光のもとで1

葉野りるは

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第二章 兄妹

07話

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 図書棟を出るとすごい人だった。
「涼を求めて」と言っていたけれど、これでは風も通らないだろう。
 たとえるならば、花火大会の人ごみ。
 中にはテラス階段から下へと下りて行く人もいる。けれど、下は下で下の出入り口から出てくる人がいるわけで……。
 見渡す限り、人人人、の状況に絶句してしまう。
「はぐれそうだから、手をつなぐか俺のジャージの裾掴んでて?」
 前を歩いていた佐野くんに言われ、
「お願いします……」
 ちょっとドキドキしながら手をつなぐ。と、ひどく驚いた顔で振り向かれた。
「佐野くん?」
「……御園生って男子苦手じゃない?」
「うん……」
「だから、まさか手をつながれるとは思わなくって……」
「あ、ごめんっ」
 手を引こうとしたら、つなぎとめるように力をこめられた。
「大丈夫ならいいんだ」
「……あの……たぶんね、苦手、というよりは慣れていないだけだと思うの」
 佐野くんはつないだ手を目の高さまで持ち上げ、
「俺は?」
「それね、さっき少し考えていたのだけど、よくわからないの。海斗くんにはだいぶ慣れてきたという自覚があって、でも、佐野くんのほうが落ち着いて一緒にいられるみたい」
「……そっか。なんか嬉しいな」
 佐野くんは照れ笑いを見せてから、「じゃ、行きますかっ」と前方に視線を向けた。
 手を引かれ、いざ人ごみの中へ……。
 人酔いしそうだったから、佐野くんの背中だけを見て歩いた。すると、意外と早くに桜林館の中へ入れた。
 クラスメイトがいる観覧席に戻ると、
「あ、佐野っ! 無事、翠ちん回収してこれたのね」
 理美ちゃんにおいでおいでされる。
 理美ちゃんのところまで行くと、クラスの人がわさわさ集まってきた。
 そこで、「重大発表がある」と言われて少しかまえる。
 周りから、「お願いがあるんだ」と口々に言われた。
「お願い……?」
「うん」
「なんだろう……? 私に聞けるものなら聞くけど……」
「大丈夫! 翠ちんならできる!」
「……何?」
「さっきね、翠ちんがいないときにクラスみんなで話し合ったの。もちろん、飛鳥も携帯で参加してたよ。その結果、総代表は翠ちんがいいって意見しか出なくって」
 理美ちゃんに言われてびっくりした。
「え……でも、私、試合には出ていないし……。サッカーが優勝したのだから、サッカーに出てた人のほうがいいんじゃないかな?」
 つい助けを求めて佐野くんを見てしまう。
「俺もさっき知ったんだけど、表彰っていくつもあるらしいんだ。種目別と総合と。それの種目別は各種目に出てた人間が表彰台に行くことになってる。けど、総合表彰はクラス代表者なんだって」
 それならクラス委員が行くものではないの……?
「俺と簾条は実行委員サイドだから無理」
「そうなの……?」
「そうなの」
 頼みの綱がプツリと切れた感じ。
「御園生ちゃん、今日一日応援がんばってくれたでしょ?」
「うんうん、うちのクラスの勝利の女神だからね」
「翠葉、引き受けてよ」
 海斗くんは私の頭をポンポン叩きながら隣りに座った。そして、
「推薦したのは桃華だけど、だからって言うわけじゃなくて、みんな翠葉がいいって言ったんだ。だから、うちのクラスの表彰状もらってきて?」
 今となってはみんなに囲まれて輪の真ん中にいる。みんなの視線が自分に集まっているのがわかり、ぐるりと周りを見回した。
「翠ちん、お願いっ!」
 理美ちゃんが顔の前で手を合わせてお願いポーズをすると、みんながみんなそのポーズを真似する。
「あっ、わっ……私でよければ……」
「やったーーーっっっ!」
 みんな飛んだり跳ねたりして喜んでくれる。
 私はそれに呑み込まれるみたいにもみくちゃにされた。
 周囲にいたほかのクラスの人たちに、「何ごと!?」という顔をされるくらいのはしゃぎぶり。
 私はというと、大役を任された気がして少し不安になっていた。
「不安そうな顔してる」
 佐野くんに言われて苦笑い。
「大丈夫。ただ、台に乗って賞状とカップもらうだけだから」
 佐野くんが指差したコートを見ると、さっきまで各コートを仕切っていたネットもポールもなくなっていた。きっと、忙しなく働いている体育委員が撤去したのだろう。
 そして、そこには新たに表彰台が設けられた。
「え……あれに乗るの?」
 思わず訊いてしまったのは、表彰台がとても高く見えたから。
 サイコロのようなボックスは凸の形に置かれ、種目別に並べられる。
 ここから見るとそこまで大きくは見えないのだけど、人の身長と比較してみるとずいぶんと高い台のように思えた。
「大丈夫だよ。俺や簾条も実行委員として側にいるし」
 言われて少しほっとする。
「が、んばる……。でも、どうしよう……。今日はドキドキしてばかりで心臓が壊れちゃいそう」
 言うと、海斗くんと佐野くんにまじまじと見られた。
「翠葉が言うとしゃれになんないからやめて」
「確かに……。御園生、しゃれになんない。言われた俺たちの心臓を考慮してください」
 真顔で言われて思わず吹き出す。
「ふたりとも蒼兄みたい」
 おかしくて、しばらくは笑いが止まらなかった。

 蒼兄、学校ってとても楽しいところなのね。
 友達って、とてもあたたかいものなのね。
 少し遅いかもしれないけれど、私、知ることができたよ。
 これだけで十分すぎるほど幸せ。
 ひとつ、かけがえのない思い出ができたよ。

『それでは。すべての集計が出ましたので最後の締め! 表彰式を開会いたしますっ! 各種目、三位までの代表者と全二十一クラスの代表者のみなさん、コート中央までお集まりくださいっ!』
 アナウンスを聞いて、放送室を見てしまう。最後の最後まで飛鳥ちゃんの元気な声が響いていた。
「翠葉、There's always something you can do! あとで調べろよ!」
 海斗くん……私、英語は本当に苦手なの。
 でも、今のは――
「することができる。……何か、いつも、~がある……だから――いつだって何かできることはある?」
 海斗くんを見上げると、屈託のない笑顔が返された。
「正解っ! なんだ、全然苦手じゃないじゃん。ほら、行くぞっ!」
「うん!」

 コートに下りると、クラス委員に誘導される。
 各種目代表はそのまま表彰台に乗り、クラス代表は結果発表が最後になるため、中央の表彰台の前に学年別クラス順で縦三列に並んだ。
 私は一番左の列の前から二番目。
 斜め前には藤宮先輩がいて、その隣には加納先輩がいる。
 ……あ、れ? クラス委員は実行委員だからだめって言っていたけれど、生徒会は執行部になるんじゃないのかな?
 私に気づいた加納先輩が小さく手を振ってくれた。私は、手は振らずに笑みを返す。そうこうしていると表彰式が始まった。
 サッカー、ハンドボール、バレー、バスケの順に男女別で表彰状が渡されていく。
 表彰状を渡していたのは、先ほど図書室で会った里見先輩だった。
 あれ、本当は加納先輩のお仕事じゃないのかな……。
 そんなことを考えつつ見ていると、私とさして身長の変わらない里見先輩は踏み台に乗って賞状を渡していた。
 そうですよね……。表彰台の上の人に渡すには台が必要ですよね。加納先輩でも踏み台を使うんだろうか。それとも、あの先輩のことだから飛び跳ねちゃうのかな……。

 サッカーでは高木くんが優勝カップと賞状を受け取った。
 女子は四位だったらしい。ハンドボールは男子も女子も三位。木下くんと江波さんが来ている。
 バレーは残念なことに男女とも四位。バスケは男女共に三位で、理美ちゃんと小川くんが来ている。
 恐ろしいことに、ほとんどの種目の一位と二位が三年A組と二年A組の入賞だった。
『それではっ、総合順位の発表です! 上位三組はもうおわかりかと思いますが、お決まりのワースト二十一位からの発表となります! さて、ワースト三位に呼ばれてしまったクラスの皆様方、恒例のバツゲームありですよ! まず二十一位は一年G組! 来月、桜香苑の池のお掃除お願いします! 運がよければ何かお宝が見つかるかもしれません! 二十位は三年D組! 梅香苑の六月の仕事が用意されています! 梅の実の回収ですね。この時期、蛾の幼虫がうじゃうじゃいるので気をつけてください! 回収した梅は二ヵ月後に学食のメニュー、梅ジュースとして販売されます! 十九位は二年F組! あ……このバツゲームはなかなかいいんじゃないでしょうか? 温室プールの掃除です。あ……あまり良くないですね。水を抜いての掃除に加え、窓磨きだそうです。以上っ! ワースト三位のバツゲーム紹介でした! さ、じゃんじゃん行きますよー!』
 こんな調子で飛鳥ちゃんのトークが延々と続く。
 バツゲームまであったとは驚きだ。
 梅は回収したらちゃんと漬けるのね。梅ジュースは飲みたいなぁ……。
 まだ学食には足を踏み入れたことがないのだけど、そのときは桃華さんと飛鳥ちゃんを誘ってみようかな……。
『さ、ではお待ちかね、上位三位の発表です! まずは三位! わがクラス一年B組! そして二位は三年A組! 光り輝く一位はっ、二年A組ですっ! 代表者は、勝利の女神こと、御園生翠葉! キラキラ王子と猿の二面性を持つ加納会長! 闇の帝王こと藤宮司先輩っ! 表彰台へどうぞっ!』
 名前を呼ばれて前へ出て、台を目の前にして困ってしまう。
 やっぱり台はとても高かったのだ。ぱっと見、六十センチはある気がする。
 加納先輩はぴょんと飛び乗った。
 よじ登るほど高くはないけれど、平均身長以下の私としては、一足で上がるのにはつらい高さ。
 白い台をじっと見ていると、目の前に手が差し出された。
 顔を上げると、藤宮先輩の手だった。
「ほら、手……」
 少しドキドキしながら自分の手を重ねると、反動もつけずにす、と引き上げてくれた。
「ありがとうございます」
「これ……次からは踏み台いるな。まさか女子がクラス代表に出てくるとは想定していなかった」
 表彰台に乗って気づいたのだけど、クラス代表で集まっていた集団に私以外の女子はいなかった。
 私、クラス全員に嵌められたのかな……?
 目の前には里見先輩と春日先輩、荒川先輩が来る。
 春日先輩はカップを乗せたカートを押しつつ、里見先輩の踏み台を片手に持っていて、荒川先輩は賞状を入れたトレイを持っている。
 里見先輩はトレイから賞状を一枚手に取ると、
「一年B組代表、御園生翠葉。あなたのクラスは春の球技大会において、抜群のチームワークを発揮され、優秀な成績をおさめられました。よって、これを賞します。おめでとう!」
「ありがとうございます」
 賞状を受け取るとカップを差し出され、「おめでとう!」とお花が咲いたような笑顔で言われた。
 カップを受け取ると、会場からも拍手があった。
 ちょうどこの表彰台の前の観覧席を陣取っているのが自分のクラスで、「翠葉ちゃーん!」とたくさんの声をかけてもらえた。
「わ……」
 すごい……。観覧席からの応援はこんなふうに届いていたのかもしれない。
 この役を負かされなければ知ることはなかっただろう。
 順番に加納先輩と藤宮先輩も賞状とカップを受け取る。藤宮先輩がカップを受け取ったとき、一際大きな拍手が起こった。
 すごい人気……。
 呆気にとられていると、
「「「「翠葉ちゃーーーんっ!」」」」
 複数の声が降ってきた。でも、位置が特定できなくてきょろきょろしていると、
「翠葉ちゃん、あっちあっち」
 加納先輩が指差し教えてくれた。
 それは観覧席とは全く違う場所。体育館の天井裏にボールが入ってしまったときに使われるクレーンである。
 そこに写真部の先輩が四人カメラをかまえていた。
 見た瞬間にフラッシュがたかれる。
「あそこ、俺の特等席なんだけど三年最後だしさ、写る側に回るのもいいかなと思って部員を誘導してきたんだ」
 そんな話を聞いて、写真部の部長であることを実感する。
「翠葉ちゃん、顔がね――」
 全部言われる前に謝る。
「すみません……。加納先輩ごめんなさい」
「翠葉ちゃん、大丈夫。翠葉ちゃんにどんなふうに思われてるのかは初対面でだいたい心得てるから。でも今はさ、どうせだから笑おうよ! ほら、上見てさっ!」
 加納先輩につられて上を見た。
『みなさん、お疲れ様でしたー! 次は七月の陸上競技大会です! 三学年全体で盛り上げていきましょう! 放送委員はどんなイベントでも全力投球でがんばらせていただきます! 何か面白い飛び入りイベントを考えている方はぜひっ、放送委員までご一報ください! これにて、第三十三回春の球技大会を閉会いたしますっ! メインリポーター、一年B組立花飛鳥でした!』
 わああああああっっっ――
 桜林館全体が盛り上がったところで球技大会は幕を閉じた。
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