光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
602 / 1,060
Side View Story 11

28~33 Side 秋斗 06話

しおりを挟む
 携帯が一コール鳴り、木田さんが来たことを伝える。
 ドアを開けると、
「お待たせいたしました」
 にこやかに紙袋を差し出された。
 あぁ、ちょうどいいから今訊いておこう。
「木田さん、ここって今日明日フリー?」
「はい。ご予約は入っておりません」
「俺の部屋、こっちにしてもらってもいいかな?」
「もちろんでございます。のちほどお荷物と必要なものを一通り揃えてお届けいたします。コンセプトが『森の中』ですので照明における電化製品はございませんが、バスルームとトイレは完備してございます」
「もしかしてバスルームからも星が見えたりする?」
「えぇ、星空が臨める設計になっております」
「それは楽しみだな。じゃ、よろしくお願いします」
「翠葉お嬢様、どうかなさいましたか?」
 木田さんの言葉に彼女を振り返ると、
「少し、羨ましいなって――なんでも、ないです……」
 彼女は恥ずかしそうに口元を覆い、苦虫を噛み潰したように笑う。
 別に、そんなことは普通に口にしてくれてかまわないのにね。
「それでは、ごゆっくりお過ごしください。ディナーの準備が整いましたらご連絡いたします」
 彼女のもとへ戻ると、まだ恥ずかしそうにしていた。
「ここに泊まりたかった?」
「……夜がどんな雰囲気か知りたかっただけです。今日は晴れているから、きっと星もきれいに見えるでしょうね」
 君の願いならなんでも叶えてあげたいんだよね。
「ディナーは七時から。そのあと食休みしてから治療だっけ?」
 彼女の予定を訊くと、
「いえ、ご飯の前に治療をすることになりました。じゃないと、昇さんたちがお酒飲めないって」
 彼女はクスクスと笑いながら答える。
 確かに、治療前に飲酒はまずいか……。
「そっか……。翠葉ちゃんはいつも何時くらいに寝るのかな?」
「え……?」
「夕飯のあと、寝るまでの時間をここで過ごしたら?」
 春や夏とは違う。五時を回ればあたりはすっかり暗くなる。
 あたたかく過ごせる時間は短いが、その分、星を堪能する時間はたっぷりとあるということだ。
「……いいんですかっ!?」
「もちろん」
「嬉しいっ!」
「あ、でも……うるさそうな兄ふたりの承諾だけは得てきてね?」
 栞ちゃんあたりもうるさそうだけど、今日は昇さんが一緒だから、栞ちゃんのことはしっかりと捕まえていてくれるだろう。
「蒼兄と唯兄はきっとだめなんて言わないです」
 どうやら彼女は蒼樹と若槻が俺に全幅の信頼を寄せていると思っているらしい。けど、
「それはどうかなぁ……」
 苦笑しながら紙袋の中身を取り出す。
 蒼樹と若槻、蔵元――この三人は俺という人間をより深いところで理解してくれている気がしなくはない。ただ、俺はそんな付き合いをしてこれたのか……。
 そこに不安がある。
 人付き合いなんて真面目に考えたこともなかったんだ。
「ハーブティーのパックもある。ストーブをつけてお湯を沸かそう」
 紙袋の底にあったパックを見つけて彼女に渡すと、
「それっ、私がやりますっ」
「じゃ、お願いしようかな」
 彼女はゆっくりと立ち上がり、三つのストーブを一巡する。
 最後に全部を見回して、結局は出入り口に一番近い場所にあった赤いケトルを選んだ。そして、いそいそと閉まっているドアへ向かう。
「くっ、そうか……あのドアの向こうが気になって仕方なかったんだ」
 彼女が座っていた位置からすると、真正面にあのドアが見えていたはずだ。
 そんなことがおかしくて、つい口元が緩む。
 今ごろ、あっちの部屋は彼女の観察対象になっているだろう。
 ケトルに水を入れるだけにしては十分すぎるほどの時間をかけて、彼女が戻ってきた。
 俺はストーブに火を入れたところ。
「まだ寒くないからね。入り口のこのストーブでいいかな?」
「はい」
「じゃ、ランチにしよう」
「はい!」
 味覚は君の記憶に何かしらの刺激を与えるだろうか。
 サラダマリネにサンドイッチにハーブティー。どれもあの日に食べたものと同じ。
 入っていたナプキンで手を拭き、「いただきます」と口にする。
 彼女はサンドイッチを手にしてびっくりしたように目を見開いた。
「ここは焼きたてのパンを使ってサンドイッチを作るんだ」
 思い出すのではなく、新しい出来事を体験している、そんな感じだな……。
「すごく美味しいです……」
 彼女が何かを食べている姿を見ると、えらくほっとする。ずっと、何か食べさせ続けたくなってしまうくらいに。

 ランチを食べ終わると、彼女はポンチョを脱いだ。
 白いタートルに淡いブルーのロングスカート。色の組み合わせもあの日と同じ。
「ねぇ、今日の服装って……スカート、どうしてそれにしたの?」
 訊いたところでわかりはしない。そうは思うのに、訊いてしまう自分がいる。
 意識してそれを選んだわけではないだろう。そうは思うのに……。
「スカート、ですか? ……えぇと、どうしてでしょう?」
「それね、以前森林浴に来たときと同じスカートなんだ」
 俺がそう答えると、彼女は少し悩んでから話し始めた。
「どうして、と訊かれても、とくにこれといった理由はなくて……。ただ、昨日、冬服を取りに自宅へ帰ったとき、目についたから持ってきたんです。今日何を着るのか悩んだときにも真先に目に入ったから……だから、です」
 期待はするな――でも……。
「秋斗さん……?」
「翠葉ちゃんは記憶を取り戻したい? 取り戻したくない?」
 本当のところはどう思っている?
「……取り戻したいです。記憶がなくても日常生活に困ることはないけれど、少し寂しい。共有できる過去があるはずなのに、その記憶がなくて。それに、私は秋斗さんを好きになって初恋を体験しているはずなのに、その記憶がないだけで、経験値をすべて取り上げられた気がして」
 そうだよね……。
 不幸中の幸い――それは実生活において、高校生活において支障が出なかったことだ。
「――初恋の相手が俺かどうかは、記憶を取り戻した君に訊いてみたいな」
「……え?」
 あの日の夜、ホテルで司を見かけて歩みを止めてしまうほどの衝撃を受けた理由。
 君はその答えを出さずにいる。答えを出す前に記憶を失った。
「いつか訊きたいと思っていたことだから、思い出したら教えてね」
 彼女は要領を得ないといった顔をしていた。でも、これ以上のことは今はまだ話せない。
 記憶が戻ったら――そしたら改めて訊くから……。
 そのときにはきちんと考えてひとつの答えを導き出してほしい。
「思い出すことに対して恐怖心は?」
 本当はどう思ってる?
「……ないと言ったら嘘になります。起きた出来事は全部教えてもらったけど、人から聞くのと自分が思い出すのは違うと思うから」
 途端に表情が硬くなる。
 ……でも、やっぱり思い出したほうがいいんだ。
 それは周りの人間が、というものではなく、君自身が……。
「翠葉ちゃん、立場は違うけど……その記憶を共有した者として、一緒に受け止めるから、だから――」
「だから」の先が続けられない。
「逃げないでほしい」なんて俺が言っていいのかわからなくて。
 怖いのは俺も同じだ。それでも、思い出してくれることを望む。
 衝撃の大きさも、受け止めるものも全然違うものだろう。
 彼女は事実を受け止めることになる。俺は、記憶を取り戻した彼女が俺に抱く感情を受け止めなくてはいけない。
「はい、逃げません。なので、思い出せるまで、秋斗さんがどんな人なのかわかるまで時間をください」
 俺が言葉にできなかった、「逃げない」という言葉を口にして、真っ直ぐに俺を見る彼女。
 言葉は必要なかった。
 ただ、君が好きだよ、と伝えたくて笑みを返す。
 いつまでも待つよ。
 君が言ったとおりなんだ。
 周りから聞かされることと、思い出すことでは「事実」が同じだとしても、「感じ方」「受け止め方」が異なる。そのとき、俺は嫌われるのかもしれない。軽蔑されるのかもしれない。それでも君から離れることができない。
 湊ちゃんからも聞いている。記憶が戻る保証などどこにもないと。記憶が戻る戻らないは半々の確率だということも。
 確かに、彼女は雅に会った日の夕方の出来事を思い出すことはなかった。そのことにはほっとしているのに、今回は思い出してほしいなんて、都合よすぎるよな……。
 俺はいつだって都合のいい人間なのかもしれない――
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される

けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」 「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」 「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」 県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。 頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。 その名も『古羊姉妹』 本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。 ――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。 そして『その日』は突然やってきた。 ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。 助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。 何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった! ――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。 そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ! 意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。 士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。 こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。 が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。 彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。 ※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。 イラスト担当:さんさん

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...