光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
103 / 1,060
Side View Story 03

03~07 Side 司 03話

しおりを挟む
 五時半を回るとキリのいいところとなり、今日の作業を終えることにした。
 仕切っているのは茜先輩。会長はいるが、写真のこととなると箍が外れるため、このときばかりは茜先輩が指揮を執る。
「最後にお茶でも飲みませんかー?」
 嵐が催促したことでメンバー全員がテーブルに着き、各々飲み物を飲んだりお菓子をつまみ始めた。
 茜先輩が出したお菓子は、クッキーにチョコレートがコーティングしてあり見るからに甘そうだ。
 先日食べた、翠が作ったという焼き菓子は甘すぎず、コーヒーと共に食べるのにはちょうど良かった。
 ふとカウンター奥のドアに目をやる。いつもなら御園生さんが来れば三十分もしないうちに帰るのに、一向に出てくる気配がない。
 くそ……一度気になるとキリがない。
「司、このお菓子、翠葉ちゃんたちにおすそ分けしてきてくれる?」
 茜先輩にお菓子の包みを手渡される。
 これは仕事部屋へ行く口実を作ってくれたのだろう。
「……渡してきます」
 カウンター内に入り、ドアのロックを解除する。中に入り部屋を見回すも、翠の姿がない。
 あるのは気まずそうな顔をした男ふたりの顔。
「翠は?」
「そこ」
 御園生さんが指したのは仮眠室。
「……具合、悪いんですか?」
「いや、なんていうか……篭ってる」
 ……は?
「色々と考えることがるようで、穴を掘って隠れたいというから、それらしい場所を提供してもらって早……五十分くらいかな?」
 と、手元の時計を見た。
「俺の不注意だけど……司、これ見ただろ?」
 秋兄がノートパソコンを指差した。頷くことで肯定する。と、
「それをどうしようかと対処法を悩んでるみたい」
 秋兄が仮眠室につながるドアに目をやった。
 なるほど……。
「篭らせたはいいんだけどさ、どうやったら出てきてくれるのか思案中なんだ」
 苦笑する御園生さんにはため息しか出ない。この人は翠に甘すぎる。
「……その役、自分が引き受けても?」
「できるならお願いしたいね。因みに、うちの妹は素直ないい子だけど、結構頑固だし意地っ張りだよ? 司の手に負えるかな?」
 若干挑発された気がしなくもない。お手並み拝見――そんな顔をしている。
「……そろそろ手懐けたいと思っていたので」
 茜先輩からの差し入れを渡すと、俺は仕事部屋を出て、さらには図書室を出た。

 外に出ると、あと少しで太陽が山に隠れるところだった。
 だいぶ日が伸びた。けれど、あと少しで陽が落ちる。数分後には稜線がきれいに浮かび上がるだろう。
 部室棟へとつながる階段を下りながら携帯を取り出す。
 電話には出ない気がする。
 そう思いながら、期待をせずにかける。
 一コール、二コール、三コール、四コール――やっぱり出ないか。
 呼び出しを切り、メール作成画面を起動させた。
 何を……なんて言えばいい?
 バイタルチェックが必要な理由は俺が考えているものでほぼ間違いはないだろう。なら、翠がバイタルチェックを受け入れた理由は? 隠したがった理由は?
「翠ならどう考える……?」
 いや、あの摩訶不思議な思考回路の持ち主のことだ。また変なことを考えているのだろう。
 それを聞かせてほしい――
 伝えるのは、現時点で俺がわかっていること。思っていること。それだけで十分だ。


件名 :いつまで篭ってるつもり?
本文 :かれこれ一時間近く篭ってるって聞いた。
   さっき、秋兄の部屋に入ったときに
   バイタルをモニタリングされてることには気づいた。
   その理由もなんとなくわかってるつもり。
   翠が言いたくないなら話さなくていい。
   ただ、もっと自分を大切にしろ、とは思う。


 何も難しいことはない。翠以外の人間から聞くのが癪ならば、翠から聞けばいい。
 ただ、無理に聞き出す必要もない。
 伝えたいことはひとつ――もっと自分を大切にしろ。
 翠、お前は俺をなんだと思ってる? バイタルチェックされているからって見る目が変わるとでも思っているのか?
 ――もっと信用してくれていい。もっと、頼ってくれていい。
 メールを送信し終わると、桜香苑のとあるベンチにたどり着く。そこは翠をよく見かける場所だった。
 昼休みや放課後、何度かここにいるのを見たことがある。ベンチに座ってみるも、何がいいのかかさっぱりわからない。
 見てわかる違いといえば、ほかのベンチの周りにはないリスの石造が五体あるくらい。ほかは、目の前の芝生が少し広いのと、部室棟からの小道がきれいに見えることだろうか。
 何を思っていつもここを選ぶのだろう……。
 考えていたら携帯が鳴った。
 メールじゃなくて電話――
「もしもし」
 かけてきておきながら返答なし……。これじゃ電話の意味を成さないと思うんだけど……。
「そこ、意外と冷えると思うんだけど」
 仮眠室は仕事部屋とは全く異なる部屋だ。コンクリート打ちっぱなしで部屋の広さは五畳くらい。なのに天井はかなり高め。
 L字型に作られた部屋の一辺にはベッドが置かれ、もう一辺は三階へと続く階段になっている。そんな部屋でも空調はガンガンに効いていて、仮眠する際に毛布をかけないと風邪をひきそうなくらいに寒い。
 翠は今、その部屋にいる。まるで人を寄せ付けず、ひとり孤立するように……。
「翠は、人にどう思われているのかが気になるんだろ? 中学の同級生に会えばそのくらいは察する」
 翠は、人間不信の気があるのだろう。
 そこまでひどいものではないかもしれない。けど、間違いなく片足は突っ込んでいる気がした。
 あんな人間たちの中にいたんだ……無理もない。
「……でも、そいつらと俺って同類なわけ?」
『違うっ』
 翠の少し高めの声が間髪容れずに答えた。
 これでようやく話ができそうだ。
「やっと喋った……」
 思わず笑みが漏れる。
「俺はまだ怖い人?」
『それも、違う……』
「じゃ、何?」
 少し間があった。そうして聞こえてきた声は、
「先輩、かな」
 決して間違いではない。学年で言うなら俺は先輩だ。
「……先輩、か。それ、もう少し近づけない? 学年は違う。でも、年は同じだろ」
 俺は先輩かもしれないけど、同い年であることをもう少し気にかけてほしい。
 翠と初めて会ったあの日、俺は一足先に十七歳になった。翠だって今年には十七歳になるだろ。そう考えたら、もう少し身近に感じてもらえないか?
「俺はもう少し翠に近づきたいんだけど」
『……どうして?』
 きょとんとした目が脳裏に浮かぶ。「どうして?」の答えは――
「気になるから」
 自分の中に明確な答えは見つけられていない。ただ、気になる。気になって目が離せない。
 翠からの返事はなかなか聞こえてこない。
 なんでこんなに間が――ちょっと待て。翠はバカ正直で素直なくせに、どこか変な思考回路を駆使してくる。
「翠、顔を見て話したい。たぶんだけど、翠は勘違いしていると思う」
 たぶん間違いなく、翠は今心配されていると受け取ったに違いない。目の前にいたら、顔さえ見えていたら考えることは手に取るようにわかるのに。
 今、目の前に翠がいないことがひどくもどかしく思えた。
「仮眠室に入れてくれない? もしくは、迎えに行くから外で話そう」
 また沈黙のまま時が流れる。
「無理にとは言わないけど……」
 一向に声が聞こえてこない。ただ、少し動揺しているのか、息遣いがわずかに聞こえるのみ。
 その息遣いだけがつながっていることを教えてくれる。
 御園生さんが言った、「手ごわい」という意味をひしひしと感じていた。
 しばらくして、か細い声が聞こえてきた。
「翠?」
『あのっ――……話はしたくて、でも、外に行くのは無理で、だから……』
 内側から鍵を開けさせることには成功したらしい。
「了解。そこで話そう」
 携帯を切ると、深く長く息を吐き出した。
「……携帯で話すのってこんなに緊張するものだったか?」
 ふと疑問に思って空を仰ぐ。
 それも束の間、すぐに立ち上がり足早に図書棟まで戻った。
 人の心の中へ入っていく、ということはしたことがない。
 朝陽が言ったとおりだ。人にここまで関わろうとするのはこれが初めてのことだった。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される

けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」 「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」 「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」 県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。 頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。 その名も『古羊姉妹』 本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。 ――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。 そして『その日』は突然やってきた。 ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。 助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。 何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった! ――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。 そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ! 意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。 士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。 こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。 が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。 彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。 ※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。 イラスト担当:さんさん

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...