光のもとで1

葉野りるは

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第十三章 紅葉祭

39話

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 風間先輩は私の小さな声を一度も聞き返すことなく聞いてくれた。
 さらには声のトーンを落として、
「えーと……つまり、御園生さんは藤宮が好きで、その藤宮には好きな人がいて? あんな映像を流したあとエスコートなんてしてもらったら、藤宮の好きな人に藤宮が誤解されてかわいそうってこと?」
「……かわいそうというよりは、申し訳ない気がして……」
 要約して話したものの、だいたいの理由はわかってもらえたみたい。
「御園生さんはさ、藤宮の好きな人を知らないの?」
「……残念ながら知りません」
「……納得」
 何をどう納得されたのかは不明だけれど、風間先輩はエスコートを引き受けてくれた。
 今の私にはそれが救いだったのは確か。
「ただ、あれが許すかなぁ……」
「え?」
 風間先輩の視線をたどると、昇降機に足をかけたツカサがこちらを見ていた。
 見ている、というよりは睨まれている、が正しい。
「……あれは怒っているだけかと……」
「いや、俺が睨まれてるんだと思うけど……」
「……どうしてですか? 風間先輩はツカサに睨まれるようなことをしたんですか?」
「……あはははは。そういう御園生さんこそ、何か怒られるようなことしたの? もしそうならあまり賢明とは思えないけど」
「心当たりはそれなりに……。でも、好きな人本人に好きな人の相談はできませんよね? それで話せないってくだりで言い合いになったので……」
 先輩は「なるほどね」と笑いだした。
「笑うなんて、風間先輩ひどいです……」
「いや、なんかちょっとかわいいところあるんだなと思ってさ」
「え?」
「いや、こっちの話。でも、ひどいって言うなら、御園生さんもひどいと思うけど?」
 ……何、が?
「意味わかんない、って顔」
 風間先輩を見上げると、にっ、と笑った。
「俺が五月に告ったの覚えてないでしょ?」
「えっ!? 五月、の……いつのお話でしょう?」
「やっぱねー。覚えてないと思ったわ。『Birthday』の初顔合わせのとき、『初めまして』って挨拶されたときからそんな気はしてたよね」
 どうしよう……。
 頭の中はかなり混乱していて、何をどうひっくり返しても思いだせそうにない。
「あの、あの……あの――」
 嫌な汗がだらだら出てきそうなくらいに気まずい。
「ま、たぶん御園生さんは告白されたって認識してないんだと思うけどね」
「……どういうことでしょう?」
「んー……俺が『付き合って』って言ったら、『ごめんなさい、私今人と待ち合わせをしているので、ここから動けないんです』的なことを言われた。のちに、御園生さんに告った人間の何人か話したんだけど、『付き合って』って言うと、『どこにですか?』って返されることが判明。なるほどなぁ、と思ったよ」
 そう話してはおかしそうに笑う。
 私はというと、恥ずかしくてたまらない。
 少し前に、「付き合ってください」と「好きです」がイコールであることを教えてもらったけれど、そまでは本当にわからなくて、見当違いなことばかりを返答していたのだ。
 紅葉祭の準備に入った頃くらいから、「付き合ってください」ではなく「好きです」と言われることが増えた。それに対し、なんと答えたらいいのかがわからなくて、でも何か返さなくちゃいけない気がして、「ありがとうございます」と答えたことがある。
 私は、「好きになってくれてありがとうございます」の意味で伝えたつもりだったけれど、目の前の男子の表情はぱっと明るくなり、「マジでっ!?」と訊き返されて驚いた。
「何がだろう?」と思っているところに朝陽先輩にピックアップされ、あれこれ説明してもらった。
 ――「『ありがとう』って答えると、『交際しましょう』と受け取られることがあるから気をつけようか。無難な模範解答は『気持ちは嬉しいです。でも、お付き合いはできません、ごめんなさい』……かな?」。
 朝陽先輩はそう教えてくれた。
 これもそんなに前の話ではないのに、ものすごく前のことに思える――というか、遠い昔のことだと思いたいし、できれば忘れたい……。
 うな垂れていると風間先輩が、
「別に根に持ってるわけじゃないから安心して? あのとき、急に秋斗先生が現れるからびっくりしたけどさ。だって、待ち合わせの相手が秋斗先生とは思わないじゃん?」
 言われて少し困る。
 風間先輩に告白された記憶もなければ、その場で待ち合わせをしていたのが秋斗さんだという記憶も私にはないのだ。
「いつも思ってたんだけど、藤宮の家と何かつながりあったりする?」
「あ……えと――」
 さて、これにはなんと答えるのが正解だろう。
 今日、私には重大ミッションばかりが降ってくる。
「御園生さん、警護ついてるでしょ?」
「っ……!?」
「今日、御園生さんのことを見る機会かなりあったからね。存分に観察してた。そしたら、飲み物から食べ物まで徹底して管理されてるし、あそこの警備員。御園生さんがひとりになるとすぐに動く。何よりも、藤宮の気の遣い方が半端ない」
 ここまで言われてしまうと、下手なことは言えない。
「秋斗先生が個人的に関わる生徒なんて一族の人間だけなのに、そこに御園生さんが入ってるんだよね。何かあるって思うのが普通でしょ? 夏休み前から色々噂も流れてたけど――」
「あのっ――別に、藤宮病院にかかってるからツカサが私を邪険にできないとか、そういうのはないんです」
 風間先輩はクスクスと笑う。
「そのくらいはわかってるよ。だって、あの藤宮だよ? 人の機嫌を取るために動く人間じゃないでしょ?」
「……それはわかってくれるんですか?」
「俺、これでも幼稚部からここの人間だからね」
 そうなんだ……。
「何をどう話したらいいのか……。あの、兄がふたりいるのですが、上の兄は秋斗さんの後輩なんです。それから、秋斗さんのところでアルバイトもしていて……。あと、もうひとりの兄が藤宮警備に勤めていて、秋斗さんの部下なんです」
「あぁ、秋斗先生とはそういうつながりがあったんだ?」
「はい」
 それは嘘じゃない、本当のことだ。
「あとは……両親も藤宮の出身で、藤宮の血筋のお友達がいて――その方のご好意で病院を紹介してもらいました。……本当にそれだけなんですけど……」
「あぁ、そうだったんだ。親子揃って藤宮生っていうのは結構多いんだよね。あー、なんだ、そういうことか。で、藤宮の従弟くんとは同じクラスで知り合って、藤宮とは生徒会や身内つながりで知り合って……って、そういう流れだったんだ。校医の湊先生は病院との渡り橋になってるだろう
し――。なんだ、そっか」
 風間先輩はひとりでサクサクと話をまとめ納得してくれた。
「でも、そっか……それだけつながりがあるんじゃ警護がつくわけだよね」
 その言葉に少しだけ嫌な感じがした。
「あー……ごめん。悪気はないんだけど、藤宮を見てきた人間としては、あいつがこんなに気にする子が珍しくてね。てっきり秋斗先生の大切な人なのか、藤宮自身の大事な子なのかと思ってた」
 秋斗さんに関してはなんとも言えないけれど、ツカサに関しては違うと言い切れる。
「あのですね、ツカサは違いますよ? ツカサは――優しくて厳しい保険屋さんです」
 風間先輩に、「は?」という顔をされたけど、かまわず話し続ける。
「ほら、現にあのツカサがステージで歌を歌っちゃうくらいに好きな人がいるわけで……」
 私、何しているのかな……。自分で傷口に塩をすり込んでいる気分だ。
 ふと、会場から聞こえてくる音に意識が逸れる。
 会場が沸くのはツカサを見てのことだろう。
 モニターに映るツカサは表情を見るだけで、機嫌が悪いことがうかがえる。
 歌が始まって少しすると、風間先輩がピュー、と口笛を吹いた。
「あいつがこんな歌い方するとはね? シャウトっぽくていいじゃん。なのに、音を外してないから憎いよな。ルックスいいし、音程いいし、うちの部に欲しいくらいだ」
 歌はDREAMS COME TRUEの「何度でも」。
 ツカサは全身全霊をかけて歌っているように見えた。
 今までとは全然違う歌い方。 感情をすべてぶつけるような、そんな歌い方だった。
「……何度でもって言葉は、大好きだけど嫌い……。この歌は嫌……」
 知らず、口から零れた言葉。
 ツカサの想いの強さを突きつけられる。さらには、この歌詞に「あなたはどうするの?」と問われている気がしてしまう。
 ここで諦めるのか、それともがんばって伝える努力をするのか。
 マイナスをプラスに変える力みたいなもの。
 佐野くんの顔が脳裏をチラつく。
 何度も何度も気持ちを伝えて、何度も何度もトライして。
 私にそんなことができるだろうか。
 ……とてもじゃないけど自信がない。
 気持ちを伝える勇気も、伝え続ける勇気も――何もかもが無理に思えた。
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