光のもとで2

葉野りるは

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July

新たな友人 Side 明 01話

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 御園生が音楽教室の説明を聞いている間、俺は聖と二階の居住スペース、リビングにいた。
「いやー、写真で見て知ってはいたけど、本当にかわいい子だね?」
「だろ?」
「でも、アキが言ってるほど人見知りっぽくは見えなかったけど?」
「ま、だいぶ人に慣れてはきたかな」
「何、その動物が人に慣れました的な物言い」
「あはは、まさにそんな感じだったんだってば。入学当初は人に声をかけられるたびに困惑してた」
「へぇ……」
 あのころと比べたら、ずいぶんと変わったと思う。それでもまだ、今のクラスの男子には慣れていない。きっと、挨拶のときに聖が握手を申し出ていたら、御園生はその手を見て固まってしまっただろう。

 聖とゲームに夢中になっているところに柊が御園生を連れて帰ってきた。
「たっだいまー! 無事ご入会いただけましたー!」
 柊がハイタッチを求めてきたので、俺と聖が順に応じる。と、柊の後ろで御園生が目をぱちくりとさせていた。
「レッスン日、決まった?」
 御園生に声をかけると、
「うん。日曜日にしてもらえたの」
「ふふっ! 日曜日は一緒にお昼ご飯食べるんだ!」
 嬉しそうににこにこと笑う柊の隣で、御園生は一歩引いている感じ。そんな御園生に気づいたとしても、柊が対応を変えることはないだろう。そして、御園生もそんな柊に少しずつ慣れていく。そうやって、御園生のペースで距離が縮まればいい。
 そう思っていたところ、聖が御園生に向けて手を差し出した。
「改めてよろしくっ! 俺もピアノ弾くんだ。今度、連弾しない?」
 御園生は聖の手を見て喉を小さく上下させる。その先は、きっと握手はできずに困惑した表情になるだろう。
 少し先の予測をして場を取り持とうとしたとき、
「御園生さん……?」
 一歩出遅れた。
 こういうタイミングの一致ぶりは「血」かな、って思う。
「あ、ごめんなさい。大きな手だな、と思って……」
 御園生は苦笑しながら聖の手を取った。そして、
「よろしくお願いします。でも私、連弾はしたことがなくて……」
「そんなの関係ないよ! やってるうちに楽しくなっちゃうからさ!」
 手がつながれたまま、まるで何もなかったかのように話が続いた。
 じっと御園生を見ていると、
「佐野くん?」
「いや、それ……」
 思わずつながれている手を指差してしまう。
「「ん?」」
 御園生は無言。聖と柊が、「何?」と目で訴えてくる。
「いや、いいんだけど……」
 俺の挙動不審に御園生は思うところがあったのか、
「あのね、これからはもう少し大丈夫になろうと思って」
 御園生は言いながら苦笑を見せた。
「大丈夫なの……?」
「うん……大丈夫なはずなの。飛翔くんと話して、本当は何が苦手だったのかを見つめなおすきっかけをもらったから……。大丈夫なはずなの」
 御園生は聖の大きな手と自分の華奢な手を少し緊張した眼差しで見つめた。
 そんな様を見て、明らかに何かが変わり始めていることに気づく。
 それはとても喜ばしいことのはずなのに、どこか少し寂しい気もして、この「寂しさ」がどこから来るものなのか考えてしまう。
 あぁ……御園生の「圏内」にいたのは自分たちだけだと思っていて、それが変わっていくことへの「寂しさ」かな。
 そんなふうに思うと、ちょっと不思議な気持ちになった。
 もしかしたら、蒼樹さんもこんな気持ちになったことがあるのかな……。

 柊と聖が飲み物の用意を始めると御園生は落ち着きをなくし、そわそわしながら柊たちの動作を目で追っていた。
 御園生がちらちらと気にしているのは、聖が手にしている黒い缶。缶には白で「Coffee」と書かれている。
 ――あ、そうか。
「悪い、御園生がカフェインだめなんだ。なんか別のものない?」
 俺を見た御園生の眉は、見事にハの字型にひそめられていた。
「このくらい言って大丈夫だよ」
 頭を軽く小突くと、「ありがとう……」と消え入りそうな声で礼を言われた。
 そんな御園生を見て優越感を覚える俺はなんなのか……。まるで保護者気取りみたいだ。
 ちょっと、蒼樹さんの過保護っぷりが移ったかも……?
「ハーブティーもあるけど、ローズヒップとハイビスカスの酸っぱい系大丈夫?」
 聖のあとに、「ハチミツもあるよー!」と柊がハチミツの瓶を掲げた。
「コーヒー飲めなくてごめんなさい。ハーブティーなら飲めます。……と、ハチミツも嬉しいです」
 まだ緊張が抜けないのか、御園生は敬語で接する。慣れるまでの我慢かな、と思った傍らで、
「カフェインが摂れないのって体質か何かでしょ? それって仕方ないことだから謝らなくていいと思うよ。それから、敬語で話すのって御園生さんの癖?」
「え、あ……」
「なんか硬いっていうか、他人行儀っていうか、ちょっと遠くに感じる。……俺ら、タメでしょ? できれば、敬語じゃないほうが嬉しいな」
 聖がビシリと的をついた。
 最近だと、御園生がどういう人間かわかっている人間ばかりが周りにいることもあり、こういった指摘をされることはなかっただろう。さて、御園生はどう答えるのかな。
 緊張を伴いつつ見守っていると、
「……うん。でも、コーヒーを淹れようとしていたところをハーブティーに変えてもらったから、お礼は言わせてもらえる?」
「それなら喜んで」
「ありがとう。それから、敬語は……努力します」
「って、言ってるそばから敬語だよ」
 柊が「ウシシ」と笑って指摘すると、御園生は両手で口元を押さえた。
 そんな仕草に俺たちが笑う。と、御園生もつられてクスクスと笑いだした。
 うん――こんなふうに前に進めたらいいよね。それが、ほかの人間たちよりは少し近くにいた俺の感想であり願い。
 聖と柊なら話も合うだろうし仲良くなれる。そう思ったから引き合わせたいと思っていたわけで……。結果、引き合わせて良かった、という感じかな。

 御園生は聖が出してきたハーブティーに興味津々で、自分もハーブティーが好きでハーブティーをコレクションしていることを話している。柊がハチミツの瓶をいくつか並べれば、瓶のかわいさに悶える始末。
「駅向こうの商店街にハチミツ専門店があるの。今度一緒に行こう!」
 柊の誘いに、御園生は嬉しそうに頷いていた。若干はしゃいでいるようにも見える。
「なんか新鮮……」
 壁際で呟くと、それを聖に拾われた。
「何が新鮮?」
「あぁ……御園生がはしゃいでるとこ、かな?」
「普段は?」
「あまり周りと一緒になってはしゃぐタイプじゃないからさ」
「そうなんだ? やっぱさ、アキから聞いてたような子には見えないんだけどな? 割と普通じゃん?」
「うん……俺もこういうやつって決めつけてたところがあったのかも」
 こういう場を見なければ、ずっと勘違いしたままだったかもしれない。
 御園生はコミュニケーション力に問題があるわけじゃないのかもしれない。たぶん、気が合う人間と出逢わずにここまで来てしまっただけなんじゃないか――
 そんな思いが頭をよぎった。
「決め付けってよくないよな……」
「俺たちがなりたい職業では特にね」
 聖の言葉に頷く。
「決め付け」は、ときに人の可能性を潰してしまう。そういうのは良くない。
「気をつけないとな……」
 簾条――俺たち、御園生と一年ちょっとの付き合いだけど、御園生はまだまだ知らない顔を持ってるみたいだ。今の御園生の表情は簾条でも見たことないと思うよ。
 
 リビングへ移動してソファに掛けるなり、聖が御園生の名前を唱えだした。
「御園生、翠葉――御園生さん、翠葉さん、翠葉ちゃん……」
「何ブツブツ言ってんだよ」
 軽く蹴りを入れると、
「いや、苗字も名前もきれいな響きだよなぁ、と思って。御園生さんって呼んでみたけど、翠葉さんも捨てがたくてさ」
 ま、それは確かに。
 俺も、初めて「御園生」という名前を見たとき、きれいだと思った。もっとも、俺が初めて見た名前は「蒼樹」だったわけだけど。「蒼樹」にしろ「翠葉」にしろ、どっちにしてもきれいな名前であることに変わりない。だが、藤宮においてはほかにも凝った名前の人間が多いことからそんなに「珍しい」部類には属さないのが事実。
 御園生はラグに座ってクスクスと笑っていた。
「そんなたいそうな名前じゃないよ。名前でも苗字でも、どちらでも好きなほうで呼んで?」
「学校ではなんて呼ばれてるの?」
「んー……翠葉、翠葉ちゃん、翠ちゃん、御園生さん、御園生っち……? あ、あとは翠」
 最後の一言に思わず咽そうになる。寸でのところで抑えた俺は、最後の呼び名だけは却下させていただいた。 
「「「え?」」」
 聖と柊が不思議そうな顔をするのは仕方がないとして、御園生……御園生が不思議そうな顔をするな……。
「スイだけは特別でしょ? あれは藤宮先輩だけの専売特許。間違いなく、ほかの男がスイって呼んだらあの先輩いい顔しないってば」
「……そう、かな?」
「絶対にそう」
 御園生は少し考えてから、
「なんか、だめみたいなので、スイだけはなしの方向で……」
 まるで要領を得ていない表情だった。
 いつか懇々と諭したい。「特別感」を素で「ゼロ」にするな、と。
「何なにっ!? その藤宮先輩って翠葉ちゃんの彼氏なのっ?」
 柊のアンテナはそっち方面に引っかかったらしい。やけにキラキラした目で御園生を見ている。と、御園生は何を思ったのか、柊の頭を数回撫でた。
 意味がわからん……。
 そう思ったのは俺だけではなかったようで、
「翠葉ちゃん……柊は質問の答えが欲しいです」
 柊がちんまりと正座をして抗議すると、
「あ……あの、えと……はい。私をスイと呼ぶ人はお付き合いしている人です」
 ものすごく慣れていない人の答え。ほんのりと頬を染めているところがかわいさを助長する。
 ま、それもそうか……。うちの学校では誰に何を言わずとも公認カップルのようなものだし。こんなふうに人に話すことはなかったのだろう。
「藤宮先輩って言うからには、藤宮グループの御曹司?」
 隣に座る聖に尋ねられ適当に肯定する。
「その人、全国模試がトップの人だよねっ!?」
「そっ」
「うちの先輩がさ、満点なんて採られたら勝ちようがない、っていつも嘆いてるんだ」
「そうなん? 藤宮先輩は学内テストもいつも満点。失点したことが一度もなくて、長期休暇中の課題を一度もやったことのない超人。俺から言わせたら宇宙人。因みに、御園生も文系以外は満点採る嫌みなやつだよ」
 聖も理系だし、そこそこできるほうだと思う。それでも、全国模試の上位に名を連ねるほどではない。そこからすると、御園生や藤宮先輩は超人の括りに入るわけで……。
「翠葉ちゃんは理系なの?」
 柊が問いかけると、
「どちらかというと理系のほうが得意、っていうだけだよ」
 御園生の答えには、若干語弊があると思う。
 御園生の場合、確かに「理系のほうが得意」ではあるけれど、どの教科も基本できるのだからオールマイティーではなかろうか。
 俺が口を挟む前に、
「じゃぁさじゃぁさ、取引しませんか?」
「取引……?」
「そっ! 私、理系が壊滅的にだめなの。いつも聖に教えてもらってなんとか平均点前後を採れる程度。だから、夏休みの宿題、理系科目見てもらえないかな? その代わり、私はソルフェージュを教えてあげる」
「本当っ!?」
「ソルフェなら任せてっ!」
 ふたりは利害が一致といったふうで、取引を完了させた。
「聖、御園生ってさ、教えるのもうまいんだ。これで柊の成績が上がったら、聖形無しだな?」
「あれ? 御園生さんって俺のライバル……?」
「密かなる伏兵ってやつじゃない?」

 俺たちは互いの学校の話をしたり進路の話をしながら過ごし、夕方五時になると柊たちと別れた。
 支倉駅へ向かう道すがら、
「佐野くんは準急?」
「いや、急行で藤倉まで行ってから折り返すほうが早いんだ。だから藤倉までは一緒」
 御園生はぱぁっと笑顔になり、
「よかった!」
「何が?」
「私、夕方の混む電車に乗るのは二回目なの。普段もあまり電車に乗ることがないから、行きもものすごく緊張してた」
「あ、そっか。御園生は電車通学組だけど、実質的には車通学だったもんな」
「そうなの」
「今日は日曜日だからどうかな? 今は夏休みだから、平日も学生が少ないんだよね」
 そんな話をしながら、心の中にあるとある話題を話そうか悩む。
「御園生……」
「ん?」
 きょとんとした顔を見ながら、
「……やっぱいいや。その代わり、インハイが終わったら話聞いてよ」
「うん……いいけど」
 御園生は不思議そうな表情で了承してくれた。
 俺さ、今、立花じゃない女子が気になってるんだよね。少し、というよりは「すごく」かな。
 二年になってクラスが変わってから、より意識するようになった。
 こういう話を女子としたことはないけど、御園生ならできると思うんだ――
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