光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
235 / 1,060
第六章 葛藤

22話(挿絵あり)

しおりを挟む
 薬を飲むと睡魔に襲われた。
「翠葉ちゃん、夏とはいえ風邪を引かないようにベッドへ戻ろう?」
 秋斗さんはそう言うと、いつものように横抱きに抱えて客間へと運んでくれた。
 恥ずかしさ以前に眠くてたまらない。少しでも気を抜くと瞼が閉じてしまう。
「……少し痩せたね」
 そうかもしれない……。体重も落ちているだろうし、動いてない分、もともとあってないような筋肉も落ちているはず。
「元気になったらまた森林浴に行こう?」
「本当……?」
「……本当。前にも約束したでしょう? また、外でランチしよう」
 秋斗さんの優しく甘い表情に、「はい」と答えそうになる。
「……どうしてそこで黙っちゃうのかな」
 行きたい――すごく行きたいけど、やっぱりだめな気がする。
 でも、今は……今は具合が悪いから、看病してくれる人の側にいてもいい?
 眠くて頭がちゃんと働かない。
「何も考えなくていいから少し休んで? 俺、ここで仕事してるから」
 秋斗さんの手が顔に伸びてきて、目を瞑るように促された。
「あ……でも、携帯鳴るしキーボードの音がうるさいかな」
 秋斗さんは独り言のように口にする。
 何も言わなかったらすぐに部屋を出て行ってしまうような気がした。
「行かないで――」
 思わず口にしてしまった言葉。
「……え?」
 言ってすぐに後悔した。
 でも、口にした言葉を取り消すことなどできはしない。
「翠葉ちゃん?」
「あのっ……私、すぐに寝てしまうので……だから、それまででいいから……この部屋にいてほしいです」
「翠葉ちゃんがいいって言うならずっといるよ」
 と、すぐ近くに来てくれた。
「だからおやすみ……」
 額に降ってきたのは優しいキス。


              (イラスト:涼倉かのこ様)

 いつもならあたふたしちゃうのに、どうしてか、今はその行為にひどく安堵した。
 私はそれから数分と経たないうちに眠りに落ちた。

 私はどうしたいのだろう……。
 もう答えは出したのに、どうしてこんなにもすっきりとしないのか。どうして、こんなにあとを引き摺らなくちゃいけないのか。
 側にはいられないと言ったくせに、どうして側にいてほしいと思うのだろう。
 側にいたいと思うのに、どうして側にいられると困るのだろう。
 自分が自分じゃないみたい。
 恋なんてしなければよかった。恋なんて、知らなければよかった――


「翠葉ちゃん、起きられるかしら?」
 栞、さん?
 手の甲で目を擦りながら開けると、髪の毛を後ろでひとつに結んだ栞さんがいた。
「髪の毛、結んでる」
「さすがにこの季節は暑くて」
「……秋斗さんは?」
「今、蒼くんの部屋でデータ送信してるわ」
「……栞さん」
「ん?」
「人を好きにならなければよかったって思ったこと、ありますか?」
「ないわね」
 即答……?
「恋って楽しいことばかりじゃないけれど、失恋も苦い思い出も、すべて自分を成長させてくれる糧にはなったと思うから」
「糧……?」
「そう。恋をすると色んなことを考えない? それこそ、どうしたら好きになってもらえるかとか、かわいくなりたいとか。……翠葉ちゃんはそう思ったことない?」
 私は……。
「そこまで気持ちが追いついてない……。でも、隣に並ぶときには外見だけでも年齢差を感じさせたくないないなって思いました」
「それもそのひとつよ。でも、どうして?」
「……どうしてだろう」
「もしかして後悔しているの?」
 後悔……。
「そうかもしれないです」
「それは好きになったことを? それとも、断わったことを?」
「……断わったのは自分で決めたことだから後悔なんてしちゃだめだと思うし、後悔しても何も変わらないと思う。でも、好きにならなければこんなふうに困りはしなかったかな、とは思います」
 栞さんはため息をつくと、ベッドに肘をついて私を見た。
「翠葉ちゃん、どうしてそんなに我慢しちゃうのかな?」
「我慢、ですか?」
「うん。好きなら好きでいいと思うの。私から見ると、もっと楽な道があるのに、翠葉ちゃんは棘ばかりの茨の道を選んで歩いているように見えるわ」
 棘ばかりの茨の道……。
「楽な道はどれでしょう?」
「好きな人に甘えちゃえばいいのに。秋斗くんは受け止めてくれるだろうし、断わられた今でも待ってくれているのでしょう?」
「――でも」
「……でも?」
 雅さんのことを栞さんは知らない。
「翠葉ちゃん、私知ってるのよ。検査の日、雅に会ったでしょう?」
「どうしてっ!?」
「あまりにも翠葉ちゃんの様子がおかしいから静兄様を問い質したのよ。お兄様に限って調べてわからないことなんて何もないから」
「……そうだったんですね」
 あの日、帰ってきてからの記憶はほとんどない。
 どんな状態だったのかは翌日の湊先生や司先輩から聞いた話でなんとなくわかってはいるのだけど、そのときの記憶はないのだ。
「何を言われたのかは聞いてないわ。でも、さしづめ秋斗くんには近寄るなって内容なんじゃない?」
「……少し違うかな? 雅さんは教えてくれたんです。秋斗さんのお嫁さんになる人は子どもを産める健康な身体じゃないといけないとか――」
「……翠葉ちゃんはそれを真に受けたの?」
「真に受けたというか……納得してしまったんです」
「翠葉ちゃん、ちゃんと自分で納得したことならこんなふうに葛藤はしないものよ?」
 葛藤……?
「雅の言うことなんて気にしなくていいの。翠葉ちゃんがどうしたいか、それだけよ? それにね、結婚なんてまだ考えなくていいの。付き合ったからってその人と結婚しなくちゃいけないなんてことないんだから」
 コンコンコン――
 ドアをノックする音にびっくりした。
 ドアは開いている。そして、そこにはドア枠に寄りかかるようにして秋斗さんが立っていた。
「お話し中失礼。栞ちゃん、その話の続きは俺がしてもいいかな?」
「いいわよ。もう……いつまで放っておくのかと思ったわ」
 秋斗さんに向かって言うと、栞さんは再度私に視線を戻し、
「少し秋斗くんと話しなさい。でも、いつもの癖はだめよ?」
「……癖?」
「そう。翠葉ちゃんは頭の中で考えて答えしか言わないことがあるから。ちゃんと考えている過程も相手に伝えること。いい?」
「……はい」
 栞さんはドアを閉めて出ていった。
「さて……翠葉ちゃん、何から話そうか」
 秋斗さんがベッド脇までゆっくりと歩いてきた。
「何を話せばいいでしょう」
「まずは、俺を振った本当の理由かな?」
 にこりと笑顔を向けられたけれど、思わず唾をゴクリと飲み込む。
 秋斗さん、怒ってる……?
 笑顔がいつもの笑顔ではなかった――
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される

けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」 「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」 「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」 県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。 頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。 その名も『古羊姉妹』 本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。 ――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。 そして『その日』は突然やってきた。 ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。 助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。 何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった! ――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。 そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ! 意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。 士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。 こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。 が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。 彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。 ※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。 イラスト担当:さんさん

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...