光のもとで2

葉野りるは

文字の大きさ
159 / 271
November

藤山デート Side 司 03話

しおりを挟む
 熱を持った顔をどうにかしたくて、思わず手で扇いでしまう。そんな動作をとったところで、さほど変わるわけがないと知っているにも関わらず。
 なんというか、どこか動かしてないと間が持てないっていうか、落ち着かないっていうか、つまりはそんな心境。
 少しして翠に視線を戻すと、翠も俺と同じくらいそわそわしていた。
 膝とベンチを見比べもじもじしている翠に、
「ベンチに座りたいなら手、貸すけど?」
「えっ!? あっ、そういうわけじゃなくてっ――」
 何がどうしてそんなに慌てるのか……。
 さらには顔が真っ赤で意味不明。
 たかが車椅子からベンチへの移動が何……? それ以前に、ベンチの斜め前に停めてある車椅子からベンチへ移ったところで、景観の変化はなさそうなものだけど……。
 翠はそれほどまでに恥ずかしいのか、真っ赤になった顔を両手で隠した。そして、
「気づいてくれなくて良かったのに……」
 小さすぎる声で抗議の言葉。
「気づかれなかったらさりげなくベンチに移動できたのに……」
 は……?
「別に、俺が気づいても気づかなくても、座りたいならベンチに座ればいいって話じゃないの?」
 言いながら手を差し出すと、翠は無意味なほどちょこんと控えめに手を乗せた。
 その手をしっかりと掴みなおして引き上げると、翠はつまずき俺の胸に着地する。
「っごめん――」
「いや、いいけど、足大丈夫だった?」
「それは大丈夫……」
 だが、体勢を直す気配がない。不思議に思って声をかけると、
「もうちょっと……もうちょっとだけこのままいてもいい?」
 言いながら、翠は額を寄せてきた。
 そんな申し出を拒絶するわけがないし、そんなことをされて嬉しくないわけもない。
 何、このかわいい言動……。
 翠の手を離し背に腕を回すと、先日のチークダンスのときのように心地よい体重が預けられる。
「どうかした?」
 ゆっくりと話しかける。と、小さく篭った声がこう答えた。
「……ただ、ベンチに座りたかっただけじゃないの」
 え……?
「……ツカサの、ツカサの側に行きたかったの」
 言うと同時、胸に添えられた手がきゅっとしがみついてくる。
 思いもしない言葉や動作に、一気に身体が熱を持つ。
 幸い、密着した状態で顔を見られることはない。でも、この異様なまでの体温の上昇ぶりを翠に気づかれてしまいそうで、若干の焦りがある。
 しかし、こんな話をしている状態では翠だって似たり寄ったりの状態に違いないわけで……。
 ドクドクと脈打つ心臓を必要以上に意識していると、
「顔、見ないでこのまま聞いてね?」
 いったい何を言われるのか、と思いながらも腕に力をこめることで返事をする。と、
「ツカサに触れたいって気持ちもあるのだけど、それとは別で……――慣れようと思って。抱きしめられるのもキスするのも、テンパらない程度には慣れる努力をしようと思って――」
 それって――
「じゃないと、いつまで経っても前には進めない気がするから」
 決意を含む響きの言葉に、どう反応したらいいのかがわからなかった。
 把握できる感情としては、気持ちが通じたとき並みの衝撃――幸福感。
 それと、どうしていいかわからないほどの愛しさがこみ上げてくる。
 やばい、これ、どうしたらいいんだ……?
 これ以上腕に力をこめたら「痛い」と言われてしまいそうだし、それ以上に気持ちを伝える術なんて――
 そこに考えが至ったとき、ひとつの行為しか頭に浮かばなかった。
 バカの一つ覚え――そう思いながら、見ないでほしいと言われたその顔に、血色の悪い唇に、自分のそれを重ねていた。
「もう……顔、見ないでってお願いしたのに……」
 抗議され、照れ隠しのように顔を背けられるも、小さい頭はまだ俺の胸に預けられたまま。
 顔が見たくてキスをしたわけじゃない。キスせずにはいられなかったからだ。
 こういうのも、言葉にしない限りは伝わらないのだろう。
 そうとわかっていても言うに言えない……。
 けれど、翠が言葉を尽くしてくれるたび、言葉の大切さを感じれば感じるほどに、ただ一点が気になりどうしようもないほど色濃く影を落とす。
 俺が気にしているだけで翠はそんなに気にしてはいないかもしれない。それでも――
「翠、こっち見ずに聞いて」
「どうしようかな……今、顔見られたし」
 仕返し染みた応答に、ぎゅっと力をこめて抱きしめる。
「好きだ……」
 口にした途端、感じたことのない感覚が自身を襲う。
 ずっと心の中で燻っていた何かが昇華したような、そんな感覚。
 どうして……? こんな、なんてことのない一言なのに。
 気持ちすべてを伝えられた気はしない。それでも、心の中で行き場をなくしていた想いが昇華して、心が軽くなった気がした。
 気づけばものすごくびっくりした顔に真下から見上げられていて、
「今、好きって……」
「言った」
 その大きな目に映る自分にはっとして顔を背ける。
 けど、視線が外れる気配はない。
「そんなに見るな」
 言ったところで視線が外れることはなく、
「嬉しい……すごく、嬉しい。初めて……初めて言ってくれたよね?」
 やっぱり気づいてたか……。
「悪い、今まで言えなくて……」
 翠は緩く頭を振る。そして、
「どうして、って……訊いてもいい?」
 理由は明確だ。でも、その理由を解消できたわけでもないのに「好き」という言葉を使ったことを、「安易」だと思われはしないだろうか。
「あのっ、言いたくなければいいのっ」
 気を遣って言ってくれたのだろう。でも、ここで隠し立てしたら意味がない。
 若干の不安を抱きながら、
「『好き』じゃ足りない気がしてた」
 できるだけ簡潔に話したつもりだけど、翠は「え?」といった顔をしている。
 もう少し詳しく話すにはどんな言葉が適当だろう。
「……自分の気持ちを伝えるのに、『好き』って言葉じゃ足りない気がした。『愛してる』って言葉もなんか違う気がして、もっと――もっとほかの言葉を探してた。でも、見つからなかった」
 自分の中で一番しっくりくる言葉は「愛しい」なわけだけど、この言葉が相手に伝える言葉として正しいのかがわからずにいる。だから、「好き」と口にしたけれど、ひどい嫌悪感を覚えるわけでも抵抗感が芽生えるでもなかった。
 ふと気づくと、俺を見上げる翠が目に涙を滲ませていて焦る。
「本当に、悪い……」
 思わず抱きしめる腕に力をこめると、
「……ツカサ、大丈夫よ? ツカサは好きとは言ってくれなかったけれど、いつだってキスをしてくれたでしょう? 私が好きと言うたびに、ツカサはキスをしてくれたでしょう? だから、気持ちは通じてたよ」
 その言葉に、心の底から救われる。
 伝わっていた……。キスにこめた想いが、きちんと伝わっていた。
 たったそれだけのことが嬉しくて、感極まって目に涙が滲むほど。
 うかがうように俺を見上げてくる翠に、俺は変わらずキスをすることしかできない。
 キスにこめた感謝の想いは伝わっただろうか。
 不安に思いながら翠を見ると、翠は恥ずかしそうに、けれどとても穏やかに微笑んだ。
 その笑顔を見て、翠の持論が少し理解できた気がした。
 確かに、心が「しゅわっ」と音を立てる瞬間はあるみたいだ。
 それは炭酸が水面へ向かって上がっていくような儚すぎる軽やかさと、舌の上ではじけるような刺激を持ち合わせていて、なんとも言えない感覚だった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される

けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」 「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」 「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」 県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。 頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。 その名も『古羊姉妹』 本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。 ――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。 そして『その日』は突然やってきた。 ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。 助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。 何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった! ――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。 そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ! 意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。 士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。 こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。 が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。 彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。 ※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。 イラスト担当:さんさん

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...