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November
芸大祭 Side 慧 05話
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外の暗さに目を留めた翠葉は室内の置時計に目をやり、
「あの、私、そろそろ失礼します」
「もうそんな時間? あぁ、もう五時を回っていたんですね」
バッグにタンブラーをしまう翠葉を見ながら、
「翠葉は誰か迎えに来んの?」
「うん。連絡したら十分ちょっとで来てもらえると思う」
「なら、今電話すれば? こっから正門まで十分くらいだから」
翠葉は素直に従い、俺たちに断わりを入れてから電話をかけ始めた。
そんな行動の端々に、礼儀正しさというか育ちの良さが垣間見える何か……。
「ツカサ……? ――うん。今から正門へ向かうから、迎えに来てもらってもいいかな?」
「ツカサ」って誰だろう?
両親のどっちかが迎えに来てくれるんだろうと思っていた俺は、「ツカサ」という人物が気になって仕方がない。けど、電話が終わったところで訊ける気はしない。
なんでだろ……。いつもなら気になったことは即行で訊く性質なんだけど……。
あれかな? 怯えさせたり泣かせたりで、ちょっとびびってんのかも。
ちょっとあれに似てる。すっげー精巧なガラス細工を手に持つときの感覚。
こんなとき、女の扱いがうまい真冬がいたら、俺の代わりにさりげなく聞き出してくれるのに。
翠葉の短い通話が終わると、
「僕は柊ちゃんの様子を見に行くので、慧くん、御園生さんを正門まで送ってあげてくれる?」
「頼まれた!」
「弓弦、ぐっじょぶ!」くらいに思っていたのに、翠葉は固辞する。
「じゃ、この建物出たら右左どっちに行くのが正解?」
これで正解を答えられたらそれ以上は何も言えないけど……。
右……右って答えろ、右っ!
念を送りながら翠葉を見ていると、翠葉はゆっくりと首をかしげ、
「右?」
よっしゃ! 今日の神様働き者っ!
「ブッブー。おとなしく送られろ」
ガッツポーズは我慢できたけど、ドヤ顔までは我慢できなかった。
弓弦を見送り翠葉の背後に回って車椅子に手をかけると、
「あっ、自分で動かせるよっ?」
「おとなしく押されてろ」
「でもっ」
「手も怪我してんだろ? 押してくれる人がいるなら頼んじゃえよ」
「……ありがとう」
「おう。……その手、どのくらいで治んの?」
「一週間くらい」
「本当、気をつけろよ?」
「はい……」
これで別れたら、次はいつ会えるだろう?
少なくとも、自分がアクション起こさないことには会う機会はない気がする。
あ……自分のライブに呼ぶとか? ちょうど次の日曜にライブあるし……。
そこまで考えて、「しまった」と思う。
チケットはかばんの中。つまり、奏楽堂の楽屋に置いたまま。
奏楽堂に寄ってからともなると、正門まで二十分近くかかるし……。
話すだけ話してチケットは郵送するとか……? もしくは、当日手渡しという手もある。
段取りを考えていると、
「「「「けーいーくんっ!」」」」
聞き覚えのある声に我に返る。
声音で人物の特定を済ませ振り返ると、やっぱり春夏秋冬が立っていた。にまにまとした、実にいやらしい表情で。
「あ、おまえらステージ終わったの?」
白々しくそんな言葉をかけると、
「終わった終わった。おまえひどいよ、始まる直前にいなくなるんだもん」
夏がぶーたれる。そして、
「本当だよ。見つけたと思ったらこんなかわいい子と一緒にいるしさ」
春の視線が翠葉に釘付けで、思わず翠葉を隠したくなる。
「君、名前は? どこ大学? それとも高校生かな?」
真冬は実に手馴れた様子で話しかける。秋だけはにこにこと笑ったまま現状を見守っていたが、翠葉は車椅子の上で竦みあがっていた。
「怖がってんだろ? 少し下がれよ」
翠葉の隣に立ち、翠葉を覗き込む面々を追いやる。
程よい距離が開いたところで、
「右から春夏秋冬」
わかりやすく紹介したつもりだった。でも、翠葉は「え?」といった表情で見返してくる。
ちょっと杜撰すぎただろうか。
思い直し、ひとりずつ正式名称で紹介することにした。
「九条春樹と夏樹は双子でヴァイオリンやってる。東海林秋善はヴィオラ。遠野真冬はチェロ。四人で『Seasons』ってカルテット組んでて、俺もたまにピアノで参加させてもらってる」
「春です」
「夏です」
「秋です」
「冬です」
四人は示し合わせたように手を差し出す。
翠葉はその誰の手をとることなく、「御園生翠葉です……」と小さく名前を口にした。
だめだ。こいつ完全にびびってるし……。
そんなことはおかいまいなしで、春が一歩二歩と近付いた。
「かわいいうえに名前がきれいっ! スイハってどう書くの?」
だめだ、幼稚園児並みの春の脳には、翠葉がガラス細工であることがまったく認識されてねえ……。
やっぱ、壊される前に遠ざけたい……。
翠葉は身を引きながらも、
「翡翠の翠に葉っぱの葉……」
「かーわーいーいーっ!」
「春うるせーよ」
夏に同意……。
冷たい視線を春へ向けていると、反対側にいた真冬が翠葉に近付いていた。
ああああ、こっちはガラス細工ってわかっていて、興味津々で触って眺めて楽しむ系っ!
ヒヤヒヤしながら様子を見守っていると、
「音楽が好きなら友達誘って遊びに来て? 慧も出るからさ」
真冬が差し出したのは、俺が奏楽堂に置いてきたチケットだった。
真冬、ぐっじょぶっ!
翠葉はというと、縮こまったままそのチケットを見つめていた。
「ね? 来て?」
「……はい。あ、チケット代――」
「いいよ、今回はお近付きの印にご招待!」
「でも――」
「くれるって言うんだからもらっちゃえよ。その代わり、絶対に来いよな?」
ゴリ押しよろしく畳み掛けると、翠葉はようやくコクリと頷いた。
真冬、サンキュ。あとで俺がチケット代払うわ。
そんな視線を送り、正門まで数メートルというところまで来ると、
「リィっ!」
門柱の脇で女みたいにきれいな顔したイケメンが手を大きく振っていた。
年は二十台前半くらいだろうか。その男の並びには背の高いイケメンがふたり。
ひとりは雑誌から抜け出てきたようなモデル並のイケメンで、もうひとりは十頭身くらいに見えるインテリ風。
「何、あのイケメン三人衆」
翠葉に尋ねると、
「あ、手を振っているのが兄で、もうふたりは兄の上司です」
なんだ……。
「迎えに来てくれるって兄貴?」
年が近けりゃ名前で呼んでいてもおかしくない。
「でも、なんで上司まで……?」
「あー……えぇと、どうしてでしょう?」
翠葉は今日何度目かの苦笑いを返してきた。
これは、理由はわかっているけど言いたくない、かな。
視線を前方に戻すと、目の前に翠葉の兄の上司という人間が立っていた。
そのイケメンはしゃがみこむなり翠葉の額に手を寄せる。
「熱、少し上がってるけど大丈夫?」
翠葉はびっくりしたのか、先ほどと同じように車椅子の上で身を引いていた。
オニーサン、馴れ馴れし過ぎんじゃね?
「翠葉ちゃん?」
「あっ、えと、コンサートが終わってからは先生のご好意に甘えて応接室で休ませてもらったので大丈夫です」
「ならよかった。……彼らは? 先生、ではないみたいだけど?」
にこやかに話すが表面だけ、というのが丸わかり。
翠葉はそれに気づいてか気づかずか、作りものの笑顔を浮かべていた。
「こちら、倉敷慧くん。ピアノの先生に紹介されて、ここまで送ってきてもらいました。そちらの四人は倉敷くんのお友達です」
俺たちはそれぞれ小さく会釈する。
「ふーん……。送ってきてくれてありがとうね」
「いえ」
顔は笑ってるけど、明らかな牽制。
なんだこいつ……翠葉の何?
兄貴に礼を言われるならともかく、兄貴の上司が礼を言うのっておかしくね?
彼氏って感じじゃないよな……。
年だって結構離れてるし、もし彼氏なら、額に手を近づけたとき、あそこまで翠葉が固まることはないと思う。
何より、付き合っているにしては会話が硬い。
「倉敷く――」
「けーいっ」
「あ……」
「次に苗字で呼んだらこれからずっとフルネームで呼び続けんぞ、御園生翠葉」
「ごめん……慧くん、送ってくれてありがとう。日曜日、楽しみにしてます」
「おう、待ってる。もし友達の都合がつかなかったら弓弦と一緒に来いよ。その日は見に来るって言ってたから」
「うん、そうする」
「じゃあな!」
俺たちは翠葉に見送られ、来た道を戻り始めた。
先陣切って歩いていた俺に、春夏冬が絡んでくる。
「弓弦さんの言ってた待ち人ってあの子のこと?」
真冬に訊かれ、簡潔に「そう」と答えると、
「へぇ~」
「ふぅ~ん」
春と夏はすでにからかいモードだ。その反対側で秋が、
「なんか、妖精みたいに儚げできれいな子だったね?」
実にほのぼのとした調子で感想を言う。
「でも、なんであの子が『待ち人』? 『待ち人来る』って慧のところに送られてきたってことは、慧が待ってる人間って意味だろ?」
ちくしょう、真冬は鋭い。
「……俺が小六のとき、コンクールで二位入賞だったことあるだろ?」
「あぁ……演奏直前まで緊張でがっちがちだった超絶かわいい子に――あ、もしかして、その女の子があの子?」
「ピンポン」
「ってことは同い年?」
春に尋ねられ、
「いや、一個下だった」
「じゃ、今高三? しかも、弓弦さんの生徒ってことは、今シーズンうち受験?」
この返答にはちょっと悩む。
一個下だけど、病気で留年してるって話していいものか……。
口止めはされてないけど、あまり話されたい内容ではないだろうし……。
でも、こいつらだったら大丈夫かな。吹聴して回るような人間たちではないし、そのあたりは信用できる。
「もし翠葉がこの大学に入ってきたとしても、ほかの人間や本人にも話すなよ?」
四人は顔を見合わせ近付いてきた。
「年はひとつ下だけど、病気で留年して学年は二個下」
四人は各々納得した旨を口にした。
「うちの大学も受験視野には入れてるみたいだけど、まだ進路を音大一本に決めたわけじゃないって言ってた」
「へぇ……珍しい。音大の受験を考えてる人間って、たいていは音大一本だもんね」
春の言葉に夏が頷く。と、
「いや、うちの兄貴、法学部落ちて音大行ったけど?」
真冬の言葉に四人同時に反応した。
「「「「それはイレギュラーすぎ」」」」
真冬の兄、颯くんは法学部の受験に失敗し、浪人したくないという理由で音大に入った変わり者。
進路を土壇場で変えたにも関わらず、ちゃっかり音大に受かり、今では父さんが指揮をしている支倉フィルハーモニーの楽団員。次代のコンマスと言われるほどには未来を嘱望されているヴァイオリニストだ。さらには、臨時講師としてうちの大学にも出入りしている。
ピアノはうちの母さんに習っていたことから、俺も小さいころから交流があった。
「で? 慧はあの子の連絡先くらいゲットしてるんだろうな?」
真冬ににじり寄られ、俺はポケットから取り出したスマホを印籠のように翳した。
「ふっふっふ……このスマホの中にはあいつの電話番号とメアドがしっかり入ってるぜ!」
「「つか、そのくらい当然だし」」
夏と春の突っ込みにむくれると真冬が、
「まぁまぁ、ピアノ一辺倒の慧にしてはがんばったほうなんじゃん? 慧、今日中に爪あと残すべくメールくらい送っておけよ」
そんなアドバイスをされ、奏楽堂で四人と別れた。
「メールねぇ……」
爪あと残すって、どんなメールを送ればいいんだ?
真冬のやつ、アドバイスするならそこまで教えてくれればいいものを……。
「会えて嬉しかった、とか?」
……――いやいやいや、ストレートすぎんだろ!
当たり障りのないところで、
件名: メール開通!
本文: 日曜日のライブ、絶対に来いよ!
春夏秋冬も楽しみにしてるからさ!
それから右手、くれぐれもお大事に。
もう怪我すんなよ?
慧
「こんな感じかな?」
できれば「兄貴の上司」ってやつのことを突っ込みたい気はするけれど、そんなことをしようものならメールの返信はおろか、次に会うとき翠葉がかまえてしまいそうな気がする。
今後仲良くなればいずれ訊けるかもしれないし、今は見送ろう。
「返事が来ますように!」
そう念じてメールを送信した。
「あの、私、そろそろ失礼します」
「もうそんな時間? あぁ、もう五時を回っていたんですね」
バッグにタンブラーをしまう翠葉を見ながら、
「翠葉は誰か迎えに来んの?」
「うん。連絡したら十分ちょっとで来てもらえると思う」
「なら、今電話すれば? こっから正門まで十分くらいだから」
翠葉は素直に従い、俺たちに断わりを入れてから電話をかけ始めた。
そんな行動の端々に、礼儀正しさというか育ちの良さが垣間見える何か……。
「ツカサ……? ――うん。今から正門へ向かうから、迎えに来てもらってもいいかな?」
「ツカサ」って誰だろう?
両親のどっちかが迎えに来てくれるんだろうと思っていた俺は、「ツカサ」という人物が気になって仕方がない。けど、電話が終わったところで訊ける気はしない。
なんでだろ……。いつもなら気になったことは即行で訊く性質なんだけど……。
あれかな? 怯えさせたり泣かせたりで、ちょっとびびってんのかも。
ちょっとあれに似てる。すっげー精巧なガラス細工を手に持つときの感覚。
こんなとき、女の扱いがうまい真冬がいたら、俺の代わりにさりげなく聞き出してくれるのに。
翠葉の短い通話が終わると、
「僕は柊ちゃんの様子を見に行くので、慧くん、御園生さんを正門まで送ってあげてくれる?」
「頼まれた!」
「弓弦、ぐっじょぶ!」くらいに思っていたのに、翠葉は固辞する。
「じゃ、この建物出たら右左どっちに行くのが正解?」
これで正解を答えられたらそれ以上は何も言えないけど……。
右……右って答えろ、右っ!
念を送りながら翠葉を見ていると、翠葉はゆっくりと首をかしげ、
「右?」
よっしゃ! 今日の神様働き者っ!
「ブッブー。おとなしく送られろ」
ガッツポーズは我慢できたけど、ドヤ顔までは我慢できなかった。
弓弦を見送り翠葉の背後に回って車椅子に手をかけると、
「あっ、自分で動かせるよっ?」
「おとなしく押されてろ」
「でもっ」
「手も怪我してんだろ? 押してくれる人がいるなら頼んじゃえよ」
「……ありがとう」
「おう。……その手、どのくらいで治んの?」
「一週間くらい」
「本当、気をつけろよ?」
「はい……」
これで別れたら、次はいつ会えるだろう?
少なくとも、自分がアクション起こさないことには会う機会はない気がする。
あ……自分のライブに呼ぶとか? ちょうど次の日曜にライブあるし……。
そこまで考えて、「しまった」と思う。
チケットはかばんの中。つまり、奏楽堂の楽屋に置いたまま。
奏楽堂に寄ってからともなると、正門まで二十分近くかかるし……。
話すだけ話してチケットは郵送するとか……? もしくは、当日手渡しという手もある。
段取りを考えていると、
「「「「けーいーくんっ!」」」」
聞き覚えのある声に我に返る。
声音で人物の特定を済ませ振り返ると、やっぱり春夏秋冬が立っていた。にまにまとした、実にいやらしい表情で。
「あ、おまえらステージ終わったの?」
白々しくそんな言葉をかけると、
「終わった終わった。おまえひどいよ、始まる直前にいなくなるんだもん」
夏がぶーたれる。そして、
「本当だよ。見つけたと思ったらこんなかわいい子と一緒にいるしさ」
春の視線が翠葉に釘付けで、思わず翠葉を隠したくなる。
「君、名前は? どこ大学? それとも高校生かな?」
真冬は実に手馴れた様子で話しかける。秋だけはにこにこと笑ったまま現状を見守っていたが、翠葉は車椅子の上で竦みあがっていた。
「怖がってんだろ? 少し下がれよ」
翠葉の隣に立ち、翠葉を覗き込む面々を追いやる。
程よい距離が開いたところで、
「右から春夏秋冬」
わかりやすく紹介したつもりだった。でも、翠葉は「え?」といった表情で見返してくる。
ちょっと杜撰すぎただろうか。
思い直し、ひとりずつ正式名称で紹介することにした。
「九条春樹と夏樹は双子でヴァイオリンやってる。東海林秋善はヴィオラ。遠野真冬はチェロ。四人で『Seasons』ってカルテット組んでて、俺もたまにピアノで参加させてもらってる」
「春です」
「夏です」
「秋です」
「冬です」
四人は示し合わせたように手を差し出す。
翠葉はその誰の手をとることなく、「御園生翠葉です……」と小さく名前を口にした。
だめだ。こいつ完全にびびってるし……。
そんなことはおかいまいなしで、春が一歩二歩と近付いた。
「かわいいうえに名前がきれいっ! スイハってどう書くの?」
だめだ、幼稚園児並みの春の脳には、翠葉がガラス細工であることがまったく認識されてねえ……。
やっぱ、壊される前に遠ざけたい……。
翠葉は身を引きながらも、
「翡翠の翠に葉っぱの葉……」
「かーわーいーいーっ!」
「春うるせーよ」
夏に同意……。
冷たい視線を春へ向けていると、反対側にいた真冬が翠葉に近付いていた。
ああああ、こっちはガラス細工ってわかっていて、興味津々で触って眺めて楽しむ系っ!
ヒヤヒヤしながら様子を見守っていると、
「音楽が好きなら友達誘って遊びに来て? 慧も出るからさ」
真冬が差し出したのは、俺が奏楽堂に置いてきたチケットだった。
真冬、ぐっじょぶっ!
翠葉はというと、縮こまったままそのチケットを見つめていた。
「ね? 来て?」
「……はい。あ、チケット代――」
「いいよ、今回はお近付きの印にご招待!」
「でも――」
「くれるって言うんだからもらっちゃえよ。その代わり、絶対に来いよな?」
ゴリ押しよろしく畳み掛けると、翠葉はようやくコクリと頷いた。
真冬、サンキュ。あとで俺がチケット代払うわ。
そんな視線を送り、正門まで数メートルというところまで来ると、
「リィっ!」
門柱の脇で女みたいにきれいな顔したイケメンが手を大きく振っていた。
年は二十台前半くらいだろうか。その男の並びには背の高いイケメンがふたり。
ひとりは雑誌から抜け出てきたようなモデル並のイケメンで、もうひとりは十頭身くらいに見えるインテリ風。
「何、あのイケメン三人衆」
翠葉に尋ねると、
「あ、手を振っているのが兄で、もうふたりは兄の上司です」
なんだ……。
「迎えに来てくれるって兄貴?」
年が近けりゃ名前で呼んでいてもおかしくない。
「でも、なんで上司まで……?」
「あー……えぇと、どうしてでしょう?」
翠葉は今日何度目かの苦笑いを返してきた。
これは、理由はわかっているけど言いたくない、かな。
視線を前方に戻すと、目の前に翠葉の兄の上司という人間が立っていた。
そのイケメンはしゃがみこむなり翠葉の額に手を寄せる。
「熱、少し上がってるけど大丈夫?」
翠葉はびっくりしたのか、先ほどと同じように車椅子の上で身を引いていた。
オニーサン、馴れ馴れし過ぎんじゃね?
「翠葉ちゃん?」
「あっ、えと、コンサートが終わってからは先生のご好意に甘えて応接室で休ませてもらったので大丈夫です」
「ならよかった。……彼らは? 先生、ではないみたいだけど?」
にこやかに話すが表面だけ、というのが丸わかり。
翠葉はそれに気づいてか気づかずか、作りものの笑顔を浮かべていた。
「こちら、倉敷慧くん。ピアノの先生に紹介されて、ここまで送ってきてもらいました。そちらの四人は倉敷くんのお友達です」
俺たちはそれぞれ小さく会釈する。
「ふーん……。送ってきてくれてありがとうね」
「いえ」
顔は笑ってるけど、明らかな牽制。
なんだこいつ……翠葉の何?
兄貴に礼を言われるならともかく、兄貴の上司が礼を言うのっておかしくね?
彼氏って感じじゃないよな……。
年だって結構離れてるし、もし彼氏なら、額に手を近づけたとき、あそこまで翠葉が固まることはないと思う。
何より、付き合っているにしては会話が硬い。
「倉敷く――」
「けーいっ」
「あ……」
「次に苗字で呼んだらこれからずっとフルネームで呼び続けんぞ、御園生翠葉」
「ごめん……慧くん、送ってくれてありがとう。日曜日、楽しみにしてます」
「おう、待ってる。もし友達の都合がつかなかったら弓弦と一緒に来いよ。その日は見に来るって言ってたから」
「うん、そうする」
「じゃあな!」
俺たちは翠葉に見送られ、来た道を戻り始めた。
先陣切って歩いていた俺に、春夏冬が絡んでくる。
「弓弦さんの言ってた待ち人ってあの子のこと?」
真冬に訊かれ、簡潔に「そう」と答えると、
「へぇ~」
「ふぅ~ん」
春と夏はすでにからかいモードだ。その反対側で秋が、
「なんか、妖精みたいに儚げできれいな子だったね?」
実にほのぼのとした調子で感想を言う。
「でも、なんであの子が『待ち人』? 『待ち人来る』って慧のところに送られてきたってことは、慧が待ってる人間って意味だろ?」
ちくしょう、真冬は鋭い。
「……俺が小六のとき、コンクールで二位入賞だったことあるだろ?」
「あぁ……演奏直前まで緊張でがっちがちだった超絶かわいい子に――あ、もしかして、その女の子があの子?」
「ピンポン」
「ってことは同い年?」
春に尋ねられ、
「いや、一個下だった」
「じゃ、今高三? しかも、弓弦さんの生徒ってことは、今シーズンうち受験?」
この返答にはちょっと悩む。
一個下だけど、病気で留年してるって話していいものか……。
口止めはされてないけど、あまり話されたい内容ではないだろうし……。
でも、こいつらだったら大丈夫かな。吹聴して回るような人間たちではないし、そのあたりは信用できる。
「もし翠葉がこの大学に入ってきたとしても、ほかの人間や本人にも話すなよ?」
四人は顔を見合わせ近付いてきた。
「年はひとつ下だけど、病気で留年して学年は二個下」
四人は各々納得した旨を口にした。
「うちの大学も受験視野には入れてるみたいだけど、まだ進路を音大一本に決めたわけじゃないって言ってた」
「へぇ……珍しい。音大の受験を考えてる人間って、たいていは音大一本だもんね」
春の言葉に夏が頷く。と、
「いや、うちの兄貴、法学部落ちて音大行ったけど?」
真冬の言葉に四人同時に反応した。
「「「「それはイレギュラーすぎ」」」」
真冬の兄、颯くんは法学部の受験に失敗し、浪人したくないという理由で音大に入った変わり者。
進路を土壇場で変えたにも関わらず、ちゃっかり音大に受かり、今では父さんが指揮をしている支倉フィルハーモニーの楽団員。次代のコンマスと言われるほどには未来を嘱望されているヴァイオリニストだ。さらには、臨時講師としてうちの大学にも出入りしている。
ピアノはうちの母さんに習っていたことから、俺も小さいころから交流があった。
「で? 慧はあの子の連絡先くらいゲットしてるんだろうな?」
真冬ににじり寄られ、俺はポケットから取り出したスマホを印籠のように翳した。
「ふっふっふ……このスマホの中にはあいつの電話番号とメアドがしっかり入ってるぜ!」
「「つか、そのくらい当然だし」」
夏と春の突っ込みにむくれると真冬が、
「まぁまぁ、ピアノ一辺倒の慧にしてはがんばったほうなんじゃん? 慧、今日中に爪あと残すべくメールくらい送っておけよ」
そんなアドバイスをされ、奏楽堂で四人と別れた。
「メールねぇ……」
爪あと残すって、どんなメールを送ればいいんだ?
真冬のやつ、アドバイスするならそこまで教えてくれればいいものを……。
「会えて嬉しかった、とか?」
……――いやいやいや、ストレートすぎんだろ!
当たり障りのないところで、
件名: メール開通!
本文: 日曜日のライブ、絶対に来いよ!
春夏秋冬も楽しみにしてるからさ!
それから右手、くれぐれもお大事に。
もう怪我すんなよ?
慧
「こんな感じかな?」
できれば「兄貴の上司」ってやつのことを突っ込みたい気はするけれど、そんなことをしようものならメールの返信はおろか、次に会うとき翠葉がかまえてしまいそうな気がする。
今後仲良くなればいずれ訊けるかもしれないし、今は見送ろう。
「返事が来ますように!」
そう念じてメールを送信した。
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竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
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