようか悩んでいるの」
「どうして? きれいなんだから伸ばしておけば?」
言いながら、手触りのいい髪を何度も梳く。
「どうしようかな……。ツカサは髪が長いほうが好き?」
脳内で髪の短い翠を想像してみる。それはそれでかわいかったけど、
「そうだな、やっぱり長いほうが好きかもしれない」
「じゃ、どうしようかな。伸ばせるところまで伸ばしてみようかな……」
翠の顔つきが徐々に穏やかになっていくのを見ていると、しだいに話しかけても反応が薄くなる。
少し焦って血圧を確認したが、数値は快方に向かっていた。
翠に視線を戻したとき、翠は穏やかに寝息を立て始めていた。
「……寝たのか?」
その問いかけに返事はなかった。
発熱には至ってないが、やはりそれなりに疲れていたのだろう。
高遠さんに連絡すれば荷物は運んでもらえるし、このままマンションに連れ帰ってもいいんだが――
「幸い今日はいい天気だし……」
俺が持ってきたジャケットをかけてやれば、ここで寝かせても問題はないか。
それにしても、ずいぶんと無防備に寝てくれる。
「こういうの、俺の前でだけにしてくれよ?」
気持ち良さそうに眠る翠を見ていると、思わずノートに描き止めておきたくなる。
俺はスケッチブックを取りに行き戻ってくると、新しいページを開き、心行くまで翠の絵を描いた。
途中、顔周りの髪の毛を三つ編みにしてみたり、原っぱに咲くシロツメ草で花冠を作って頭に載せてみたり。それはもう、やりたい放題いじらせてもらった。
あまりにもかわいい寝顔に何度となくキスしたくなったが、キスをすれば間違いなく起こしてしまうだろう。だから、必死に我慢した。
何枚もの絵を描いて満足感を得た俺は、翠の隣に横になる。
あぁ、確かに。これは気持ちがいいかもしれない。何より、青い空と薄紅色の桜に視界が占領されるのは贅沢だ。
しばらくその光景を堪能し、目を閉じ緩やかに頬を撫でていく風を感じていると、気づいたときには眠りに落ちていた――
どのくらい経ったころか、「カシャ」という機械音に目を覚ます。と、身体を起こした翠がこちらへ向けてスマホを持っていた。
「あぁ、起きた? 具合は?」
たずねながら身体を起こし、翠の持っているスマホを取り上げる。と、ディスプレイには寝顔の俺が映し出されていた。
俺もたいがい無防備だな……。
そう思った瞬間、
「削除しないでっ!?」
必死な形相で翠に懇願される。
俺の寝顔に価値なんてないと思うけど、好きな人の寝顔が特別なものに見えるのは自覚したばかり。
ひとまず翠のバイタルを確認すると、いつもの数値に戻っていた。
「血圧も八十台に戻ったし、脈圧もぎりぎり二十」
これならもう心配はいらない。
そう思ってスマホを返すと、
「え? それだけ?」
翠は恐る恐るたずねてくる。
「あぁ、写真?」
コクコク頷く翠に、スケッチブックを見せるかどうか悩む。
でもさすがに、あれだけ色々描いておいて黙っているのはフェアじゃないかも……。
俺は近くに置いていたスケッチブックを翠の方へ放る。
受け取った翠は不思議そうな顔をしていた。
「……俺も似たようなことしてたから」
それだけ言うと、翠はそっとスケッチブックを開いた。
翠は無言でスケッチブックを眺め、不規則に「え?」を繰り返す。
「え?」も何も、そこに描かれているのはすべて翠の寝顔なわけで、何をそんなに疑問に思うことがあるのか。
間抜けな反応がおかしくて堪えきれずに笑いが口から出てしまう。
「気持ち良さそうに寝てるから、最初はそのままの絵を描いてたんだけど、三つ編みにしたらかわいいだろうな、とか。花冠載せたらきれいだろうな、とか。色々やり出したら止まらなかった。おかげでこんなにたくさん描けた」
まだ翠が開いていないページを見せてやると、翠はさらに驚いた。そのあと、少し頬を上気させ、嬉しそうに表情を緩める。
スケッチブックを閉じ胸に抱いたかと思うと、
「ツカサ、好き……大好きっ!」
言って体当たりしてきたときにはかなり驚いた。
細い身体を抱きとめ、
「寝顔描かれたのに怒ってないの?」
翠はとっても嬉しそうに顔を綻ばせ、
「こんな絵描かれたら怒れないよ」
こんな絵って……?
翠にはどう見えたのだろうか。
翠をまじまじと見ていると、一瞬で翠の顔が近くに寄ってきて「ちゅっ」と唇にキスをされた。
不意打ちに思わず目を見開く。翠はそんな俺の反応をおかしそうに笑っていた。
悔しい以上に、今日一日我慢していたものが振り切れる。
俺は翠を押し倒し、驚きに口を開けている翠の口腔を蹂躙した。
翠の舌を解放してからは、髪の生え際や目じり、耳たぶとそこらじゅうに口付ける。
抵抗することなくキスを受けていた翠は、急に目を見開き、
「ツカサっ、外っっっ!」
何を今さら……。
「先にキスしてきたのは翠だけど?」
今日、嬉しそうに笑う翠を見るたびにキスをしたいと思っていた。寝ている翠を描いているときですら、その唇の感触を確認したくて仕方がなくて、寝込みを襲いそうになったほど。
そんな俺に、キスのきっかけを与えたのはほかの誰でもない翠なわけだけど、今さら逃げれるとでも思うのか?
「今日はじーさんもいないし、ここには誰も立ち入らない」
そう言うと、俺はキスを再開する。
翠は観念したのか、俺のキスに応えるよう、控えめに舌を差し出しては俺のしたいようにさせてくれた。
気が済むまでキスをすると、
「そろそろマンションに戻ろう。風が冷たくなってきた」
「ん……でも、もう少しだけ」
翠は猫のように身を摺り寄せる。それはまるで、かまってほしいときのハナそのもの。
俺はその愛おしい生き物を胸に抱く。
すると、胸元から鈴を転がしたような声が耳に届いた。
「去年から、ツカサと藤山に来るといいことしかない」
「いいこと……?」
「うん。紅葉を見に来たときはたくさんお話しできたし、ツカサに初めて『好き』って言ってもらえた。今日は朝起きたときから楽しくて、嬉しいの連続で、すっごくすっごく幸せだったの」
……でも、
「翠、紅葉のときはひどい怪我してたし、今日だって貧血起こしたと思うんだけど……」
「マイナス点だけピックアップしないで!」
俺の胸を叩く手を掴み、薬指にはめられた指輪を人差し指で軽くなぞる。
翠が「もう少しここにいたい」と言ったのは、今の楽しさや幸せが終わってしまうことを恐れて、だろうか。だとしたら、
「別にここに留まろうとしなくていい。この先だって楽しいことはたくさんあるから」
翠はほんの少し目を見開き、
「そうだよね……」
自信なさそうに目を伏せた。
翠の不安は、おそらく経験則からくるもの。
楽しい時間と引き換えに体調不良を我慢するとか、どんなに楽しくてもひとり先に離脱しなくてはいけないとか――きっと、何度も何度もそういうことがあったからこそ、「最悪の事態」を想像してしまうのだ。
時間をかけて刷り込まれたトラウマや経験則は、そう簡単に払拭できるものではない。
そんな翠に俺ができることがあるとしたら、時間をかけてプラス思考を上書きしてやることくらい。
翠の不安を掬いあげるのは容易なことではない。それでも、時間ならたくさんある。
これから先、互いの命が尽きるまで一緒にいることになるのだから。
翠、ゆっくり行こう。ゆっくり歩いていこう――
「私は写真を撮りに行く!」
「休み休みにしろよ?」
「わかってるっ!」
翠は俺より先にラグを離れ、桜の木に向かって歩きだした。
「食後の休憩は十分に取ったつもりだけど……」
消化に使われた血液はそろそろ分散し始めてくれてるだろうか。
翠の後ろ姿に一抹の不安を抱きつつ、イーゼルまで移動する。
ここからなら辺り一帯見渡せるし、
「最悪貧血を起こしてもすぐに気づけるか……」
それを保険に、俺は作業を再開した。
一時間半ほどで予定していたところまで描くことができ、木の枝に茂らせるものを花にするのか葉にするのか悩んでいると、視界の端にいた翠が急にしゃがみこんだ。
また足元の花にでも興味を示したのだろう。
桜の写真を撮っていたかと思えば、急にしゃがみこんで足元の写真を撮る。そういうことをさっきから何度も繰り返しているのだから。
今年初の森林浴はどこへ連れて行こうか。翠の受験が終わるまで遠出は難しいかもしれない。それなら近場で森林浴が楽しめる場所をピックアップしておこう。
キャンバスから視線を上げると、翠がカメラを構えるでもなく原っぱに横たわっていた。
「っ――翠っ!?」
すぐに駆け寄り声をかける。と、ひどく弱々しい声で、
「ごめん、貧血……」
「スマホはっ?」
「ポシェットの中」
ポシェットからすぐさまスマホを取り出すと、血圧は七十を切っていた。
久しぶりに見る低すぎる数値に心臓が止まりそうになる。
翠に現状を伝えるため、そして自分が冷静になるためにバイタルを口にする。
「血圧六十五まで下がってるし脈圧もない。でも、不整脈が起きたわけじゃないみたいだ」
「ん……。少し休めば平気だと思う」
翠が言うとおり、これはきっと物理的な問題で、横になれば血圧は徐々に上がってくる――
そう自分に言い聞かせ、
「ラグに運ぶ」
翠を抱え上げると、
「あのね、カメラ……無事かな?」
「カメラより自分の身体だろ?」
「でも――」
食い下がる翠をラグに下ろし、
「少し待って」
カメラを取りに行き、戻る過程で動作確認をする。
「一通り動作確認したけど、プレビュー画面も表示されるし、データの破損もないと思う」
「ありがとう」
「視界は?」
「まだ……」
「だから休み休み動けって言ったのに……」
ただでさえ、今日はいつもより睡眠時間が少なく、朝から動き回っているのだから。
血の気が引いて青白く見える翠の額に軽く触れ、
「視界が回復したら帰って休め」
「それはいや……」
「なんで……」
「だって、まだここにいたいもの……」
「春休みはまだ始まったばかりだし、ここの桜だってまだしばらくはもつだろ。また来ればいい」
「そうなんだけど……」
翠は言葉を濁して黙り込んでしまう。
ザッ、と風が舞い込んだとき、婚約した日のことを思い出した。
あの日、会食ではおとなしくしていた唯さんが、帰り際に俺を捕まえこう言った。
――「司っちがリィから自由を奪うだけの人間になったら、俺は六年後の結婚は認めないからね?」。
それはこういうことも含まれるのだろうか。
翠の身体を思えばストッパーは必要だ。でも、先回りしすぎて翠の自由を奪うな――
唯さんはそう言いたかったのではないか。
確かに、この症状なら少し休めば復調するだろう。それに、春休みに入った今なら、強制的に今日休ませなくても明日ゆっくり休むことも可能。
ならばここは俺が折れるべき――
翠の頬にかかる髪を払い、額の髪を掬い上げる。
「髪、ずいぶん伸びたな」
話題を変えると、力の入っていた翠の口元が緩んだ。
「気づいたら、学校で一番髪の毛が長い人になってた」
それはわからなくもない。今、翠の髪は尻を隠すほどに長いのだから。
「さすがに長すぎるかな? 春休み中に切ろうかどうしようか悩んでいるの」
「どうして? きれいなんだから伸ばしておけば?」
言いながら、手触りのいい髪を何度も梳く。
「どうしようかな……。ツカサは髪が長いほうが好き?」
脳内で髪の短い翠を想像してみる。それはそれでかわいかったけど、
「そうだな、やっぱり長いほうが好きかもしれない」
「じゃ、どうしようかな。伸ばせるところまで伸ばしてみようかな……」
翠の顔つきが徐々に穏やかになっていくのを見ていると、しだいに話しかけても反応が薄くなる。
少し焦って血圧を確認したが、数値は快方に向かっていた。
翠に視線を戻したとき、翠は穏やかに寝息を立て始めていた。
「……寝たのか?」
その問いかけに返事はなかった。
発熱には至ってないが、やはりそれなりに疲れていたのだろう。
高遠さんに連絡すれば荷物は運んでもらえるし、このままマンションに連れ帰ってもいいんだが――
「幸い今日はいい天気だし……」
俺が持ってきたジャケットをかけてやれば、ここで寝かせても問題はないか。
それにしても、ずいぶんと無防備に寝てくれる。
「こういうの、俺の前でだけにしてくれよ?」
気持ち良さそうに眠る翠を見ていると、思わずノートに描き止めておきたくなる。
俺はスケッチブックを取りに行き戻ってくると、新しいページを開き、心行くまで翠の絵を描いた。
途中、顔周りの髪の毛を三つ編みにしてみたり、原っぱに咲くシロツメ草で花冠を作って頭に載せてみたり。それはもう、やりたい放題いじらせてもらった。
あまりにもかわいい寝顔に何度となくキスしたくなったが、キスをすれば間違いなく起こしてしまうだろう。だから、必死に我慢した。
何枚もの絵を描いて満足感を得た俺は、翠の隣に横になる。
あぁ、確かに。これは気持ちがいいかもしれない。何より、青い空と薄紅色の桜に視界が占領されるのは贅沢だ。
しばらくその光景を堪能し、目を閉じ緩やかに頬を撫でていく風を感じていると、気づいたときには眠りに落ちていた――
どのくらい経ったころか、「カシャ」という機械音に目を覚ます。と、身体を起こした翠がこちらへ向けてスマホを持っていた。
「あぁ、起きた? 具合は?」
たずねながら身体を起こし、翠の持っているスマホを取り上げる。と、ディスプレイには寝顔の俺が映し出されていた。
俺もたいがい無防備だな……。
そう思った瞬間、
「削除しないでっ!?」
必死な形相で翠に懇願される。
俺の寝顔に価値なんてないと思うけど、好きな人の寝顔が特別なものに見えるのは自覚したばかり。
ひとまず翠のバイタルを確認すると、いつもの数値に戻っていた。
「血圧も八十台に戻ったし、脈圧もぎりぎり二十」
これならもう心配はいらない。
そう思ってスマホを返すと、
「え? それだけ?」
翠は恐る恐るたずねてくる。
「あぁ、写真?」
コクコク頷く翠に、スケッチブックを見せるかどうか悩む。
でもさすがに、あれだけ色々描いておいて黙っているのはフェアじゃないかも……。
俺は近くに置いていたスケッチブックを翠の方へ放る。
受け取った翠は不思議そうな顔をしていた。
「……俺も似たようなことしてたから」
それだけ言うと、翠はそっとスケッチブックを開いた。
翠は無言でスケッチブックを眺め、不規則に「え?」を繰り返す。
「え?」も何も、そこに描かれているのはすべて翠の寝顔なわけで、何をそんなに疑問に思うことがあるのか。
間抜けな反応がおかしくて堪えきれずに笑いが口から出てしまう。
「気持ち良さそうに寝てるから、最初はそのままの絵を描いてたんだけど、三つ編みにしたらかわいいだろうな、とか。花冠載せたらきれいだろうな、とか。色々やり出したら止まらなかった。おかげでこんなにたくさん描けた」
まだ翠が開いていないページを見せてやると、翠はさらに驚いた。そのあと、少し頬を上気させ、嬉しそうに表情を緩める。
スケッチブックを閉じ胸に抱いたかと思うと、
「ツカサ、好き……大好きっ!」
言って体当たりしてきたときにはかなり驚いた。
細い身体を抱きとめ、
「寝顔描かれたのに怒ってないの?」
翠はとっても嬉しそうに顔を綻ばせ、
「こんな絵描かれたら怒れないよ」
こんな絵って……?
翠にはどう見えたのだろうか。
翠をまじまじと見ていると、一瞬で翠の顔が近くに寄ってきて「ちゅっ」と唇にキスをされた。
不意打ちに思わず目を見開く。翠はそんな俺の反応をおかしそうに笑っていた。
悔しい以上に、今日一日我慢していたものが振り切れる。
俺は翠を押し倒し、驚きに口を開けている翠の口腔を蹂躙した。
翠の舌を解放してからは、髪の生え際や目じり、耳たぶとそこらじゅうに口付ける。
抵抗することなくキスを受けていた翠は、急に目を見開き、
「ツカサっ、外っっっ!」
何を今さら……。
「先にキスしてきたのは翠だけど?」
今日、嬉しそうに笑う翠を見るたびにキスをしたいと思っていた。寝ている翠を描いているときですら、その唇の感触を確認したくて仕方がなくて、寝込みを襲いそうになったほど。
そんな俺に、キスのきっかけを与えたのはほかの誰でもない翠なわけだけど、今さら逃げれるとでも思うのか?
「今日はじーさんもいないし、ここには誰も立ち入らない」
そう言うと、俺はキスを再開する。
翠は観念したのか、俺のキスに応えるよう、控えめに舌を差し出しては俺のしたいようにさせてくれた。
気が済むまでキスをすると、
「そろそろマンションに戻ろう。風が冷たくなってきた」
「ん……でも、もう少しだけ」
翠は猫のように身を摺り寄せる。それはまるで、かまってほしいときのハナそのもの。
俺はその愛おしい生き物を胸に抱く。
すると、胸元から鈴を転がしたような声が耳に届いた。
「去年から、ツカサと藤山に来るといいことしかない」
「いいこと……?」
「うん。紅葉を見に来たときはたくさんお話しできたし、ツカサに初めて『好き』って言ってもらえた。今日は朝起きたときから楽しくて、嬉しいの連続で、すっごくすっごく幸せだったの」
……でも、
「翠、紅葉のときはひどい怪我してたし、今日だって貧血起こしたと思うんだけど……」
「マイナス点だけピックアップしないで!」
俺の胸を叩く手を掴み、薬指にはめられた指輪を人差し指で軽くなぞる。
翠が「もう少しここにいたい」と言ったのは、今の楽しさや幸せが終わってしまうことを恐れて、だろうか。だとしたら、
「別にここに留まろうとしなくていい。この先だって楽しいことはたくさんあるから」
翠はほんの少し目を見開き、
「そうだよね……」
自信なさそうに目を伏せた。
翠の不安は、おそらく経験則からくるもの。
楽しい時間と引き換えに体調不良を我慢するとか、どんなに楽しくてもひとり先に離脱しなくてはいけないとか――きっと、何度も何度もそういうことがあったからこそ、「最悪の事態」を想像してしまうのだ。
時間をかけて刷り込まれたトラウマや経験則は、そう簡単に払拭できるものではない。
そんな翠に俺ができることがあるとしたら、時間をかけてプラス思考を上書きしてやることくらい。
翠の不安を掬いあげるのは容易なことではない。それでも、時間ならたくさんある。
これから先、互いの命が尽きるまで一緒にいることになるのだから。
翠、ゆっくり行こう。ゆっくり歩いていこう――
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P208話目
それぞれのクリスマス side司
数十行目でコロンを選んでいる場面ですが、
「〜〜この中に入っているのはどれも好きなコロンよ?」
またかわいいことをいう
が
またかいわいい になっていました。
台詞等があっているかは分かりません。
彩夏様*
彩夏様、いらっしゃいませ*
誤記のお知らせありがとうございますm(_ _"m)ペコリ
前後の会話を教えていただけたので、問題箇所が見つけやすかったです。
小説管理ページからは、お話のページ数がわからない仕組みなので、お話のタイトルや話数などで教えていただけるの、とっても助かります。
ありがとうございました。
またのお越しを楽しみにお待ちしております*
こんにちは。40年近く前ですが私も自律神経失調症って言われたことがあります。神戸から横浜にお嫁に来たとき、言葉が通じ無くて、そのストレスからのようで体温の維持が出来ませんでした。体重が20キロ増えました。今はやっと元の体重には戻りましたが、家族のなかに塩分控えめな人がいるので、私も娘も血圧は低めです。
体調が悪いと心も元気になりません。
今年は特に暑すぎたり、冷えすぎたりの連続です。うちはクーラーのないうちなので、無理はしないようにしてます。
とても楽しみにはしています。が、無理はしないでくださいね。のんびりでいいので、よろしくお願いします。
びっちゃん様
びっちゃん様、ようこそいらっしゃいませ*
数あるオンライン小説の中から「光のもとで」を見つけてくださりありがとうございますm(_ _"m)ペコリ
家族に塩分控えめな方がいらっしゃるようでしたら、日常的に岩塩を舐めることをお勧めします。
それだけで血圧を正常値にすることはできませんが、気休めでもしないよりはいいと思いますよ^^
私は相変わらず体温調節が苦手なので、この季節はエアコンないとすぐに熱中症になってしまいます(^^;;
びっちゃん様もくれぐれもお身体ご自愛くださいませ*
今連載している「未来の約束」の次の連載で「光のもとで2」は完結します。
その次には「R18」で「光のもとで2+」が始まるのですが、よろしければそちらにもお付き合いくださいね。
またのお越しを楽しみにお待ちしております*
退会済ユーザのコメントです
楪 透華様
楪様、いらっしゃいませ*
こちらへもご感想をくださりありがとうございますm(_ _"m)ペコリ
低血圧や自律神経失調症のつらいところは、なかなか周りの理解を得られないことや、医療従事者であったとしても、「治療の必要はない」と日常生活における支障の大きさを理解していただけないことかな、と思います。
その点、私も翠葉さんも痛みやつらさを理解してくださる先生にめぐり合えているので、ずいぶんと幸せなのだと思います。
今はまだ、書くことがポロポロと思いつくのですが、翠葉さんが高校三年生のお話は書けるかどうか謎です(苦笑)
この子たちのお話は、結婚まで書いてあげたいな、と思うのですが、高校三年間を全部書くのは骨が折れそうだし、どこかで挫けてしまいそう……。
がんばってどうにか切り抜けたいです(^^;;
個人サイトのほうへもお越しいただけたとのこと、ありがとうございますm(_ _"m)ペコリ
不定期更新なのですが、お楽しみいただけたら幸いです^^
飛翔のあれこれはどう進展するものか、作者の私にもわかりません。
書いていて、転がりたい方へ転がってくれることを祈っています(根っからのキャラ任せ作者です
夏の暑さが柔らぎ、少しずつ過ごしやすい気候へと移ろう季節ですね。
台風は困っちゃうけれど、血圧は少し緩和される季節なので、体調と相談しながらお散歩に出かけたいです。
夏の疲れが身体に表れる季節でもありますので、楪様もお身体ご自愛ください。
またのお越しを楽しみにお待ちしております*