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25~28 Side 司 06話
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自室に戻り、ベッドに腰掛け携帯を手に取る。ディスプレイには電話の着信と未読メールの通知があった。
「……これ、俺の携帯だよな?」
思わず個人情報を確認する。
間違いなく自分の携帯だが、姉さんも兄さんも俺が風邪をひいていることは知っていたし、何かを頼まれることもないはずだ。
それ以外だと誰が……?
着信履歴を表示させた瞬間、携帯を落としそうになった。
「す、い……?」
九日の夜と十日の朝と昼、電話の着信はその時間帯だけで五回受信していた。そして、十日の昼だけは一度のみの着信で、そのほかにメールが届いていた。
件名 :伝えたいこと
本文 :「ごめんね」じゃなくて、「ありがとう」って言いたかった。
記憶をなくしてからずっと、側にいてくれて、ありがとう。
どうしてか、頭を鈍器で殴られたような衝撃がある。
「俺――」
八日にどんな別れ方をしたのかすっかりと忘れていた。
忘れるにも程があるだろ……?
まずい……翠は勘違いしている。勘違いというか、誤解というか――
違う、俺が勘違いされるような状態で連絡が取れない人間になっていた。
咄嗟にリダイヤルしたけどすぐに切る。
こんな声、聞かれたくない――
……俺、最悪のタイミングで風邪をひいたんじゃないか? せめてメールの返信だけでも……。
再度ディスプレイに向き直ったものの、なかなか言葉が出てこない。
メールが届いたのは十日の朝。そのあとに一度電話を着信して連絡は途絶えている。
十一日の今日は一度も着信していない。
俺が電話に出ないから、だから諦めてメールにした……?
翠は電話が苦手だ。その翠が何度も電話をかけてきていて最後にメール――
きっと、意図的に俺が電話に出ないと思ったのだろう。
「ものすごくまずい気がする……」
なんて返信したらいいんだ……。でも、返信は今すぐするべきだ。
件名 :悪い
本文 :携帯が故障していた。
機種変を済ませたあとはサイレントモードにしたまま放置していて、
メールと着信に今気づいた。
意図的に無視してたわけじゃないから。
今日明日は行けないけど、明後日には行くから。
読み返して嫌気が差す。
「どれだけ言い訳を並べれば気が済むんだ……」
風邪をひいていたと一言書けばいいだけなのに、それを隠そうとするだけで数々の言い訳が並ぶ。
いったいどれだけ格好をつけていたいんだか……。
「こんなメールを送るほうが格好悪いだろ……」
編集途中の携帯を持ったままベッドに寝転がる。
「……まいった」
翠からメールが届くといつも返信に困惑している気がする。
「司ー、調子は?」
無遠慮に部屋に入ってきたのは兄さん。
「仕事は?」
「夕方から」
「あぁ、夜勤」
「そう。で、調子は?」
「……最悪」
答えると、兄さんの手が額に伸びてきて首を傾げられる。
「熱は下がったみたいだけど? 何、吐き気? 頭痛?」
いや、身体的にというよりは精神的に……。
「翠から連絡が入っているのに気づかなかったんだ。……放置している間に何度も電話鳴ってて、こんなメールが届いてた」
携帯を見せると、
「……これはさ、勘違いしてるんじゃないか?」
「……たぶん、間違いなく」
苦笑を浮かべて携帯を返された。
「でも、勘違いさせたのって俺が悪いし……」
「まぁな……。でも、携帯が壊れたのも風邪で寝込んでたのも、仕方ないったら仕方ないだろ?」
「……それ、言いたくなくて、言わずに誤解を解こうとしたらこんな内容になったんだけど……」
編修途中のメールを見せると、
「くっ、見事に言い訳だらけだな」
「わかってる……。だから送れなくて悩んでる」
兄さんは笑いながら、
「風邪ひいてたって言っちゃえよ」
「やだ……心配かけるのとか――」
思わず口を手で押さえる。
俺、今何を……?
「……うん。自然と、普通にそう思うだろ?」
兄さんは穏やかな表情で笑った。
「普段風邪なんかひかない俺たちですら、そう思うんだよ」
「…………」
「じゃぁさ、日常的に具合が悪い子はどう思っているんだろうな? どういう気持ちでいると思う?」
兄さんはベッドを背にしてラグに座った。
後ろ姿だと秋兄と瓜二つで変な錯覚を起しそうになる。
「彼女はさ、具合が悪くなると周りの人に心配かけることを嫌というほど知ってるんだよね。だから言えないんじゃないかな。心配されることがつらくて……」
でも、それを認めてしまったら――
「司、患者さんがひとりひとり心に抱える不安は別ものだよ。医者は治療だけをすればいいと思ってるか?」
基本的には……。
「症状がつらくて心までつらくなっている患者さんは治療だけじゃ救えないと思わない?」
「…………」
「ま、おまえにとって翠葉ちゃんは患者じゃないけどな」
そう言って、兄さんは俺を見て笑った。
「司、ちゃんと向き合ってみなよ。見てるだけじゃなくて、気づいてあげるだけじゃなくて、会話して得る情報のほうが上をいくよ」
会話して得る情報――
確かに……入院してからの翠とは話をする機会が増えた。そのせいか、翠がとても身近に感じられたし、色んなことを話してくれるようになった気がする。
「で? 何か俺にしてほしいことは? あるなら頼まれるけど?」
「……あとで翠に会いにいって」
「手ぶらで行かせるつもりじゃないよな?」
時計を見れば二時前。
「……少し時間がほしい。何時にここを出る?」
「そうだな……。翠葉ちゃんのところに寄るなら四時には出る」
「それまでに用意する」
「了解。俺は部屋で寝てるから」
兄さんは手をヒラヒラとさせて部屋を出ていった。
ドアが閉まってから口を開く。
「……ありがとう」
俺はデスクにしまってあるデジカメを手に取って一階へ下りた。
庭にはたくさんの花が咲いている。それらで十分だと思った。
「植物と……ハナの写真、かな」
ランタナやハーブの写真、赤く熟れたトマト。長細く、棘があるきゅうりに、形がきれいで紫が神々しいナス。門柱に垂れ下がるヘデラ――
被写体はそこら中にある。ただ、外で光を浴びているものならなんでも良かった。
最後に、木の表面がつるっとしている百日紅のピンクの花を青空と一緒に写した。
翠が撮るような写真じゃない。構図やホワイトバランス、露出も何も補正しない。ただ、撮っているだけ。それでも、きっと翠は喜ぶ。
人の目に映った景色ですら喜ぶ。今は病院から出られないから。
次、会いに行くときは屋上や中庭に連れていこう。そのくらいには回復しているといい――
翠……外は蝉がうるさすぎる。
藤山の中に家が建っていることもあり、蝉の声がフルサウンドで聞こえてくる。太陽はギラギラと容赦ないし、翠にとって優しい環境ではない。
一通り写真を撮り終えたころにはじっとりと汗をかいていた。
リビングに戻り、
「ハナ」
呼べば嬉しそうに寄ってきた。
「そこでお座りっ、伏せっ、そのまま――」
ハナは不服そうな顔をして俺を見ていた。
「あとでクッキーあげるから、ストップっ――」
ハナは言うことを聞かずに俺に寄ってきた。
「こんな至近距離じゃ写せないだろ?」
ハナ相手に手間取っていると、
「何を始めたの?」
母さんが不思議そうな顔をして寄ってきた。
「ハナの写真が撮りたくて」
母さんはハナ用のハードクッキーを手に取り、
「ハナ、これなーんだっ!」
ハナはすぐに反応を示した。次に母さんが「待て」と声をかけるとそのままの状態をキープしてくれる。
「助かる……」
その状態で何枚か写真を撮った。
「でも、どうして急に写真?」
「……俺はまだ翠に会いに行けないから、兄さんに写真を持っていってもらおうと思って……」
「あら、すてきなアイディア! それなら私にも撮らせて?」
母さんは手に持っていたクッキーを俺に持たせ、カメラを手にした。
「ハナ、待てっ。っ――待てだろっ!?」
少し気を抜いた瞬間に押し倒され、クッキーの争奪戦が始まる。
久しぶりに全力でハナの相手をしていると、母さんは楽しそうに何度かシャッターを切った。
なんでもいい――翠が喜んでくれるなら。翠が笑ってくれるなら――
「……これ、俺の携帯だよな?」
思わず個人情報を確認する。
間違いなく自分の携帯だが、姉さんも兄さんも俺が風邪をひいていることは知っていたし、何かを頼まれることもないはずだ。
それ以外だと誰が……?
着信履歴を表示させた瞬間、携帯を落としそうになった。
「す、い……?」
九日の夜と十日の朝と昼、電話の着信はその時間帯だけで五回受信していた。そして、十日の昼だけは一度のみの着信で、そのほかにメールが届いていた。
件名 :伝えたいこと
本文 :「ごめんね」じゃなくて、「ありがとう」って言いたかった。
記憶をなくしてからずっと、側にいてくれて、ありがとう。
どうしてか、頭を鈍器で殴られたような衝撃がある。
「俺――」
八日にどんな別れ方をしたのかすっかりと忘れていた。
忘れるにも程があるだろ……?
まずい……翠は勘違いしている。勘違いというか、誤解というか――
違う、俺が勘違いされるような状態で連絡が取れない人間になっていた。
咄嗟にリダイヤルしたけどすぐに切る。
こんな声、聞かれたくない――
……俺、最悪のタイミングで風邪をひいたんじゃないか? せめてメールの返信だけでも……。
再度ディスプレイに向き直ったものの、なかなか言葉が出てこない。
メールが届いたのは十日の朝。そのあとに一度電話を着信して連絡は途絶えている。
十一日の今日は一度も着信していない。
俺が電話に出ないから、だから諦めてメールにした……?
翠は電話が苦手だ。その翠が何度も電話をかけてきていて最後にメール――
きっと、意図的に俺が電話に出ないと思ったのだろう。
「ものすごくまずい気がする……」
なんて返信したらいいんだ……。でも、返信は今すぐするべきだ。
件名 :悪い
本文 :携帯が故障していた。
機種変を済ませたあとはサイレントモードにしたまま放置していて、
メールと着信に今気づいた。
意図的に無視してたわけじゃないから。
今日明日は行けないけど、明後日には行くから。
読み返して嫌気が差す。
「どれだけ言い訳を並べれば気が済むんだ……」
風邪をひいていたと一言書けばいいだけなのに、それを隠そうとするだけで数々の言い訳が並ぶ。
いったいどれだけ格好をつけていたいんだか……。
「こんなメールを送るほうが格好悪いだろ……」
編集途中の携帯を持ったままベッドに寝転がる。
「……まいった」
翠からメールが届くといつも返信に困惑している気がする。
「司ー、調子は?」
無遠慮に部屋に入ってきたのは兄さん。
「仕事は?」
「夕方から」
「あぁ、夜勤」
「そう。で、調子は?」
「……最悪」
答えると、兄さんの手が額に伸びてきて首を傾げられる。
「熱は下がったみたいだけど? 何、吐き気? 頭痛?」
いや、身体的にというよりは精神的に……。
「翠から連絡が入っているのに気づかなかったんだ。……放置している間に何度も電話鳴ってて、こんなメールが届いてた」
携帯を見せると、
「……これはさ、勘違いしてるんじゃないか?」
「……たぶん、間違いなく」
苦笑を浮かべて携帯を返された。
「でも、勘違いさせたのって俺が悪いし……」
「まぁな……。でも、携帯が壊れたのも風邪で寝込んでたのも、仕方ないったら仕方ないだろ?」
「……それ、言いたくなくて、言わずに誤解を解こうとしたらこんな内容になったんだけど……」
編修途中のメールを見せると、
「くっ、見事に言い訳だらけだな」
「わかってる……。だから送れなくて悩んでる」
兄さんは笑いながら、
「風邪ひいてたって言っちゃえよ」
「やだ……心配かけるのとか――」
思わず口を手で押さえる。
俺、今何を……?
「……うん。自然と、普通にそう思うだろ?」
兄さんは穏やかな表情で笑った。
「普段風邪なんかひかない俺たちですら、そう思うんだよ」
「…………」
「じゃぁさ、日常的に具合が悪い子はどう思っているんだろうな? どういう気持ちでいると思う?」
兄さんはベッドを背にしてラグに座った。
後ろ姿だと秋兄と瓜二つで変な錯覚を起しそうになる。
「彼女はさ、具合が悪くなると周りの人に心配かけることを嫌というほど知ってるんだよね。だから言えないんじゃないかな。心配されることがつらくて……」
でも、それを認めてしまったら――
「司、患者さんがひとりひとり心に抱える不安は別ものだよ。医者は治療だけをすればいいと思ってるか?」
基本的には……。
「症状がつらくて心までつらくなっている患者さんは治療だけじゃ救えないと思わない?」
「…………」
「ま、おまえにとって翠葉ちゃんは患者じゃないけどな」
そう言って、兄さんは俺を見て笑った。
「司、ちゃんと向き合ってみなよ。見てるだけじゃなくて、気づいてあげるだけじゃなくて、会話して得る情報のほうが上をいくよ」
会話して得る情報――
確かに……入院してからの翠とは話をする機会が増えた。そのせいか、翠がとても身近に感じられたし、色んなことを話してくれるようになった気がする。
「で? 何か俺にしてほしいことは? あるなら頼まれるけど?」
「……あとで翠に会いにいって」
「手ぶらで行かせるつもりじゃないよな?」
時計を見れば二時前。
「……少し時間がほしい。何時にここを出る?」
「そうだな……。翠葉ちゃんのところに寄るなら四時には出る」
「それまでに用意する」
「了解。俺は部屋で寝てるから」
兄さんは手をヒラヒラとさせて部屋を出ていった。
ドアが閉まってから口を開く。
「……ありがとう」
俺はデスクにしまってあるデジカメを手に取って一階へ下りた。
庭にはたくさんの花が咲いている。それらで十分だと思った。
「植物と……ハナの写真、かな」
ランタナやハーブの写真、赤く熟れたトマト。長細く、棘があるきゅうりに、形がきれいで紫が神々しいナス。門柱に垂れ下がるヘデラ――
被写体はそこら中にある。ただ、外で光を浴びているものならなんでも良かった。
最後に、木の表面がつるっとしている百日紅のピンクの花を青空と一緒に写した。
翠が撮るような写真じゃない。構図やホワイトバランス、露出も何も補正しない。ただ、撮っているだけ。それでも、きっと翠は喜ぶ。
人の目に映った景色ですら喜ぶ。今は病院から出られないから。
次、会いに行くときは屋上や中庭に連れていこう。そのくらいには回復しているといい――
翠……外は蝉がうるさすぎる。
藤山の中に家が建っていることもあり、蝉の声がフルサウンドで聞こえてくる。太陽はギラギラと容赦ないし、翠にとって優しい環境ではない。
一通り写真を撮り終えたころにはじっとりと汗をかいていた。
リビングに戻り、
「ハナ」
呼べば嬉しそうに寄ってきた。
「そこでお座りっ、伏せっ、そのまま――」
ハナは不服そうな顔をして俺を見ていた。
「あとでクッキーあげるから、ストップっ――」
ハナは言うことを聞かずに俺に寄ってきた。
「こんな至近距離じゃ写せないだろ?」
ハナ相手に手間取っていると、
「何を始めたの?」
母さんが不思議そうな顔をして寄ってきた。
「ハナの写真が撮りたくて」
母さんはハナ用のハードクッキーを手に取り、
「ハナ、これなーんだっ!」
ハナはすぐに反応を示した。次に母さんが「待て」と声をかけるとそのままの状態をキープしてくれる。
「助かる……」
その状態で何枚か写真を撮った。
「でも、どうして急に写真?」
「……俺はまだ翠に会いに行けないから、兄さんに写真を持っていってもらおうと思って……」
「あら、すてきなアイディア! それなら私にも撮らせて?」
母さんは手に持っていたクッキーを俺に持たせ、カメラを手にした。
「ハナ、待てっ。っ――待てだろっ!?」
少し気を抜いた瞬間に押し倒され、クッキーの争奪戦が始まる。
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