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Side View Story 06
01~03 Side 秋斗 02話
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庵は大きなものではない。中のスペースも土間と畳のニ間が同じくらいの広さで十畳ほど。土間の奥からは裏手にある窯へ行ける。
中に入ると土間でじーさんが土を捏ねており、戸口の脇にスーツを着た男が立っていた。
「珍しいのぉ、秋斗がここへ来るなぞ。なんじゃ? 結婚相手でも決まったかの?」
「や、そういうのじゃないから。ちょっと裏山に入ってもいいかな? ばーさんの散策ルートを歩きたいんだけど」
「ほぉ……秋斗がローラの散策ルートとな」
じーさんはにやりと笑みを深める。
「……今、あまり深いこと突っ込まないでもらえます?」
「ふぉっふぉっふぉ、良い良い、誰か連れてきておるのじゃろ?」
「……確かに連れはいます。しかも、じーさんの陶芸ファンですよ」
「……ほ? それはあのお嬢さんかのぉ?」
じーさんは意味のわからないことを口にする。
「ならばなおさらじゃ。早う行け。……おぉ、そこの水筒を持っていくがよい。秋斗の好きなコーヒーじゃよ」
切り株の上に置いてあったのは、赤地に深緑のタータンチェックというモダンな柄の水筒。
「……これ、持っていくともれなくこれを返しに寄る必要性が生じますよね……」
なんて侮れないじーさんなんだ。
「今日じゃなくても良いわ。じゃが、近いうちに返しにこい」
じーさんは、「話はそれまで」とでも言うかのように口を閉ざした。
「ありがとう。じゃ、持ってく。後日返しに来るから」
車に戻り、
「さ、行こうか」
「はい」
返事をしたものの、彼女は俺が持つ水筒が気になるようだ。
「コーヒー好きのじーさんでね、持っていけって言われた。でも、翠葉ちゃんは飲めないね」
「私はいつもミネラルウォーターを持っているので大丈夫です」
良かった……笑ってくれた。
「中にも自販機はあるんだ」
そう答えると、彼女はまた何かを考えているような目をした。
きっと、業者が大変そうとかそんなことでも考えているのだろう。
道は緩やかな傾斜が続く小道。
小道といっても軽トラックが走れる幅はあるからそれほど狭いわけではない。
俺と彼女の間には三十センチほどのスペース。どうやら、このくらいの距離なら大丈夫らしい。
歩き始めるとすぐに紫陽花に迎えられた。
久しぶりにじっくりと花を見た気がする。
隣の彼女も嬉しそうに花々を愛でている。
「……秋斗さんは何色の紫陽花が好きですか?」
「そうだな、ブルーかな?」
「私もです。でも、蕾のときのほんのり色づいているアイボリーの色も好き。紫も好きだけど、紫なら藤のお花が好きです」
「あぁ、あの淡い色はきれいだよね。この山は五月になると一斉に藤が咲き誇るんだ」
「だから藤山?」
「そう」
彼女との会話はその場で目にしたものを話すことが多い。そして、彼女の感性の豊かさに感心するのがいつものこと。
その繊細な心に触れたくて、隣を歩く彼女に手を伸ばしそうになる。
「今日、カメラは持ってきてないんだね?」
行き先は確かに決まっていなかったし伝えてもいなかった。けれど、公園を歩こうと話した時点でカメラは持ってくるものと思っていた。
その問いかけに彼女は、
「はい……。今日はたくさんお話しをしたかったから」
――やめた。
今は余計なことを考えるのはやめよう。
彼女と過ごす時間を楽しもう。ただ、普通に……今までと変わりなく。
「ここに植えてあるものはすべて祖父が自分の手で植えたものなんだ。ここは祖母のためだけに作られた場所。だから、今でもここに入るためには祖父の許可がいる。手入れには業者も入れているけど、祖母が亡くなってからはそれに混じって祖父も一緒に植物の世話をするようになった」
そう――あのじーさんがここを大切にするのは、祖母との思い出が詰まった場所だからだ。そして今も昔も、それが変わることはない。
彼女はというと、少し宙を見て笑みを漏らすとすごく穏やかな表情になる。そして、
「愛されてるんですね……」
ポツリと口にした。
「そうだね。山も祖母も――俺もそのくらい翠葉ちゃんを愛しているんだけどな」
彼女を見下ろすと、
「っ……――秋斗さん、どうしてそういうことがさらっと言えるんですか?」
彼女は俺の言葉ひとつひとつに反応する。
白い肌が一気に赤みをさし、少し抗議的な目で俺を見てくる。
「思ったことをそのまま口にするのって、そんな難しいことじゃないと思うよ? それに、赤くなった翠葉ちゃんを見て安心してたりするんだ」
「……意地悪です」
「だって嬉しいと思っちゃうんだ」
俺はもう繕ったりしない。俺は俺だから――
そう思えば少しは心が軽くなる。
周りには祖母が愛した花の数々、それらが「いらっしゃい」と言ってくれているように思えた。
そこかしこに祖母の気配を感じる。
――だからか……。
愛する人の気配を感じられる場所だから、その手入れに参加したいと思ったのだろう。
じーさんもいい加減いい年なのにな……。
そんなことを考えていると、隣からか細い声が聞こえてきた。信じられないような内容を伴って。
「……秋斗さん、もう一度だけ――もう一度だけチャンスをください。手、つなぎたいです」
息が止まるかと思った。が、実際に止まったのは歩みだった。
視線を自分の足元に落とし息を吸う。
落ち着け、俺――
意を決して顔を上げ、彼女の目を見る。
「気持ちは嬉しい。でも、ここは学校じゃない。マンションは近いけど、ここに湊ちゃんが到着するまでに十五分はかかる。それに、俺以外は誰もいないし、庵にいるのもじーさんと警備の人間のみだ。何かあったとしてもすぐには対応してあげられない」
本当に……気持ちは嬉しいんだ。俺だってそうできたら、と思う。
「でも、だからです。逃げ場がなければがんばれる気がするでしょう?」
彼女の表情が歪む。
まるで、もうあとがない、というかのように。
「本当に無理はしてほしくないんだ。気持ちはわかったから……」
「……たぶん、私の気持ちは秋斗さんに全部伝わってないです」
「そうかもしれないけど……」
「お願いです……」
彼女の声が震えていた。
「……まいったな。……今日の俺には拒否権なんてあってないようなものなんだ」
「え……?」
首を傾げる彼女に思う。
翠葉ちゃん、いい加減気づこうよ。君は誰よりもきれいなのだから……。
「それも、反則にしか見えないよ。……じゃ、まずは重ねるだけね」
左手を彼女の前に差し出すと、彼女は目を瞑って深呼吸を繰り返した。そして、俺の手に自分の右手を重ねる。
手の平に少し冷たい、それでもいつもよりはあたたかいと感じる彼女の体温が重なる。
ゆっくりと彼女が目を開け、自分が乗せた手をじっと見ていた。
彼女の鼓動を知らせる振動は少し速まったものの、昨日とは明らかに違う。
しばらくすると、左手を握られる感覚があった。
「翠葉ちゃん……?」
「……大丈夫、みたいです」
治ったのか……?
見て取れる異変は彼女にない。
クリアできたのかもしれない……。
それがわかるとほっとした。
「良かった」
思わず、口から漏れた俺の本音。
「私もです――また傷つけちゃったらどうしようかと思った……」
そんなふうに泣き笑いで答える彼女。
「翠葉ちゃん、大丈夫だよ……。俺はもっとひどいことをたくさんしてきてる。それが報いとなって翠葉ちゃんから返ってくるのなら、どんなことでも甘んじて受ける。言ったでしょう? そのくらいには愛してるつもりだって」
「……少し、甘えてもいいですか……?」
つないだ手を見たまま彼女が訊いてくる。
「珍しいね。……いつでも甘えてほしいと思ってるんだけど、いつもはなかなか――」
言い終わらないうちに胸にトン、と小さな衝撃。
「すい、は、ちゃん――?」
胸に、彼女の額が預けられていた。
「ごめんなさい……。少しだけ、少しだけでいいから……」
それを聞いてしまったら、彼女を抱きしめずにはいられなかった。
自分の手に、腕に、しっかりと彼女を感じる。
「少しだけなんて、そんなもったいないこと言わないで。俺はずっと抱きしめていたい」
本当に少しの間、二分もしないうちに離れようとする彼女。
俺はまだ放したくなくて、腕に力をこめた。
腕の中で彼女が潰れないように、細心の注意を払って抱きしめる。
「翠葉ちゃん、俺もひとつお願いしていいかな」
キスがしたい――
彼女は何か考えるところがあるようで、少しの間を置いてから返事があった。
「聞けるものならば……」
「……ずいぶんと答えまでに時間がかかったね。……キス、してもいい?」
俺の言葉や要求にびっくりしているという感じではなく、ただ何か躊躇している、そんなふうに見えた。
「ごめん、訊いたけど答えを待てそうにはない」
彼女の唇に自分のそれを重ね、無意識に舌を入れる。
「んっ――」
咄嗟に身体に力が入ったものの、彼女はその口付けを拒みはしない。
唇を離しては角度を変え、何度も何度も貪った。
甘いその唇と、彼女の口腔内を。追いかけては逃げる舌を絡め取るように。
唇を解放すると、わずかに彼女の息が上がっていた。顔を真っ赤に上気させて。
「返事聞かなくてごめん。それから、びっくりさせてごめん」
俺の胸元でフルフルと首を横に振る彼女。それに伴って、ふわふわと髪の毛が舞う。
「でも……我慢できないくらい、そのくらい好きだ」
抱きしめた彼女の心臓はすごい駆け足で、それでも俺の腕から逃げてしまうようなことはなかった。
まだ、身体ごと俺に預けてくれている。
今日はすごく素直だ……。
背中に回していた腕を少し緩めると、胸元の小さな頭が上を向いた。
真っ赤な顔をして、「どうしよう」って顔……。
「歩こうか……」
穏やかな気持ちで声をかけると、彼女は「はい」と恥ずかしげに答えた。
中に入ると土間でじーさんが土を捏ねており、戸口の脇にスーツを着た男が立っていた。
「珍しいのぉ、秋斗がここへ来るなぞ。なんじゃ? 結婚相手でも決まったかの?」
「や、そういうのじゃないから。ちょっと裏山に入ってもいいかな? ばーさんの散策ルートを歩きたいんだけど」
「ほぉ……秋斗がローラの散策ルートとな」
じーさんはにやりと笑みを深める。
「……今、あまり深いこと突っ込まないでもらえます?」
「ふぉっふぉっふぉ、良い良い、誰か連れてきておるのじゃろ?」
「……確かに連れはいます。しかも、じーさんの陶芸ファンですよ」
「……ほ? それはあのお嬢さんかのぉ?」
じーさんは意味のわからないことを口にする。
「ならばなおさらじゃ。早う行け。……おぉ、そこの水筒を持っていくがよい。秋斗の好きなコーヒーじゃよ」
切り株の上に置いてあったのは、赤地に深緑のタータンチェックというモダンな柄の水筒。
「……これ、持っていくともれなくこれを返しに寄る必要性が生じますよね……」
なんて侮れないじーさんなんだ。
「今日じゃなくても良いわ。じゃが、近いうちに返しにこい」
じーさんは、「話はそれまで」とでも言うかのように口を閉ざした。
「ありがとう。じゃ、持ってく。後日返しに来るから」
車に戻り、
「さ、行こうか」
「はい」
返事をしたものの、彼女は俺が持つ水筒が気になるようだ。
「コーヒー好きのじーさんでね、持っていけって言われた。でも、翠葉ちゃんは飲めないね」
「私はいつもミネラルウォーターを持っているので大丈夫です」
良かった……笑ってくれた。
「中にも自販機はあるんだ」
そう答えると、彼女はまた何かを考えているような目をした。
きっと、業者が大変そうとかそんなことでも考えているのだろう。
道は緩やかな傾斜が続く小道。
小道といっても軽トラックが走れる幅はあるからそれほど狭いわけではない。
俺と彼女の間には三十センチほどのスペース。どうやら、このくらいの距離なら大丈夫らしい。
歩き始めるとすぐに紫陽花に迎えられた。
久しぶりにじっくりと花を見た気がする。
隣の彼女も嬉しそうに花々を愛でている。
「……秋斗さんは何色の紫陽花が好きですか?」
「そうだな、ブルーかな?」
「私もです。でも、蕾のときのほんのり色づいているアイボリーの色も好き。紫も好きだけど、紫なら藤のお花が好きです」
「あぁ、あの淡い色はきれいだよね。この山は五月になると一斉に藤が咲き誇るんだ」
「だから藤山?」
「そう」
彼女との会話はその場で目にしたものを話すことが多い。そして、彼女の感性の豊かさに感心するのがいつものこと。
その繊細な心に触れたくて、隣を歩く彼女に手を伸ばしそうになる。
「今日、カメラは持ってきてないんだね?」
行き先は確かに決まっていなかったし伝えてもいなかった。けれど、公園を歩こうと話した時点でカメラは持ってくるものと思っていた。
その問いかけに彼女は、
「はい……。今日はたくさんお話しをしたかったから」
――やめた。
今は余計なことを考えるのはやめよう。
彼女と過ごす時間を楽しもう。ただ、普通に……今までと変わりなく。
「ここに植えてあるものはすべて祖父が自分の手で植えたものなんだ。ここは祖母のためだけに作られた場所。だから、今でもここに入るためには祖父の許可がいる。手入れには業者も入れているけど、祖母が亡くなってからはそれに混じって祖父も一緒に植物の世話をするようになった」
そう――あのじーさんがここを大切にするのは、祖母との思い出が詰まった場所だからだ。そして今も昔も、それが変わることはない。
彼女はというと、少し宙を見て笑みを漏らすとすごく穏やかな表情になる。そして、
「愛されてるんですね……」
ポツリと口にした。
「そうだね。山も祖母も――俺もそのくらい翠葉ちゃんを愛しているんだけどな」
彼女を見下ろすと、
「っ……――秋斗さん、どうしてそういうことがさらっと言えるんですか?」
彼女は俺の言葉ひとつひとつに反応する。
白い肌が一気に赤みをさし、少し抗議的な目で俺を見てくる。
「思ったことをそのまま口にするのって、そんな難しいことじゃないと思うよ? それに、赤くなった翠葉ちゃんを見て安心してたりするんだ」
「……意地悪です」
「だって嬉しいと思っちゃうんだ」
俺はもう繕ったりしない。俺は俺だから――
そう思えば少しは心が軽くなる。
周りには祖母が愛した花の数々、それらが「いらっしゃい」と言ってくれているように思えた。
そこかしこに祖母の気配を感じる。
――だからか……。
愛する人の気配を感じられる場所だから、その手入れに参加したいと思ったのだろう。
じーさんもいい加減いい年なのにな……。
そんなことを考えていると、隣からか細い声が聞こえてきた。信じられないような内容を伴って。
「……秋斗さん、もう一度だけ――もう一度だけチャンスをください。手、つなぎたいです」
息が止まるかと思った。が、実際に止まったのは歩みだった。
視線を自分の足元に落とし息を吸う。
落ち着け、俺――
意を決して顔を上げ、彼女の目を見る。
「気持ちは嬉しい。でも、ここは学校じゃない。マンションは近いけど、ここに湊ちゃんが到着するまでに十五分はかかる。それに、俺以外は誰もいないし、庵にいるのもじーさんと警備の人間のみだ。何かあったとしてもすぐには対応してあげられない」
本当に……気持ちは嬉しいんだ。俺だってそうできたら、と思う。
「でも、だからです。逃げ場がなければがんばれる気がするでしょう?」
彼女の表情が歪む。
まるで、もうあとがない、というかのように。
「本当に無理はしてほしくないんだ。気持ちはわかったから……」
「……たぶん、私の気持ちは秋斗さんに全部伝わってないです」
「そうかもしれないけど……」
「お願いです……」
彼女の声が震えていた。
「……まいったな。……今日の俺には拒否権なんてあってないようなものなんだ」
「え……?」
首を傾げる彼女に思う。
翠葉ちゃん、いい加減気づこうよ。君は誰よりもきれいなのだから……。
「それも、反則にしか見えないよ。……じゃ、まずは重ねるだけね」
左手を彼女の前に差し出すと、彼女は目を瞑って深呼吸を繰り返した。そして、俺の手に自分の右手を重ねる。
手の平に少し冷たい、それでもいつもよりはあたたかいと感じる彼女の体温が重なる。
ゆっくりと彼女が目を開け、自分が乗せた手をじっと見ていた。
彼女の鼓動を知らせる振動は少し速まったものの、昨日とは明らかに違う。
しばらくすると、左手を握られる感覚があった。
「翠葉ちゃん……?」
「……大丈夫、みたいです」
治ったのか……?
見て取れる異変は彼女にない。
クリアできたのかもしれない……。
それがわかるとほっとした。
「良かった」
思わず、口から漏れた俺の本音。
「私もです――また傷つけちゃったらどうしようかと思った……」
そんなふうに泣き笑いで答える彼女。
「翠葉ちゃん、大丈夫だよ……。俺はもっとひどいことをたくさんしてきてる。それが報いとなって翠葉ちゃんから返ってくるのなら、どんなことでも甘んじて受ける。言ったでしょう? そのくらいには愛してるつもりだって」
「……少し、甘えてもいいですか……?」
つないだ手を見たまま彼女が訊いてくる。
「珍しいね。……いつでも甘えてほしいと思ってるんだけど、いつもはなかなか――」
言い終わらないうちに胸にトン、と小さな衝撃。
「すい、は、ちゃん――?」
胸に、彼女の額が預けられていた。
「ごめんなさい……。少しだけ、少しだけでいいから……」
それを聞いてしまったら、彼女を抱きしめずにはいられなかった。
自分の手に、腕に、しっかりと彼女を感じる。
「少しだけなんて、そんなもったいないこと言わないで。俺はずっと抱きしめていたい」
本当に少しの間、二分もしないうちに離れようとする彼女。
俺はまだ放したくなくて、腕に力をこめた。
腕の中で彼女が潰れないように、細心の注意を払って抱きしめる。
「翠葉ちゃん、俺もひとつお願いしていいかな」
キスがしたい――
彼女は何か考えるところがあるようで、少しの間を置いてから返事があった。
「聞けるものならば……」
「……ずいぶんと答えまでに時間がかかったね。……キス、してもいい?」
俺の言葉や要求にびっくりしているという感じではなく、ただ何か躊躇している、そんなふうに見えた。
「ごめん、訊いたけど答えを待てそうにはない」
彼女の唇に自分のそれを重ね、無意識に舌を入れる。
「んっ――」
咄嗟に身体に力が入ったものの、彼女はその口付けを拒みはしない。
唇を離しては角度を変え、何度も何度も貪った。
甘いその唇と、彼女の口腔内を。追いかけては逃げる舌を絡め取るように。
唇を解放すると、わずかに彼女の息が上がっていた。顔を真っ赤に上気させて。
「返事聞かなくてごめん。それから、びっくりさせてごめん」
俺の胸元でフルフルと首を横に振る彼女。それに伴って、ふわふわと髪の毛が舞う。
「でも……我慢できないくらい、そのくらい好きだ」
抱きしめた彼女の心臓はすごい駆け足で、それでも俺の腕から逃げてしまうようなことはなかった。
まだ、身体ごと俺に預けてくれている。
今日はすごく素直だ……。
背中に回していた腕を少し緩めると、胸元の小さな頭が上を向いた。
真っ赤な顔をして、「どうしよう」って顔……。
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穏やかな気持ちで声をかけると、彼女は「はい」と恥ずかしげに答えた。
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