206 / 1,060
Side View Story 05
22 Side 秋斗 01話
しおりを挟む
自分の家に戻ると電気も点けず寝室へ直行し、ベッドに身を投げ出した。
どうしてこんなことになったんだか……。
どう言い表したらいいのかわからないほどの衝撃。
好きな子に拒絶されるというのはこんなにもつらいものなんだな……。
暗闇に目が慣れてきたところで胸元の携帯が震え始めた。
携帯を手に取ると、メールの着信を知らせるLEDライトが煌々と点滅する。
メール……?
不思議に思いながらメールを開くと、
件名 :さっきはごめんなさい
本文 :本当に嫌いとかではないんです。
でも、傷つけてしまったと思うから……。
だから、ごめんなさい。
明日、お昼ご飯を作りに
仕事部屋へうかがってもいいですか?
もし、お邪魔でなければ、一緒にいたいです。
自分だって戸惑っているだろう。なのに、俺にしたことを省みてこんなメールを送ってくる。
そんな余裕はないだろうに……。
いや――余裕がないからこそ、だろうか。
普段なら口にしないような言葉、「一緒にいたい」という文字が胸に刺さる。
翠葉ちゃん、君は俺を振るつもりだろう? なのに、どうしてこんなメールを送ってくる?
きっと、期限付きとでも思っているのだろう。
「……返信はしなくちゃいけないよな」
そう思って返信画面を立ち上げた。
件名 :無理、してない?
本文 :警護は解除されたから、
無理に来なくても大丈夫だよ。
無理でなければ来てほしいけど、
無理だけはしてもらいたくない。
今、無理をすることでのちに引き摺ることになるのならば、今は無理をしてほしくない。
ただでさえ色々と抱えている彼女に、これ以上のものを抱えてはもらいたくなかった。
送信すると、数分で返事があった。
件名 :気持ち上では無理じゃないんです
本文 :一緒にいたいです……。
でも、身体が拒否反応を起こす……。
でも、やっぱり側にいたいです。
だから、明日はお邪魔させてください。
……本当に、いつもなら言わないことをすらすらと言ってくる。
しょうがない……腹を据えるか。
件名 :了解
本文 :材料はどうする?
言ってくれれば揃えておくよ。
そのくらいはさせてほしい。……と言ってもコンシェルジュに用意させるだけだ。
しばらくすると、材料を書いたメールが届いた。
材料を目に、何を作ってくれるのだろうか、と少し明日が楽しみになる。
それでも、前置きはしておかなくてはいけないだろう……。
件名 :用意しておく
本文 :料理、楽しみにしてるね。
それと、明日明後日は俺からは
翠葉ちゃんに触れないし近寄らない。
翠葉ちゃんが大丈夫だと思うなら
翠葉ちゃんから寄ってきてほしい。
どんな君でも好きだよ。
今日はゆっくり休んでね。
俺からは近づかないから、だから君から寄ってきてほしい。
俺はいつだってここにいる。君さえ手を伸ばしてくれたらいつでもその手を取れるし、その覚悟はあるんだ。
十時を回ってしばらくすると静さんから連絡が入った。
『今マンションに帰ってきたところだ』
「あぁ……すっかり忘れてた」
『おまえが飲みに付き合えと言ったんだろう?』
「そうでした……」
『なんだ、声が暗いのは気のせいか? まさか手を出して即効振られたとかじゃないだろうな?』
なんてことを言ってくれるんだ、この人は……。
「ご期待に添えなくて申し訳ないんですが、違いますから。ちょっと想定外なことが起きただけです」
『まぁ、いい。うちへ来い。おまえが好きな茶色い液体を持って帰ってきた。クルーズから持ってきたからものはいいぞ」
……そりゃ、ホテルのバーから持ってきたとあらばものはいいでしょうよ……。
「すぐ行きます。俺、今日は管を巻く勢いあるんで覚悟してください」
『ずいぶんと物騒な物言いだな』
「えぇ、どうぞお楽しみに」
そう言って携帯を切った。
未だ部屋には明かりのひとつも点いていない。
手を振り上げ反動で身を起こすと、洗面所へ顔を洗いに行った。
うちのとなりは栞ちゃんの家。
彼女の部屋は通路に面しているものの、電気は点いていなかった。
もう寝たのか、それとも――
四角い窓の向こうを気にしつつ、その前を通り過ぎた。
静さんの家のインターホンを鳴らすと、
『開いてる』
と、一言返ってきた。
ドアを開けリビングへ向かうと窓が開いていた。どうやら、部屋の主はベランダにいるようだ。
外からの風でカーテンが部屋に舞い込む。
それを手で押さえると、「じゃぁ、おやすみ」という声が聞こえた。
静さんは携帯を切りこちらを向いた。
「さぁ、飲もう」
柔和な笑顔に誘われ、
「何かいいことでもありました?」
「まぁ、日課のようなものだ」
ベランダに出ると、リゾート風のダイニングテーブルに迎えられる。
重厚感あるテーブルセットに着くと、そのテーブルの上には年代物のウィスキーが置かれていた。
「これ、かなり昔の酒で廃盤ですよね。なんでこんなレアなものを……。まさかバーテン脅してぶんどってきたりしてませんよね?」
「中はそんなに入ってるわけじゃないんだ。悪酔いしないようにうまく飲め」
ロック、オンザロック、ハーフロックに水割り。いやいや、ハイボールくらいから楽しむか。冬になったらホットウィスキーも試したい――
「くっ、おまえ目が真剣すぎだろ。半分は残ってるから今飲んだらあとは好きにしろ」
それはありがたくもらうことにしよう。
「グラスと氷、冷凍庫に入ってるから適当に持ってこい」
椅子にかけた静さんの手には、仕事の資料らしきものがあった。
もしかしたらマンションに帰ってくる余裕はなかったのかもしれない。朝は朝で五時前から動いていたようだし……。
若く見えるとはいえ、もう四十五。今年で四十六。そろそろ身体のことを考えたほうがいい気がする。
そんなことを思いつつ冷凍庫からグラスと氷、冷蔵庫から水とソーダを取り出しトレイに乗せる。
ベランダに戻ると、
「そのグラスということはハイボールか?」
と、笑われた。
「えぇ。仕事が佳境の人間にストレートやらロックは出せないでしょう」
「なんだ、こっちのことは気にしなくていいんだぞ? おまえ、自棄酒したいんだろ?」
本当に性質が悪い……。
「こんな酒を目の前に出されて自棄酒なんかできますかっ」
うまい酒を飲ませたくて持ってきたのではなく、自棄酒ができないようなアイテムを持ってこられたとしか思えない。
「で? 何があったんだ?」
静さんは大人の余裕を漂わせ、面白そうに訊いてくる。
ハイボールを作りながら今日の出来事を話した。
「なるほどね。そりゃ管巻きたくなるのもわかるな。それにしても……秋斗、何か悪い相でも出てるんじゃないか?」
悪い相、イコール女難の相か何か?
いやいやいや――今のところ、女難と言えるのは雅くらいなものだろう。
翠葉ちゃん……彼女は女難とは思いたくないし、そっちに分類したくない。
「実のところ、こんなふうに女の子に拒絶されるのは初めての出来事でして、意外とショックでした」
グラスを差し出すと、静さんは「ありがとう」と受け取り口にする。
「うまいな」
言いながらグラスを傾けた。
ソーダとの相性がとても良く、爽快感を感じる。
「「これにライムかレモン――」」
ふたり同時に口にして笑った。
「ここに栞がいたら、間違いなく付いてくるアイテムなのにな」
「確かに……。独身男の冷蔵庫にはライムやらレモンなんて代物はありませんね。コンシェルジュに言えばすぐ持ってきてもらえそうですが」
けれども、俺も静さんも携帯を手に取ろうとはしない。
「こんなことで諦めるつもりはないのだろう?」
「諦められない、というのが正直なところですかね。……自分がここまで固執する相手が現れたことに、未だ驚きを隠せない状況でもありますし」
「あぁ、かなり衝撃的だよな」
「……で、静さんを振り続けている人間ってどこぞのお方で? 俺、その人の生態にえらい興味があるんですが」
静さんはくつくつと笑い出す。
「この私をあしらう人間なんて、そうはいない。いるとしたら四人だな」
四人もいるか……?
思いつく限りを並べてみるも、やっぱりそんな人間はそうそういないわけで……。
第一に俺のじーさん、藤宮の現会長だろ。そのほかに――いないだろ。次期会長をあしらえる人間なんて……。
そもそもじーさんは恋愛対象じゃないし……。
「誰ですか? 俺の知る限りではじーさんだけなんですか」
「あぁ、確かにひとりは会長だ」
「ほか三人って俺の知ってる人ですか?」
「あぁ、全員知ってるな」
静さんは愉快そうに笑う。
「あと俺が知ってる人で静さんに楯突こうって勇者は湊ちゃんくらいなんですが……」
「そうだな、湊もその内のひとりだ」
ってことは湊ちゃんも対象外。
「あとふたりって誰ですか?」
「もう降参か? つまらないな」
言いながら残りのふたりを教えてくれた。
「零樹と碧だ。あのふたりはすごいぞ? この私と対等に渡り合うからな」
静さんは嬉しそうに話した。
「翠葉ちゃんのご両親……? ってことは、静さんを振り続けてるのって碧さんっ!?」
「正解だ。結婚してからもずっとアプローチしているんだが、一向に別れる気配もなければ、私になびく素振りすら見せない」
振られ続けているというのに、朗らかに話すこの人は大丈夫だろうか……。振られ続けて神経がおかしくなっちゃったとか?
「碧は話してると面白いよ。勝気な女でね、私の相手などできるのは碧くらいだろうと思っていたんだが、学生時代から振られ続けてもう何年になるのかは途中で数えるのをやめたさ」
それでこの人独身なんだ……。あり得ない執着心。
「まだ諦めないんですか?」
少し気になった。未来の俺が目の前にいるような気がして。
「一生諦めるつもりはないんだが」
言いながら時計に目をやり、
「そろそろタイムリミットだ」
と、席を立った。
「仕事ですか?」
「あぁ、澤村が迎えに来ることになっている」
もしかして、本当にこれを飲むためだけに帰ってきたんだろうか……。
「それ、好きに飲めよ。私からの祝いだ」
「……なんの祝いですか?」
「まだ振られてもいないんじゃ振られておめでとう、とは言えないからな。……まずは初恋おめでとう、かな?」
「……振られておめでとうじゃなくて良かったですよ。それも日曜日までの命ですが」
静さんはスーツを羽織りながら、
「そのときはそのときでまた祝ってやる」
と、楽しそうに笑った。
「……嬉しくないなぁ……」
「司はどうしてる?」
不意に従弟の話を訊かれた。
「どうもこうも……普通かな。あいつは俺みたいにストレートにアプローチするタイプじゃないし、もともと口数も少ない」
何がどう変わったとは言えないし、これから何がどう動くかもわからない。ただ――
「すごくあいつらしい、ですかね」
目の前に広がる暗い空を見上げる。
「ほぉ、それはどんなふうに?」
「あいつのペースで自然に彼女に寄り添い始めてる。……そんな感じです」
「……一番侮れないタイプだな」
的を射た言葉なだけに笑えない。
「どうしたことか……。城井の血には藤宮を虜にする血でも流れているのかもな」
静さんは書類をまとめるとリビングに置いてあったアタッシュケースにしまう。
それをベランダから眺めていると、
「今日はそこで飲んでろ。帰るときに戸締りだけ頼む」
と、部屋を出ていった。
どうしてこんなことになったんだか……。
どう言い表したらいいのかわからないほどの衝撃。
好きな子に拒絶されるというのはこんなにもつらいものなんだな……。
暗闇に目が慣れてきたところで胸元の携帯が震え始めた。
携帯を手に取ると、メールの着信を知らせるLEDライトが煌々と点滅する。
メール……?
不思議に思いながらメールを開くと、
件名 :さっきはごめんなさい
本文 :本当に嫌いとかではないんです。
でも、傷つけてしまったと思うから……。
だから、ごめんなさい。
明日、お昼ご飯を作りに
仕事部屋へうかがってもいいですか?
もし、お邪魔でなければ、一緒にいたいです。
自分だって戸惑っているだろう。なのに、俺にしたことを省みてこんなメールを送ってくる。
そんな余裕はないだろうに……。
いや――余裕がないからこそ、だろうか。
普段なら口にしないような言葉、「一緒にいたい」という文字が胸に刺さる。
翠葉ちゃん、君は俺を振るつもりだろう? なのに、どうしてこんなメールを送ってくる?
きっと、期限付きとでも思っているのだろう。
「……返信はしなくちゃいけないよな」
そう思って返信画面を立ち上げた。
件名 :無理、してない?
本文 :警護は解除されたから、
無理に来なくても大丈夫だよ。
無理でなければ来てほしいけど、
無理だけはしてもらいたくない。
今、無理をすることでのちに引き摺ることになるのならば、今は無理をしてほしくない。
ただでさえ色々と抱えている彼女に、これ以上のものを抱えてはもらいたくなかった。
送信すると、数分で返事があった。
件名 :気持ち上では無理じゃないんです
本文 :一緒にいたいです……。
でも、身体が拒否反応を起こす……。
でも、やっぱり側にいたいです。
だから、明日はお邪魔させてください。
……本当に、いつもなら言わないことをすらすらと言ってくる。
しょうがない……腹を据えるか。
件名 :了解
本文 :材料はどうする?
言ってくれれば揃えておくよ。
そのくらいはさせてほしい。……と言ってもコンシェルジュに用意させるだけだ。
しばらくすると、材料を書いたメールが届いた。
材料を目に、何を作ってくれるのだろうか、と少し明日が楽しみになる。
それでも、前置きはしておかなくてはいけないだろう……。
件名 :用意しておく
本文 :料理、楽しみにしてるね。
それと、明日明後日は俺からは
翠葉ちゃんに触れないし近寄らない。
翠葉ちゃんが大丈夫だと思うなら
翠葉ちゃんから寄ってきてほしい。
どんな君でも好きだよ。
今日はゆっくり休んでね。
俺からは近づかないから、だから君から寄ってきてほしい。
俺はいつだってここにいる。君さえ手を伸ばしてくれたらいつでもその手を取れるし、その覚悟はあるんだ。
十時を回ってしばらくすると静さんから連絡が入った。
『今マンションに帰ってきたところだ』
「あぁ……すっかり忘れてた」
『おまえが飲みに付き合えと言ったんだろう?』
「そうでした……」
『なんだ、声が暗いのは気のせいか? まさか手を出して即効振られたとかじゃないだろうな?』
なんてことを言ってくれるんだ、この人は……。
「ご期待に添えなくて申し訳ないんですが、違いますから。ちょっと想定外なことが起きただけです」
『まぁ、いい。うちへ来い。おまえが好きな茶色い液体を持って帰ってきた。クルーズから持ってきたからものはいいぞ」
……そりゃ、ホテルのバーから持ってきたとあらばものはいいでしょうよ……。
「すぐ行きます。俺、今日は管を巻く勢いあるんで覚悟してください」
『ずいぶんと物騒な物言いだな』
「えぇ、どうぞお楽しみに」
そう言って携帯を切った。
未だ部屋には明かりのひとつも点いていない。
手を振り上げ反動で身を起こすと、洗面所へ顔を洗いに行った。
うちのとなりは栞ちゃんの家。
彼女の部屋は通路に面しているものの、電気は点いていなかった。
もう寝たのか、それとも――
四角い窓の向こうを気にしつつ、その前を通り過ぎた。
静さんの家のインターホンを鳴らすと、
『開いてる』
と、一言返ってきた。
ドアを開けリビングへ向かうと窓が開いていた。どうやら、部屋の主はベランダにいるようだ。
外からの風でカーテンが部屋に舞い込む。
それを手で押さえると、「じゃぁ、おやすみ」という声が聞こえた。
静さんは携帯を切りこちらを向いた。
「さぁ、飲もう」
柔和な笑顔に誘われ、
「何かいいことでもありました?」
「まぁ、日課のようなものだ」
ベランダに出ると、リゾート風のダイニングテーブルに迎えられる。
重厚感あるテーブルセットに着くと、そのテーブルの上には年代物のウィスキーが置かれていた。
「これ、かなり昔の酒で廃盤ですよね。なんでこんなレアなものを……。まさかバーテン脅してぶんどってきたりしてませんよね?」
「中はそんなに入ってるわけじゃないんだ。悪酔いしないようにうまく飲め」
ロック、オンザロック、ハーフロックに水割り。いやいや、ハイボールくらいから楽しむか。冬になったらホットウィスキーも試したい――
「くっ、おまえ目が真剣すぎだろ。半分は残ってるから今飲んだらあとは好きにしろ」
それはありがたくもらうことにしよう。
「グラスと氷、冷凍庫に入ってるから適当に持ってこい」
椅子にかけた静さんの手には、仕事の資料らしきものがあった。
もしかしたらマンションに帰ってくる余裕はなかったのかもしれない。朝は朝で五時前から動いていたようだし……。
若く見えるとはいえ、もう四十五。今年で四十六。そろそろ身体のことを考えたほうがいい気がする。
そんなことを思いつつ冷凍庫からグラスと氷、冷蔵庫から水とソーダを取り出しトレイに乗せる。
ベランダに戻ると、
「そのグラスということはハイボールか?」
と、笑われた。
「えぇ。仕事が佳境の人間にストレートやらロックは出せないでしょう」
「なんだ、こっちのことは気にしなくていいんだぞ? おまえ、自棄酒したいんだろ?」
本当に性質が悪い……。
「こんな酒を目の前に出されて自棄酒なんかできますかっ」
うまい酒を飲ませたくて持ってきたのではなく、自棄酒ができないようなアイテムを持ってこられたとしか思えない。
「で? 何があったんだ?」
静さんは大人の余裕を漂わせ、面白そうに訊いてくる。
ハイボールを作りながら今日の出来事を話した。
「なるほどね。そりゃ管巻きたくなるのもわかるな。それにしても……秋斗、何か悪い相でも出てるんじゃないか?」
悪い相、イコール女難の相か何か?
いやいやいや――今のところ、女難と言えるのは雅くらいなものだろう。
翠葉ちゃん……彼女は女難とは思いたくないし、そっちに分類したくない。
「実のところ、こんなふうに女の子に拒絶されるのは初めての出来事でして、意外とショックでした」
グラスを差し出すと、静さんは「ありがとう」と受け取り口にする。
「うまいな」
言いながらグラスを傾けた。
ソーダとの相性がとても良く、爽快感を感じる。
「「これにライムかレモン――」」
ふたり同時に口にして笑った。
「ここに栞がいたら、間違いなく付いてくるアイテムなのにな」
「確かに……。独身男の冷蔵庫にはライムやらレモンなんて代物はありませんね。コンシェルジュに言えばすぐ持ってきてもらえそうですが」
けれども、俺も静さんも携帯を手に取ろうとはしない。
「こんなことで諦めるつもりはないのだろう?」
「諦められない、というのが正直なところですかね。……自分がここまで固執する相手が現れたことに、未だ驚きを隠せない状況でもありますし」
「あぁ、かなり衝撃的だよな」
「……で、静さんを振り続けている人間ってどこぞのお方で? 俺、その人の生態にえらい興味があるんですが」
静さんはくつくつと笑い出す。
「この私をあしらう人間なんて、そうはいない。いるとしたら四人だな」
四人もいるか……?
思いつく限りを並べてみるも、やっぱりそんな人間はそうそういないわけで……。
第一に俺のじーさん、藤宮の現会長だろ。そのほかに――いないだろ。次期会長をあしらえる人間なんて……。
そもそもじーさんは恋愛対象じゃないし……。
「誰ですか? 俺の知る限りではじーさんだけなんですか」
「あぁ、確かにひとりは会長だ」
「ほか三人って俺の知ってる人ですか?」
「あぁ、全員知ってるな」
静さんは愉快そうに笑う。
「あと俺が知ってる人で静さんに楯突こうって勇者は湊ちゃんくらいなんですが……」
「そうだな、湊もその内のひとりだ」
ってことは湊ちゃんも対象外。
「あとふたりって誰ですか?」
「もう降参か? つまらないな」
言いながら残りのふたりを教えてくれた。
「零樹と碧だ。あのふたりはすごいぞ? この私と対等に渡り合うからな」
静さんは嬉しそうに話した。
「翠葉ちゃんのご両親……? ってことは、静さんを振り続けてるのって碧さんっ!?」
「正解だ。結婚してからもずっとアプローチしているんだが、一向に別れる気配もなければ、私になびく素振りすら見せない」
振られ続けているというのに、朗らかに話すこの人は大丈夫だろうか……。振られ続けて神経がおかしくなっちゃったとか?
「碧は話してると面白いよ。勝気な女でね、私の相手などできるのは碧くらいだろうと思っていたんだが、学生時代から振られ続けてもう何年になるのかは途中で数えるのをやめたさ」
それでこの人独身なんだ……。あり得ない執着心。
「まだ諦めないんですか?」
少し気になった。未来の俺が目の前にいるような気がして。
「一生諦めるつもりはないんだが」
言いながら時計に目をやり、
「そろそろタイムリミットだ」
と、席を立った。
「仕事ですか?」
「あぁ、澤村が迎えに来ることになっている」
もしかして、本当にこれを飲むためだけに帰ってきたんだろうか……。
「それ、好きに飲めよ。私からの祝いだ」
「……なんの祝いですか?」
「まだ振られてもいないんじゃ振られておめでとう、とは言えないからな。……まずは初恋おめでとう、かな?」
「……振られておめでとうじゃなくて良かったですよ。それも日曜日までの命ですが」
静さんはスーツを羽織りながら、
「そのときはそのときでまた祝ってやる」
と、楽しそうに笑った。
「……嬉しくないなぁ……」
「司はどうしてる?」
不意に従弟の話を訊かれた。
「どうもこうも……普通かな。あいつは俺みたいにストレートにアプローチするタイプじゃないし、もともと口数も少ない」
何がどう変わったとは言えないし、これから何がどう動くかもわからない。ただ――
「すごくあいつらしい、ですかね」
目の前に広がる暗い空を見上げる。
「ほぉ、それはどんなふうに?」
「あいつのペースで自然に彼女に寄り添い始めてる。……そんな感じです」
「……一番侮れないタイプだな」
的を射た言葉なだけに笑えない。
「どうしたことか……。城井の血には藤宮を虜にする血でも流れているのかもな」
静さんは書類をまとめるとリビングに置いてあったアタッシュケースにしまう。
それをベランダから眺めていると、
「今日はそこで飲んでろ。帰るときに戸締りだけ頼む」
と、部屋を出ていった。
5
あなたにおすすめの小説
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される
けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」
「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」
「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」
県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。
頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。
その名も『古羊姉妹』
本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。
――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。
そして『その日』は突然やってきた。
ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。
助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。
何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった!
――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。
そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ!
意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。
士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。
こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。
が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。
彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。
※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。
イラスト担当:さんさん
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について
おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である
そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。
なんと、彼女は学園のマドンナだった……!
こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。
彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。
そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。
そして助けられた少女もまた……。
二人の青春、そして成長物語をご覧ください。
※中盤から甘々にご注意を。
※性描写ありは保険です。
他サイトにも掲載しております。
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる