光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
973 / 1,060
最終章 恋のあとさき

45話

しおりを挟む
 ぎこちないまま、サロンの前でツカサと別れた。
 サロンのカウンターは通路に面しており、中に入るとブースごとに分かれている。
 通されたブースにはふたりのスタッフが待機していて、ひとりは美容師さんでひとりはアシスタントさん。
 ブース内には今日着るドレスも用意されていた。
 自己紹介を終えると、髪型をどうするか尋ねられる。
「とくには考えてなくて……」
「こちらにお好みの髪型はございますでしょうか?」
 あらかじめ用意されていたヘアアレンジ集には数ヶ所に付箋がつけられており、そのページにはロングヘアのアレンジが記載されていた。
 どれも華やかですてきだと思う。けど、自分に似合うかはわからない。
 カタログを閉じ、
「すみません……。お任せしてもいいですか?」
 美容師さんはにこりと笑う。
「かしこまりました。ドレスがホルターネックですので、首が見えるスタイルがよろしいかと思います」
「はい……」
 鏡には私と美容師さんだけが映っている。
 鏡越しに美容師さんの話を聞いては愛想笑いを返して頷く。
 こうやって人に決めてもらうのはなんて楽なんだろう。自分で選ぶ自由があり、複数の選択肢を提示されたにも関わらず、私は選べない。
 選べないのか選ばないのか。
 たった一文字の差だけどこの差は大きい。
 私に意思はあるのかな――
 鏡に映る自分が、意志薄弱な人間に見えた。

 思考の魔手は伸びたい放題。あっという間に心の本棚から「ツカサ」という本を取り出し広げてしまう。
 ツカサにどう思われただろう……。さっきの私はどう映っただろう。
 怒ったかな? 呆れたかな? 嫌われた、かな……。
 手が離れたあとはツカサの後ろ姿を見て歩いた。
 それを望んだのは自分なのに、どうしてか寂しかった。
 会話がないと、雪が降っているときみたいに音がなくなる感覚に陥る。
 だから、音がなくならないように話しかけ続けた。
 話しかけるといっても、私に思いつく話題はそれほど多くない。
 湊先生の誕生日が今日であることを知らなかった、とか。ブルースターがきれいでかわいかった、とか。
 そんなことを一方的に話し続けた。
 ツカサは、「あぁ」とか「良かったな」とか。そんな相槌を打ってくれていた。こちらを振り返ることはなく。
 きっと、私が困ると言ったから……。だから振り向かないでくれたのだと思う。
 私が望んだことなのに。寂しいと思うなんて自分勝手にもほどがある。
 矛盾してるうえにわがままなんて救いようがない。
 私はいったいどうしたいのかな。
 顔を見たいの? 見たくないの?
 声を聞きたいの? 聞きたくないの?
 一緒にいたいの? いたくないの?
 秋斗さんもツカサも、どちらも失わないための選択をしたつもりだし、実際何も失っていないのに、うまくいっている気もしない。
 どうしてこんなにも普通に振舞えないのか……。
 もっと普通に、そうは思うのに、どうしてできないのかな。
 ――好き、だから?
 この気持ちがなければ寂しいと思うことも、こんなふうにギクシャクすることもなくなるのだろうか。
 もしそうなら、どうしたらこの想いを諦められるのだろう。
 どうしたらこの想いは跡形もなく消えてくれるのか……。
 急に目頭が熱くなり、鼻の奥がツンとした。
 どうしよう……胸が苦しくて涙が零れそう。
 咄嗟に目を瞑る。と、

 ――「わしは好きという感情が、意思でどうこうできるものとは思えんでのぉ」。

 朗元さんの言葉を思い出して、頭が真っ白になる。
 自分の意思ではどうすることもできないものがある。それはこの身体で嫌というほどに知っていた。
 でも、この気持ちがそれに属するものとは思いもしなかった――

「先ほどすてきな髪飾りが届いたんですよ」
 美容師さんに声をかけられたときにはヘアメイクが粗方終わっていた。
 鏡には正面しか映らないけれど、どうやら全体的に編みこまれているみたい。最終段階なのか、美容師さんが編みこんだ髪を左サイドで器用にピンを使って留めていく。
「こちら、湊様からのプレゼントです」
「え……?」
 アシスタントさんが見せてくれたトレイにはブルースターが並んでいた。
「生花の髪飾りです。私どもはドレスに合わせてシルバーと淡い水色のリボンをご用意していたのですが、湊様がお嬢様のドレスをご覧になられて、こちらの生花をヘアアクセサリーにするようにと承りました」
「かわいい……」
「きっとお似合いになられますよ」
 小さな花をカットした先にワイヤーがつけられ、丁寧にフラワーテープが巻かれている。
 顔周りに残してあった髪の毛をコテで巻き、頭全体にハードスプレーをかけたあと、ブルースターが髪に飾られヘアメイクは完成した。
 鏡を持ち後ろを見せてもらうと、サイドふたつとセンターの三パートに分けて髪が編みこまれており、左サイドできれいにまとめられていた。くるくるとまとめられた部分にブルースターの髪飾りが差し込まれている。
「お気に召しましたか?」
「はい、とても……。ありがとうございます」
「お顔はいかがなさいますか? フェイスパウダーを少しはたいて、こちらのグロスなどいかがでしょう?」
「……お任せしてもいいですか?」
 うかがうように美容師さんを見ると、控えめな笑みを添えて「かしこまりました」と言われた。
 さっきと同じやりとり――
「……あのっ」
「なんでしょう?」
「あの……血色よく見えるようにしてもらえたら嬉しいなって……」
「かしこまりました。ピンクのチークをのせましょう」
 人任せに変わりはない。けれど、ひとつでも自分の意思とわかるものが目に見える場所に欲しかった。
 メイクが終わるとクロスを外されブースの隅にあるフィッティングスペースへ案内される。
「リボンはこちらで結ばせていただきますので、お支度がお済みになりましたらお声かけください」
「はい」
 着ていたワンピースを脱ぎ、ハンガーにかかっているドレスを身に纏う。
「水色にして良かった……」
 どう考えても、今の私にピンクほど似合わない色はないと思うから。
 カーテンを開きリボンを結んでもらうとボレロを羽織ってブースを出た。

 先に支度が終わったお母さんは、サロンの向かいにあるカフェラウンジで待っていた。
 細長いカフェラウンジの中ほどで、ひとりティーカップを傾けている。
 お母さんが着ていたのは胸元のドレープが美しい、光沢あるサーモンピンクの膝丈ドレス。
 昨日はシャンパンゴールドで今日はサーモンピンク。
 普段はモノトーンの洋服ばかりだから少し新鮮。
 私に気づくと、丁寧に巻かれた髪の毛が顎のあたりで軽やかに揺れた。
 近くまで行きブルースターの髪飾りを見せると、
「あら、かわいい。どうしたの?」
「湊先生からのプレゼントなの。私はプレゼントのひとつも用意していないのに――」
 お母さんはクスリと笑う。
「幸せだとね、誰かに幸せを分けたくなるものなのよ。きっと、湊先生もそうだったんじゃないかしら? あとでお礼言いなさいね」
「はい」
「何か飲む?」
「ううん、少し休みたい」
「体調悪い……?」
「そういうわけじゃないけど……今日は午後もあるから」
「そうね。でも、身体がつらいと思ったらすぐに言うのよ? 検査結果もあまり良くなかったんだから無理は禁物」
「わかってる……。湊先生の大切な日を台無しにはしたくないもの」
「それもあるけど、そういうことじゃなくて……」
「うん、それもわかってる」
「本当に?」
「本当に」

 ゲストルームに戻ると唯兄が髪の毛をスタイリングしているところだった。
 それを蒼兄とお父さんがポカンとした顔で見ている。
 唯兄はワックスらしきものを指に取ると手の平に伸ばし、髪全体に馴染ませては毛先をつまんで捻ってを繰り返す。と、ふわっとしていた髪の毛に束感が出て、毛先のくるんとした感じがより強調された。
 ウェットな感じがちょっと新鮮。
「あんちゃんは? いじんないの?」
 蒼兄は苦笑しながら手にした細長いスプレー缶のようなものを振っている。
「多少は整えるけど、唯ほどには作りこまないよ。ハードムースで後ろに流す程度」
「まぁね。そんだけサラサラの髪質ならいじらんでもいいでしょうよ」
「何、唯のそれって自毛?」
 お父さんが訊くと、
「そっ。パーマとかかけてないし、カラーもやってないよ。もともとの髪がこんなんなの。もっとも、あんま信じてもらえないけどねっ」
 一束つまんで離すと、髪はごく自然にもとの場所へクルンと戻った。
「ふわふわしているのも好きだけど、スタイリング剤で癖をいかすのも格好いいね」
 背後から声をかけると、パァッと明るい顔がこちらを向く。
「リィっ、おかえり! わーわーわー! かわいくしてもらったね?」
 私の周りをくるくる回って褒めてくれる。
「サラサラストレートもいいけど、まとめ髪もいいっ! あっ、これ生花だね? お化粧もした? したよね? 血色よく見えるしさくらんぼみたいなグロスも似合ってる! ドレスの色も水色で良かったかもね」
 たまに思う。唯兄は純日本人だろうか、と。
 目にしたものを片っ端から褒め称えるそれが日本人ぽくない気がする。でも、唯兄はいたってナチュラルなのだ。
 褒められて嬉しいと思うより困ってしまった私は、お父さんと蒼兄の前を横切り、窓辺に置いてあるひとり掛けソファーに靴を脱いで上がりこむ。
 こういうとき、しわのつきにくい生地はとてもいい子だなと思う。
 足を抱えて背もたれに身体を預けると、
「具合悪いのか?」
 蒼兄がソファの前に膝をつき、私のことを見上げていた。
「ううん。でも、今日は一日が長いでしょう? だから、本格的始動までは省エネ運転」
 視線を合わせ笑みを添えて答えると、「そっか」とほっとした表情になる。
 柔らかくなった表情に、改めて蒼兄の笑顔が好きだな、と思った。
 たぶん、蒼兄の笑顔はハーブか何か、沈静効果のある植物からできているに違いない。
 ほどよく力の抜けた私は、蹲ったまま目を閉じた。
 何も感じないように、何も考えないように――
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される

けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」 「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」 「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」 県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。 頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。 その名も『古羊姉妹』 本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。 ――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。 そして『その日』は突然やってきた。 ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。 助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。 何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった! ――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。 そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ! 意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。 士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。 こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。 が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。 彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。 ※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。 イラスト担当:さんさん

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...