光のもとで1

葉野りるは

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第十一章 トラウマ

15話(挿絵あり)

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 夜、寝る前に蒼兄がお部屋に来てくれた。
「洗面所のアレンジメント、かわいいな? 翠葉が作ったの?」
「ううん、マンションの人にいただいたの」
 ゆうこさんにいただいたフラワーアレンジメントは洗面所に飾っていた。
 本当は自室に飾ろうかと思ったのだけど、自分ひとりだけではなくみんなで楽しみたいと思ったから。
「そっか……」
 何か考えているような間があった。
「どうかしたの?」
「いや、高校のときにスプレーバラが好きな子がいたな、と思って」
 ……それ、ゆうこさんなのことかな。
「ピンクのスプレーバラが好きで、よく教室に飾って絵を描いている子がいたんだ」
「そうなのね……」
「さ、翠葉はもう寝な」
 そう言って蒼兄は部屋を出ていった。
 何も悪いことをしているわけじゃないのに、胸がチクチクと痛む。
 ゆうこさんは蒼兄に偶然会いたいと言っていた。
 何かが起るなんて思わないのに、ドキドキチクチク……。
 ゆうこさんは結婚されているし妊婦さんだし……。
 決して桃華さんに対して後ろめたいことをしているわけではない。でも――
「どうしてこんな言い訳みたいなこと考えてちゃうのかな……」
 変なの……。


 お母さんはその週の日曜日に現場へ戻った。
 少し不安そうな表情で、「仕事、してくるね」と口にして。
「うん。どんなものができるのか楽しみにしてるね」
「私は紅葉祭前には撤収できる予定なの。零はまだ現場に残らなくちゃいけないと思うのだけど……」
 お母さんを迎えに来たお父さんは、
「碧ぃ、わかってて言ってるだろぉ……」
 と、恨めしい顔をお母さんに向ける。
「でも、やりがいはあるのでしょ?」
「まぁね、静のためだ」
 お母さんとお父さんの会話の意味はわからなかったけれど、とても楽しそうに見えた。
「翠葉のことなら栞さんがいるし、俺や唯も付いてるから心配しなくていいよ」
「そうね。ふたりとも頼りにしてるわ」
 私たちは兄妹揃ってふたりを送り出した。

 その翌日から三日間は全国模試と課題テスト。
 それらが終わると、本格的に紅葉祭の話し合いが始まるのだという。
 私はテストの度に、ツカサと海斗くんと勉強していたらしい。しかし、生理痛の真っ只中にいたため、その勉強会に参加できたのは土曜日からのことだった。
 課題テストも全国模試も、出題範囲が広くて辟易する。
 これはなんというか、宿題で万遍なく十三科目さらっている人のほうが有利かもしれない。
 あ、違うかな……。宿題があってもなくても夏休みは勉強をしておかないと痛い目を見るぞ、ということなのだろう。
 一学期の全国模試の平均点は八十五点だった。
 良かったのは数学と理科と英語。国語と社会で足を引っ張ってしまった。けれども、国語の点数はさほど悪いものではなかった。
 どうしてこんなに英語と国語の出来がいいのかわからなくて蒼兄に訊いたら、国語は秋斗さんの使っていたノートで勉強し、英語は前日にツカサが見てくれたことを教えてくれた。
 きっとそれが良かったのだろう。
 そして、今回もみっちりと仕込まれた。それはもう、本当にみっちりと……。
「翠は理科と数学はやらなくていい」
 ツカサに言われて、ほか三教科の過去問を延々と解かされていた。
 逆に、海斗くんには数学と理科だけをやれ、と指示してツカサはひとり窓際にある大きなデスクに向かって勉強をする。
 目の前にいる海斗くんとは言葉を交わさなくても意思の疎通はできていたと思うの。ツカサに教わってしまった「同士」という苦笑まじりの思いで――

 そんな魔の三日間を乗り越えれば生理もすっかりと終わっている。
 テスト勉強をしなくてはいけない時期に頭痛が残っていたのはつらかったけれど、テスト自体はそんなにひどいことにはならずに済みそう。
 その程度の手応えはあったと思う。
 巷では二学期の藤宮は一味違う、と言われるそうだ。それは、二学期の全国模試の上位得点者に藤宮の生徒が名前を連ねるから。しかし、蓋を開けてみればそれがイベント効果だということがわかる。
 どうやら、体育祭の年でも学園祭の年でも後夜祭というものがあるらしく、それに参加するための条件が、「全国模試の平均点が八十点以上」だそう。
 かなりハードルが高いはずなのに、過去、この学園で参加権を落とした生徒はいないという。
 どれだけイベントに固執しているのだろうか、とは思うものの、あれだけお金が動く学園祭なのだ。きっと執着するだけのものになるのだろう。
 何事にも全力投球――そんな校風はこんなところでも垣間見ることができた。


 九月十三日、放課後の図書室――
「では、そろそろ発表しましょうかね」
 にんまりと笑ったのは久先輩。
「今年の王子と姫の出し物はっ、ステージで歌を歌う、でーす! ライブコンサートだよーーー!」
 茜先輩は嬉しそうに発表してくれたけど、
「……無理」
「……できません」
 ツカサと私が口を開いたのはほぼ同時だったと思う。
「翠もできないって言ってる」
「ツカサも無理って言ってるし」
 口にするたび、お互い顔を見合わせる。
 そんな私たちの対岸にいる生徒会メンバーたちは一気に笑いだした。


     (朝陽×久×茜×優太×嵐子  イラスト:涼倉かのこ様)

「だいたいにして、歌なら茜先輩が歌えばいい。専門分野じゃないですか」
 あからさまに嫌そうな顔をするツカサ。
 ツカサはいつだってきちんとテーブルに着くし、窓際にいるときだってさほど姿勢が悪いことはない。けれども、今はすぐにでも悪態をつきそうな雰囲気だ。
 でも、そこまでの拒否反応を起こしているのはツカサだけではない。
「私も無理です。歌は、歌だけは……人前でなんて歌えませんっ」
「翠葉ちゃん、ピアノ弾くのと変わらないよ?」
 茜先輩が不思議そうな顔をする。でも、断固として同じとは認められない。
「変わりますっ、すっごく変わりますっ、無理ですっ」
「お二方~……大変申し訳ないんだけど、これ決定事項だから」
 そう口にしたのは海斗くんだった。
 そして、どうしてかこの場に佐野くんもいる。
「海斗、おまえ――だいたいにして簾条っ、おまえがそっちにいてなんでこんなことになってるんだよっ」
 珍しくツカサが声を荒立てた。
「あら、やぁね……」
 桃華さんは艶然と笑い、
「私、藤宮司を陥れるためならなんだってするのよ?」
「司、諦めろよ。そしてもう文化部にも通達いってるし。いかんせん引き返せねぇぜ!」
 言い切ったのは優太先輩だった。その隣で嵐子先輩もニコニコ笑っている。
 なんていうか、笑顔でごり押しされても、どうしたってできそうにない。これ、どうしたらいいのかな……。
「はい、リクエストされた曲の割り当て。もう歌う曲も決まってるから」
 朝陽先輩にCDと歌詞の書かれたプリントを手渡された。
 思わず受け取ってしまったのは私。ツカサは手を伸ばしもしなかった。
 そこで気づく。これは受け取ってはいけないものだったのだと――
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