光のもとで2

葉野りるは

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July

新たな友人 Side 翠葉 01話

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「御園生、進路票提出できた?」
 佐野くんに訊かれたのは、夏休みを目前とした終業式の日だった。
「えと、実はまだで……ホームルームが終わったら進路指導室へ行かなくちゃいけないの」
「御園生だったら理系でも文系でもどっちにでも進めるじゃん?」
「うん……なんていうか、それ以前の話、かな。将来なりたいものがまだあやふやというか……」
「あぁ、まだそこで悩んでるんだ?」
「まだ」の一言がグサリと胸に突き刺さる。でも、佐野くんに悪気はないし、「まだ」と言われてしまっても仕方のない環境がここにはあった。
 すでに、クラスメイトの大半が将来を見据えた進路を決め、進路票を提出し終わっているのだ。
「そうなの。私、出遅れてるよね……」
「で? 先生に提示できる指針みたいなものはあるの?」
「んー……音楽とカメラと植物……まとまりないでしょう?」
「確かに……」
 佐野くんは苦笑する。
「音楽っていうのは芸大ってこと?」
「うん。先日、倉敷芸大の資料は取り寄せた。それから、葉山大学の写真学科も。あと、園芸学科がある大学や専門学校を探しているのだけど、このあたりにはないみたいで……」
「そっかそっか。……あのさ、倉敷芸大なら俺の従姉、タメの柊(ひいらぎ)が受験するよ。あと、うちの姉ちゃんたちの出身大学でもある」
「そうなのっ!?」
「うん。何か訊きたいこととかあれば会う席設けるけど?」
「嬉しいっ! 実は、ピアノのレッスンとハープのレッスンを再開しようと思っていたのだけど、どこで習うかを決めかねていたの」
「そうなん? ……あのさ、別に回し者とかじゃないんだけど、柊の家、音楽教室だよ」
「……え?」
「うち、叔父と叔母も音楽家でさ、自宅で音楽教室やってるんだ。さらには、そこに出入りしてる講師はだいたいが倉敷芸大の出身」
 あれよあれよと与えられる情報に、私は目を丸くしていた。
「そのお教室、土曜日や日曜日もやってる……? うちの学校だと、どうしても平日に通うのは無理だから……」
「土日もやってるし、地下に練習室もあるからそこを利用する生徒さんも多いよ。……ここであーだこーだ言うよりも、教室紹介するほうがいいっぽいな」
「お願いできる……?」
「任せなさいって!」
 佐野くんは胸を叩いて請合ってくれた。
 その後、先生との話し合いで進路が確定することはなく、考えている大学や学科を話したところ、今の成績ならば学科試験は問題なくクリアできるとのことで、個別試験として必要になる実技に力を入れるよう指導された。その際、音楽の蓮井先生に相談してみるか、と尋ねられたけれど、佐野くんの伝手でお話を聞けることになっていたので、必要があれば後日自分から尋ねる旨を話した。


 夏休みに入って最初の日曜日――佐野くんの口添えもあり、支倉にある天川ミュージックスクールを尋ねることになった。
 支倉駅は、白野へ行くときに中継点として降りたことがあるけれど、改札口を出るのは初めて。
 ドキドキしながら改札階へ上がると、改札の脇に佐野くんが立っているのが見えた。
 一緒にいる背の低い女の子が柊ちゃんで、背の高い男子が聖くんなのだろう。私に気づくと、三人は大きく手を振ってくれた。
 小走りで改札口を出ると、
「初めましてー! 天川柊(あまかわひいらぎ)ですっ! こっちが――」
「双子の兄の聖(ひじり)です!」
「初めまして、御園生翠葉です。今日はよろしくお願いします」
「うんうん、任せて!」
 柊ちゃん胸を叩いて盛大に咽た。
「大丈夫……?」
「大丈夫っ!」
 その言葉を聞いて佐野くんを振り返り、
「佐野くん、ごめんね? 部活がお休みの日に付き合ってもらって……」
「かまわないって。俺も聖たちと会うの久しぶりだし。御園生が話を聞いている間は教室の上、聖たちの家にいるから気にしなくていいよ」
「ありがとう」

 音楽教室は、北口を出て大通り沿いに十分ちょっと歩いたところにあった。
 一階は全面ガラス張りになっていて、とても開放的で入りやすい印象。
 佐野くんと聖くんは居住空間へと続く階段を上がり、私と柊ちゃんは音楽教室のドアをくぐった。
 入ってすぐのところには壁一面の楽譜コーナーがあり、正面にカウンター席が設けられている。
 楽譜コーナーは四畳半ほどの広さがあり、小さな子が遊べるようなアイテムがいくつか転がっている。その隣に面するカウンターには事務作業をしている女の人がひとり。どうやらレッスン室はカウンター脇の廊下を進んだ先にあるらしい。柊ちゃんが言うには、レッスン室が十二部屋、地下にはスタジオがひとつと練習室が八部屋あるという。
 駅まで徒歩圏内、個人のお教室でこれだけの広さがある音楽教室はそうそうないだろう。
 カウンターにいる女性が説明をしてくれるのかと思いきや、柊ちゃんがカウンター内へと入っていく。
「へへぇ、私、ここでバイトしてるから説明もお手のものだよ!」
「そうなの?」
「うん!」
「じゃ……お願いします」
「任されたっ!」
 ペコリとお辞儀をして椅子に腰掛けると、早速パンフレットを広げてくれた。
「芸大の専攻は?」
「まだきちんと決めたわけではないのだけど、たぶん器楽のピアノ専攻で副科にハープを選ぼうと思っています」
「ふむふむ。じゃ、まずはピアノのレッスンだね。ほかの試験項目――聴音や楽典、新曲視唱、リズム課題あたりはどうする? うちの教室だと、ソルフェージュってレッスンでそれらがセットになってるレッスンを受けられるけど」
「あ、ぜひ。実は、楽典がとても苦手で……」
「じゃ、ピアノレッスンとソルフェージュだね」
 柊ちゃんはパンフレットに記される項目を蛍光ペンでチェックを入れていく。
「あの、私、平日はレッスンに来られないから土曜日か日曜日になってしまうのだけど、レッスン枠、大丈夫でしょうか……」
「大丈夫だよ! むしろ、土日にレッスン入れる人は社会人くらいだから、レッスン枠は意外と空いてるの。あっ、ここまで通う方法もあるけど、派遣もできるよ? どうする?」
 私は少し悩んだ。
 たぶん、身体の負担にならないのはマンションまで来てもらう「派遣」だろう。でも、大学生になったら倉敷芸大がある支倉まで通ってこなくてはいけないのだ。それを考えると、電車通学に少しずつ慣らしておいたほうがいい気がする。
「翠葉ちゃん?」
「あ……ここでレッスンを受けます」
「大丈夫?」
 不安は残る。それでも、これも越えなくてはいけない一過程なのだろう。
「うん、大丈夫」
「あのね、最初は通いで来てみて、やっぱり時間的に厳しいと思ったら先生を派遣することもできるから、そのときは遠慮せずに言ってね。先生は変わる可能性があるけれど、先生としてのスキルにはあまり差はないから。それから、先生との相性もあるし、合わなければ先生を変えることもできるよ」
 初めて習ったピアノ先生との相性はあまりいいものではなかっただけに、そういった面も心配していた。それを話すことなく教えてもらえたことに心が緩む。
「ありがとう」
 そう伝えると、柊ちゃんはピタリと表情も動作も止める。
「……柊ちゃん?」
「にこってっっっ――」
「え……?」
「今、にこって殺人的な笑顔で笑ったああああっっっ」
「えっ……? 笑顔……?」
「翠葉ちゃんは普通にしててもかわいいけど、笑うともっともっとかわいいね? 進路、芸大にしようよ! そしたら同期になれる! 声楽と器楽でコースは別だけとお昼ご飯とか一緒に食べようよ!」
「柊ちゃん、声のトーン落してね。それに、まだ受かってもいないんだから未来のお話はたいがいに」
 後ろから現れたのはシルバーフレームのメガネをかけた繊細そうな男の人だった。
「仙波先生、やなこと言わないでっ! 絶対現役合格するんだからっ!」
「はいはい。とりあえず、今すぐボリューム絞ってね」
 そう言うと、その先生はコーヒーを淹れて、レッスン室へ続く通路へと姿を消した。
「今の先生は仙波弓弦(せんばゆづる)先生、二十七歳。OLさんに一番人気の講師なの。こちらでCDの販売もしておりま~す!」
 カウンターに複数のCDが見やすくディスプレイされているところを見ると、ピアノ講師は副業で、本業はピアニストなのかもしれない。
 ジャケットで目を引いたのはタキシードでピアノに向かう姿。
 繊細で神経質そうな印象を受けるけれど、柊ちゃんとお話をしている様子からは物腰が穏やかで接しやすそうな印象だった。
「翠葉ちゃんも仙波先生みたいな人が好み?」
 好みかと言われると少し違う気がする。
 どちらかと言うと、ツカサも繊細な印象を受ける部類だけど、物腰が穏やかというわけではないし、口を開けば割と容赦のない言葉がポンポンと出てくる。優しい人だけど、優しさの種類が違うというか……人種が違うというか……うーん……。
「はっは~ん……さては、今好きな人を想像したでしょうっ?」
「えっ、あ……」
 図星をつかれて頬が熱を持つ。
「ふふっ、かわいい! ま、いいや。そういう楽しそうなお話はあとに取っておいて、まずはレッスンのことを決めちゃおうね!」
「はい」

 結果、レッスンは日曜日に通うことになった。
 午前十一時から十二時までソルフェージュを学び、お昼を挟んで午後一時から二時半までピアノのレッスンを受ける。お昼ご飯は柊ちゃんが一緒に食べようと誘ってくれた。
 お教室が決まって、さらには友達までできて、なんだかとても得をした気分だ。あとでもう一度、佐野くんにお礼を言わなくちゃ……。
「ハープのレッスンなんだけど、こっちは特別依頼になるかなぁ……」
「特別依頼……?」
「そっ。うちの教室にはハープがないから、レンタルで借りて新たに専用の先生を雇うことになる。もしくは、仲介。先生の紹介だけをして、レッスンは翠葉ちゃんの家。それだと、楽器のレンタル代や場所代がかからないからここを使うよりも安く上がるよ?」
「……それじゃ、ハープは仲介依頼でお願いします。自宅まで来てもらえるなら、火曜日と金曜日、日曜日以外なら何曜日でも大丈夫です」
「了解っ!」
 柊ちゃんは条件を紙に記すと料金の説明をしてくれ、最後に入会書を用意してくれた。
「お月謝はどうする? 持ってくる方法と引き落としと選べるけれど」
「引き落としでお願いします」
 かばんから自分名義の通帳と印鑑を取り出すと、
「えっ!? 翠葉ちゃん、自分でお月謝払うのっ?」
「うん……。そのほうが一生懸命になれそうでしょう?」
「……えらいなぁ。私も見習わなくちゃ……」
 そんな話をしながら必要な手続きはすべて終えることができた。
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