光のもとで2

葉野りるは

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October

紫苑祭一日目 Side 翠葉 06話

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 徒競走決勝戦、色別対抗リレーと続けて行われたわけだけれど、前者はクラスで一番足の速い人が選出され、後者は組で足の速い人が選出されているため、あまり代わり映えのしないメンバーで競われる。
 それでも、一〇〇メートル一本勝負と複数人がバトンをつなぐリレー競技では盛り上がり方が根本的に違う。
 徒競走は個人を応援する人が多いのに対し、チームを作るリレーはでは組が一丸となって同じ組の人間を応援するのだ。
 中には陸上部員のみで編成した組などもあり、隣の放送ブースでは闘争心を煽るような実況中継がなされている。
 抜かれたり抜き返されたりが何度も行われ、最終走者がゴールテープを切るまで息を詰めるような接戦が繰り広げられた。
 ゴールテープが本部前に設置されていたこともあり、最後は本部にいた人間も席を立っていた始末。
 放送委員が着順を放送する中、私は仕事を忘れてゴールテープを切ったツカサのことを目で追っていた。
 ツカサは数歩で勢いを殺し、トラックの中に入るとこちらへ向かって引き返してくる。
 軽く肩で息をし、俯きがちに歩く姿すら格好いい。
 いつか見慣れて容姿を意識せずにいられる日がやってくるのだろうか。
 そんなことを考えていると、視線に気づいたツカサに「何?」といった視線を返される。
 瞬時にブルブルと顔を横に振ったけれど、顔に熱を持った状態でいったい何をごまかせただろう。
 私は慌てて仕事に戻り、手元のプリントに着順を記していく。と、
「翠葉ちゃん、四位は白組じゃなくて青組ね」
「わっ、すみませんっ」
「今、司に見惚れてたでしょ?」
「えっ!? あのっ――」
「いいよ、いいよ~! 集計は俺がやっておくから」
 優太先輩はニヤニヤしたまま順位の入力を始めた。
 今のは完全に私の不注意だけど、今日の優太先輩はなんだかちょっと意地悪だ……。

 色別対抗リレーが終わると一日目最後の競技、ムカデ競争。
 生徒会メンバーを除いた全校生徒が参加するだけに、トラック内外に人が溢れる。
 しばらくすると、両足をロープに固定した十五人前後のムカデが四十二組、トラック内で順に整列を始めた。
 体育委員や実行委員、放送委員も競技に参加するため、実況中継するのは嵐子先輩。スタートのピストルももちろん生徒会が請け負う。
 今か今か、と楽しそうにピストルを所持しているのは漣くん。その脇で桃華さんと紫苑ちゃんが各組の整列を誘導していた。
 海斗くんと朝陽先輩はトラックの奥側に待機している人たちの誘導係。
 飛翔くんと優太先輩は観覧席からグラウンドを見下ろし、全体の順位を把握したうえでトラック内にいるメンバーへ通達する係。
 みんなが働く中、私とツカサは本部でお留守番。いわば、順位を書き留めるためだけに本部にいる。
 生徒会主催とは言うもの、王子と姫である私たちは景品でもあるため、「本部でおとなしくお供えされててください」と言われてしまったのだ。
『位置についてっ、用意っ』
 パンッ――!
 ピストルの音がはじけると同時、オッフェンバックの「天国と地獄」が流れ出す。
 今までのリレーや徒競走とは違い、十五人が連なるムカデが七組揃って走り出すとすごい勢いで砂埃が立つ。
 すんなりスタートできたチームもあれば、走り出して早々もたつく組もあり、各組それぞれの掛け声を発しながら走る姿は壮観だ。
 呆気に取られて見ていると、
「翠、ダブルチェック」
 ムカデ競争が始まってすぐに集計の再チェックを始めたツカサにプリントを手渡された。
 しばらく集計に集中していると、
『さぁ、どの組が一番でラストバトンを渡すかっ!? 一番でコーナーを回ったのは黒組っ! そのあとを赤組が追いかけるっ! 追いかける追いかける追いかけ――黒組まさかの転倒っ! 赤組、黒組を抜いて一位に躍り出たっ! おおおっ! 黄組速い速い速いっっっ! がっ、黒組のリスタートも早いっ! 抜かれるか踏ん張るかっ!? おおおっ、踏ん張った! 黒組、徐々に黄組を引き離すっ! さすが生徒会長が率いる組っ! 強いですっ!』
 飛鳥ちゃん張りに中継をする嵐子先輩は、椅子に片足を乗せた状態でマイクを握り締めていた。
 曲も佳境を迎えており、すでに走り終わった生徒たちがトラックの内外からそれぞれの組を応援している。
 自分の組と並走する人も出始め、トラックはてんやわんやの大騒ぎ。
 これでは競技の進行を妨害しかねない。
 見るに見かねたツカサがマイクを手に取り、
『走り終わった生徒は直ちにトラックから出るように。守らない組は加点なし、後夜祭参加権剥奪。十、九、八――』
 カウントを取り始めた瞬間、すごい勢いで人が移動を始めた。
 それほどまでして点数が欲しいのか後夜祭参加権剥奪が効果覿面なのか、脱兎のごとく人が散らばる。
 そうこうしていると飛翔くんから通信が入った。
『最終コーナー、一番で入ってきたのは赤組。次が黒。接戦だから順位変わるかも。次が黄色。続いて白、青。桃と紫は周回遅れ』
 手早くそれを書きとめると、桃と紫が目の前を通り過ぎた。その直後、桃華さんと紫苑ちゃんがゴールテープを張りに出て赤組がゴール。
 頭ひとつ遅れてゴールしたのが黒組。三位が黄色。四位だった青組がゴール直前で転倒し、繰り上がって白組。それから数分して桃、紫の順でゴールし一日目の競技がすべて終わった。

 観覧席でホームルームを終えると、放課後は七時まで組ごとの練習。
 今日の順位に応じて練習場所が割り振られ、赤組は第一小体育館での練習となった。
 最初に組全体での集会があり、そのあとは明日の競技に出るチームに分かれての練習。もちろん、全種目を練習できるわけではないから得点の高い競技が優先される。
 体育館を半分に区切り、最初の一時間は男女に別れて棒倒しとチアリーディングの練習。残りの一時間は個人競技とダンスの練習。
 個人競技は五種目、ダンス部門も三つに分かれる。それがゆえ、最後の一時間はさらに細かく場所や時間が区切られていた。
 ダンス部門は二十分ずつに区切られており、その一番最初がワルツを踊る三組に割り振られている。
 私はチアの練習が終盤に差し掛かるころからストレッチを始め、最後の五分は体育館を歩いて身体を温めた。
 ウォーミングアップに付き合ってくれたのは香月さん。
「顔、強張ってるわよ?」
 私は苦笑を返し、
「今までワルツを踊るメンバーの前でしか踊ったことがないの。だから、こんなにたくさん人がいるところで踊るのは緊張する」
「ちょっと、そんなことでどうするの? 今はうちの組しかいないけど、明日には全校生徒の前で踊るのよ?」
「……そうだよね」
「人に見られて踊る」という予行演習を前日の今日にできるだけいいと思わなくてはいけない。
 少しでも前向きに考えようと思考の強制シフトを試みていると、チアの練習を終えた桃華さんと静音先輩がやってきた。
 ふたりの表情が硬いことを疑問に思っていると、静音先輩の後ろに知らない女の子がいることに気づく。
「この子、ダンス部の後輩で谷崎彩香たにざきあやかさん。実は――」
 静音先輩の紹介を遮り、後ろにいた女の子が前へ出た。
「一年A組ダンス部所属、谷崎彩香です。単刀直入に言います。私、御園生先輩がワルツに出るの、納得がいきません」
 宣言されたとおり、とても単刀直入な申し出だった。
 でも、言われた意味が理解できたところでどんな反応、もしくは対応をしたらいいのかはわかりかねる。
 呆然としている私の隣にいた香月さんが一歩踏み出したとき、香月さんをセーブするように風間先輩が割り込んだ。
「君の言いたいことはなんとなくわかるから、この場は俺に預けてもらえる?」
 風間先輩の言葉に香月さんは頷き、その場から少し離れた。
「さて……何がどうして今その話なのかな?」
 そう口にした風間先輩はいつもと変わらない笑顔だったけれど、表情がどれほど笑って見えても目は笑っていない。
「ワルツの代表を決めるとき――もっと言うなら、姫である御園生さんに出てもらおうって話したとき、俺はちゃんと組全体の意見を訊いたはずだけど?」
 言葉が荒いわけでも乱暴な話し方でもない。それでも、十二分に厳しさを伴う声音にその場がしんとする。
「異議を唱えに来たならだんまりはやめようか? 君の行動で場の空気が悪くなるうえに練習時間が無駄に使われることくらいはわかってアクション起こしたんでしょ? なら、その先を話そうよ。何をどうすれば納得できるの?」
 自分に向けられた言葉ではない。でも、あげつらうように並べられた言葉たちに胸が抉られそうな痛みを覚える。
 こんな言葉が自分に向けられたら、きっと私は何も言えなくなってしまうだろう。
 谷崎さんは――?
 意識が谷崎さんへ向いたとき、谷崎さんは私を見て口を開いた。
「御園生先輩と私と、どっちがうまいか競わせてくださいっ。体育の授業にも出ていない御園生先輩にダンス部の自分が劣るとは思いませんっ」
 真っ直ぐすぎる視線に捕まり私の呼吸は停止した。
 瞬きもできずにいると、
「……だって。御園生さん、どうする? 受ける受けないは御園生さんが決めていいよ」
 私を振り返った風間先輩は、ボールでも投げる要領で選択権をくれたけれど、気分的には投げられたボールを誰かにパスするかけてしまいたい気分だ。
 そんな私にも風間先輩は追い討ちをかけてくれる。実ににこやかな表情で、
「時間押してるから御園生さんも答えは早く出してね?」
 私は反射的に愛想笑いを返していた。
「……一分――いえ、三十秒ください」
 考えることに集中したくてみんなに背を向けたとき、体育館中の視線を集めていることに気づく。
 トラブル発生を察知したのかみんなの動作は止まっており、練習そのものがストップしてしまっていたのだ。
 急いで答えを出さなくちゃ……。
 私は腕時計に視線を落とすことで周りをシャットアウトすると、秒針を追いながら自分の気持ちと向き合う。
 谷崎さんに対し、「なんで今さら」という気持ちはなくもない。
 その一方、自分の選ばれ方に私自身も戸惑いを感じていたことを思い出す。
 ワルツは通常各学年一組、ダンス評価の高い人が選出される仕組み。
 今回その法則に則って決められたのは静音先輩と風間先輩、桃華さんと海斗くんだけなのだ。
 私においては「姫」だから。そして佐野くんは、私が抵抗なく接することのできる男子だから。
 ただ単に姫だから選ばれたわけではなく、「姫と王子がワルツの代表になるのは恒例だから」という意味合いであることはさっき知ったけれど、それでも私と佐野くんがイレギュラーな選出法であることに変わりはない。
 もし谷崎さんが代表に選ばれることを望んでいたのだとしたら、「恒例だから」という理由だけで選ばれた私にはひどく反発心を覚えるだろう。
 そして、この組に姫などいなければ従来どおり各学年一組の選出となり自分が選ばれていたはず、と思えばなおさらその気持ちは強くなるのかもしれない。
 そこまで考えても心の底で燻る気持ちがある。
 納得がいかなかったのならどうして決めているときにそう言ってくれなかったのか、と。
 怒りにも似た感情に戸惑いつつ、意識して息を細く長く吐き切る。
 今考えるべきところはそこじゃない。
 決めるときがどうだったとかそういうことではなく、今考えなくちゃいけないのは「今どうするか」だ。
 自分の気持ちや谷崎さんの気持ちを考えていたら堂々巡りになってしまう。それなら、どうすることがベストなのかを考えるべき。
 ……組にとって一番いい方法は何?
 私はひとつ深呼吸をすると、意を決してみんなの方へ向き直った。
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