光のもとで1

葉野りるは

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第十四章 三叉路

41話

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 散策ルートに入ってしばらくは紫陽花ロード。そこを抜けると藤棚があった気がする。
 少し視線を上げるとツカサの靴とは別の靴が視界に入った。
 もう少し視線を上げると、藤棚のベンチに座った秋斗さんがいた。
 びっくしてツカサを見ると、
「さぁ、どうしてだか」
 ツカサは面白くなさそうに口にする。
 秋斗さんは大きなスライドで私の前までやってくると、
「こんにちは」
「こんにちは……」
「司がね、今日ここでデートするって連絡くれたんだ」
 デートっ!?
 私は慌ててツカサを見たけどツカサはそっぽを向いていた。
「俺がいると困る?」
 秋斗さんはにこやかなままに訊いてくる。
 私はさらに慌てて、
「こ、困らないですっ」
 一方、ツカサは落ち着き払った様子で「別に」と答えるのみ。
 いつだって口数は少ないけれど、今はいつも以上に少なく思える。
 視線が再び地面へ落ちようとしたとき、ふわり、と秋斗さんの香水が香った。
 香りに視線を留めると、
「紅葉(もみじ)の見ごろは過ぎちゃったけど、ほかにもきれいな葉はあるよ」
 秋斗さんに「こっち」と手を引かれた。
 いつもならこんな行動にも困ってしまうけど、今はツカサの前から救出された気分。
 このままじゃだめなのに……。
「翠葉ちゃん、ドウダンツツジの葉がいい感じでしょ? ハゼもきれいだし、落葉した桜の葉もきれいだよ。あと、少し奥に行くと小菊も咲いてる」
 秋斗さんに指差されて、彩り豊かな植物が視界いっぱいに広がった。
「わ……」
 自分の周りにはこんなにも色が溢れていただろうか。
 そう思うくらい、秋斗さんに会うまで何も視界に入っていなかった。
 緑の青々とした葉っぱもあれば、黄色からオレンジ、赤へと変化する葉もある。
 足元には、あたたかな色を織り成す葉っぱがじゅうたんのように敷き詰められていた。
 秋の色彩だ……。
 私が紅葉に気を取られている背後で、
「司、別に、とか答えてたけど、やっぱ迷惑だったりする?」
「さっき、迷惑か、とは訊かれなかった」
「あぁ、確かに……。困るか、って訊いたんだっけ?」
「そう」
「じゃ、迷惑ではあるわけだ」
「想像に任せる」
 私はふたりを直視することができず、ただただ視界の端に認めていただけ。
 居心地の悪い雰囲気はどうしたら打破できるのか……。
 そう思って視線が地面に落ちたとき、
「この藤棚の話、前にしたっけ?」
「え?」
 気づいたときには秋斗さんが隣に立っていた。
「藤棚が五角形になっているでしょ?」
 見るように、と言うかのように指で示され、今は葉が黄色く変化している藤棚を見上げた。
「ここの藤の木は、俺たちが生まれるたびにじーさんとばーさんが一本ずつ植樹してくれたんだ。で、最終的には五人で五本、五角形。一定の背丈で剪定してあるからもう高さの差はないけど、植えられたばかりの藤の木はとても小さくてかわいかったんだよ」
 秋斗さんの話に想像を膨らませる。
 藤の木の苗とはいったいどんなだろう。まだ木が若く柔らかく、葉も小さいのだろうか。
 自分よりも低い背丈の藤の木を想像すると同時に、秋斗さんにも私くらいの身長のときがあったんだろうな、と感慨深く思う。
「秋斗さんにとって、とても愛着のある場所なんですね」
「そうだね、ここはあまりにも優しい場所だから」
 おばあ様のために作られた散策ルート……。
 そう秋斗さんが教えてくれたことを思い出す。
 そのままその日のことをすべて思い出しそうになり、私は慌てて現実に目を向けた。
 そして、あまりにも慌てすぎてちょっとした失敗をする。
 秋斗さんに今日はお仕事じゃないのかを尋ねたら、
「翠葉ちゃん、今日が何曜日かわかってる? 今日は日曜日だよ?」
「あ――そうでした」
 とても恥ずかしかった。
 でも、会話がないよりは全然よくて、今この場に秋斗さんがいることに感謝したくなる。
「翠葉ちゃん、見て? あの葉っぱきれいじゃない? すっごく美人さんだと思うんだけど」
「え? ……あ」
 秋斗さんが指差した葉は私や秋斗さんよりも高いところにあって、自然と空を見上げることになった。
「本当ですね。グラデーションになっていてきれい……」
「今日は空が青いから、空とのコントラストもきれいなんじゃないかな? カメラ、持ってきてるんでしょ?」
 どうしようか悩みもしたけれど、カメラは結局持ってきている。
「俺たちはここにいるから、少し写真撮ってくるといいよ。毒虫はいないだろうし、足元が滑りやすい崖側に行かなければ大丈夫。こっちの山側なら問題ないよ」
 そう言われて、私は山側へと送り出された。

 色んな葉っぱを撮り続けてふと我に返る。
 自分がいる場所を確認するために辺りを見回すと、藤棚からツカサと秋斗さんがこちらを見ていた。
 私は時間の確認もせず、慌てて藤棚に戻る。
 なんだか今日は慌ててばかりだ……。
「すみません……つい、時間を忘れてしまって」
「かまわないよ。司だって翠葉ちゃんを楽しませるためにここへ連れてきたんだろうし。だろ?」
 秋斗さんはそう言ってくれるけど、ツカサは機嫌が悪そうだ。
 時計を見れば申し訳なくなるほどカメラに夢中になっていたわけで、「ごめんなさい」しか言えない。
 もう一度謝ろうと思ったとき、
「迷惑ならとっとと声をかけてやめさせている」
 ツカサは嘘をつかない。
 だから、「迷惑じゃない」と言うそれは嘘ではないのだろう。
 それなら、どうしてこんなにも機嫌が悪いのか……。
「三時半、か……」
 秋斗さんの言葉に太陽の位置を確認する。
「まだ太陽はあそこにあるのに、四時を過ぎるとすぐに日が落ちちゃうんですよね」
 まだ遅い時間ではないのに、陽が早く落ちるだけでなんとなく時間を損した気分になる。
「陽が沈むと急に冷え込むから、そろそろ引き上げようか」
 秋斗さんの手が背に添えられ、私は素直に従った。

 庵の前まで戻ってくると、秋斗さんが腰を折って私の顔を覗き込む。
「俺、今日は歩きなんだよね。翠葉ちゃんは?」
「行きは蒼兄と一緒に来たんですけど、何事もなければ帰りは歩いて帰るって話しています」
「じゃ、マンションまで一緒だね」
 秋斗さんのにっこり笑顔に「はい」と答えられたのは、秋斗さんと一緒にいるのは困らないと思ったから。
 少なくとも、ツカサとふたりでいたときよりは大丈夫だと思えたから。
 私と秋斗さんはツカサに声をかけてから大学へと続く私道を歩き始めた。
 でも、ふたりになればなったでツカサがいないことを色濃く感じる。
 今日、私はツカサと何度言葉を交わすことができただろう。
 一時から一緒にいたというのに、ほとんど会話という会話をしなかった。
 それでも、ツカサは明日もお弁当を持ってうちのクラスに来るのだろう。
 ずっと、このままなのかな……。
 どうしたら普通に話せるんだろう……
 秋斗さんはふたりになってからも道端に咲く花を話題にしたり、仕事中の唯兄の話をしてくれたり、ありとあらゆる話題を振ってくれる。
 私は相槌を打ったり笑ったり、会話に困ることなく一緒に歩くことができた。
 こういうの、全部秋斗さんの気遣いなのに……。
 わかっていて、それに甘えているだけの自分が少し嫌だった。
 でも、どうやっても自分から話題を提供できる気はしなくて、何が嫌なのかわかっているのにどうすることもできない自分が嫌だった――
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