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11~14 Side 桃華 03話
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さっきと同じように私がベッドの頭の方へ腰を下ろし、飛鳥はベッドの真ん中あたりに腰掛けた。
飛鳥はまだ悩んでいるみたいだから、私から話そう。
「さて、本題だけど……。私は付き合うことと結婚は分けて考えるタイプ。だって、付き合って一緒に時間を過ごしたうえで結婚ができるかどうか吟味したいもの。ある意味、お試し期間? だから、婚約も別として考えるわ。で、キスや性行為だけど……。もし好きな人と付き合うことになったらキスはしたい、かな……」
さっき考えたことをそのまま口にしてみたけれど、やっぱり頭に浮かぶのは蒼樹さんで、どうしても顔が熱くなる。
けれど、まだ答えは半分しか終わっていない。
「性行為はちょっと別……。なんていうか、相手と自分しだいじゃないかしら。子どもができるかもしれない行為はそう安易にしていいものとは思えないの。中絶とか嫌だし、かといって生んで育てるのも今の私には無理だわ。高校だってやめたくないもの。だからするなら避妊は絶対って思う。でも、その場の雰囲気に流されて……とかそういうのは嫌。軽率なことはしたくない」
藤宮では初等部から性教育が始まる。高校でも近々避妊の仕方についての授業が男女別で行われる予定だ。
藤宮の性教育は保護者並びに学校関係者の定評がある。その理由は、ほかの学校と比べて細やかな指導だからだそう。
中絶をする事態を不用意に招かないため。人の命の重みはお腹の中ですでに始まっている、とそういう部分から教育される。
「いつも思うんだけど、桃華って責任感強いよね?」
翠葉は飛鳥に同意するように頷いていた。
「自分の頭はどうもこういうふうにしか物事を考えられないのよ」
本当にそれだけなのだ。
「私はねぇ……わっかんないんだなぁ……。好きな人とは喋りたいし一緒にいたいし手だってつなぎたいよ? でも、性行為はちょっと……」
飛鳥は言葉を濁す。
誰のことを考えて話しているのかは一目瞭然。
「だって、怖くない?」
飛鳥が翠葉に訊くと、
「……飛鳥ちゃんも怖い? それ、おかしいことじゃない?」
翠葉はおどおどとした様子で口にした。
「怖いよ。だって、雑誌に初めては痛いとか書いてあるしっ」
飛鳥が真っ赤な顔をして言う。
飛鳥、あけっぴろげすぎ……。
私は思わずベッドに突っ伏す。
「桃華さんは? 桃華さんも、怖い?」
頭に降ってきたのは翠葉の声。
さっきから蒼樹さんの顔がちらつく私の顔は間違いなく赤いはずで、頭を縦に振ることでしか意思を伝えることができなかった。
「あのね、もうひとつ訊いてもいい?」
翠葉のおどおどに拍車がかかる。そんな困った顔で何を訊かれるのだろう。
飛鳥が「なぁに?」と訊くと、翠葉は不思議なことを口にした。
「性行為が怖いって思ったら、好きな人も怖くなるの?」
好きな人も怖くなる……?
私は飛鳥と顔を見合わせる。
飛鳥と意思の疎通はできたようだ。
「「なんで?」」
ふたり声を揃えて訊き返す。
私は翠葉が答えるのも待たずに、
「そんなの、こっちの気持ちが固まるまで待たせておけばいいのよ」
つい啖呵切ってしまったけど――
「性行為自体は怖くても、好きな人は好きな人でしょう?」
飛鳥が訊くと、翠葉は手に持つグラスに視線を落として小さく口を開いた。
「あのね、私は……意識した途端に秋斗さんも怖くなっちゃったの……」
まるで何もかもに怯えているように見えた。
でも、どうして……?
「秋斗先生だけ?」
私が訊くと、
「うん、ほかは海斗くんも佐野くんも司先輩も大丈夫。でも、秋斗さんは同じ空間にいるだけで身体が硬直しちゃうくらいで――どうしたらいいのかわからないの」
言葉を失っていると、
「まずはそれを飲んじゃおうよ」
飛鳥が翠葉のグラスを指差した。
「うん」
翠葉は少しずつ酸味あるハーブティーを口にする。
一口一口確認するように飲む姿すら痛々しい……。
「翠葉は体調も大変なのに恋愛も大変ね」
「本当に……。どうしたいいのかな」
少しでも笑顔を作ろうとするから余計に見ていてつらくなる。
「そのままでいいんじゃないかしら」
私は気づいたらそう口にしていた。
だって、今のこの翠葉に何をどうしろと言うの?
「……そのまま?」
「秋斗先生はそんな翠葉だから好きになったんじゃないかしら?」
「あぁ、ある意味そうかもー……。だって秋斗先生だったら苦労しなくても女の人よりどりみどりだろうし。なのに翠葉なんだよ?」
飛鳥がもっともらしい理由をつけてくれた。
私はただ――翠葉がこれ以上無理する姿を見たくなかったら思わず口にしてしまっただけで、そこまで考えて話したわけじゃない。
「どうして私だったのかな……」
翠葉の表情に深刻具合がうかがえる。
「それは本人に訊かないとわからないわよ。……ね、今のその気持ちを秋斗先生に話すことはできないの?」
それが一番手っ取り早いと思うのだけど――この反応は無理って感じかしら……。
「あ――あのね、秋斗さんとこういう話をするのも怖いの」
「それじゃ前に進めないじゃん」
間髪容れずに飛鳥が返した。
「それ、置く?」
飛鳥が翠葉のグラスを指して訊けば、グラスを握りしめる力を少し強くして、
「ううん、何か持っているほうが落ち着くの」
それほどまでに不安が大きいのか……。
私はこんな翠葉に何を言ってあげられるだろう。何が言えるだろう?
重くならず軽すぎず、翠葉の力を抜くために言えること――
「ま、なんにせよこのご時世、私たちの年で結婚まで考えて付き合ってる人なんて少ないわよ」
これがひとつの答えとなってくれればいいけれど……。
「秋斗さんはね、結婚まで視野に入れて付き合うことを考えていて、でも、私にはそれができなくて……。なんていうか、覚悟ができている人とできてない人……? それでいいのかなって……。覚悟できているからこそ性行為まで求められているとして、覚悟できていない私は受け入れられないっていうか――怖い」
なるほどね……。
「……全部が怖いにつながっちゃうんだ」
今日の飛鳥は的を射た言葉をよく口にする。
もともと直感で話すタイプだけど、こんなときには適材かもしれない。
「ねぇ、ここまで話したから男ふたり中に入れない?」
私が提案すると、ふたりは各々頷いた。
ドアを開けてふたりを呼ぶと、
「話終わった?」
「終わってなくて続行中?」
飛鳥が首を傾げて答えると、佐野がフリーズした。
まったく、世話の焼ける……。
「主に翠葉の悩み相談よ」
佐野の頭を小突くと、佐野はあからさまにほっとした顔をした。
「なんかね、全部が『怖い』につながっちゃうみたい」
「あぁ、さっきの話ね」
飛鳥の言葉を佐野が請合う。海斗だけが意味をわかっていないようだった。
一呼吸置いた翠葉が、
「あのね、海斗くんもそうだけど、秋斗さんも同じ考えの人だよね? 付き合うなら結婚を前提に……って」
正直、その言葉に驚いた。まさか、そんな考えの人間が同級生に、こんな身近いにいるとは思わなかっただけに……。
三人揃って海斗を見るも、
「そうだろうね。それが何?」
海斗は何食わぬ顔をして答える。
……だめだわ。海斗のこと理解できる気がしない……。
少し波風立った空気を一気に鎮めたのは翠葉の声だった。
「私はね、そこまで考えられないの。というよりは、そんな覚悟を持ち合わせてはいないの。もし、そのうえで性行為を求められているのだとしても、やっぱりそんな覚悟はないの」
翠葉は頼りない笑みを浮かべていた。それに対し、
「……待たせておけばいいんじゃね?」
海斗がきょとんとした顔で答える。
……そこは私と同じ考えなの?
「ま、秋兄には酷っちゃ酷だけど、そうまでしても手に入れたいのなら我慢するのが筋だろ? それが本当の覚悟だと思うけど」
と、首を捻る。
「でも、どうやら御園生は求められて困ってるっぽいよ」
「……なるほど。それで『怖い』につながるわけね。でも、怖いのは行為のみでしょ?」
翠葉はその問いかけに俯いてしまった。
「……まさか、秋兄そのものが怖かったりするの?」
海斗が目を剥いて訊くと、翠葉は小さくコクリと頷いた。
盛大なため息が三つ。私と佐野と飛鳥だ。海斗は問いかけた状態で固まっている。
それはそうよね……。私と飛鳥だって驚いたもの。
「秋兄にそのまま伝えてみたら?」
海斗が訊くものの、翠葉は顔も上げられなくなっていた。
「……海斗、もうそれも無理っぽいわ」
代わりに私が答えると、「なんで?」と質問の矛先が私に向く。
「翠葉、秋斗先生と同じ空間にいるだけでも身体が硬直しちゃうみたい」
「マジっ!?」
翠葉に視線を戻すと、翠葉は俯いたまま言葉を失っていた。
そんな翠葉を見た海斗の眉尻が下がる。
「翠葉、悪い……。秋兄、そんな怯えさせるようなことしたんだ?」
翠葉ははじかれたように顔を上げ、
「違うっ。あのね、私が許容できないだけで、たぶん――きっと、そんなひどいことをされたわけじゃないと思う」
最初は勢いよく話したものの、最後は消えゆくような声。
あくまでも秋斗先生は悪くない、と伝えたかったのだろう。
「そっか……ありがと。秋兄のことかばってくれて」
翠葉の想いを察したのか、海斗がふわりと笑った。そして顔を引き締め、
「でも、やっぱり翠葉を好きなら秋兄が我慢すべきだと思う」
翠葉を真っ直ぐに見て言う。
翠葉が「え?」と漏らせば、周りにいた面々が次々に声をあげる。
「ほらー……やっぱりそうだよー」
飛鳥の言葉に、「どう、して……?」と困惑した顔で翠葉が尋ねた。
それにはため息混じりに佐野が答える。
「だって、こういう御園生を好きになったんだったら、御園生の意思を尊重しないと。……だろ?」
私、このメンバーが本当に好き……。
「ほら、だから待たせておけばいいんだってば」
私は得意げに口にした。
「あぁぁぁ……でもなぁ、恐怖感持っちゃってるのはなかなか拭えないよなぁ……。これは秋兄の失態だな」
「そこよね……。秋斗先生を怖いって思っているのだけでもどうにかできるといいんだけど」
「また少しずつ一から慣らすしかないんじゃない?」
と、慎重に口にした佐野の言葉には妙な重みがあった。
「翠葉、おまえはさ、おまえの速度で歩けばいいんだ。何も秋兄に合わせることないよ。こういうのって人に合わせるものじゃないし。むしろ自分のペースを守ったほうがいいと思う」
そんなふうに想ってもらえたら、女の子は幸せよね。
飛鳥はぼけっとした顔で海斗を凝視していて、それを見て肩を落としていたのは佐野だった。
佐野は飛鳥が好きだし、飛鳥はずっと海斗しか見ていない。
海斗はといえば、今まで誰かとどうなったという浮いた話のひとつも聞いたことがない。
「えっ!? なんで泣くのっ!?」
「あ……」
気づけば翠葉が泣いていた。
「バカね……。誰も翠葉が悪いなんて思ってないし、翠葉の気持ちがおかしいなんて思ってないわよ」
ハンカチを差し出すと、それを目に当て涙をしみこませるように拭き取った。
「ただ、すごく新鮮ではあったけど」
と佐野が言って笑う。
「翠葉、好きーっ! 早く学校に出てきてね」
飛鳥が翠葉に抱きついた瞬間、翠葉の手から落ちそうになったグラスを私が受け止められたのは奇跡だと思う。
いつもなら飛鳥を制御するところだけれど、今はこのほうがいい気がした。ぬくもりを伝えるほうが、いい気がした。
テーブル向こうにいた男ふたりもベッドサイドまでやってくる。
「あーあ。こんな悩んでるんだったらもっと早くに来るんだったよ」
佐野の言葉を皮切りに、この一週間不満を抱えていた人間がそれらを口にし始める。
「本当……翠葉、全然メールくれないんだもん」
「いつになったら連絡くるのかと思って携帯が片時も離せなかったじゃない」
翠葉は不思議そうに首を傾げている。
海斗だけが面白そうに笑っていて腹立たしい……。
「こいつらさ、お見舞いに来たくて仕方なかったんだ。でも、いつまで経ってもお呼びがかからないから連絡くるまではメールしないとか、電話かけないとか意地になってたバカども」
「そうだったの……?」
三人揃って渋々頷く。
「ごめんね……。こういうの初めてで、誰にどうやって相談したらいいのかわからなくてずっといっぱいいっぱいだったの」
「翠葉らしいっていったら翠葉らしいけど」
私が佐野に振り、
「俺らのこと眼中なかったよな?」
佐野は飛鳥に振る。
「すごく寂しいよねぇ……」
最後は三人で翠葉を見やる。と、
「ごめん、なさい……。こういう相談も乗ってもらえるの?」
どこまでも不安そうに訊いてくる翠葉に少し腹が立つ。
「「「「当たり前っ!」」」」
どうやらそう思ったのは私だけではなかったようだ。
「だから、俺らの相談にも乗ってよ」
海斗がタオルケットの上に乱れる翠葉の髪を一房取って引っ張る。
「乗れるものなら……」
まだ不安そう、か……。こういう子なのよね……。
きっとこういう環境自体が初めてで、誰かがお見舞いに来てくれることもなかったのだろう。
ゴールデンウィークの一件を思い出すだけで虫唾が走る。
翠葉、大丈夫よ? 私たちは離れていかない。むしろ、翠葉にもっと歩み寄ってもらいたいの。
どうしたら――どうしたらそれをこの子はわかってくれるのかしら……。
飛鳥はまだ悩んでいるみたいだから、私から話そう。
「さて、本題だけど……。私は付き合うことと結婚は分けて考えるタイプ。だって、付き合って一緒に時間を過ごしたうえで結婚ができるかどうか吟味したいもの。ある意味、お試し期間? だから、婚約も別として考えるわ。で、キスや性行為だけど……。もし好きな人と付き合うことになったらキスはしたい、かな……」
さっき考えたことをそのまま口にしてみたけれど、やっぱり頭に浮かぶのは蒼樹さんで、どうしても顔が熱くなる。
けれど、まだ答えは半分しか終わっていない。
「性行為はちょっと別……。なんていうか、相手と自分しだいじゃないかしら。子どもができるかもしれない行為はそう安易にしていいものとは思えないの。中絶とか嫌だし、かといって生んで育てるのも今の私には無理だわ。高校だってやめたくないもの。だからするなら避妊は絶対って思う。でも、その場の雰囲気に流されて……とかそういうのは嫌。軽率なことはしたくない」
藤宮では初等部から性教育が始まる。高校でも近々避妊の仕方についての授業が男女別で行われる予定だ。
藤宮の性教育は保護者並びに学校関係者の定評がある。その理由は、ほかの学校と比べて細やかな指導だからだそう。
中絶をする事態を不用意に招かないため。人の命の重みはお腹の中ですでに始まっている、とそういう部分から教育される。
「いつも思うんだけど、桃華って責任感強いよね?」
翠葉は飛鳥に同意するように頷いていた。
「自分の頭はどうもこういうふうにしか物事を考えられないのよ」
本当にそれだけなのだ。
「私はねぇ……わっかんないんだなぁ……。好きな人とは喋りたいし一緒にいたいし手だってつなぎたいよ? でも、性行為はちょっと……」
飛鳥は言葉を濁す。
誰のことを考えて話しているのかは一目瞭然。
「だって、怖くない?」
飛鳥が翠葉に訊くと、
「……飛鳥ちゃんも怖い? それ、おかしいことじゃない?」
翠葉はおどおどとした様子で口にした。
「怖いよ。だって、雑誌に初めては痛いとか書いてあるしっ」
飛鳥が真っ赤な顔をして言う。
飛鳥、あけっぴろげすぎ……。
私は思わずベッドに突っ伏す。
「桃華さんは? 桃華さんも、怖い?」
頭に降ってきたのは翠葉の声。
さっきから蒼樹さんの顔がちらつく私の顔は間違いなく赤いはずで、頭を縦に振ることでしか意思を伝えることができなかった。
「あのね、もうひとつ訊いてもいい?」
翠葉のおどおどに拍車がかかる。そんな困った顔で何を訊かれるのだろう。
飛鳥が「なぁに?」と訊くと、翠葉は不思議なことを口にした。
「性行為が怖いって思ったら、好きな人も怖くなるの?」
好きな人も怖くなる……?
私は飛鳥と顔を見合わせる。
飛鳥と意思の疎通はできたようだ。
「「なんで?」」
ふたり声を揃えて訊き返す。
私は翠葉が答えるのも待たずに、
「そんなの、こっちの気持ちが固まるまで待たせておけばいいのよ」
つい啖呵切ってしまったけど――
「性行為自体は怖くても、好きな人は好きな人でしょう?」
飛鳥が訊くと、翠葉は手に持つグラスに視線を落として小さく口を開いた。
「あのね、私は……意識した途端に秋斗さんも怖くなっちゃったの……」
まるで何もかもに怯えているように見えた。
でも、どうして……?
「秋斗先生だけ?」
私が訊くと、
「うん、ほかは海斗くんも佐野くんも司先輩も大丈夫。でも、秋斗さんは同じ空間にいるだけで身体が硬直しちゃうくらいで――どうしたらいいのかわからないの」
言葉を失っていると、
「まずはそれを飲んじゃおうよ」
飛鳥が翠葉のグラスを指差した。
「うん」
翠葉は少しずつ酸味あるハーブティーを口にする。
一口一口確認するように飲む姿すら痛々しい……。
「翠葉は体調も大変なのに恋愛も大変ね」
「本当に……。どうしたいいのかな」
少しでも笑顔を作ろうとするから余計に見ていてつらくなる。
「そのままでいいんじゃないかしら」
私は気づいたらそう口にしていた。
だって、今のこの翠葉に何をどうしろと言うの?
「……そのまま?」
「秋斗先生はそんな翠葉だから好きになったんじゃないかしら?」
「あぁ、ある意味そうかもー……。だって秋斗先生だったら苦労しなくても女の人よりどりみどりだろうし。なのに翠葉なんだよ?」
飛鳥がもっともらしい理由をつけてくれた。
私はただ――翠葉がこれ以上無理する姿を見たくなかったら思わず口にしてしまっただけで、そこまで考えて話したわけじゃない。
「どうして私だったのかな……」
翠葉の表情に深刻具合がうかがえる。
「それは本人に訊かないとわからないわよ。……ね、今のその気持ちを秋斗先生に話すことはできないの?」
それが一番手っ取り早いと思うのだけど――この反応は無理って感じかしら……。
「あ――あのね、秋斗さんとこういう話をするのも怖いの」
「それじゃ前に進めないじゃん」
間髪容れずに飛鳥が返した。
「それ、置く?」
飛鳥が翠葉のグラスを指して訊けば、グラスを握りしめる力を少し強くして、
「ううん、何か持っているほうが落ち着くの」
それほどまでに不安が大きいのか……。
私はこんな翠葉に何を言ってあげられるだろう。何が言えるだろう?
重くならず軽すぎず、翠葉の力を抜くために言えること――
「ま、なんにせよこのご時世、私たちの年で結婚まで考えて付き合ってる人なんて少ないわよ」
これがひとつの答えとなってくれればいいけれど……。
「秋斗さんはね、結婚まで視野に入れて付き合うことを考えていて、でも、私にはそれができなくて……。なんていうか、覚悟ができている人とできてない人……? それでいいのかなって……。覚悟できているからこそ性行為まで求められているとして、覚悟できていない私は受け入れられないっていうか――怖い」
なるほどね……。
「……全部が怖いにつながっちゃうんだ」
今日の飛鳥は的を射た言葉をよく口にする。
もともと直感で話すタイプだけど、こんなときには適材かもしれない。
「ねぇ、ここまで話したから男ふたり中に入れない?」
私が提案すると、ふたりは各々頷いた。
ドアを開けてふたりを呼ぶと、
「話終わった?」
「終わってなくて続行中?」
飛鳥が首を傾げて答えると、佐野がフリーズした。
まったく、世話の焼ける……。
「主に翠葉の悩み相談よ」
佐野の頭を小突くと、佐野はあからさまにほっとした顔をした。
「なんかね、全部が『怖い』につながっちゃうみたい」
「あぁ、さっきの話ね」
飛鳥の言葉を佐野が請合う。海斗だけが意味をわかっていないようだった。
一呼吸置いた翠葉が、
「あのね、海斗くんもそうだけど、秋斗さんも同じ考えの人だよね? 付き合うなら結婚を前提に……って」
正直、その言葉に驚いた。まさか、そんな考えの人間が同級生に、こんな身近いにいるとは思わなかっただけに……。
三人揃って海斗を見るも、
「そうだろうね。それが何?」
海斗は何食わぬ顔をして答える。
……だめだわ。海斗のこと理解できる気がしない……。
少し波風立った空気を一気に鎮めたのは翠葉の声だった。
「私はね、そこまで考えられないの。というよりは、そんな覚悟を持ち合わせてはいないの。もし、そのうえで性行為を求められているのだとしても、やっぱりそんな覚悟はないの」
翠葉は頼りない笑みを浮かべていた。それに対し、
「……待たせておけばいいんじゃね?」
海斗がきょとんとした顔で答える。
……そこは私と同じ考えなの?
「ま、秋兄には酷っちゃ酷だけど、そうまでしても手に入れたいのなら我慢するのが筋だろ? それが本当の覚悟だと思うけど」
と、首を捻る。
「でも、どうやら御園生は求められて困ってるっぽいよ」
「……なるほど。それで『怖い』につながるわけね。でも、怖いのは行為のみでしょ?」
翠葉はその問いかけに俯いてしまった。
「……まさか、秋兄そのものが怖かったりするの?」
海斗が目を剥いて訊くと、翠葉は小さくコクリと頷いた。
盛大なため息が三つ。私と佐野と飛鳥だ。海斗は問いかけた状態で固まっている。
それはそうよね……。私と飛鳥だって驚いたもの。
「秋兄にそのまま伝えてみたら?」
海斗が訊くものの、翠葉は顔も上げられなくなっていた。
「……海斗、もうそれも無理っぽいわ」
代わりに私が答えると、「なんで?」と質問の矛先が私に向く。
「翠葉、秋斗先生と同じ空間にいるだけでも身体が硬直しちゃうみたい」
「マジっ!?」
翠葉に視線を戻すと、翠葉は俯いたまま言葉を失っていた。
そんな翠葉を見た海斗の眉尻が下がる。
「翠葉、悪い……。秋兄、そんな怯えさせるようなことしたんだ?」
翠葉ははじかれたように顔を上げ、
「違うっ。あのね、私が許容できないだけで、たぶん――きっと、そんなひどいことをされたわけじゃないと思う」
最初は勢いよく話したものの、最後は消えゆくような声。
あくまでも秋斗先生は悪くない、と伝えたかったのだろう。
「そっか……ありがと。秋兄のことかばってくれて」
翠葉の想いを察したのか、海斗がふわりと笑った。そして顔を引き締め、
「でも、やっぱり翠葉を好きなら秋兄が我慢すべきだと思う」
翠葉を真っ直ぐに見て言う。
翠葉が「え?」と漏らせば、周りにいた面々が次々に声をあげる。
「ほらー……やっぱりそうだよー」
飛鳥の言葉に、「どう、して……?」と困惑した顔で翠葉が尋ねた。
それにはため息混じりに佐野が答える。
「だって、こういう御園生を好きになったんだったら、御園生の意思を尊重しないと。……だろ?」
私、このメンバーが本当に好き……。
「ほら、だから待たせておけばいいんだってば」
私は得意げに口にした。
「あぁぁぁ……でもなぁ、恐怖感持っちゃってるのはなかなか拭えないよなぁ……。これは秋兄の失態だな」
「そこよね……。秋斗先生を怖いって思っているのだけでもどうにかできるといいんだけど」
「また少しずつ一から慣らすしかないんじゃない?」
と、慎重に口にした佐野の言葉には妙な重みがあった。
「翠葉、おまえはさ、おまえの速度で歩けばいいんだ。何も秋兄に合わせることないよ。こういうのって人に合わせるものじゃないし。むしろ自分のペースを守ったほうがいいと思う」
そんなふうに想ってもらえたら、女の子は幸せよね。
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佐野は飛鳥が好きだし、飛鳥はずっと海斗しか見ていない。
海斗はといえば、今まで誰かとどうなったという浮いた話のひとつも聞いたことがない。
「えっ!? なんで泣くのっ!?」
「あ……」
気づけば翠葉が泣いていた。
「バカね……。誰も翠葉が悪いなんて思ってないし、翠葉の気持ちがおかしいなんて思ってないわよ」
ハンカチを差し出すと、それを目に当て涙をしみこませるように拭き取った。
「ただ、すごく新鮮ではあったけど」
と佐野が言って笑う。
「翠葉、好きーっ! 早く学校に出てきてね」
飛鳥が翠葉に抱きついた瞬間、翠葉の手から落ちそうになったグラスを私が受け止められたのは奇跡だと思う。
いつもなら飛鳥を制御するところだけれど、今はこのほうがいい気がした。ぬくもりを伝えるほうが、いい気がした。
テーブル向こうにいた男ふたりもベッドサイドまでやってくる。
「あーあ。こんな悩んでるんだったらもっと早くに来るんだったよ」
佐野の言葉を皮切りに、この一週間不満を抱えていた人間がそれらを口にし始める。
「本当……翠葉、全然メールくれないんだもん」
「いつになったら連絡くるのかと思って携帯が片時も離せなかったじゃない」
翠葉は不思議そうに首を傾げている。
海斗だけが面白そうに笑っていて腹立たしい……。
「こいつらさ、お見舞いに来たくて仕方なかったんだ。でも、いつまで経ってもお呼びがかからないから連絡くるまではメールしないとか、電話かけないとか意地になってたバカども」
「そうだったの……?」
三人揃って渋々頷く。
「ごめんね……。こういうの初めてで、誰にどうやって相談したらいいのかわからなくてずっといっぱいいっぱいだったの」
「翠葉らしいっていったら翠葉らしいけど」
私が佐野に振り、
「俺らのこと眼中なかったよな?」
佐野は飛鳥に振る。
「すごく寂しいよねぇ……」
最後は三人で翠葉を見やる。と、
「ごめん、なさい……。こういう相談も乗ってもらえるの?」
どこまでも不安そうに訊いてくる翠葉に少し腹が立つ。
「「「「当たり前っ!」」」」
どうやらそう思ったのは私だけではなかったようだ。
「だから、俺らの相談にも乗ってよ」
海斗がタオルケットの上に乱れる翠葉の髪を一房取って引っ張る。
「乗れるものなら……」
まだ不安そう、か……。こういう子なのよね……。
きっとこういう環境自体が初めてで、誰かがお見舞いに来てくれることもなかったのだろう。
ゴールデンウィークの一件を思い出すだけで虫唾が走る。
翠葉、大丈夫よ? 私たちは離れていかない。むしろ、翠葉にもっと歩み寄ってもらいたいの。
どうしたら――どうしたらそれをこの子はわかってくれるのかしら……。
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