光のもとで1

葉野りるは

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第十四章 三叉路

18話

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 静さんが席に着くと、園田さんと澤村さんが新しい飲み物を運んできた。
 ふたりは飲み物を配り終えると静さんの背後に立つ。
「こんな話をしたあとでなんなんだが、実は警護はとうにつけさせてもらっている」
 静さんはまるで悪びれることなく口にした。
「蒼樹くんも翠葉ちゃんも、碧が妊娠した時点で警護対象者確定だったからね。生まれたときから碧につけている警護班の人間がついているも同然なんだ。さらには今年に入ってからは栞が御園生の家に出入りしていただろう? 碧が現場で仕事をしていても、栞につけている警護班が御園生の家にはついていたんだ」
 私はびっくりすることしかできず、言われた言葉を呑み込むのに苦労していた。
「つまりはさ、碧さんにつけているチームと栞さんにつけているチームを連携させて、うまいことリィの警護はされていたんだ」
「……はぁ」
 びっくりし過ぎてまともな反応などできるわけがない。
「今まで気づかなかっただろう? これからもそれは変わらないから気にする必要はないよ」
 静さんはにこにこと話すけれど、私は別のことが気になって仕方ない。
「あの……私、近接警護はちょっと無理そうなのですが、チームになると何人の方のお世話になるのでしょう」
「そんなことは気にしなくてもいいんだが……若槻、何人だ?」
「本社勤務にふたり。実際にリィの警護にあたる人間は八人。計十人のチームがシフト制で動きます。だから、オーナーや秋斗さんたち、一族の会長直系の方々とそう変わらない勘定ですね」
 じ、十人っ!?
「あの、お母さんにも同じくらいの人がついているんですか?」
「いや、碧は六人だ」
 この四人の差はなんだろう……。
「翠葉ちゃん、君と碧の警戒レベルは大きく異なる。碧は私としかつながりがなかった。しかし、翠葉ちゃんは次々期会長の秋斗に求婚されていて、ゆくゆくは藤宮警備を継ぐ海斗の友人であり、司の友人でもある。ほか、湊や栞、楓ともつながりがあるだろう? うちの人間とここまで関わりのある人間というのは今までにないケースなんだ」
 そうは言われても……。
 おろおろしていると、「ピュー!」と口笛が会議室に響く。
 発信源はシゲさんだった。
「姫さん、秋斗王子に求婚されてるって? そりゃ厳戒態勢にもなるってもんだ」
 さっきはツカサで今度は秋斗さん。
 今はふたりのことは考えたくないのに、次から次へと話を振られて困る……。
 私の頭は飽和状態で、さっきと同じように頭の中にマウスをイメージしてみるも、デスクトップに無秩序に表示されているどのアイコンを消去したらいいのかすらわからないことになっていた。
「なぁなぁ、姫さん。今までだって警護されてるの気づかなかったんだろ? これからも変わらんさ。もっとリラックスしてこうや」
 シゲさん……何も知らなかったときと色んなことを知ってしまったあとでは意識が変わる分同じようにはいかないというか、できないというか……。
 もともと頭の回転がいい状態ではなかったけれど、今は動きの良し悪しどころか完全に動きがストップしてしまっている。
 頭が痛いわけではない。それでも私は自分の額に手を添えざるを得ない。
 頭を抱えたくなるとはこういうことをいうのだろう。
 目を瞑り、目の前のものすべてをシャットアウトすると、男性ではない声がかけられた。
「お嬢様、まずはお茶をお飲みになられてはいかがでしょう?」
 園田さんだった。
 勧められたとおりにお茶を口にすると、ぬるくなってしまったカモミールティーが口全体に広がった。
 香りが口から鼻に抜けるのを意識して感じ取る。
「翠葉ちゃん、あまり気にしなくていいと思うよ? あ、俺もね、一緒に仕事するときはカメラマン兼翠葉ちゃんの護衛担当だから」
「え?」
「久遠はこんななりをしていても合気道の師範代でね。ホテル内はまず大丈夫だと思うが、一応依頼をしておいた」
 もう何も言えない。何かを言う余力もなければ言葉も出てこなかった。
 のちに知ったことといえば、今日こういう話をすることは、私が土曜日にホテルへ行くと連絡した時点で決まっていたことであり、その日のうちに両親にも知らされていたのだという。
 この件を同日に知った唯兄は、私がリメラルドとして活動するのに極力リスクが低くなるように環境を整備し、さらには私がリメラルドを降りたときにもホテル側に損害が出ないよう画策していたのだとか……。
 誰にお礼を言ったらいいのかわからない。
 本当はお礼を言わなくちゃいけないのかもしれないけれど、誰かに文句を言いたい気もしていた。
 静さんから連絡を受けたお母さんは、「私の娘を甘く見ないでね」と言ったらしいけれど、お母さん……それはいったいどういう意味だったのかな。

 三時になるとノック音がして、「シツレーしまーす」とスタッフたちがぞろぞろと入ってきた。
 ダラダラと入ってきたスタッフは静さんを視界に認めた途端にびしっと直立する。そして、すぐさまキャップ帽を取り「お疲れ様ですっ」と頭を下げた。
 こんなとき、静さんの役職を痛いほどに感じる。
「静様、そろそろお時間です」
 澤村さんに声をかけられた静さんは腕時計に目をやる。
「佐々木、あとは頼んだ」
「了解です。写真の最終選考が済みしだい、澤村氏に報告書もろもろデータ送ります」
 静さんと澤村さんが会議室を出ると、パレスに飾られる写真とポストカードの選考が始まった。
 あらかじめ渡してあったデータから、広報部の人とカメラマンチーム数人で先にピックアップ作業したものが今この会議室に持ち込まれている。
 今日の仕事はその中から二十点の写真を選ぶというものだった。
「これ、昨日パレスに行って飾る場所の写真撮ってきたんで参考にしてください。by かっきー」
 ばーいかっきー……?
 不思議に思っていると、シゲさんが教えてくれた。
「姫さんがニックネームと顔を覚えるまでは発言後にニックネームを言うことになってる。実践したのはかっきーが初だな。くくく……これ、傍で聞いてるとかなり異様な会話に聞こえるな」
 言いながらシゲさんは愉快そうに笑う。
「んなわけで姫さん、とっとと覚えてやってな?」
 確かに、この会話は聞いているほうも発言するほうも奇妙な感覚がある。
「すみません、ありがとうございます……」
「いえいえ、覚えていただけるまで続けるんで気になさらず。シゲさん、やってみると結構楽しいっすよ? by かっきー」
 楽しいというより、私には罰ゲームに見える……。
「早く覚えられるよう努力をします」
にしき、パレスの写真を至急プリントアウト」
「了解。 by 錦」
 錦と呼ばれた人がかっきーさんから渡されたメモリーカードをプリンタにセットしてすぐ、写真が排出され始めた。
 その写真をもとにシゲさんが今わかっているパレス情報を話してくれる。
 パレスの名称はプラネットパレス。名前のとおり、惑星を模ったパレスになっているらしい。
 建築物はガラス張りの建物が多く壁面が少ないため、写真を飾れるスペースは限られているという。
 ステーションと呼ばれる建物の一階フロント、その奥にあるティーラウンジ。それから、パレス中央にある建物。ソールハビタットという飲食メインの建物の一階と二階。あとは八つのゲストルーム。
 これらの場所には異なる写真を一枚ずつ飾るという。
 この時点で十二点。残りの八点はポストカードとしてテーブルに飾るものだという。
 選ばれた二十点はすべてポストカードにされ、ウィステリアホテルのマークがついた仰々しい箱に入れられアメニティとしてゲストルームに一セット置かれることになる。
 当初は販売するといわれていただけに、アメニティ扱いになったことに心底ほっとした。
「売られる」ことよりも「おもてなし」というサービスになるほうが嬉しい。
 自分が撮った写真がパレスに飾られるということにもまだ違和感を持っていたし、多すぎる報酬を受け取ることにも抵抗があったから。
 軽く息を吐き出すと、隣でパソコンをカタカタと打っていた唯兄にサクリと釘を刺される。
「それ、商売戦術のひとつだから。リィが写真集を出すときに買ってもらえるようにっていう営業の一環。通常は全国のパレスとウィステリアホテルのスイートルームにしか置かれないアイテム」
 唯兄の横顔をまじまじと見ていると、
「仕事だし商売だからね」
 止めまで刺された気分だ。
「シゲさん、これ。久遠のサイトに投稿された写真まで混じってますけど?」
 右隣の久先輩が声をあげた。
「マジでかっ!?」
「これとこれは間違いなく投稿されてたものです。翠葉ちゃん、確認」
「はいっ」
 渡された二枚は霜の写真と花びらを凍らせて撮った写真だった。
「久先輩……」
「はい、ペナルティー」
「っ、すみません。あの……この写真、投稿したの覚えていてくれたんですか?」
「……覚えてたよ」
 久先輩を疑うわけではない。
 ただ、たくさん投稿される写真の中から、この二点を覚えていてくれたことが信じがたかったのだ。
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