光のもとで1

葉野りるは

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第二章 兄妹

12話

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 食後のお茶は、私と静さんのみが自室で飲むことになった。
「打ち合わせの前に、まずは写真を見せてもらいたいんだ。いいかな?」
「はい」
 私は本棚に入っているアルバムをひとつ残らず出して静さんの前に積み上げた。
「今のところ、アルバムに収めてあるのはこちらのみです」
 それでも大きなアルバムが十冊近い。
「見ごたえがありそうだ。拝見させてもらうね」
 静さんは会話もなく精力的にアルバムに目を通し始めた。
 三十分が経過し、飲み物を淹れ直してこようと声をかけてみる。
「あの、コーヒーのお代わりはいかがですか? それとも、何かほかのものにしますか?」
 静さんはアルバムから目を上げると、
「翠葉ちゃんのお勧めをお願いしようかな」
「そうするとハーブティーになっちゃいますけど……大丈夫ですか?」
「あぁ、栞によく飲まされていたから大丈夫だよ。眠れない夜にはミルクカモミールティーを飲むよ」
 とても柔らかな笑顔を向けられ、肩から少し力が抜けた。
「私もミルクカモミールティーは大好きです。今すぐお持ちしますね」
 自室を出ると栞さんはもう帰宅していて、リビングにはお父さんとお母さんしかいなかった。
「どう?」
 お父さんに訊かれ、
「ずっとアルバム見てるだけだから、よくわからない」
 キッチンで飲み物を作って自室へ戻ると、一通り見終わったのか、アルバムが閉じた状態できちんと揃えられていた。
 カップを差し出すと、「ありがとう」と一口飲む。
「翠葉ちゃん、何点か借りるか、一点のみにしようか悩んでいたんだけど、数点借りることにした。もちろん、翠葉ちゃんのOKが出ればの話だけどね」
「どうかな?」と訊かれたけれど、
「私の撮ったもので何かお役に立てるのなら……」
 としか答えられない。
「では、具体的な話をしよう」
 静さんはアタッシュケースの中から書類らしきものを取り出した。
「まずはこれが契約書。そして、これが借用に関する書類」
「私、契約書や借用書なんて見たことないです……」
「ちゃんと説明するからかまえなくていいよ。まずはね、どういうところに飾るのかとか、そういった概要から話そうと思う」
 静さんはデザイン画らしきものを見せてくれた。
「今、会員向けの宿泊ホテルを山の中に建てているところなんだ。ゲストルームは全部で九室。食事をするところやお酒を飲むところ。そういった場所に翠葉ちゃんの写真を飾らせてほしいと思っている」
 言いながらデザイン画をめくる。と、ラウンジらしき場所はさほど広くないものの、ひどく開放感を感じた。
「地下一階、地上二階建ての施設だよ」
 全体的には白っぽい建物で、球体のものが目に付く。
 外観は飾りという飾りもなく、とても洗練された建物という印象。
 山の中なだけあって、その施設の周りは緑が描かれていた。
 玄関ホールと思われる建物は横に長い。デザイン画からすると、ほとんどの壁面が窓――ガラス張りということなのだろうか。
 けれども、少し違和感がある。ホテルと言われても、そんな仰々しさを感じないのだ。
 二階建ての建物だから……?
 ゲストルームにおいては個人宅よりも小さめの建物、といった感じ。客室の内装はプライベートルーム、という印象だった。
 何枚かめくっていくと、中央ラウンジと称されたプリントが出てきた。
 ラウンジの半分はガラス張りで、その対面にバーカウンターがある。左側の壁には何も描かれておらず、ポッカリと空間が空いていた。
「ここ、ですか?」
「ご名答。清涼感のある写真を一枚絵で飾ろうと思っていたんだけど、何かしっくりこなくてね。逆に、翠葉ちゃんの写真を縦五列、横四段くらいに並べたらどうかな、と思っている」
「私の写真は素人の域をでないものですが……それでもお役に立てますか?」
「立つ――そうでなければ私はここにいないよ」
 子どもを見る目ではなく、ひとりの人として見られている気がした。
「写真の貸し出し料なんだが――」
 その先に静さんが述べた言葉は右から入って左耳から出て行く、を繰り返すこととなる。
 一枚いくらのレンタル料だとか、ポストカードとして販売させてほしいとか、その分の上乗せがいくらで私の口座に数ヶ月に一度振込みがあるとかなんとか……。
「作品は今までのストックから使わせてもらうし、翠葉ちゃんが急ぎ撮り溜める必要はないよ。……あれ? 翠葉ちゃん? 話についてこれてる?」
 目の前で手を振られてみたり、肩を叩かれたり。
 わかってます――ちゃんと正気なんだけど、提示された金額があまりにも高額すぎて、実感が湧かないだけ。……というよりも、拒絶反応が起きそうだ。
「あの……その金額、もう少し――」
「うん?」
「もう少し減らしてくださいっ。それからっ、ポストカードの分はお支払いいただかなくて結構ですっ」
 意志は固い、というように、じっと静さんの目を見つめる。
「……そんな破格値でいいのかな? うちの経理は喜ぶけど……。謙遜かな?」
「違います。謙遜とかそういうことではなくて、技術も何も持っていない私の写真にそれだけの価値を自分が見出せないだけです」
「なるほど……。でも、私は価値を見出したからこそ、ここまで契約をしにやってきたのだが……。それだけの価値があるかないかを決めるのは、今は私だよ」
 やんわりと、しかし容赦なく正される。
「私は今提示した金額以下では見合わないと思う。だから、一、二万減らすならともかく、これ以上の譲歩はするつもりがない」
 にっこりと笑ってごり押しされた。
「……では、このお話はなかったことにしてください――って言ったらどうしますか?」
「……それは困ったなぁ。それでも君の写真が使いたいし……」
 ローテーブルを間に挟んで睨めっこが続く。
「じゃぁこういうのはどうだろう?」
 今度はどんな提案かと身構える。
「提示額を十万円減らす代わり、翠葉ちゃんはいつでもうちのホテルを無料で使えるフリーパス付き。それなら会社としての信用も失わずにこの価格で取引に応じられるんだが」
 どうあっても十万以上の減額はあり得ないらしい。
 ……困った。
「もう負けちゃいなさいよ」
 誰の声かと思ったら、ドアからこちらを見ていたお母さんの声だった。
「翠葉、静相手によく粘るなぁ?」
 お父さんもひょっこりと顔を出す。
「おまえたちの子どもは金銭感覚がしっかりしているな? この私がまさかの苦戦だ」
 まるでお手上げと言うかのごとく手を上げるくせに、十万以上の引き下げはしてくれる気がないという。
「翠葉、確かにあなたはプロでもなんでもないわ。でも、人の目を引くものを撮っているのも事実。そうでなければ、静が目をつけるはずがないのよ。少なくとも、静にとっては価値のあるものなの。そして、静が手がけるホテルの中で、様々なお金が動くわけだけど、そこには適正価格というものがあってね、それを上回りすぎても下回りすぎても周りに与える信頼感、信用度というものに影響を及ぼすの。だから、静が今出した妥協案は適切なものよ」
 そんな難しいことを言われても、私には会社の内部のことまでわからないもの……。
 でも、お母さんがそう言うのだから、ここが静さんが打てる最低金額なのだろう。そして、私はそれを呑むしかないのだろうか……。
 使わないでください、と言うこともできる。でも、役に立てるなら使ってもらいたいと思う自分もいる。
「……納得しているわけじゃないですよ? ……私が知りえない部分で都合が悪いと仰るのなら、その額でかまいません。でも、いつでも下げたくなったら仰ってください。お待ちしています」
 先ほど粗方目を通していた契約書にサインをする。そして、口座振込みの手続きをしたら仕事の話は終わった。
 明日は、朝一の仕事がこの家の三階で行われるらしく、今日、静さんはお泊り。
 前に私が使っていたお部屋が客間になっているので、そこで休むらしい。
 ……大丈夫かな、私。なんだかものすごく大掛かりなことになってしまっているけれど……。
 とりあえず、連絡先の交換だけは済ませた。
 基本はメール連絡。そのホテルのオープンは今年の十二月とのこと。
 私は……私にできることをがんばろう――
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