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September
約束 Side 司 02話
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東屋に落ち着くと、俺はかばんから情報誌を取り出した。
「翠はどんなところへ行きたい?」
先日、父さんに車で出かける際にはどこへ行くのか事前に話すように言われた。さらに、遠出する場合には警護についている人間をつき合わせて運転の予習をするように約束させられた。だから、行きたい場所を粗方聞き出してしまおう、そう思って質問を繰り返していると、
「ツカサっ、次から次へと訊きすぎっ! そんな一気にたくさん出てこないよっ!」
翠にしては珍しく、声を大にして遮られた。
そんなに問い詰めすぎただろうか、と思っていると、翠に手を取られる。
「それにね、毎回どこかへ出かけようとしなくていい。ツカサと一緒にいられたらそれで十分」
その言葉は素直に嬉しい。嬉しいけど、出かけないとなると会う場所は必然とマンションの十階になるわけで――
「翠が良くても俺が困る」
「え……?」
「家で会うの、理性保つのに意外と必死なんだけど……」
「そう、なのね……。気づかなかった、ごめん」
言った途端に翠が手を離そうとするから、俺はつなぎとめるように翠の手を握りしめた。
「いい……待つって言ったのは俺だから」
こんなことで関係がギクシャクするのはごめんだ。秋兄と同じ轍は踏まない。
空気を変えるために立ち上がり時計を見る。と、すでに五時を回っていた。
まだ日が沈む気配はないけれど、それなりに時間は経っていたらしい。
「五時を回った。砂浜を歩いて駐車場へ戻ろう」
「うん」
駐車場へ戻るまでに二十分は歩く。日曜の夕方という交通状態を踏まえれば、藤倉へ着くのは七時を回るか回らないか、といったところだろう。
のんびりと歩きながら砂浜に出ると、翠の提案で素足になることにした。
会話が途切れてようやく、数日前から気になっていたことを口にする。
「……先日した約束、なんで反故にされたのか知りたいんだけど」
口にするには少し勇気が要った。それがゆえ、つないだ手に少し力が入ってしまった感が否めない。
どんな言葉が返ってくるかと構えていると、翠が同じくらいの強さで手を握りしめる。
「今までぐらぐらしててごめんね。断言していたのに、ぐらぐらしていてごめんなさい」
理由を言う前に完全なる謝罪。
理由を求めて翠の顔をうかがい見ると、
「鎌田くんに告白されたとき、何度告白されても断わるって言ったのにね。それは相手が秋斗さんであっても変わらないはずだったのに、どうしてか同じようには考えられなくなっていて、断わること自体が秋斗さんを拒絶することと勘違いしていたの」
「……今は?」
「今は勘違いしてないよ。雅さんとお話をして、秋斗さんの好意を断わることが秋斗さん自身を拒絶することとはイコールにならないって理解したから。そしたら、何をこんなに悩んでいたのか、と思うくらい気持ちが楽になった」
俺たちのいざこざを雅さんにまで知られたのか、と思う反面、翠に適切な助言をしてくれたらしい人に感謝の気持ちが芽生えなくもない。でも――
「……それだけ?」
翠はたったそれだけのことでこんなにも長い間悩んでいたのだろうか。
じっと翠を見ていると、
「……それだけ、ではないかな」
そこで言葉を区切るのは言いづらいからなのか――
それでも話してほしいと思う。翠が何を思い考えていたのかが知りたい。
「全部話して」
言葉少なに要求すると、翠はコクリと頷いた。
「ツカサは自分のことを信じられる?」
今度は何を訊かれているのか。翠の問いかけは時に漠然としすぎていて理解ができない。それ以前に、問いかけていたのは俺ではなかったか。
そうは思いつつも、
「……質問が漠然としすぎていて意味がわからないんだけど」
「……すごく単純な話。将来の夢を叶える自信があるか、とか。自分の気持ちを信じることができるか、とか。そういうこと」
そういうことなら――
「自分が自分を信じなかったら誰が信じてくれるのか知りたいんだけど」
翠は控えめに笑みを浮かべた。
「私は信じられなかったの。自分の気持ちに不安があったの」
その話に嫌な予感がする。と共に、翠が完全に俯いた。
「私、秋斗さんを好きだった時期があるでしょう? それで、今はツカサが好き。この気持ちがいつまで続くのかが不安で、怖くて、そんな思いを少しもてあましてた」
ちょっと待てっ。
「そんなのっ――」
「ごめんっ」
声を荒げた俺以上の声量で翠に謝られた。
こんなに大声を出す翠を見たことがなくて呆気にとられていると、
「先日、雅さんに言われたの。自分が自分を信じないで誰が自分を信じるの、って。目から鱗だった。でも、言われた言葉はストンと胸に落ちた。だから、今は自分の気持ちを信じてる」
翠は完全に歩みを止め、俺の正面に立った。
真っ直ぐに見つめられ、
「私はツカサが好き……。もう、この気持ちがいつまで続くかなんて考えない。この先もずっとツカサが好き。ほかの人を好きになるつもりはないの」
曇りない目が俺を見ていた。
翠の言葉を疑うわけじゃない。でも、こんなことを聞かされたあとではすべてを受け止めることは難しくて、
「……それ、信じてるって言うんじゃなくて思い込みに見えるけど」
声が震えなかったのは奇跡だと思う。そのくらい、俺は動揺していた。
翠は少し視線を下げ、
「今日は意地悪って言えないな……」
しかし、すぐに視線を合わせてくる。
「ね、その境目ってどこにあるのかな? 私、どっちでもいいの。思い込みであっても信じているのであっても。結果が変わらないのなら問題はないかな、って」
たまに思う。翠は几帳面なのか大雑把なのかわからない、と。
未だとりとめのない奇妙で愛しい生き物を見ていると、
「ツカサ……?」
どこか浮遊感を感じる声が俺を呼んだ。
「今までのこと、許してほしいのだけど……許してもらえる?」
不安そうに揺れる瞳が俺を見つめていた。
翠は翠なりに悪いことをしていたと思っているのだ。でも、俺はあまり悪いことをされたという印象はない。
なぜなら、翠が俺たちの間で揺れていようが揺れていまいが、俺が秋兄に嫉妬する理由は別に存在するわけだから。
許すとも許さないとも言いかねて、「受け入れる」という意味で翠を引き寄せた。
「ごめんなさい。でも、もう大丈夫だから……。ぐらぐら揺れたりしないから」
懇願しているような様に俺が言えることはひとつくらい。
「もし、翠が自分を信じきれないなら、俺が信じる。だから、自分の気持ちに自信が持てないとか言うな」
「……ツカサが信じてくれるの?」
腕の中で翠が俺を見上げる。
このアングルで翠を見るとキスをしたくなる。そんな気持ちを抑えつつ、
「それで翠の気持ちが揺れずにすむのなら」
「……嬉しい」
翠は嬉しそうに微笑み、
「ツカサが信じてくれるなら、どんなことでもがんばれそう」
言って、ぎゅっと抱きついてきた。
これ、殺し文句って言わないか……? さらにはこんな状況で抱きつかれたら男の自分が刺激されないわけがない。
少し翠から離れ、
「……話戻すけど、今度からは秋兄が何を言ってきてもうろたえない自信があるから約束を反故にした?」
「うん、そういうことになる。……いいかな?」
「わかった。……けど、もしキスをされたり抱きしめられたら――」
「……されたら?」
翠は俺の言葉をたどるように次を求める。
「そのときは、翠の気持ちを待たずに翠をもらうから、そのつもりで」
翠が悪いと思っているのなら、このくらいは言っても許されるだろう。そのくらいの気持ちで口にした。しかし、翠はえらく真に受けた表情で、
「じゃぁ、絶対にされないようにしないと……」
と口元を引き締める。
まぁ、相手は翠だ。このくらい警戒していてちょうどいいくらいだろう。
「俺はどっちでも良くなってきたけど」
半分本心で答えると、
「ツカサ、げんきん……」
翠は俺の腕に自身の腕を絡めて少し笑った。
歩くことを再開したときには心がだいぶ軽くなっていた。
こんな会話をするときはいつも緊張を強いられる。でも、今日はどこか冗談ぽく終われた気がしなくもない。
すぐそこで波音を立てる海とは違い、俺の心は波風を立てることをやめたようだった。
「翠はどんなところへ行きたい?」
先日、父さんに車で出かける際にはどこへ行くのか事前に話すように言われた。さらに、遠出する場合には警護についている人間をつき合わせて運転の予習をするように約束させられた。だから、行きたい場所を粗方聞き出してしまおう、そう思って質問を繰り返していると、
「ツカサっ、次から次へと訊きすぎっ! そんな一気にたくさん出てこないよっ!」
翠にしては珍しく、声を大にして遮られた。
そんなに問い詰めすぎただろうか、と思っていると、翠に手を取られる。
「それにね、毎回どこかへ出かけようとしなくていい。ツカサと一緒にいられたらそれで十分」
その言葉は素直に嬉しい。嬉しいけど、出かけないとなると会う場所は必然とマンションの十階になるわけで――
「翠が良くても俺が困る」
「え……?」
「家で会うの、理性保つのに意外と必死なんだけど……」
「そう、なのね……。気づかなかった、ごめん」
言った途端に翠が手を離そうとするから、俺はつなぎとめるように翠の手を握りしめた。
「いい……待つって言ったのは俺だから」
こんなことで関係がギクシャクするのはごめんだ。秋兄と同じ轍は踏まない。
空気を変えるために立ち上がり時計を見る。と、すでに五時を回っていた。
まだ日が沈む気配はないけれど、それなりに時間は経っていたらしい。
「五時を回った。砂浜を歩いて駐車場へ戻ろう」
「うん」
駐車場へ戻るまでに二十分は歩く。日曜の夕方という交通状態を踏まえれば、藤倉へ着くのは七時を回るか回らないか、といったところだろう。
のんびりと歩きながら砂浜に出ると、翠の提案で素足になることにした。
会話が途切れてようやく、数日前から気になっていたことを口にする。
「……先日した約束、なんで反故にされたのか知りたいんだけど」
口にするには少し勇気が要った。それがゆえ、つないだ手に少し力が入ってしまった感が否めない。
どんな言葉が返ってくるかと構えていると、翠が同じくらいの強さで手を握りしめる。
「今までぐらぐらしててごめんね。断言していたのに、ぐらぐらしていてごめんなさい」
理由を言う前に完全なる謝罪。
理由を求めて翠の顔をうかがい見ると、
「鎌田くんに告白されたとき、何度告白されても断わるって言ったのにね。それは相手が秋斗さんであっても変わらないはずだったのに、どうしてか同じようには考えられなくなっていて、断わること自体が秋斗さんを拒絶することと勘違いしていたの」
「……今は?」
「今は勘違いしてないよ。雅さんとお話をして、秋斗さんの好意を断わることが秋斗さん自身を拒絶することとはイコールにならないって理解したから。そしたら、何をこんなに悩んでいたのか、と思うくらい気持ちが楽になった」
俺たちのいざこざを雅さんにまで知られたのか、と思う反面、翠に適切な助言をしてくれたらしい人に感謝の気持ちが芽生えなくもない。でも――
「……それだけ?」
翠はたったそれだけのことでこんなにも長い間悩んでいたのだろうか。
じっと翠を見ていると、
「……それだけ、ではないかな」
そこで言葉を区切るのは言いづらいからなのか――
それでも話してほしいと思う。翠が何を思い考えていたのかが知りたい。
「全部話して」
言葉少なに要求すると、翠はコクリと頷いた。
「ツカサは自分のことを信じられる?」
今度は何を訊かれているのか。翠の問いかけは時に漠然としすぎていて理解ができない。それ以前に、問いかけていたのは俺ではなかったか。
そうは思いつつも、
「……質問が漠然としすぎていて意味がわからないんだけど」
「……すごく単純な話。将来の夢を叶える自信があるか、とか。自分の気持ちを信じることができるか、とか。そういうこと」
そういうことなら――
「自分が自分を信じなかったら誰が信じてくれるのか知りたいんだけど」
翠は控えめに笑みを浮かべた。
「私は信じられなかったの。自分の気持ちに不安があったの」
その話に嫌な予感がする。と共に、翠が完全に俯いた。
「私、秋斗さんを好きだった時期があるでしょう? それで、今はツカサが好き。この気持ちがいつまで続くのかが不安で、怖くて、そんな思いを少しもてあましてた」
ちょっと待てっ。
「そんなのっ――」
「ごめんっ」
声を荒げた俺以上の声量で翠に謝られた。
こんなに大声を出す翠を見たことがなくて呆気にとられていると、
「先日、雅さんに言われたの。自分が自分を信じないで誰が自分を信じるの、って。目から鱗だった。でも、言われた言葉はストンと胸に落ちた。だから、今は自分の気持ちを信じてる」
翠は完全に歩みを止め、俺の正面に立った。
真っ直ぐに見つめられ、
「私はツカサが好き……。もう、この気持ちがいつまで続くかなんて考えない。この先もずっとツカサが好き。ほかの人を好きになるつもりはないの」
曇りない目が俺を見ていた。
翠の言葉を疑うわけじゃない。でも、こんなことを聞かされたあとではすべてを受け止めることは難しくて、
「……それ、信じてるって言うんじゃなくて思い込みに見えるけど」
声が震えなかったのは奇跡だと思う。そのくらい、俺は動揺していた。
翠は少し視線を下げ、
「今日は意地悪って言えないな……」
しかし、すぐに視線を合わせてくる。
「ね、その境目ってどこにあるのかな? 私、どっちでもいいの。思い込みであっても信じているのであっても。結果が変わらないのなら問題はないかな、って」
たまに思う。翠は几帳面なのか大雑把なのかわからない、と。
未だとりとめのない奇妙で愛しい生き物を見ていると、
「ツカサ……?」
どこか浮遊感を感じる声が俺を呼んだ。
「今までのこと、許してほしいのだけど……許してもらえる?」
不安そうに揺れる瞳が俺を見つめていた。
翠は翠なりに悪いことをしていたと思っているのだ。でも、俺はあまり悪いことをされたという印象はない。
なぜなら、翠が俺たちの間で揺れていようが揺れていまいが、俺が秋兄に嫉妬する理由は別に存在するわけだから。
許すとも許さないとも言いかねて、「受け入れる」という意味で翠を引き寄せた。
「ごめんなさい。でも、もう大丈夫だから……。ぐらぐら揺れたりしないから」
懇願しているような様に俺が言えることはひとつくらい。
「もし、翠が自分を信じきれないなら、俺が信じる。だから、自分の気持ちに自信が持てないとか言うな」
「……ツカサが信じてくれるの?」
腕の中で翠が俺を見上げる。
このアングルで翠を見るとキスをしたくなる。そんな気持ちを抑えつつ、
「それで翠の気持ちが揺れずにすむのなら」
「……嬉しい」
翠は嬉しそうに微笑み、
「ツカサが信じてくれるなら、どんなことでもがんばれそう」
言って、ぎゅっと抱きついてきた。
これ、殺し文句って言わないか……? さらにはこんな状況で抱きつかれたら男の自分が刺激されないわけがない。
少し翠から離れ、
「……話戻すけど、今度からは秋兄が何を言ってきてもうろたえない自信があるから約束を反故にした?」
「うん、そういうことになる。……いいかな?」
「わかった。……けど、もしキスをされたり抱きしめられたら――」
「……されたら?」
翠は俺の言葉をたどるように次を求める。
「そのときは、翠の気持ちを待たずに翠をもらうから、そのつもりで」
翠が悪いと思っているのなら、このくらいは言っても許されるだろう。そのくらいの気持ちで口にした。しかし、翠はえらく真に受けた表情で、
「じゃぁ、絶対にされないようにしないと……」
と口元を引き締める。
まぁ、相手は翠だ。このくらい警戒していてちょうどいいくらいだろう。
「俺はどっちでも良くなってきたけど」
半分本心で答えると、
「ツカサ、げんきん……」
翠は俺の腕に自身の腕を絡めて少し笑った。
歩くことを再開したときには心がだいぶ軽くなっていた。
こんな会話をするときはいつも緊張を強いられる。でも、今日はどこか冗談ぽく終われた気がしなくもない。
すぐそこで波音を立てる海とは違い、俺の心は波風を立てることをやめたようだった。
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