光のもとで2

葉野りるは

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November

初めてのライブハウス Side 翠葉 04話

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 ライブハウスを出て一階のロビーへ移動する途中、
「翠葉がさっき弾いた曲、誰のなんて曲? 俺、初めて聴いた」
「そういえば、僕も知らない曲でしたね」
 それはそうだろう……。
 あれは私が作った曲だし、世間になど出ていないのだから。
 でも、自分のオリジナル曲と答えるのは恥ずかしくて黙り込んでいると、「ん?」と倉敷くんに顔を覗き込まれた。
「楽譜あったら今度貸してくんない? 俺も弾いてみたい。耳なじみよかったし、ライブで弾いても受けるかも」
「えっ――」
 思わず声をあげると、
「何? 秘密にしておきたいとか?」
「えと、そういうわけではないのだけど……」
「もしかして、御園生さんのオリジナル?」
 先生に尋ねられて言葉に詰まった。
「まじで!? おまえ、曲も作るの?」
 私は唸りたいのを我慢して口を開く。
「……もともと、譜面を読むのが苦手な子だったんです。それで、譜読みに飽きちゃうと勝手に続きを作り出す癖があって、それが高じて作曲するようになりました……」
「翠葉すごいな? 俺は無理。大作曲家先生の曲を好き勝手いじるなんてできないし、レッスンの先生が怖くてんなことできっかよ!」
 もっともです……。
 過去を思い返せば、川崎先生に怒られた記憶がまざまざとよみがえる。
「で? さっきの曲名は? なんつーの?」
「……桜の下で逢いましょう」
「曲にぴったりな名前ですね」
 そう言ってもらえると少し嬉しい。
「スコアは?」
「えぇと、ちゃんと譜面に起こしたことはなくて……」
「あれ、譜面にしてよ。俺弾きたい」
 恥ずかしいけれど、弾きたいと言ってもらえるのは嬉しい。なんか、くすぐったい気分だ。
「じゃ、近いうちに譜面に起こしますね」
「うん。……ところでさ、なんで敬語?」
「え? あ……深い意味はなかったのだけど……」
「俺、年上とか先輩って柄じゃないから、そういうの気にしなくていいからな?」
「はい……」
「ちなみに、俺の名前は?」
「え……倉敷慧くん?」
「そうじゃなくて!」
「あっ、慧くん?」
「うっし」
 慧くんは満足そうにスキップを繰り出した。

 一階フロアでは「Seasons」のメンバーが慧くんを待っていた。
「慧、飯食いに行くだろ?」
「行く行くっ! 翠葉と弓弦も一緒にどう?」
「慧くん、彼女は高校生ですよ? ライブならともかく、夜遅くまで連れ回すわけにはいきません」
「あ、そっか。翠葉はこっからどうやって帰んの? また迎えが来るとか?」
「支倉駅まで兄が迎えに来てくれることになっています」
「じゃ、駅まで送りましょう」
「俺も行く。夏、先行ってて? 俺、翠葉送ってから行く」
「了解」
「翠葉ちゃん、今日は来てくれてありがとうね」
 チェロ奏者の遠野さんに声をかけられ、
「こちらこそ、チケットありがとうございました。演奏、とてもすてきでした。今日はお花も持ってこられなくてすみません……」
「そんなこと気にしなくていいよ。その代わり、また遊びに来て? 足、お大事にね」
 そう言うと、四人は大きく手を振ってビルを後にした。
「じゃ、僕たちも駅へ向かいましょう」
 先生に促されてビルの外へ出ると、
「あ、こないだのイケメン」
 え? 唯兄?
 慧くんの視線をたどると、思わぬ人物にたどり着く。
 秋斗さんが歩道のガードレールに身を預け立っていた。
「え? 秋斗さん? どうして……?」
 秋斗さんは反動をつけて立ち上がると、三歩で目の前までやってくる。
「翠葉ちゃんのお迎え」
 にっこり笑顔で言われても、クエスチョンマークが消えることはない。
 帰りは唯兄と蒼兄がふたりで迎えに来てくれる予定だったのに、どうして……?
「翠葉ちゃん、携帯サイレントモードのままでしょ? 唯も俺も、何度か連絡したんだけど連絡つかなかった」
「あっ――」
 慌ててポシェットの中から携帯を取り出しサイレントモードを解除する。と、着信が四件、留守電が二件、メールが二通届いていた。
 着信は唯兄と秋斗さん。メールも同じだ。
 メールに目を通すと、唯兄からのメールには秋斗さんが迎えに来てくれる旨が書かれていた。そして、秋斗さんからのメールにも自分が迎えに行くから、ということが書かれている。
 でも、それらは単なる連絡事項に過ぎず、「どうして」という疑問は解消されない。
「どうして」の部分を再度問おうとしたとき、
「御園生さん、こちらは? ご家族の方……ですか?」
 先生は質問しながらもどこか納得いかないような表情をしていた。
 たぶん、兄妹にしては年が離れすぎていることを疑問に思ったのだろう。
「あの――」
 反射的に言葉を発して、次の瞬間には口を閉じることになる。
 困った……。
 一週間前にも悩んだけれど、秋斗さんを人に紹介するのはやっぱりすごく難しい。
 秋斗さんとの関係性を一言で表す言葉などあるのだろうか。
 悩んでいるうちに慧くんが口を開いた。
「兄貴の上司らしいよ。芸大祭にも来てた」
 慧くんの説明は間違っていない。間違ってはいないけど、どう考えても説明不足だ。
 どんな説明を追加しようかと考えていると、秋斗さんがクスクスと笑って話に混ざった。
「翠葉ちゃん、こちらは?」
「あっ、ピアノのレッスンでお世話になっている仙波先生です」
「はじめまして、藤宮秋斗と申します」
 秋斗さんは胸ポケットから名刺ケースを取り出すと、「藤宮警備」の名刺を差し出した。
「翠葉ちゃんのお兄さんふたりと懇意にしてまして、今は家族ぐるみのお付き合いをさせていただいています。今日はお兄さんの代わりに彼女を迎えに来ました」
 あ、そっか……。「家族ぐるみのお付き合い」という言葉があった。
 紹介するなら、「家族ぐるみのお付き合いをしているお兄さん」だろうか。
 ……うん、これなら「親しい関係」ということも伝えられていい感じだ。
 今度からはその言葉を借りよう。
 そんなことを考えている傍らで、
「御園生さん、念のためにご家族にご確認を」
 先生は厳しさを感じる声で言う。
「先生、兄からメールが届いてました。それから留守番電話も。間違いなく、兄の代わりに秋斗さんが来てくれたのだと思います」
「もしなんでしたら、先生自らご確認いただいてもかまいませんよ」
 秋斗さんの言葉に、先生は自分の携帯を取りだし電話をかけ始めた。
「夜分遅くにすみません。天川ミュージックスクールの仙波と申します。今お嬢さんと一緒におります。今日はご家族の方が迎えにいらっしゃるとのことでしたが、現在藤宮さんとおっしゃる方がいらしています。この方にお嬢さんを預けてもよろしいものかと思い、ご確認のため連絡させていただきました。――はい。――そうでしたか。お間違いなければかまいません。それでは失礼いたします」
 確認が取れると、先生は秋斗さんに向き直り頭を下げた。
「失礼いたしました。何分大切な生徒さんですのでお許しください」
「いえ、かまいませんよ」
「じゃ、御園生さん、僕らはここで……。火曜日、調律にうかがいますね。そのときに、改めてレッスンのお話をしましょう」
「はい。先生、慧くん、今日はありがとうございました」
「おう! スコアの件忘れんなよ? 連絡待ってるからな!」
「はい」

 ふたりを見送り、私と秋斗さんは駅へ向かって歩き出す。
「松葉杖には慣れた?」
「コツはつかめたと思うんですけど、まだちょっと慣れなくて……」
「ここまで車で来ればよかったね。なんなら、近くに警護班がいると思うから来てもらう?」
「あ、いえ、そこまでは……。ところで、どうして秋斗さんがお迎えに? 唯兄、仕事が忙しいんですか?」
 それなら秋斗さんも同様に忙しいはずだし、唯兄が来られなかったとしても、蒼兄なら来られたんじゃ、という思いがよぎる。
 あ、もしかしたら蒼兄は駅のロータリーで車に乗って待ってるのかも?
「仕事はとくに忙しいわけじゃないかな?」
 ならどうして……?
「俺が翠葉ちゃんに会いたかったから」
 何度となく言われてきた言葉に私は戸惑う。
 もう、気持ちが揺れることはない。秋斗さんの想いを断わることが秋斗さんを拒むこととイコールではないことも理解している。
 それでも、心ある言葉を軽くあしらうことはできなくて、こんなふうに想いを告げられるたびに言葉を詰まらせることはどうにもできそうにない。
 そして、そんな私を見越したように、秋斗さんは次の言葉を口にするのだ。
「っていうのは本当だけど、冗談」
 秋斗さんの優しさに、胸がチリ、と痛んだ。
 秋斗さんは私に何を望んでいるのだろう。どんな対応を望んでいるのだろう。
 悩みながら、歩みだけは止めないように、と慣れない松葉杖を必死に繰り出す。
「実は、迎えに来たのは俺だけじゃないんだよね」
「え……?」
「支倉駅のロータリーで司が待ってる」
 どうして、ツカサ……?
「夕方に司が尋ねてきたんだ。車を貸して欲しいって。すぐにピンと来たよね。翠葉ちゃんを迎えに行きたいんだって」
「でも、どうして秋斗さんのところへ……?」
 いつもなら、涼先生の車を借りるのに……。
「考えてみて? こんな時間に涼さんが車を貸すと思う?」
「思いません……」
「でしょう? 次に司が頼るとしたら楓なわけだけど、今日は夜勤でいなかったらしい。そしたら、消去法で俺しか残らないよね」
 苦笑を浮かべた秋斗さんにつられて愛想笑いを返す。
「司は車だけ貸してほしかったみたいだけど、俺も司の運転する車には乗ったことがなかったし、大事な翠葉ちゃんのお迎えともあらば心配にもなる。だから、ついてきちゃったんだ」
 にっこりと笑った秋斗さんは愉快そうに、
「ついでだから、ライブハウスまで迎えに行く権利も強奪」
 そう言って、片目を器用に瞑って見せた。
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