光のもとで1

葉野りるは

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第十一章 トラウマ

16話

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 どれだけ嫌だと言っても、すでに引き返せる状態ではないことを知るのに時間はかからなかった。
「一日目の午後からはライブステージ一本です」
 どうしてか、生徒会メンバーの中に佐野くんの姿もあり、ライブステージの説明をし始める。
「そんなの翠がもつわけない」
「ご心配なく」と微笑むこの人は、私の知っている佐野くんだろうか。
「姫と王子だけが歌うわけじゃありません。生徒会メンバーも歌いますし、フォークソング部、軽音部、コーラス部に吹奏楽部、それから和太鼓部の演舞やダンス部のステージも挟みますから休憩時間はしっかりと取れます」
 タイムテーブルを見せられ、珍しくもツカサが口を噤んだ。ツカサはテーブルに広げられたそれを見て、
「だから、紅葉祭は嫌なんだ……」
 ぼそりと口にして、窓の外に視線を逸らした。
 タイムテーブルを見ると、びっしりと埋められているものの、確かにところどころで休憩が取れるように計算されていた。
「予算的にもいい感じなんだよね」
 そう口にしたのは優太先輩。
「桜林館にステージを設営する関係でお金をつぎ込めるのと、ステージ作りには運動部を駆り出す都合上、必然的に文化部と運動部の交流もはかれる。ってこれ、陸上少年と海斗の案なんだけどさ」
 嵐子先輩も嬉しそうに説明してくれるのだけど、私はいったいどうしたら――
「衣装は手芸部にお願いしてあるし、ステージの飾りつけは園芸部と華道部。結構すてきなステージになりそうよ?」
 茜先輩がキラキラの笑顔で言うけれど、私は愛想笑いさえ返せない。
 茜先輩がステージで歌うところは見たい。でも、自分がステージに立つのは無理……。
「翠葉、ごめんなさいね。翠葉を嵌めるつもりはなかったのだけど、茜先輩が喜ぶもので、その男が嫌がるものってこれくらいしか思いつかなかったの。それに、これは全校生徒のアンケートに基づいて決まった出し物だから」
 桃華さんがピラリ、と一枚のプリントを見せてくれた。



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<姫と王子の出し物>

全校生徒によるアンケート結果

1 歌(60%)
2 学園敷地内三十分デート(20%)
3 王子と姫との記念撮影(15%)
4 演劇(5%)


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 うわぁ……どれもやりたくない。
「ツカサが言っていた意味が少し――ううん、よくわかった」
 機嫌が悪いです、と書いてある背中に向かって言えば、むすっとした顔でこちらを向いた。
「俺は高等部での学園祭ってこれが最初で最後だけど、翠は三年になったときにもう一度ある。無暗やたらと写真撮られまくるとまたやる羽目になるけど?」
「っ……姫なんてなりたくてなったんじゃないものっ。それに写真なんて知らないっ」
「それ、そっくりそのまま返すから」
 最高潮に機嫌が悪いツカサを睨んでいると、
「いや、いいねぇ……司に面と向かって噛み付く子ってそうそういないし」
「朝陽先輩っ!?」
「ん~! 翠葉が大声出すのも新鮮」
「嵐子先輩までっ」
「翠葉ちゃん、いい声出せるじゃない! 水曜日からボイトレ始めるよ!」
 嘘っ――
「ツカサ、ねぇっ、ツカサっ!?」
 むっつりとしているツカサの腕を揺さぶる。と、
「認めたくないけど、これだけは阻止するの無理だから」
 なんとも絶望的な言葉が返された。そのあと、ツカサは腕を組み、目を瞑って外界をシャットアウトしていた。

 その週の水曜日から茜先輩によるボイストレーニングが始まった。
 立って歌うときの重心のかけ方から発声のあれこれ。難しいことをたくさん教わったけれど、詰め込んだところで頭の中で整理はできていないし、理解にも至っていない。
 自分に与えられた曲は一曲とかそんなかわいいものではなく、複数曲あったのだ。もっと詳しく言うなら六曲もある。
 その曲数に愕然としていると、ツカサに髪の毛を引っ張られた。
「不公平だ……」
 一言だけひどくドスの利いた声と目で愚痴を言われる。
 ツカサの曲数を数えてみたら八曲もあった。
 茜先輩はコーラス部のソロもあるから、ということで、姫として歌うものは五曲らしい。
 私以外の姫と王子、茜先輩とツカサからしてみたら、私の曲数が一番少ないわけで、文句を言うに言えなくなってしまう。
 そして今、ツカサは堂々と悪態をついている。どうやら、 人が悪態をつくときには必ず姿勢が崩れるものらしい。
「で、何がどうしてデュエットがあるのか知りたいんですが……」
 ツカサがむすっとして茜先輩に訊けば、
「リクエストがあったからに決まってるでしょ?」
 と一言で片付けられた。
「私にも翠葉ちゃんとのデュエットリクエストがあったから一緒に歌うし」
 茜先輩にはツカサも歯向かえないのか、それとも、この行事におけるリクエストにそれほどの威力があるのか。
 苛立つツカサを見て、得たいの知れない大きな行事と認識する。
 私はまだツカサが何を歌うのか知らないし、茜先輩が何を歌うのかも知らない。
 一方、茜先輩は私たちの曲目を知っているけれど、ツカサも私が何を歌うのかは知らされてはいなかった。
 互いに知っているのはデュエットで歌う曲のみ。そのほかだと、ツカサの歌う歌でピアノ伴奏に入る曲目だけは知らされていた。
 しばらくの間は、耳で曲を覚えて歌詞を頭に叩き込む作業。もう、楽しんで聴くとかそういうレベルではない。
 一ヵ月半の間にこれらの曲をマスターして、さらには文化部の軽音部やフォークソング部、吹奏楽部と合同練習を共にし、一曲一曲を作り上げていかなくてはいけないのだ。
 もともと、フォークソング部も軽音部もこういうのは十八番なので、問題があるとすれば私とツカサのみ。
 こういう状況に慣れていない人間は私とツカサしかいない。
 茜先輩は慣れっこ。しかもプロなので色々と除外……。
「ふたりはとにかく歌うことに慣れなくちゃだめ」
 茜先輩にそう言われた私たちは、各々生徒会メンバーがついての練習が始まった。
 私には桃華さんと嵐子先輩がついてくれる。そして、ツカサには優太先輩と朝陽先輩が。
 放課後は各自特訓――
 こんなことが一週間も続くと、あっという間に球技大会がやってくる。
 今回の球技大会の前準備は海斗くんとサザナミくん、それから久先輩と茜先輩の四人で進めてくれた。私たちは歌の練習のあとに少し手伝う程度。
 私は三日に一度は病院での治療を受けていたけれど、治療が終わったら学校へ戻る、という日々に変化した。
 送り迎えはその日によりけり。楓先生が夜勤前に迎えに来てくれることもあったし、蒼兄が大学を抜け出て送迎だけしてくれる日もあった。
 すごく疲れているのだけど、どうしてかなんとか乗り切れている自分が不思議だった。
 痛みは完全に引いてはいない。それでも、学校を休むことなく通うことができていた。
 相馬先生に言われたこと。
 ――「楽しかったり一生懸命になれるものがあると、意外となんでも乗り切れるものだ」。
 そんなものだろうか……? わからない――
 そもそも、学校がこんなに楽しくて充実していること事体が初めてなのだ。しかしその反面、 疲れがたまり始めているのか、最近は少し立っているだけでもすぐに眩暈を起こすようになっていた。
 そんなある日、ボイストレーニングをしてくれる茜先輩に言われる。
「翠葉ちゃん、もともと音程はいいのよね。でも、なかなか声が出るようにならないなぁ……。ちょっとこっちにおいで」
 言われて、ピアノの前に座る茜先輩のもとまで行く。 と、ポンポン、と叩かれて茜先輩の座る椅子の端っこに腰掛けた。
「ピアノの前は安心?」
「……え?」
「顔がね、そう言ってる」
 と笑われた。その、砂糖菓子のようなふわりとした笑顔に緊張の糸が緩む。
「そうですね……。鍵盤の前はどこも同じ気がするから」
「じゃ、一緒に鍵盤の前に座って歌おうか? 本当は立ってるのつらいんでしょう?」
 言われてびっくりした。
「ほら、隠さないで言うっ」
「……ここのところは少し立ってるだけでも眩暈起こすようになっていて……」
「じゃ、そういう危険因子はとっとと排除。ステージの上で倒れたら危ないもの」
 そう言って、茜先輩は楽譜の端にメモを書き込んだ。
「翠葉ちゃんの歌にはピアノ伴奏がつくものが多いから、たいていは私が一緒にステージに上がる。姫の協演っていう名目も立てられるからね。距離が近ければ写真も撮りやすいし……うん、舞台セッティングを変えてもらおう」
 茜先輩は携帯を取り出すと、リダイヤルから番号を呼び出した。
「海斗? 翠葉ちゃんの曲、バンド形式じゃないのは私のピアノ伴奏になってるじゃない? それ、歌う立ち位置変更。ピアノの前にふたりで座るから。あと、ツカサとのデュエットのときにも翠葉ちゃんには椅子を用意して。うん、小道具さんに通達よろしく」
 サクサクと話を進めて通話を切った。
 準備は各所で詰めに入っている。どうしてこんなに急ピッチなのかというと、紅葉祭の前にはしっかりきっちり中間考査があるからだ。
 九月末までには粗方決めてしまい、十月は最終調整や実際のものづくりに入るのだという。
 学園祭ってなんだかすごい――

 図書室での私の仕事は、上がってきた会計報告書のチェック。そして、いたるところで声をかけられては計算機扱いをされる。
 そんな日々にも慣れ始めていた。
 ツカサに「翠」と呼ばれてファイルを渡されると、中身はたいてい「計算しておいて」の内容。それと同時に私もツカサにファイルを渡す。
 私が渡すものは資料がどこにあるのかわからなくて処理が遅れている書類たち。要は、ツカサをインデックス扱いしているわけで、お互いどっちもどっちだった。
「司も翠葉ちゃんも、言葉を簡略しすぎじゃない?」
 そう言ったのは同じ会計の優太先輩。
「必要以上に喋りたくない」と答えたのはツカサ。「少し喉が痛くて」と答えたのは私。
「くっ……そりゃそうだよね? ふたりとも毎日歌の練習させられてるし」
 その言葉に私とツカサは顔を見合わせなんとも言えない表情になる。
 今私たちが口を開いたら、間違いなくこの一言しか出てこないだろう。「やらなくていいならやならい」――
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