光のもとで2

葉野りるは

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April(翠葉:高校2年生)

メール友達 Side 翠葉 04話

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 ゴールデンウィーク三日目は学校の宿題をしたりピアノを弾いてのんびり過ごし、夕方には久しぶりにツカサへ電話をかけた。
「明日試合だね」
『あぁ……』
「がんばってね」
『それ相応に……』
「ね、今年も試合が終わったらうちに寄っていかない?」
『なんで?』
「なんで……なんで、か――うーん、理由はとくにないのだけど、お昼ご飯を食べに……かな?」
『別にいいけど……』
「じゃ、決まり」
 私たちは待ち合わせ場所だけ決めて電話を切った。

 夕飯のとき、明日のお昼にツカサが来ることを話すと、
「じゃ、明日のお昼は賑やかね」
 お母さんの言葉に首を捻る。
「うーん……ツカサがひとり加わったところで賑やかかと言われるとちょっと謎。海斗くんなら賑やかになりそうだけど」
「でも、人がひとり増えるだけでなんとなく賑やかな気がしない? 食卓に普段ない顔が並ぶのは新鮮だわ」
 それには頷く。
「しゃーない。じゃ、明日の昼は麺処唯芹亭を開きますか」
「じゃ、私はサラダだけでも作ろうかしら?」
 唯兄とお母さんの会話を聞き、自分も何か作りたくなる。でも、明日は朝から家を空けるので作れるのは夕食後のみ。
「お菓子、作ろうかな?」
「フロランタン?」
 蒼兄に訊かれて頷く。
「ちゃんと家族分もあるー?」
 唯兄に催促されて、「もちろん」と答えた。
「アーモンドを少し多めに買ってきたから唯兄の好きなプラリネも作るよ」
「やったっ!」
 食後はご機嫌な唯兄と一緒に食器洗いをして、それらが片付くとお菓子作りを始めた。


 翌朝、目を覚ますと明るい光が窓から差し込んでいた。
「晴れ……」
 今日もあたたかい――もとい、暑くなるのかな。
「何を着ていこう……?」
 少し考えて、藤宮の応援をしにいくのだから制服を着ることにした。
 去年は幸倉運動公園へ行くこと自体に緊張していて、人目を引く藤宮の制服を着ていくことはできなかった。
 今でも中学の同級生に会うのは怖い。でも、前ほどは怖くないかもしれない。
 私には藤宮に友達がいるから。私の友達は藤宮にいるから――

 洗面を済ませ制服を着て部屋を出る。と、
「あれ? リィ、制服?」
「うん。ツカサの応援をしに行くのなら、やっぱり制服かなと思って」
「ま、そっか。そうだよね。ひとりで大丈夫?」
「うーん、どうかな? 中学の同級生には会いたくない。でも、前ほど怖いとは思っていないのかも」
「一緒に行こうか?」
 唯兄との会話に蒼兄は入ってこない。けれど、コーヒーを飲んでいる表情は明らかに思案顔。
 それらを視界に入れつつ、
「ううん。大丈夫」
「……でも、また絡まれたら?」
「……どうしようかなぁ」
 あの人たちに絡まれたところで建設的な話はできそうにない。もともと、会話自体に趣旨がないのだから対応のしようがないのだ。
「……無視、かな?」
 私の一言に唯兄が衝撃を受けたように一歩後ずさる。
「まさかリィの口から無視なんて言葉が出てこようとは……」
「だって、会話に趣旨が見えなければ何を返すこともできないでしょう?」
 蒼兄は手に持っていたコーヒーカップをテーブルに置き、クスクスと笑いだした。
「これも成長、かな?」
「どうかな?」
 私も笑って首を傾げる。
「でも、心配なものは心配なので……」
 唯兄はポケットから携帯を取り出すと、
「おはようございます、若槻です。今日のリィの予定は幸倉運動公園で弓道の試合を見る、なんですが、変な輩に絡まれる可能性があるので、しつこそうだったら助けてあげてください。――よろしくお願いします」
 私と蒼兄は顔を見合わせる。
「唯兄? ……今の――」
「警護につく人にお願いしといた。ひとりでどうにかできるならいいよ。でも、頭の悪い人間って思うように事が運ばないと手を出す人間もいるからさ。そういうのはリィじゃどうにもならないでしょ?」
 私が呆気に取られているうちに、唯兄は朝食の用意をしにキッチンへと歩きだす。
「蒼兄……私、護身術とか習うべきかな?」
「護身術かぁ……。ちょっとした技とか知ってるといいのかもな」
「久先輩に訊いてみようかな……」
 そんな会話をしてから朝食の用意を手伝うため、私もキッチンへと向かった。

 朝ご飯を食べて家を出ると、爽やかな風が吹いていた。
 午前だからか、まだ陽が当たっても暑いと感じることはなく、ちょうどいい気候。
 五十メートルほど歩いて左折すれば、さらに五十メートルほど歩いたところに公園の入り口がある。
 公園の北側は公園の敷地内ギリギリのところに木が立ち並ぶ程度で、その内側には芝生広場が広がっている。その中に舗装された小道があり、しばらく歩くとジョギングコースに出る。さらに小道を進むと大体育館に突き当たる。
 今年も体育館裏手の藤棚はきれいに咲いているだろうか。
 鎌田くんとは試合が終わったあとに藤棚で待ち合わせをしている。そのことを話したうえで、ツカサとも同じ場所で待ち合わせをしていた。
 別に隠すことではないし、ツカサがいて困ることもない。でも、少しだけ緊張しているのはどうしてかな。
「……まだ、メールのこと気にしてるかな」
 どちらかというと、気にしているのは私なのかもしれない。
 ツカサはあれ以上何を言うでもなかった。でも、私の心には小さな棘が刺さったままなのだ。
 嫌な思いはしてほしくない。でも、どうしたら嫌な思いをさせずに済むのかはわからない。
 メールをやめることなく、嫌な思いをさせない方法などあるのだろうか。もし、メールのやり取りをやめたとしたら――
「……俺はそんな要求をした覚えはないって言われそう」
 そう思うのは自己擁護かな。
 あれもこれも、と欲張りなのは自分だと思う。でも、湊先生は何を手放すことも考えなくていいと言ってくれた。それはこういう場合も含むような気がして、何も失わずに前へ進む方法をひたすらに考えいていた。

 少し早めに来たこともあり、去年と同じ、観覧席の最前列に座ることができた。
 椅子に座ったとき、ここなら真白さんも誘えば良かっただろうか、と頭をよぎったけれど、今さらすぎる……。それなら、
「次の試合は誘ってみようかな……」

 今日は知っている人がふたり試合に出る。
 鎌田くんとツカサ。それぞれの試合を心の中で応援していた。けれども、鎌田くんは敗退。
 負けた選手は皆悔しそうな顔をしていて、泣いてしまう人もいた。そんな中、鎌田くんは妙に清々しい表情をしていて、鎌田くんの周りにある空気だけが異質なものに思えた。
 自分の力は出し切った――そんな顔に見えたのだ。
 そして、射場から出るときの礼がとても印象的だった。ツカサが行うそれとそっくりで、とても美しい礼だった。
 最後の試合、ツカサの射を見たあとに藤棚の裏手へ回る。と、満開の藤に迎えられた。
 徹底したメンテナンスはされていないのか、大ぶりの藤から小ぶりの藤まで形は不揃い気味。それらは風が吹くと柔らかな房を揺らし、涼やかな音を立てる。
「きれい……」
 藤に向かって手を伸ばしたとき、
「御園生」
 その声に振り返る。
 藤棚の外に立っていた鎌田くんはすでに制服に着替えており、どこか緊張した面持ちだった。
「鎌田くん、試合お疲れ様。残念だったね」
「うん……でも、自分にできることをやりきった感はあるんだ」
「なら、良かった……のかな? 鎌田くんはこれで引退?」
「そう。今日の試合で引退。ここからは受験勉強に切り替えなくちゃ」
 前回のメールには医療従事者になりたい旨が書かれていたけれど、医療従事者といっても職種は様々。
 鎌田くんの通う海新高校は四大への進学率が九十パーセント以上だ。そこからすると四大へ進むのが妥当だけれど……。
「進路は? やっぱり四大?」
「うん。藤宮の医学部が本命で、ほかにも何校か受ける予定」
「ツカサと同じ……」
 思わず口をついた言葉に、
「……『つかさ』って、藤宮くん?」
「うん」
 自分の表情が緩むのがわかった。
 どうしてかな……。
 ツカサと話しているわけではない。それでも、ツカサの名前を口にするだけで嬉しいと思うし、こういう些細なことを感じるたび、ツカサが好きなのだ、と再認識する。
「御園生」
「ん?」
 鎌田くんは少し間を置いてから、
「俺、中学のときからずっと御園生のことが好きなんだ」
 一息に言われてびっくりする。
 去年、ウィステリアデパートで再会したときに話したあれは告白のつもりだった、と紅葉祭のときに言われたけれど、その前――「ずっと」というのは、中学三年のときから今の今までずっと、という意味?
「御園生は今好きな人とか付き合ってる人、いる?」
 私はコクリと頷く。
「それって藤宮くん?」
「……うん」
「そっか……」
 風が吹き、私と鎌田くんの間にひゅ、と音がした。そんな音とは対照的に、足元に生える細長い草はサワサワと優しい音を奏でる。
「あのさ」
「あのっ」
 周囲の音にそぐわない声が重なり、互いがびっくりした顔をした。
 そんな顔で目が合うと、自然と笑みが漏れる。
「俺から言ってもいい?」
「うん」
 なんとなく、話そうとしていることが同じような気がした。こういうことを「シンパシー」というのだろうか。
「俺、振られちゃったけど、これからもメールとか送ってもいいかな? 今までどおり、友達として……」
 やっぱり、思っていたことは同じ……。
 鎌田くんの気持ちが、言葉が、素直に嬉しかった。
「あのね、私も同じことを言おうと思っていたの。これきりになっちゃうのは嫌で……。もし、鎌田くんが良ければ、今までと同じように友達でいたい」
「……良かった」
 鎌田くんはへなへな、とベンチに座り込み、私もその隣に腰を下ろした。
 横から鎌田くんの顔を覗き込み、
「……好きになってくれてありがとう。中学のときからずっと気にかけていてくれてありがとう。それから、これからも友達でいてくれるのもありがとう」
 鎌田くんの表情が緩んでほっとする。
「なんか変な感じ。去年、デパートで会ったときはすごく緊張して告白したつもりだったんだ」
「……ごめんなさい」
 今ならそのときのことも思い出せる。けれども、思い出すことができたとして、「ごめんなさい」以外の言葉は出てこない。
「謝らなくていいし……。今は振られるかもしれないって思いながら告白したけど、そんなに緊張はしてなかった。それよりも、振られたあと、友達を続けられるかそっちのほうが不安で……。こちらこそ、これからも友達でいてくれるのありがとう」
 目が合ったところでどちからともなく握手を交わした。
 佐野くん……本当だった。佐野くんが教えてくれたことは本当だったよ。
 告白されて断わっても、友達はそこで終わるわけではないのね。
 視線を鎌田くんに戻すと、鎌田くんの視線が私の背後に向けられていた。
 何かと思って振り返る。と、制服に着替えたツカサが立っていた。
 一番に「おめでとう」が言いたかった。でも、口から出そうになった言葉を瞬時に呑み込む。
 鎌田くんの前ではやめておこう。あとで言おう。そう思ったとき、鎌田くんが「おめでとう」を口にした。
「藤宮くん、インターハイ進出決定おめでとう」
「……ありがとう」
 ツカサはいつもと変わらず涼しい顔をしている。私にとってはよく見る表情であり、不機嫌とは思わない表情だけど、鎌田くんには不機嫌そうに見えたみたい。
「そんな怖い顔しないでよ。俺、御園生に振られたばかりなんだから」
「それはご愁傷様」
 鎌田くんはクスリと笑い、
「御園生の彼は手厳しいね」
「うん、基本的には私にも厳しいよ」
 誰かに甘いツカサなどツカサらしくない。
「振られちゃったけど、これからも御園生とは友達でいられるみたいだから、できれば藤宮くんもよろしく」
 鎌田くんが手を差し出すと、
「よろしくされる道理はない」
 ツカサはピシャリと言い放つ。
 こんな対応も平常運転だけど、普段のツカサを知らない鎌田くんには失礼になる気がする。
 何かフォローできないか、と鎌田くんの進路の話を振ってみた。けれども、やはり話に乗じる気はないようだ。
 鎌田くんに「ごめんね」の視線を向けると、鎌田くんはくしゃりと表情を崩して笑った。
「大学に合格したら同期になるね。そしたら、そのときこそはよろしく」
 鎌田くんはこちらを振り返り、
「じゃ、またメールする」
 と走っていった。
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