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August
海水浴 Side 司 02話
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マンションに帰宅すると、いつものようにコンシェルジュが迎えに出ていた。その並びに翠の顔があるだけで心が和む。
「うちでいい?」
「うん」
翠ははにかんだような笑みを浮かべた。
エレベーターという浮遊感を覚える箱の中で、
「……一度しか言わないから」
「え……?」
「秋兄のこと、不安っていうか――焦る。俺と秋兄の性格が違うのなんて端からわかっていることだし、年が違うわけだから、それだけできることの差も出てくる。さらには、俺が敵わないものを秋兄はたくさん持っているから――認めるのは癪だけど、俺が持っていない部分に翠が惹かれたら、と思うと不安にならなくはない。でも、そんなことを言ったって仕方ないだろ? 秋兄が翠のそばからいなくなるわけじゃないし、秋兄が翠を諦めるわけでもない。だから、その部分を翠が気にする必要は微塵もない」
口にするのが癪なことだらけで、一気に捲くし立てた気がしなくもない。
いつだって秋兄と自分を比べればコンプレックスを感じる。翠が絡んでも絡まなくても嫉妬する。でも、そんなことは翠に知られたくはないわけで……。
できれば、このまま何も訊かずに納得してくれると嬉しいんだけど……。
「……本当に?」
翠は目を見開き訊いてくる。
「……翠は自分にできる範囲で俺を選んだって見せてくれただろ。だから――」
これ以上格好悪いことを言わせるな……。
そう思いながらも、翠が今手にしている携帯のストラップを見て安堵する。
「翠は何を案じてる?」
本当は、海水浴に行った日に何が起きたのかを知りたかった。でも、ストレートには訊けなくて、結果こんな間接的な尋ね方になる。
「……私はツカサが好きだよ。秋斗さんのことは大切な人ではあるけれど、恋愛感情は持ってない。ストラップとかそういうのは、何を考えることなくツカサからいただいたものを選べる。でもね、秋斗さんの気持ちすべてを拒絶することはできないの。もし、自分がツカサに拒絶されたら、って考えると怖くて――とてもじゃないけど、自分がそれを人にすることはできないの。でも、それでツカサが不安に思っているのだとしたら、私はどうしたらいいのかな……」
そこまで言われて抱きしめたい衝動に駆られた。我慢できたのはエレベーターの中だから。
さらには、そのエレベーターはすでに十階に着いており、一度扉が開いて今は閉じている。
完全に降りるタイミングを逃した。
「翠はそんなことまで気にしなくていい。たぶん、不安になるのは俺個人の問題だから」
翠は何を思っているのか食い入るように俺を見ている。居心地の悪さに拍車がかかり、
「もし、翠が同じようなことで不安に思っていたとしても、俺だって翠と同じことしかできない。もっとも、俺の場合はどんな人間に言い寄られても冷たくあしらうことしかしないだろうから、そのうえで翠が不安になったとしても、それ以上にできることなんてないわけだけど」
それに、自分のことが好きだ、と。秋兄には恋愛感情を持っていない、と何度も言葉にしてもらえるだけでいくらかは安心する。
この際、「不安」が「嫉妬」であることを伝えてしまったほうが翠は気が楽になるのかもしれない。それでも、「嫉妬」という言葉が言うに言えない。
ふと気になったのは、あの日空港で、翠はなんと秋兄に返事をしたのか――
自分を選んでもらえたことに満足して知ろうともしなかった。でも今は、気になって仕方がない。
鎌田に返事をしたときと何か差があるのだろうか……。
翠が何を考えているのかもわかりかねる状況で無音の時間が流れていく。その空気に耐えかね、
「いい加減、エレベーターから出たいんだけど」
言うと、翠は飛びつく勢いで自分側にあるボタンに手を伸ばした。
玄関を入ったらすぐにでも、翠を腕に閉じ込めキスをしたかった。でも、帰宅してうがいもせずにはできない。
仕方なく洗面所に直行すると、翠はうがいをしている俺を廊下から見ていた。
リビングへ行けば、カルガモの親子のようについてくる。そんな翠を手招きで近くまで来させ、俺はようやく翠を腕に抱くことができた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
耳に届く翠の声がくすぐったい。
今更、とは思った。でも、どうしても「おかえり」の言葉が聞きたかった。
そんな俺の心を察したかのように、「おかえりなさい」と再度言われ、「ただいま」のあとに念願のキスをする。ただ一度、触れるだけのキスを。
腕の力を緩めると、翠が追うようにその腕を取った。
「何……?」
「えと……」
俺を見ていた目は途端に宙を泳ぎ、俺の胸元へと着地する。
「ツカサ……ぎゅってして?」
何を言われたのか、と一瞬にして頭が真っ白になった。真っ白になった状態で、翠に言われた言葉を反芻させる。
「ぎゅっとして」とは……つまりは抱きしめて、ということでいいのだろうか。
確信はなく翠の肩に腕を回すと、翠は自身の腕を俺の背に回した。次の瞬間には力をこめられる。
「翠……?」
何が起こっているのか、と確認するために口にすると、
「……キス、して? ……私はツカサが好きだからね。ツカサだけが好きだからね」
もしかしたら、これは翠の気持ちを表す一方法なのだろうか。
そう思うと心があたたかなものに包まれる。
「……ありがとう」
深く口付けることを許された気がして、思うままにキスをした。
もう少しこのままでいたい。でも、照れ臭さもあるし、何より――
「暑い……。さすがにエアコンが入ってない部屋は暑いんだけど」
翠は戸惑いなく腕をほどき、俺から離れた。
あまりにも簡単に離れられたことが少し面白くない。だから、
「離れなくていいけど、エアコンだけ入れさせて」
夏なのにひんやりとした翠の手は気持ちがいい。その手に触れていたくて手はつないだままいると、翠が腕に絡みつく。
暑いというのも本音だけど、本当は嬉しい。でも、嬉しいとは表に出せないから、
「まだ涼しくないんだけど」
いつもの翠ならここで離れるだろう。俺はそれを名残惜しく思いながら見ることになる。
そう思っていたけれど、翠は離れなかった。
「……我慢して。二週間も会えなかったんだもの。少しくらいは我慢して」
少しむっとしたときの言い方。それが妙にかわいくて、俺はフリーズしてしまった。
かわいい生き物をまじまじと見ていると、その頭は右に傾き、
「……でも、お茶くらいは用意しようかな。ツカサはコーヒー?」
「いや、ハーブティーでいい」
「じゃ、用意する。キッチン借りるね」
翠は腕に絡めていた手をするりと解き、キッチンへと向かって歩き出した。
腕の中に飛び込んできたかと思えばするりと出ていく。俺がそれをどんなふうに思っているのかなんて知りもせず。
いつか同じことをしてやりたいと思うものの、
「……無理なんだろうな」
いつだって俺が追いかける者であり、想う者に違いない。
キッチンへ向かった翠に追いつき、翠の身長では到底届かない場所に置いてあるハーブティーの缶を取ってやる。と、
「ありがとう」
「どういたしまして」
毎回のことなら、翠の手が届く場所に移しておけばいいこと。だけど、俺はあえてそうしない。
うちに来るたびにお茶を淹れたがる翠に、毎回必要とされたくて。
いつものように翠の後ろ姿を見ていた。けど、どうにもよろしくない。
たかだか二週間離れていただけなのに、今だってさして広くもない一室にいるのに、翠に触れていたくて仕方がない。
結果的には翠に腕を伸ばし、再度腕に閉じ込めてしまった。
こんなにも簡単に腕に閉じ込められるからこそ不安になる。秋兄の前でも同じなのか、と。
「暑いんじゃないの?」
他意を含まない声に、
「暑いけど……」
俺は中途半端な言葉しか返せなかった。
「翠、秋兄のことでいくつか約束してほしいことがある」
「……約束?」
翠は不思議そうな顔で振り向いた。
「秋兄とふたりきりにはならないで」
――格好悪い。こんなことを約束させて縛ろうとするなんて。
でも、何よりも耐えられないのは、秋兄が翠に触れること。それだけは許せそうにない。
「秋兄を冷たくあしらうことができないのは仕方ないとしても、これだけは守ってほしい」
翠の目には動揺の色が浮かぶ。それが何を意味するのか――
「秋兄の手癖の悪さはよく知っているし、翠の無防備っぷりも理解してる。だからこそ気をつけてほしい。うっかり抱きしめられたり、うっかりキスされたり、そういうのはなしにして」
束縛以外の何ものでもない。それを翠はどう感じるだろうか。
不安に思いながらも、
「……もし、そういうことがあったら隠さず白状して」
止めを刺すようなことしか言えなかった。
翠はコクリと頷いた。そして、
「ツカサ、ごめん……。海水浴に行ったとき、唯兄も一緒だったけど、海に入るのが怖くて秋斗さんに抱っこされた……。それから、お昼食べたあと、秋斗さんとふたりきりになった。浮き輪を借りに行くだけだったのだけど、手、つないじゃった……」
なんとなくそんな予感はしていて、やっぱり、とため息が出る。
「力の関係上、手をつながれたら翠から振り解くのが難しいのは理解してる。でも、これからはそういうのもなしで」
「……はい」
しゅんとしている翠を見て、今後は大丈夫なのだろうか、と心配になる。けど、その前に――
「つないだ手ってどっち?」
「え……? こっち」
翠が右手を上げたのを確認して、その手首を掴み口元へ引き寄せた。
「つ、ツカサ?」
「消毒……」
翠の手から肘にかけて隙間なくキスをしていくと、終わるころには翠が真っ赤になって立ち尽くしていた。
「しかも、海の中で横抱きにされたって?」
「で、でもっ、水着っていっても肌の露出はしてないよっ!?」
「……は?」
「だって、タンキニの上にラッシュガードって長袖のパーカを着て首元までファスナー閉めていたし、足はトレンカはいてたしっ――」
「それ、水着って言うの?」
翠は恥ずかしそうに、
「その格好じゃなかったら海水浴なんて行かなかったもの……」
さっきに引き続き、むっとした言い方がかわいい。
うっかり自分が赤面しそうになって、俺はすっぽりと翠を抱きすくめた。
腕の中で翠はおとなしく抱かれたままだったものの、少しすると俺の背に腕を回し、さっきと同じようにぎゅっと抱きつかれる。
そこへ、カタン――と電気ケトルが沸騰したことを告げた。
離れ時、わかっていても翠を手放すのが名残惜しい。
「ツカサ、お茶だけ淹れよう?」
「……お茶、淹れたら?」
「……くっついてたい」
その言葉に、おとなしく翠を解放することにした――
「うちでいい?」
「うん」
翠ははにかんだような笑みを浮かべた。
エレベーターという浮遊感を覚える箱の中で、
「……一度しか言わないから」
「え……?」
「秋兄のこと、不安っていうか――焦る。俺と秋兄の性格が違うのなんて端からわかっていることだし、年が違うわけだから、それだけできることの差も出てくる。さらには、俺が敵わないものを秋兄はたくさん持っているから――認めるのは癪だけど、俺が持っていない部分に翠が惹かれたら、と思うと不安にならなくはない。でも、そんなことを言ったって仕方ないだろ? 秋兄が翠のそばからいなくなるわけじゃないし、秋兄が翠を諦めるわけでもない。だから、その部分を翠が気にする必要は微塵もない」
口にするのが癪なことだらけで、一気に捲くし立てた気がしなくもない。
いつだって秋兄と自分を比べればコンプレックスを感じる。翠が絡んでも絡まなくても嫉妬する。でも、そんなことは翠に知られたくはないわけで……。
できれば、このまま何も訊かずに納得してくれると嬉しいんだけど……。
「……本当に?」
翠は目を見開き訊いてくる。
「……翠は自分にできる範囲で俺を選んだって見せてくれただろ。だから――」
これ以上格好悪いことを言わせるな……。
そう思いながらも、翠が今手にしている携帯のストラップを見て安堵する。
「翠は何を案じてる?」
本当は、海水浴に行った日に何が起きたのかを知りたかった。でも、ストレートには訊けなくて、結果こんな間接的な尋ね方になる。
「……私はツカサが好きだよ。秋斗さんのことは大切な人ではあるけれど、恋愛感情は持ってない。ストラップとかそういうのは、何を考えることなくツカサからいただいたものを選べる。でもね、秋斗さんの気持ちすべてを拒絶することはできないの。もし、自分がツカサに拒絶されたら、って考えると怖くて――とてもじゃないけど、自分がそれを人にすることはできないの。でも、それでツカサが不安に思っているのだとしたら、私はどうしたらいいのかな……」
そこまで言われて抱きしめたい衝動に駆られた。我慢できたのはエレベーターの中だから。
さらには、そのエレベーターはすでに十階に着いており、一度扉が開いて今は閉じている。
完全に降りるタイミングを逃した。
「翠はそんなことまで気にしなくていい。たぶん、不安になるのは俺個人の問題だから」
翠は何を思っているのか食い入るように俺を見ている。居心地の悪さに拍車がかかり、
「もし、翠が同じようなことで不安に思っていたとしても、俺だって翠と同じことしかできない。もっとも、俺の場合はどんな人間に言い寄られても冷たくあしらうことしかしないだろうから、そのうえで翠が不安になったとしても、それ以上にできることなんてないわけだけど」
それに、自分のことが好きだ、と。秋兄には恋愛感情を持っていない、と何度も言葉にしてもらえるだけでいくらかは安心する。
この際、「不安」が「嫉妬」であることを伝えてしまったほうが翠は気が楽になるのかもしれない。それでも、「嫉妬」という言葉が言うに言えない。
ふと気になったのは、あの日空港で、翠はなんと秋兄に返事をしたのか――
自分を選んでもらえたことに満足して知ろうともしなかった。でも今は、気になって仕方がない。
鎌田に返事をしたときと何か差があるのだろうか……。
翠が何を考えているのかもわかりかねる状況で無音の時間が流れていく。その空気に耐えかね、
「いい加減、エレベーターから出たいんだけど」
言うと、翠は飛びつく勢いで自分側にあるボタンに手を伸ばした。
玄関を入ったらすぐにでも、翠を腕に閉じ込めキスをしたかった。でも、帰宅してうがいもせずにはできない。
仕方なく洗面所に直行すると、翠はうがいをしている俺を廊下から見ていた。
リビングへ行けば、カルガモの親子のようについてくる。そんな翠を手招きで近くまで来させ、俺はようやく翠を腕に抱くことができた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
耳に届く翠の声がくすぐったい。
今更、とは思った。でも、どうしても「おかえり」の言葉が聞きたかった。
そんな俺の心を察したかのように、「おかえりなさい」と再度言われ、「ただいま」のあとに念願のキスをする。ただ一度、触れるだけのキスを。
腕の力を緩めると、翠が追うようにその腕を取った。
「何……?」
「えと……」
俺を見ていた目は途端に宙を泳ぎ、俺の胸元へと着地する。
「ツカサ……ぎゅってして?」
何を言われたのか、と一瞬にして頭が真っ白になった。真っ白になった状態で、翠に言われた言葉を反芻させる。
「ぎゅっとして」とは……つまりは抱きしめて、ということでいいのだろうか。
確信はなく翠の肩に腕を回すと、翠は自身の腕を俺の背に回した。次の瞬間には力をこめられる。
「翠……?」
何が起こっているのか、と確認するために口にすると、
「……キス、して? ……私はツカサが好きだからね。ツカサだけが好きだからね」
もしかしたら、これは翠の気持ちを表す一方法なのだろうか。
そう思うと心があたたかなものに包まれる。
「……ありがとう」
深く口付けることを許された気がして、思うままにキスをした。
もう少しこのままでいたい。でも、照れ臭さもあるし、何より――
「暑い……。さすがにエアコンが入ってない部屋は暑いんだけど」
翠は戸惑いなく腕をほどき、俺から離れた。
あまりにも簡単に離れられたことが少し面白くない。だから、
「離れなくていいけど、エアコンだけ入れさせて」
夏なのにひんやりとした翠の手は気持ちがいい。その手に触れていたくて手はつないだままいると、翠が腕に絡みつく。
暑いというのも本音だけど、本当は嬉しい。でも、嬉しいとは表に出せないから、
「まだ涼しくないんだけど」
いつもの翠ならここで離れるだろう。俺はそれを名残惜しく思いながら見ることになる。
そう思っていたけれど、翠は離れなかった。
「……我慢して。二週間も会えなかったんだもの。少しくらいは我慢して」
少しむっとしたときの言い方。それが妙にかわいくて、俺はフリーズしてしまった。
かわいい生き物をまじまじと見ていると、その頭は右に傾き、
「……でも、お茶くらいは用意しようかな。ツカサはコーヒー?」
「いや、ハーブティーでいい」
「じゃ、用意する。キッチン借りるね」
翠は腕に絡めていた手をするりと解き、キッチンへと向かって歩き出した。
腕の中に飛び込んできたかと思えばするりと出ていく。俺がそれをどんなふうに思っているのかなんて知りもせず。
いつか同じことをしてやりたいと思うものの、
「……無理なんだろうな」
いつだって俺が追いかける者であり、想う者に違いない。
キッチンへ向かった翠に追いつき、翠の身長では到底届かない場所に置いてあるハーブティーの缶を取ってやる。と、
「ありがとう」
「どういたしまして」
毎回のことなら、翠の手が届く場所に移しておけばいいこと。だけど、俺はあえてそうしない。
うちに来るたびにお茶を淹れたがる翠に、毎回必要とされたくて。
いつものように翠の後ろ姿を見ていた。けど、どうにもよろしくない。
たかだか二週間離れていただけなのに、今だってさして広くもない一室にいるのに、翠に触れていたくて仕方がない。
結果的には翠に腕を伸ばし、再度腕に閉じ込めてしまった。
こんなにも簡単に腕に閉じ込められるからこそ不安になる。秋兄の前でも同じなのか、と。
「暑いんじゃないの?」
他意を含まない声に、
「暑いけど……」
俺は中途半端な言葉しか返せなかった。
「翠、秋兄のことでいくつか約束してほしいことがある」
「……約束?」
翠は不思議そうな顔で振り向いた。
「秋兄とふたりきりにはならないで」
――格好悪い。こんなことを約束させて縛ろうとするなんて。
でも、何よりも耐えられないのは、秋兄が翠に触れること。それだけは許せそうにない。
「秋兄を冷たくあしらうことができないのは仕方ないとしても、これだけは守ってほしい」
翠の目には動揺の色が浮かぶ。それが何を意味するのか――
「秋兄の手癖の悪さはよく知っているし、翠の無防備っぷりも理解してる。だからこそ気をつけてほしい。うっかり抱きしめられたり、うっかりキスされたり、そういうのはなしにして」
束縛以外の何ものでもない。それを翠はどう感じるだろうか。
不安に思いながらも、
「……もし、そういうことがあったら隠さず白状して」
止めを刺すようなことしか言えなかった。
翠はコクリと頷いた。そして、
「ツカサ、ごめん……。海水浴に行ったとき、唯兄も一緒だったけど、海に入るのが怖くて秋斗さんに抱っこされた……。それから、お昼食べたあと、秋斗さんとふたりきりになった。浮き輪を借りに行くだけだったのだけど、手、つないじゃった……」
なんとなくそんな予感はしていて、やっぱり、とため息が出る。
「力の関係上、手をつながれたら翠から振り解くのが難しいのは理解してる。でも、これからはそういうのもなしで」
「……はい」
しゅんとしている翠を見て、今後は大丈夫なのだろうか、と心配になる。けど、その前に――
「つないだ手ってどっち?」
「え……? こっち」
翠が右手を上げたのを確認して、その手首を掴み口元へ引き寄せた。
「つ、ツカサ?」
「消毒……」
翠の手から肘にかけて隙間なくキスをしていくと、終わるころには翠が真っ赤になって立ち尽くしていた。
「しかも、海の中で横抱きにされたって?」
「で、でもっ、水着っていっても肌の露出はしてないよっ!?」
「……は?」
「だって、タンキニの上にラッシュガードって長袖のパーカを着て首元までファスナー閉めていたし、足はトレンカはいてたしっ――」
「それ、水着って言うの?」
翠は恥ずかしそうに、
「その格好じゃなかったら海水浴なんて行かなかったもの……」
さっきに引き続き、むっとした言い方がかわいい。
うっかり自分が赤面しそうになって、俺はすっぽりと翠を抱きすくめた。
腕の中で翠はおとなしく抱かれたままだったものの、少しすると俺の背に腕を回し、さっきと同じようにぎゅっと抱きつかれる。
そこへ、カタン――と電気ケトルが沸騰したことを告げた。
離れ時、わかっていても翠を手放すのが名残惜しい。
「ツカサ、お茶だけ淹れよう?」
「……お茶、淹れたら?」
「……くっついてたい」
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