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November
藤山デート Side 司 01話
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救急の診察室から出てきた翠は、とても気まずそうな顔をしていた。
「足、どうだったの?」
「えぇと……言わなくちゃだめ?」
上目遣いで見てくるところを見ると、何かしら異常があったのだろう。
「ここまできて隠すとか、なしだと思うんだけど」
「そうですよね……」
翠は苦笑を貼り付けわかりやすくうな垂れた。
数秒して身体を起こすと、口を小さく開いて話し出す。
「そんな大々的に入っていたわけじゃないし、ギプスする必要もないのだけど、足はひびが入ってました」
「つまり、全治一ヶ月から二ヶ月。二週間から三週間は車椅子生活?」
「はい……」
「手首は?」
「手首の骨には異常がなくて、昇さんに言われたのと同じ。筋を違えちゃったんだろうね、って。こっちも時間の経過で治るからしばらくは負荷をかけないように、って。痛みがなくなったらピアノの練習と松葉杖を使ってもいいですよ、って……」
俺の様子をうかがいながら話す翠は、どこか怯えているようにも見える。
なんかここ数日、こんなことばかりな気がする……。
そんな目で見られることに耐えられず、翠の背後に回り車椅子に手をかけた。
「なんでそんなに怯えた目で見るわけ?」
「なんとなく、怒られそうな気がして……?」
「翠を怒る理由はないだろ。怒りを覚えるのは怪我をさせた人間たちに対してだ」
「……先輩たちはきちんと罰を受けてるよ?」
「罰を受けたからといって翠の怪我が治るわけじゃないし、怪我している間の時間をどこかで取り戻せるわけでもない。そういう意味では、罰なんて加害者を許すための過程であり、良心の呵責に苛まれた心を救うための手段でしかないと思う。もっとも、自我を優先させて他人に怪我を負わせるような人間に良心なんてあるのか甚だ疑問だけど」
そこまで言うと、翠は何も言わずに俯いてしまった。
外へ出ると、雲の切れ間に秋らしい青空が覗いていた。
「曇りって言っていたけど、多少は陽が望めそうだな」
その言葉に翠も空を見上げる。
「本当だ……。今日、朗元さんは庵にいらっしゃる?」
期待が含まれる問いかけに、若干不満を覚える。
「いや、昨日連絡したら来客があるって言ってたから屋敷にいると思う」
「そうなのね。久し振りにお会いしたかったな……」
近場とは言えども今日はデートのはずなんだけど、翠はそのあたりどう捉えているのか……。
問いただしたい衝動を堪えつつ、
「翠から連絡すればいいのに」
「連絡って……私、朗元さんの連絡先なんて知らないもの」
合点がいった。それなら藤山を訪れるたびに会いたがるのも頷ける。
「なんなら教えるけど?」
それでデートがじーさん訪問にすり替わらなくなるのならお安い御用。
「……お忙しいところに電話するのは気が引けちゃう」
「翠からの連絡なら嬉々として取りそうだし、忙しくても時間を作りそうな勢いで気に入られてると思うけど?」
「本当? 本当だったら嬉しいな……」
そんな不安そうな顔しなくてもいいのに……。
陶芸作品や紫紺のアクセサリーに振り袖――じーさんからここまで贈り物をもらう人間などめったにいないのだから。
でも、それはうちの基準か……。
「近々、じーさんの予定を聞いておく。紫苑祭も終わったから、放課後に少し庵に寄るくらいのことならできるだろ?」
「うん……」
未だ不安そうな翠が不敏に思え、
「大丈夫。翠が会いたいって言ったら絶対喜ぶから」
翠の頭に手を置くと、翠は小さくはにかんだ。
ただ手を乗せただけなのにこんな嬉しそうな顔をされると、なんだか癖になる……。
藤山へ移動すると翠を車椅子に乗せ、庵から少し離れた場所にある入り口へ向かった。すると、
「ツカサ、入り口通り過ぎちゃったよ?」
「あぁ、前に通った道は、光朗道の中でも春とか夏のルートだから」
「え……?」
「この区画、全部で四つに分かれてて、ルートが春夏秋冬に分かれてる。庵脇の通路は夏通り。藤棚を右に行くと春通り。今向かっているのは秋通り。それぞれ四季折々の花が楽しめるようになってる」
翠はぱっと目を輝かせ、
「初めて知った!」
あまりにも嬉しそうな様に面食らう。
「秋兄あたりから聞いてるかと思ってた」
「ううん、知らないっ、初耳!」
翠はいてもたってもいられない、といったふうに、通りの先に立ち並ぶ植物を気にする。
通路に入ってすぐ迎えてくれたのは金木犀と銀木犀。しかし、花期が終わった木は深碧色の葉が茂るのみ。
「これ、もしかして金木犀……?」
「そう。金木犀と銀木犀が交互に植わってる。残念ながら花期は終わってるけど」
地面には小花の残骸と思われる茶色い花がらが落ちていた。
「わー……残念。すっごく残念。十月頭に来れば幸せな香りを堪能できたのに。今年は金木犀の香り、嗅ぎ逃しちゃった。ツカサは今年、どこかで金木犀の香りに出逢った?」
「香りに出逢った」という言葉の選択に翠らしさを感じつつ、
「庭にも弓道場の周りにも植わってるから毎日嗅いでたけど……」
「羨ましい~……」
翠は身体を前へ倒すほどに残念がる。
「金木犀の香り、好きなんだ?」
「あの香りを嫌いな人なんていないでしょうっ!?」
香りの好みは人それぞれだと思うけど……。
「もしかして、ツカサは好きじゃないの?」
「いや――」
そうは答えたけれど、その先に続く言葉を持ち合わせてはいなかった。
「ツカサ……?」
「……秋になれば毎年香る香りってだけで、好きとか嫌いとか考えたことがなかった」
それが正直なところ。
「じゃ、今考えて? 好き? 嫌い?」
期待に満ち満ちた目が見上げてくる。
こういうところ、ものすごく零樹さんに似てる……。
「あのさ、そこまで期待に満ちた目で訊かれて嫌いって言える人間がいるなら会ってみたいんだけど……」
「え? 強要しているつもりはないのよ?」
どうだか……。
でも、毎日香るそれを不快に思わなかったことを鑑みると、嫌いではないのかもしれない。
冷え込む朝に金木犀が香ると心があたたまる気がしたし、疲れて帰宅した際にあの香りが漂ってくると、なんとなく心が安らぐ気はした。
けど、金木犀の香りを嗅いで一番に感じる思いは別にある。
「金木犀の香りは好きでも嫌いでもない。ただ、懐かしい……かな」
心があたたまるこの感覚は、「懐かしい」という思い。
翠はこちらを振り返ったまま、「懐かしい……?」と首を傾げる。
「ばあさんが花好きで、金木犀が咲くころにはこの奥にあるガーデンスペースで、よくティータイムを過ごしてた」
少し奥まった場所へ車椅子を移動させると、
「奥にこんなスペースがあるなんて知らなかった」
「「まるで隠れ家――」」
ふたり声が重なり笑みが零れる。
小さいころ、ここでよく海斗と遊んだものだ。
木々に覆われた狭すぎず広すぎない場所が秘密基地のようで楽しくて、わざわざ家から本を持ってきてここで読んでいたこともある。
そこへお茶の用意をした母さんとばあさんがやってきて、昼下がりのティータイムになることが恒例だった。
「翠は桂花茶って知ってる?」
「けいか、ちゃ……?」
「そう、ジャスミンティーみたいなもの。緑茶に金木犀の花の香りを移したものが一般的だけど、紅茶でも作れるからルイボスティーでも作れると思う。お茶が二に対して、金木犀の花が一のブレンド。金木犀が咲く季節はここでよくお茶を作って飲んだんだ」
今でも母さんと父さんは毎年ここでティータイムを過ごす。自分がその席に加わることはなくなったけれど、翠を誘うのはありな気がする。
「来年、ここでお茶にする?」
釣れるとわかっていて尋ねると、
「するっ!」
予想以上の食いつきの良さだった。
「翠は紅葉祭準備で忙しいかもしれないけど、合間を縫ってここでお茶にしよう」
「絶対よ? 絶対だからねっ?」
ずい、と右手を差し出され、指切りをせがまれていることに気づく。
必死な顔や指切りをせがむ様がかわいくて、俺は翠をつなぎとめるように指を絡め、「指きりげんまん」を口にした。
翠は自分で用意したがるかもしれないけれど、来年の一度だけは俺に準備させてもらおう。
きっと、ばあさんが拘ったテーブルセッティングを翠は気に入るだろう。
真っ白なクロスをテーブルに敷き、茶器はティーポットからティーカップまでガラス製のものを使用。
すべてはオレンジ色の小花を引き立てるための演出。
俺は翠が喜ぶ様を想像しながら、次なる場所へと車椅子を向けた。
「足、どうだったの?」
「えぇと……言わなくちゃだめ?」
上目遣いで見てくるところを見ると、何かしら異常があったのだろう。
「ここまできて隠すとか、なしだと思うんだけど」
「そうですよね……」
翠は苦笑を貼り付けわかりやすくうな垂れた。
数秒して身体を起こすと、口を小さく開いて話し出す。
「そんな大々的に入っていたわけじゃないし、ギプスする必要もないのだけど、足はひびが入ってました」
「つまり、全治一ヶ月から二ヶ月。二週間から三週間は車椅子生活?」
「はい……」
「手首は?」
「手首の骨には異常がなくて、昇さんに言われたのと同じ。筋を違えちゃったんだろうね、って。こっちも時間の経過で治るからしばらくは負荷をかけないように、って。痛みがなくなったらピアノの練習と松葉杖を使ってもいいですよ、って……」
俺の様子をうかがいながら話す翠は、どこか怯えているようにも見える。
なんかここ数日、こんなことばかりな気がする……。
そんな目で見られることに耐えられず、翠の背後に回り車椅子に手をかけた。
「なんでそんなに怯えた目で見るわけ?」
「なんとなく、怒られそうな気がして……?」
「翠を怒る理由はないだろ。怒りを覚えるのは怪我をさせた人間たちに対してだ」
「……先輩たちはきちんと罰を受けてるよ?」
「罰を受けたからといって翠の怪我が治るわけじゃないし、怪我している間の時間をどこかで取り戻せるわけでもない。そういう意味では、罰なんて加害者を許すための過程であり、良心の呵責に苛まれた心を救うための手段でしかないと思う。もっとも、自我を優先させて他人に怪我を負わせるような人間に良心なんてあるのか甚だ疑問だけど」
そこまで言うと、翠は何も言わずに俯いてしまった。
外へ出ると、雲の切れ間に秋らしい青空が覗いていた。
「曇りって言っていたけど、多少は陽が望めそうだな」
その言葉に翠も空を見上げる。
「本当だ……。今日、朗元さんは庵にいらっしゃる?」
期待が含まれる問いかけに、若干不満を覚える。
「いや、昨日連絡したら来客があるって言ってたから屋敷にいると思う」
「そうなのね。久し振りにお会いしたかったな……」
近場とは言えども今日はデートのはずなんだけど、翠はそのあたりどう捉えているのか……。
問いただしたい衝動を堪えつつ、
「翠から連絡すればいいのに」
「連絡って……私、朗元さんの連絡先なんて知らないもの」
合点がいった。それなら藤山を訪れるたびに会いたがるのも頷ける。
「なんなら教えるけど?」
それでデートがじーさん訪問にすり替わらなくなるのならお安い御用。
「……お忙しいところに電話するのは気が引けちゃう」
「翠からの連絡なら嬉々として取りそうだし、忙しくても時間を作りそうな勢いで気に入られてると思うけど?」
「本当? 本当だったら嬉しいな……」
そんな不安そうな顔しなくてもいいのに……。
陶芸作品や紫紺のアクセサリーに振り袖――じーさんからここまで贈り物をもらう人間などめったにいないのだから。
でも、それはうちの基準か……。
「近々、じーさんの予定を聞いておく。紫苑祭も終わったから、放課後に少し庵に寄るくらいのことならできるだろ?」
「うん……」
未だ不安そうな翠が不敏に思え、
「大丈夫。翠が会いたいって言ったら絶対喜ぶから」
翠の頭に手を置くと、翠は小さくはにかんだ。
ただ手を乗せただけなのにこんな嬉しそうな顔をされると、なんだか癖になる……。
藤山へ移動すると翠を車椅子に乗せ、庵から少し離れた場所にある入り口へ向かった。すると、
「ツカサ、入り口通り過ぎちゃったよ?」
「あぁ、前に通った道は、光朗道の中でも春とか夏のルートだから」
「え……?」
「この区画、全部で四つに分かれてて、ルートが春夏秋冬に分かれてる。庵脇の通路は夏通り。藤棚を右に行くと春通り。今向かっているのは秋通り。それぞれ四季折々の花が楽しめるようになってる」
翠はぱっと目を輝かせ、
「初めて知った!」
あまりにも嬉しそうな様に面食らう。
「秋兄あたりから聞いてるかと思ってた」
「ううん、知らないっ、初耳!」
翠はいてもたってもいられない、といったふうに、通りの先に立ち並ぶ植物を気にする。
通路に入ってすぐ迎えてくれたのは金木犀と銀木犀。しかし、花期が終わった木は深碧色の葉が茂るのみ。
「これ、もしかして金木犀……?」
「そう。金木犀と銀木犀が交互に植わってる。残念ながら花期は終わってるけど」
地面には小花の残骸と思われる茶色い花がらが落ちていた。
「わー……残念。すっごく残念。十月頭に来れば幸せな香りを堪能できたのに。今年は金木犀の香り、嗅ぎ逃しちゃった。ツカサは今年、どこかで金木犀の香りに出逢った?」
「香りに出逢った」という言葉の選択に翠らしさを感じつつ、
「庭にも弓道場の周りにも植わってるから毎日嗅いでたけど……」
「羨ましい~……」
翠は身体を前へ倒すほどに残念がる。
「金木犀の香り、好きなんだ?」
「あの香りを嫌いな人なんていないでしょうっ!?」
香りの好みは人それぞれだと思うけど……。
「もしかして、ツカサは好きじゃないの?」
「いや――」
そうは答えたけれど、その先に続く言葉を持ち合わせてはいなかった。
「ツカサ……?」
「……秋になれば毎年香る香りってだけで、好きとか嫌いとか考えたことがなかった」
それが正直なところ。
「じゃ、今考えて? 好き? 嫌い?」
期待に満ち満ちた目が見上げてくる。
こういうところ、ものすごく零樹さんに似てる……。
「あのさ、そこまで期待に満ちた目で訊かれて嫌いって言える人間がいるなら会ってみたいんだけど……」
「え? 強要しているつもりはないのよ?」
どうだか……。
でも、毎日香るそれを不快に思わなかったことを鑑みると、嫌いではないのかもしれない。
冷え込む朝に金木犀が香ると心があたたまる気がしたし、疲れて帰宅した際にあの香りが漂ってくると、なんとなく心が安らぐ気はした。
けど、金木犀の香りを嗅いで一番に感じる思いは別にある。
「金木犀の香りは好きでも嫌いでもない。ただ、懐かしい……かな」
心があたたまるこの感覚は、「懐かしい」という思い。
翠はこちらを振り返ったまま、「懐かしい……?」と首を傾げる。
「ばあさんが花好きで、金木犀が咲くころにはこの奥にあるガーデンスペースで、よくティータイムを過ごしてた」
少し奥まった場所へ車椅子を移動させると、
「奥にこんなスペースがあるなんて知らなかった」
「「まるで隠れ家――」」
ふたり声が重なり笑みが零れる。
小さいころ、ここでよく海斗と遊んだものだ。
木々に覆われた狭すぎず広すぎない場所が秘密基地のようで楽しくて、わざわざ家から本を持ってきてここで読んでいたこともある。
そこへお茶の用意をした母さんとばあさんがやってきて、昼下がりのティータイムになることが恒例だった。
「翠は桂花茶って知ってる?」
「けいか、ちゃ……?」
「そう、ジャスミンティーみたいなもの。緑茶に金木犀の花の香りを移したものが一般的だけど、紅茶でも作れるからルイボスティーでも作れると思う。お茶が二に対して、金木犀の花が一のブレンド。金木犀が咲く季節はここでよくお茶を作って飲んだんだ」
今でも母さんと父さんは毎年ここでティータイムを過ごす。自分がその席に加わることはなくなったけれど、翠を誘うのはありな気がする。
「来年、ここでお茶にする?」
釣れるとわかっていて尋ねると、
「するっ!」
予想以上の食いつきの良さだった。
「翠は紅葉祭準備で忙しいかもしれないけど、合間を縫ってここでお茶にしよう」
「絶対よ? 絶対だからねっ?」
ずい、と右手を差し出され、指切りをせがまれていることに気づく。
必死な顔や指切りをせがむ様がかわいくて、俺は翠をつなぎとめるように指を絡め、「指きりげんまん」を口にした。
翠は自分で用意したがるかもしれないけれど、来年の一度だけは俺に準備させてもらおう。
きっと、ばあさんが拘ったテーブルセッティングを翠は気に入るだろう。
真っ白なクロスをテーブルに敷き、茶器はティーポットからティーカップまでガラス製のものを使用。
すべてはオレンジ色の小花を引き立てるための演出。
俺は翠が喜ぶ様を想像しながら、次なる場所へと車椅子を向けた。
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