光のもとで2

葉野りるは

文字の大きさ
75 / 271
August

海水浴 Side 翠葉 02-04話

しおりを挟む
 今日の夕方にはツカサが帰ってくる。
 待ち遠しくて我慢しきれなくなった私は、三時を過ぎると一階へ下り、カフェラウンジで楽譜を見ながら過ごしていた。
 一時間ほどそうしていると、ロータリーに白いセダンが滑り込み、緩やかに停車した。
 後部座席からツカサが降りるのを確認してエントランスへ出ると、そこにはすでにコンシェルジュが肩を並べて迎えに出ていた。
 数々の「おかえりなさいませ」に「ただいま」と答えるツカサは私を視界に認めると、
「うちでいい?」
「うん」

 ツカサはエレベーターに乗るなり、
「……一度しか言わないから」
「え……?」
 ツカサを見上げると、ツカサはす、と息を吸い込んだ。
「秋兄のこと、不安っていうか――焦る。俺と秋兄の性格が違うのなんて端からわかっていることだし、年が違うわけだから、それだけできることの差も出てくる。さらには、俺が敵わないものを秋兄はたくさん持っているから――認めるのは癪だけど、俺が持っていない部分に翠が惹かれたら、と思うと不安にならなくはない。でも、そんなことを言ったって仕方ないだろ? 秋兄が翠のそばからいなくなるわけじゃないし、秋兄が翠を諦めるわけでもない。だから、その部分を翠が気にする必要は微塵もない」
 一気に言われてびっくりしたけれど、ずっしりと重みのある内容だった。
「……本当に?」
「……翠は自分にできる範囲で俺を選んだって見せてくれただろ。だから――」
 それはストラップのことだろうか……。
「翠は何を案じてる?」
「……私はツカサが好きだよ。秋斗さんのことは大切な人ではあるけれど、恋愛感情は持ってない。ストラップとかそういうのは、何を考えることなくツカサからいただいたものを選べる。でもね、秋斗さんの気持ちすべてを拒絶することはできないの。もし、自分がツカサに拒絶されたら、って考えると怖くて――とてもじゃないけど、自分がそれを人にすることはできないの。でも、それでツカサが不安に思っているのだとしたら、私はどうしたらいいのかな……」
 エレベーターはすでに十階に着いている。ドアが開いて閉まって、そのまま十階に留まり続けていた。
「翠はそんなことまで気にしなくていい。たぶん、不安になるのは俺個人の問題だから」
 そんなふうに言われるとは思っていなくてまじまじとツカサを見ていると、ものすごく居心地の悪そうな表情で、
「もし、翠が同じようなことで不安に思っていたとしても、俺だって翠と同じことしかできない。もっとも、俺の場合はどんな人間に言い寄られても冷たくあしらうことしかしないだろうから、そのうえで翠が不安になったとしても、それ以上にできることなんてないわけだけど」
 私ができない部分にグサリと釘を刺すあたりが実にツカサらしい。
「いい加減、エレベーターから出たいんだけど」
 言われて、私は慌てて「開」ボタンを押した。

 家に入るとツカサは真っ直ぐ洗面所へ向かい、すぐに手洗いうがいを済ませた。洗面所から出てきたツカサにおいでおいでをされて近づくと、前からすっぽり抱きすくめられる。
「ただいま」
「おかえりなさい」
 今更な挨拶に笑みが漏れる。もう一度「おかえりなさい」を言うと、「ただいま」のあとにキスをされた。
 顔が離れ身体を解放される。と、思わずツカサの腕を掴んでしまう。
「何……?」
「えと……」
 ツカサの黒いシャツを見ながら考える。
 自分から抱きつくのもキスをするのも無理。でも――
「ツカサ……ぎゅってして?」
 顔を見ては言えない。でも、要求することならできる。
 ツカサは少し間を置いてからゆっくりと抱きしめてくれた。ふわり、と優しく包み込むように。
 私はツカサの背に腕を回し、自分がされる以上の力をこめてツカサに抱きついた。
「翠……?」
「……キス、して?」
 言ってツカサを見上げ、
「……私はツカサが好きだからね。ツカサだけが好きだからね」
「……ありがとう」
 言われてすぐにキスが降ってきた。けれど、何度かのキスをしてツカサが、
「暑い……。さすがにエアコンが入ってない部屋は暑いんだけど」
 慌ててツカサから離れると、ツカサはエアコンのリモコンに手を伸ばした。

 インターハイ明けから、ツカサの勉強部屋には入っていない。通されるのはリビングになった。
 そんな変化にもまだ慣れないけれど、これからも色んなことが少しずつ変わっていくのだろうか。
 少しずつの変化ですらついていける気はしないけれど、それでもツカサと一緒にいたいと思う。これから見る、新しい景色をツカサと一緒に見ていかれたらいいな……。
 そんな思いを抱きながら、ツカサの腕にぴたりとくっつく。
「まだ涼しくならないんだけど」
「……我慢して。二週間も会えなかったんだもの。少しくらいは我慢して」
 ツカサは驚いた顔のまま身動きひとつしない。
「……でも、お茶くらいは用意しようかな。ツカサはコーヒー?」
「いや、ハーブティーでいい」
「じゃ、用意する。キッチン借りるね」
 私は突っ立ったままのツカサをリビングに残してキッチンへ向かった。

 電気ケトルをセットして、ハーブティーが入っている戸棚に手を伸ばして気づく。
 戸棚を開くことはできても、ハーブティーの缶は、私の手が届く場所には置かれていないのだ。
 手を伸ばしたまま爪先立ちになっていると、背後からツカサの手が伸びてきた。
「ありがとう……」
「どういたしまして」
 缶を渡されてもツカサは私のそばから離れはしない。離れないどころか、再度腕に閉じ込められた。
「……暑いんじゃないの?」
「暑いけど……」
 どうしたことか、さっきとは逆に歯切れ悪く答える。
「翠、秋兄のことでいくつか約束してほしいことがある」
「……約束?」
 ツカサを振り返ると、真っ直ぐな目が私を見ていた。
「秋兄とふたりきりにはならないで」
 その言葉に少し動揺する。海水浴へ行ったあの日、ふたりきりでいたことを言い当てられた気がして。
 少しでも後ろめたい気持ちがあるということは、私はやっぱりいけないことをしていたのだろうか。
「秋兄を冷たくあしらうことができないのは仕方ないとしても、これだけは守ってほしい。秋兄の手癖の悪さはよく知っているし、翠の無防備っぷりも理解してる。だからこそ気をつけてほしい。うっかり抱きしめられたり、うっかりキスされたり、そういうのはなしにして。……もし、そういうことがあったら隠さず白状して」
 私はコクリと頷き、海水浴の日のことを言おうかどうしようか悩んだ。
 約束がこれからのことならば言わなくてもいい気はするけれど、やっぱり後ろめたいのだ。
 私は小さく息を吸い込み、
「ツカサ、ごめん……。海水浴に行ったとき、唯兄も一緒だったけど、海に入るのが怖くて秋斗さんに抱っこされた……。それから、お昼食べたあと、秋斗さんとふたりきりになった。浮き輪を借りに行くだけだったのだけど、手、つないじゃった……」
 懺悔するように告げると、司は小さくため息をついた。
 もしかしたら予想されていた……?
 そろそろとツカサを見上げると、
「力の関係上、手をつながれたら翠から振り解くのが難しいのは理解してる。でも、これからはそういうのもなしで」
「……はい」
 これからどう気をつけたらいいだろうか、と考えていると、
「つないだ手ってどっち?」
「え……? こっち」
 右手を上げると、ツカサに手首を掴まれた。
 ツカサはそのまま手首を自分の口元へと持っていき、唇を押し当てる。
「つ、ツカサ?」
「消毒……」
 ツカサは右手のありとあらゆる場所にキスを施し、それだけでは足りない、とでも言うかのように手首から肘にかけても唇を這わせていく。
 ただ手にキスをされているだけなのに、身体中が沸騰しそうなほど熱くなるのはどうしてだろう。
「しかも、海の中で横抱きにされたって?」
 ツカサの鋭い視線に見据えられ、
「で、でもっ、水着っていっても肌の露出はしてないよっ!?」
「……は?」
「だって、タンキニの上にラッシュガードって長袖のパーカを着て首元までファスナー閉めていたし、足はトレンカはいてたしっ――」
 必死に補足説明をすると、
「それ、水着って言うの?」
 真顔で尋ねられた。
 唯兄にも同じようなことを言われたけれど――
「その格好じゃなかったら海水浴なんて行かなかったもの……」
 ツカサの胸元に視線を落とす。と、ぎゅ、と抱きすくめられた。
 ツカサは暑いと言うかもしれない。でも、エアコンが利き始めた部屋ではツカサの体温が気持ちよく感じる。
 よりツカサの体温を感じたくて背中に腕を回す。と、カタン――と電気ケトルが沸騰したことを知らせた。
 ツカサの腕がほんの少し緩められたけれど、解放されたわけではなく、
「ツカサ、お茶だけ淹れよう?」
「……お茶、淹れたら?」
「……くっついてたい」
 言ってツカサの胸に額を預けると、背中に回されていた腕がはずされた。
 リビングへ戻ると私たちにしては珍しく、ずっとくっついて過ごした。それが夏休み最後の思い出――
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される

けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」 「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」 「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」 県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。 頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。 その名も『古羊姉妹』 本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。 ――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。 そして『その日』は突然やってきた。 ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。 助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。 何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった! ――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。 そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ! 意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。 士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。 こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。 が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。 彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。 ※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。 イラスト担当:さんさん

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...