光のもとで2

葉野りるは

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October

紫苑祭準備編 Side 翠葉 10話

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 紫苑祭を一週間後に控え、ようやくツカサの衣装が仕上がった。
 夜、ツカサがゲストルームへ来たときに交換することになっていたのだけど……。
「ううう……やっぱり渡したくないなぁ」
「は?」
「だって、絶対ツカサのほうがきれいな仕上がりなんだもの」
「そんなの見てみないとわからない」
 いえ、出来上がりを見なくてもわかります。だって、毎晩私の前で刺繍をするところを見ていたのだから。
 ツカサはひとつため息をつくと、
「そうだったところで、俺は翠が作ってくれた長ランを着るしかないんだけど……。ほら、さっさと出して」
 私は折りたたんだ長ランをおずおずと差し出した。
 ツカサは手早く縫製を見たあと、刺繍をチェックする。
 そのチェックの仕方やめてぇぇぇ……。
 まるで家庭科の課題を提出した気分になるし、何よりも色んな意味で悲しくなってくる。
 ツカサは開いた長ランをパタパタと折りたたみ、
「そんなひどくないし」
 その言葉のもと、私は自分に差し出された長ランにそっと触れる。
 きっちりとたたまれたそれはまるで既製品のように見えた。
 縫製も丁寧ならば、内布に施された刺繍は手芸部の女の子が刺したと思えるような出来栄えだ。さらにはきちんとアイロンまでかけられている。
「ツカサ、それ一度戻して」
「は? 今さら作り直すとか言わないよな?」
「そんな無謀なことは言わない。でも、アイロンくらいはかけたい」
「あぁ、そんなこと」
「そんなことじゃないものっ。アイロンをかけたら少しくらいは見栄えが良くなるかもしれないでしょうっ!?」
 ツカサはくつくつと笑いながら、「わかった」と長ランを返してくれた。

 長ランの話が落ち着けば、次は後夜祭のドレスについて尋ねられる。
 後夜祭は、紅葉祭だろうが紫苑祭だろうが同じ趣旨のもとに催される。つまりはハロウィンに託けたお祭り。
 去年はアリスの格好をさせてもらったけれど、今年はなんの仮装をするかなど決めてはいなかったし、自分で作るなどもってのほか。そんな余裕は私にも生徒会メンバーにもありはしなかった。
 訊けば、紫苑祭の年は手作りの衣装を着る人は少なく、ほとんどの人が既製品のドレスだという。だから、私もそれでいいかな、と思っていた。
「まだ決めていないの。実は、今年の誕生日にも静さんからたくさんドレスをいただいていて、でもなかなか着る機会がないからこの機会に着ようかな、って。明日、園田さんがドレスを数着持ってゲストルームへ来てくれることになっているから、そのときに選ぶ予定なの」
「それ、俺も見たいんだけど」
「え? ツカサも……?」
「……後夜祭のダンス、誰と踊るつもり?」
「あ……わ、その……」
 ツカサはにこりと笑ってテーブルに身を乗り出す。
「俺以外に誰か相手がいるとでも言おうものならどの程度のお仕置きをさせてもらえるのかが楽しみだ」
 その言葉に、先日の「ご褒美」を思い出す。さらには夏休みにされた「消毒」までを思い出して頬がカッと熱を持った。
 きれいに微笑むツカサを見ていられなくて視線を逸らすと、
「翠は誰と踊るつもり?」
「……ツカサ以外の人なんていないもの」
「なら、パートナーのドレスくらい把握しておきたいんだけど」
 そんな言い方しなくてもいいのに、と思いつつ、
「明日、六時半に来てもらえることになっているのだけど……練習は大丈夫なの?」
「一日くらい俺がいなくてもなんとでもなる」
「そう?」
「そう」
「……なら、一緒に選んでほしいな」
「そのつもり。はい、休憩終わり。予習に戻って」

 相変わらず、ツカサに教えてもらうと予習復習も早くに終わる。
 今日はいつもより早くに勉強を終えたから、最後にお茶をご馳走することにした。
 トレイを持って自室へ戻ると、
「ダンスの練習、どうだった?」
「あのね、先日初めて佐野くんと踊ったの。今までツカサと踊っていたから身長差とか最初は慣れなかったのだけど、身長が近い分、少し踊りやすかったかも?」
「ふーん……さすがに身長に文句を言われても変えようがないんだけど」
「えっ!? そんなつもりで言ったわけじゃないよっ?」
 ツカサはクスリと笑ってお茶を飲んだ。
「もぅ……意地悪」
 こんなふうにからかわれるのは日常茶飯事。
 いつも自分が焦ってばかりで悔しいわけだけど、一度として仕返しをできたためしがないのがもっと悔しい。
 少し気を取り直してお茶を飲み、
「桃華さんや海斗くん、静音先輩にもとても褒めてもらえたの。ツカサに教えてもらって良かった。ありがとう」
「……ま、見られる程度には仕上げたつもりだけど、厳しく指導しようと何しようと、それを習得したのは翠だから、俺だけの力じゃない」
 澄ました顔でカップを口へ運んだツカサは、一気にくい、とお茶を飲み干した。
 音を立てずにカップをテーブルへ置くと、
「帰る。翠も早く休める日は早く休むように」
「うん。いつも遅くまでありがとう」
 立ち上がったツカサはそのまま部屋を出て行ってしまいそうな感じがした。
 テスト期間が終わってからはツカサにキスをされていない。それは毎日会っているのがゲストルームだから。
 でも、このままいったら紫苑祭が終わるまで――否、紫苑祭が終わっても、十階にあるツカサの家へ行かない限りはキスをしてはもらえないのだろう。
 もとはいえば、私が嫌だと言ったことが発端となって現況があるわけだから、何を言えるわけでもない。けれど――
 ツカサがドアノブに手を掛けた後姿に手を伸ばす。
 手を伸ばしたところでシャツを引っ張ることしかできなかった。
 自分から抱きつけたら良かったのに。そしたら、言葉も何も必要なかった気がする。
 しかし現況は、ツカサに「何?」と訊かれている状況……。
「……ぎゅってして?」
 ツカサのシャツをつまんだままの自分の手を見て口にすると、振り返ったツカサにふわり、と抱きしめられた。
「何、急に……」
 ちょっと含み笑いの混じる声だった。
 なんて答えようか困りに困って、私はお母さんの言葉を借りることにした。
「……スキンシップ」
「……へぇ、スキンシップなら、翠の身体のどこに触れてもいい気がするんだけど」
 ツカサの手が静かに背をなぞりだし、両肩がきゅっと上がった。すると、
「……嘘。ゲストルームでは何もしない。翠がしてほしいなら別だけど」
 身体を離すと、真顔で見つめられて困窮する。
 本当は帰り際のキスをしてほしい。でも、ツカサほど関係性を進めることに前向きではない自分がキスだけを望むのはひどくわがままな気がして、どうしても口にできなかった。
「翠の望みは?」
「……ぎゅってしてほしかっただけっ」
「了解」
 もう一度抱きしめてくれたツカサは、ぼそりと呟いた。「ずるいよな」と。
 その言葉に顔を上げると、
「このツケはいつか全部払ってもらうつもりでいるから」
 そう言ってからツカサの腕は解かれ、
「おやすみ」
 ポン、と頭に手が乗り、ツカサは自室を出て行った。

 キスをしてほしいのもぎゅっとしてほしいのも、自分の心にある願望だ。
 それらの延長線に性行為があるというのなら、受け入れられる気がする。
 何度となくそんな思いが交錯するけれど、いつだってそれを受け入れることができずに立ち止まってばかり。
 ツカサは待つと言ってくれたけれど、いったいいつまで待ってもらえるのだろう。
 そんな不安に悶々としては、前に進む心構えや努力とは、どうしたらできるものなのだろうか、と悩む。
「……ずっとキスをされなくて、抱きしめてももらえなかったら――」
 そしたら、自分から「してほしい」と望むようになるのだろうか。自分から「してほしい」と言えるようになるのだろうか。
 たかだか一週間くらいでこの様なのだ。少し先の未来など簡単に想像できそうなものなのに、とても難しく思える。でも、試すことはできるかもしれない。何しろ、当分ツカサの家へ行くことはないのだから。
「キスも抱きしめてもらうのもしばらくお預け……」
 それで自分の気持ちがどう変化するのかを見てみよう。
 でも、今日はぎゅってしてもらえた……。
 決して柔らかいものに触れたわけではないのに、とても柔らかなものに包まれた錯覚を起こすのだから不思議だ。
 今日もほのかにメンソールの香りがしたから、きっとお風呂に入ってから来たのだろう。
 そんなことを思えば、次はいつツカサに触れられるだろう、と考える。
「……紫苑祭の後夜祭、かな?」
 何曲か流れるうちのひとつは私が踊れるテンポのワルツだと聞いているし、締めはチークタイムだとも聞いている。
 去年は色んな意味でいっぱいいっぱいだったけれど、今年は別の意味でいっぱいいっぱいになりそうだ。でも、楽しみ……。
 意識しすぎている自分が少し恥ずかしくはある。それでも、ツカサに触れられることはやっぱり嬉しいことだと思うし、その日が待ち遠しくてたまらない。
 意外な理由で紫苑祭がもっと楽しみなイベントに変わり始めた。
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