光のもとで1

葉野りるは

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Side View Story 08

30 Side 司 01話

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 ここ数日は実家へ帰ってきていた。
 母さんが熱を出し、ハナの散歩に行けないからという理由で強制送還。
 俺は俺で、納得のいかないことがあり少し自棄になっている。
 何かというなら、ここにきて翠のバイタルデータが俺と海斗だけ打ち切られた。
 考えてみれば、俺たちにデータが送信されたところで、翠が学校へ来ていないのだからフォローのしようがない。でも、何ができるわけでなくても、翠の状態を知るためだけにデータ送信を止めてはほしくなかった。
 そんなことを考えながらハナと藤山を散歩する。
 何も知らない真っ白チワワは、尻尾をふりふりさせながら意気揚々と歩いていく。名前を呼んだとき、俺を見上げてくる大きな黒目がかわいい。それに翠をかぶせてしまう自分はかなり重症な気がする。
 ハナの散歩を終わらせ自宅へ戻ると、病院から帰宅した父さんと出くわした。
「真白さんは?」
「明日には熱も下がると思う。食欲も戻ってきた」
「そうか」
 父さんは表情を緩ませ車の鍵をかける。
「そういえば、今日も御園生さんが救急に来ていたようだ」
 まさか父さんから翠の情報を聞けるとは思っておらず、足を止めて父さんを見上げる。
「詳しくは知らないが、二日に一度の頻度で救急に来院しているらしい」
 玄関のドアを開けると、その話は打ち切られた。
 中途半端すぎる情報はありがたいのかありがたくないのか複雑すぎた。
 明日は生徒会の会合がある。
 簾条は俺が持っていない情報を持っているだろうか……。


 朝からうるさいほどに蝉が鳴いていた。その中を自転車に乗って学校へ向かう。
 歩いたら十分、自転車なら五分弱。そんな差だけど、この時期ばかりは時間短縮を優先させる。
 図書棟に入りエアコンを入れると簾条がやってきた。
「簾条、翠のこと何か訊いてる?」
「何か、って言えるほどのものはないわ。ただ、普通じゃない……」
 そう言うと黙り込んでしまう。
「直接会いたくて、佐野と一緒に蒼樹さんに連れて行ってもらったの。でも、結局会える状態にはなかったわ」
 それは発作中か何かで……?
「家からピアノの音が聞こえてきた。あの子の以前の演奏を聴いたことがある人間なら、あの演奏が同一人物とは思わないでしょうね。そんな弾き方……。腕を傷めるんじゃないか心配になるような……ひどい演奏だった。私が知っているのはそのくらい。あとは、蒼樹さんも看病に付いている人たちも、そろそろ限界ってことくらい」
 それだけで十分だった。
 近いうちに自分も幸倉の家を訪ねよう。そうは思うが、実際は身動きが取れない状態だ。
 インハイに向けての調整もあれば、家庭教師なんて面倒な仕事もある。身動きが取れないほとんどの理由が、家庭教師をすることにあった。

 生徒会のミーティングは気づいたときには終わっていた。
「上の空だなんて司らしくないわね?」
 隣に座っていた茜先輩から声をかけられる。
「すみません……」
「罰として、片付けは司ー!」
 会長に言われ、反論せずに片付け始める。それに付き合ってくれたのは茜先輩だった。
「翠葉ちゃん、思わしくないの?」
「……思わしくない、という情報はあるんですが、実際どんな状況かは知りません。会いに行けばいいんですが、なかなか時間がなくて」
「……そう。司、時間がないなんて言っていたら、気づいたら全部が終わったあとだったりするのよ? だから、時間がないなんて言ってちゃだめ」
 茜先輩の視線を感じて顔を上げると、
「時間は自分で捻出するもの。いつもの司ならそう言うはずよっ!」
 バシ――
 小さいくせに威力のある平手を背中に食らった。
 でも、確かに――いつもの俺ならそう考えているだろう。
 俺、自分を見失っているのか……?
 それもこれも、あのバカのせいだ……。
 出した宿題は「わからなくてできませんでした」「急遽パーティーに出席することになって――」。なんだかんだと理由をつけては宿題をしてこないバカ生徒こと、柏木桜。
 理解力はないわ記憶力は乏しいわ、それなりの努力もしないわの三重苦。見ているだけでイライラする。
 今回ばかりは見誤ったと思った。兄さんの尻拭いとはいえ、これは結構な過酷労働だ。
 間違いなく、俺は塾の講師や家庭教師といった職種には向かないだろう。

 その日の夜、いつものように自室で勉強をしていると、長いこと聞いていなかった着信音が鳴った。
 すぐに応答すると、
『夜遅くにすみません……』
 久しぶりに聞く翠の声が、耳にダイレクトに届いた。
「いや、起きてたから問題ないけど――」
 訊きたいことはたくさんあった。けれどもそれを口にする前に、「先輩」と言葉を遮られる。
『お願い、十を数えてください』
 じゅう……?
 意味がわからず返答に戸惑っていると、今にも泣き出しそうな声で翠が一気に話しだした。
『自分で何度も数えたの。でも、だめだった……。お願い、十、数えてください』
「何かあった?」
『何も訊かないでっ。……お願い』
 話なら聞いてやれるのに、それすら拒否された。
「……わかった」
 切羽詰まっていることは十分に伝わってきた。それと、理由を訊かれたくないという意思も伝わった。……ならば、俺ができることは数を数えることのみ。
 一から十までの数を淡々と数える。数え終わると、「もっと聞きたい」と懇願される。
 いったい何があったのか……。
 訊きたい衝動を抑えてひたすらに数を数える。極力一定のテンポで、一定の声で――
 五分ほど数を数え続け、「翠?」と呼びかける。と、
『先輩……最後に一緒に数を数えてください』
 頼まれる、というよりは、「懇願」だった。
「わかった」
 かけ声はとくにいらなかった。自然とふたりの声が重なり、今までと同じテンポで数を数える。
 数え終わると、俺に何を言わせることなく、礼を述べ「おやすみなさい」と一方的に通話を切られた。
 確かに、いつもの翠ではなかった。けれども、だからといってものすごく通常と違うかと訊かれたら、それは違う気がする。
 気が触れたとか、そんな印象は受けない。
 いったい翠に何が起こっているのか――
 時刻は十二時を回っている。普段なら、こんな時間に電話をしてくるような非常識な人間ではない。
 兄さんや姉さんは知っているのだろうか。秋兄は? 栞さんは……?
 俺が誰かに訊いたところで口を割る人間はいなさそうだ。
 数日中に時間を作って幸倉へ行こう。翠に、会いに行こう――
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